「あれらはどうする」
半竜の始祖が指差した先には、支配者たる魔導師達を失った、魔力を持たぬ人間たち。
拘束しているわけでもないのに、焼け落ちた都の周囲から離れず、これが新たな支配者なのかと伺うように、遠巻きに群れあっている。
「今は魔力を持たずとも、あれらも連中の同胞。それに全ての魔導師を狩れたかどうかもわからぬ。解き放ってよいものか?」
魔力を持たぬと言うだけで、家畜に連なる労働力として扱われ、それに慣れきってしまった者たち。
その命すら狂った試みの材料として差し出せと言われれば従うしかない哀れな者たち。
『我らは不当に繋がれ、帰るべき場所も持たぬ。なればこの世界は我らの新たな棲み処と為すべき』
『あの檻の中で朽ちた同胞・眷属の痛みを、あれらも担って然るべきだ。その為の牙と爪であろう』
『いや、あれらは魔導師たちとは異なり、力持たぬ者どもだ。あれらを虐げては我らは魔導師どもと同じではないか』
『今はそうかもしれぬが力を備えればどうする?地に満ちてから再び狩るは面倒ぞ』
あれらの処分を語らう半竜、人狼、人馬、翼鬼、夜魔……他にも生き残った我が同胞どもの言葉を聞きながらも、私の瞳は遠く離れて群れる人々の中になぜか記憶に残る顔を見つけた。
……水晶の揺り籠の中で私の夢に現れた、私のものではない記憶。
私の血肉とされた少女と同じ、粗末な小屋で寝起きしていた人々……。
あの子がお母さんと呼んでいた女性。
あの子が歌を聴かせて寝かしつけていた弟妹たち。
そして言葉をかけられるたびに、あの子の鼓動がトクトクと高鳴りをあげていた青年……。
私の見た夢が真実であれば、あれらは家畜などではない。
魔導師たちと同じではない。
……私が見た夢を同胞たちは見なかったのだろうか。
『タスケテ、私たちと私と貴女の子供たちをタスケテ……』夢の向こうから、そう呼びかけてきた彼女の声で私は目覚め、揺り籠を脱した。
同胞たちを解き放ち、狂える魔導師たちの都を炎の海へと沈めた。
私から造られた、夢の少女によく似た姿をした"娘"たちは全てではないが、その幾らかを魔導師たちの手から取り返した。
我が身を犯して造られていた"娘"に情などは無いが……。
しかし私を覚醒めさせた少女には義理がある。
少女は私と、私と同じように喚ばれ囚われた同胞を解き放った。
つまりは"助けた"ことになるのだろう。
それになぜだか、この瞳、この身体に、少女がタスケテと縋った人々が狩られる姿を見せたくなかった。
「……あれらに構うな、何処へと行かせてやればよい」
半竜と人馬は頷いたようだったが、特に数の多い人狼は意見が割れ、始まりの人狼ですら反駁の声を抑えきれなかった。
彼らは早くより造られ、実験という名の迫害を最も多く受け続けたが故か……。
「あれらの内に力を備えたものが出ればなんとする、魔導師たちと同じ力を、同じ目的に使うものが現れぬとも限らぬ。そうならば如何するのじゃ?」
始まりの人狼、始祖の上に立つ存在として真祖と呼ばれる雌狼が私を振り仰ぐ。
あの禍々しき不思議の力……魔法という惑わし、傷つけ、奪う力が世界に再び発露した時は……と。
「私が屠ればよいのだろう?」
「ヌシ一人でかや?いつ始まり、終わるとも知れぬ狩りぞ……そのようなこと」
瞳を細め、首を振る真祖に視線を投げながら頷く。
……誓えばよいのか?
「お前たちは好きなところへ行けばよい。なれどあの者どもに構うな。あれが我らが憎き魔導師どもと同じ道しか見出せぬのなら、その時あれらは私の獲物だ。我が爪で魂を刈り取る……」
未来永劫続けて行く気かと問う真祖に、くどいと瞳で警告すると真祖は何故か少し悲しげにリリス……と、私に与えられた疎ましき名を呟く。
「我が存在にかけ誓えばよかろう。この首ある限り永遠に……」
一体あれからどれくらいの時間が経ったのだろう……。
目の前に現れた始まりの人狼。
光条を紡いだ糸の如き髪を夜風に靡かせ、月を背に立つ彼女の表情を読むことは出来なかったが、ゆらりと立ち昇る闘気は彼女が永い眠りから覚めて尚、往時の力を有したままであることを物語っていた。
「……約定を忘れ、かような場所でヌシは………一体ナニをしておるのじゃ」
「ナニって、先生よ。魔術士を育てる学校のセンセイやってんの。そっちこそ配下の派閥争いに嫌気がさして不貞寝決め込んでたんじゃなかったの。わざわざ旧交を温めに起き出して来たようにはみえないけれど」
対峙した昔馴染みに肩をすくめて見せると、数百年ぶりにまみえた彼女は変わらぬ整った眉を歪め、戯れ言をと吐き捨てて紅玉色の瞳で睨み返してくる。
「まさかヌシが人の子相手に魔導師どもの技を伝える裏切りに手を染めておろうとは……この目で見やっても未だ信じえぬ。しかもなんたる嘆かわしき姿よ……」
夜風がさらう銀糸の髪は彼女の苛立ちを示すかのように靄の如き輝きを放ち、瞳は危険な光を宿す。
「生憎と、あんたがふて寝決め込んでる間に狩りのやり方を変えただけよ。魔導師たちの技を教えてるわけじゃないわ、まぁアンタが怒りたい気持ちは分からないでもないけどね。でももうこうするって決めたし、間違ってないって信じてる。逃げ出して寝てたアンタにつべこべ言われる筋じゃないでしょ」
怒りと苛立ちと呆れの色を湛えた瞳を、かつてとは逆に見上げつつふんと鼻を鳴らして応酬すれば、ますます剣呑な気を纏う銀の人狼。
「……我が同胞(はらから)を奪いし者どもがいやる。……魔術を用いし者どもであることは明らかぞ……」
「だからココへきたって訳、なら見当違いもいいトコよ?……何て罵ろうと勝手だけど、アタシの生徒に手出ししようってんなら、それなりに覚悟はして貰うわ。こんな見てくれになったとはいえ……今も生きる我が誓約を汚すからには、相応の覚悟はあるのだろうな?人狼の眠り姫……いや、真祖よ」
月を背負い、僅かに腰を下げて危険な気を放ち始めた彼女に、突きつけた右拳から繰り出した爪の先端をピタリと向け、左足を引いて半身を取ると、腰溜めに構えた左手にいつでも撃ち出せるよう魔力で念を編み上げる。
「……魔導師の真似事とは、そこまで堕ちたかリリスっ」
一気に膨れ上がる白銀の気。一瞬沈んだように見えた上体が撓ったかと思うや、人狼が地を蹴り紅い瞳の残像を曳いて襲い掛かり、あたしもまたそれを迎え撃って飛び出す。
最終更新:2012年06月23日 02:27