「えー…皆さん、卒業おめでとうございます」

壇上に上がった学院長が拡声の術式が込められた魔道器に向かって声を発すると、場内に供えられた増幅器に伝わり、ざわついていた卒業生たちは一様に居住まいを正した。
そんな生徒たちを微笑んでゆっくりと見回した当代の魔道学院院長は、祝辞であり愛すべき生徒たちへの最後となる言葉を紡ぎ出す。

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かつて魔法は古代文明の繁栄を支える一方で、それを持つ者と持たざる者との境界線を成し、持たざる者を傷つけ、虐げる為に用いられました。

みなさんもご存じの通り、かの文明は多くの謎を残したまま突然の終焉を迎え、同時に魔法の技も一度は世界から失われました。

かろうじて生き残った人類の祖先は、魔法という力とその脅威から解かれ、やがてはそのような力が存在したことも忘れて、長い長い時間を過ごしました。

けれど、やがてその身に不思議な奇跡の力を宿す者が世界に現れ始めました。
魔法と魔力は人の世界に戻ってきました。

しかし制御の伴わない魔力は多くの誤解と事故、そして再び差別と偏見を生みました。
その多くは持たざる者が今度は迫害者となる形で。

幸いにして制御する術に辿り付いた者も、大半は邪な目的を達する為に力を振るい、世界は混迷を極め、魔法という力は人々の忌み嫌うものでした。

失われた文明から長い時を経てもやはり魔法は、持つ者も持たざる者も……双方の"人"を傷つける存在でした。

そのような時代背景の中、この学院は創設されました。
魔術協会の設立や魔道倫理の確立に遥か先立ってです。

学院開祖ルクス=リュミエールは帝国の建国に寄与した対価として、高祖皇帝から提示された栄誉・高官位・私的領地の一切を辞し、代わりにこの広大な土地に魔力を宿す子供達の為の学校を建設することと、その生徒・教導師に対する政治的に中立な立場の約定を得ました。

『その身に力を宿して、この世界に生まれた子供たちが、力に戸惑わず、持て余さず、溺れることなく。魔法の力が特別なものでなく、ただの道具に代わる術に過ぎないこと。不必要に恐れるべきものではないと世界と人々に理解を得、共に生きていく為。同時に子供たちに己を特別にするものは魔法ではないと伝えること……』

その『願い』の為だけに、この学院は創設されました。

本日学院を卒業する諸君はその理念を正しく理解し、この学院での幾つもの出逢いと生活を経験することで、すでに己の力を制御し、用うるべき時を見極める【目】と【心】を備えました。
必要であればこの先、それを高める為の正しい方法をも理解したと確信しております。

皆さんはもはや一術者・一技師として独立した存在であると認め、学院は皆さんを送り出すとともに、大陸魔道協会は諸君ら新たな同胞を心より歓迎します。

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再び見回せば、シンと静まり返り、預けられた物の重さと責任を噛みしめながら真摯な眼差しで見返してくる生徒たち……いや、魔術士、魔技師たちに学院長は穏やかな笑みでうなずく。

「さて……年寄りの話はこれくらいにして、皆さん改めて卒業おめでとう。後夜祭を楽しんでください」

卒業生代表が最後となる起立と礼を号し、解散が告げられると会場には歓声と制服の肩に留められる学院生を示す徽章のワッペンが一斉に宙を舞う。

沸き立つ会場と生徒を微笑ましげに眺めながら、ゆっくりと演壇から後ずさる。
歓声が聞こえていますか?ステラ師……あなたが愛した生徒たちがまた立派に巣立っていきます。

この役を果たすようになってから私は毎年思うのです。
私はこの光景を、あなたにこそ見せて差し上げたい……。
最終更新:2012年06月20日 23:46