『大陸史に名を残す英雄たち』そう箔押しされた革の表装の書籍をめくりつつ独りごちる。

「うーん……蒼天の守護者だなんて大仰な名前がついたものだなぁ……怠け癖の大鷲さんも現代にあっては有翼・獣人族の救世主、ウィザエラの勇者ですかぁ……。なんだか仏頂面が目に浮かぶようですね。第一この燕姫なんか、驚きのしおらしさで……いや確かに見た目こそ麗しくはありましたが……」

先日、課題のレポートを記憶から引っ張り出した内容を混じえて仕上げたのだが、それは大陸史を担当する一般教導師の解釈とは些かかけ離れていたらしく、修正を求められて史料を漁りながらの独り言。

唐突に背後からクスリと笑む声が聞こえた。

「事実は歴史書よりも奇なりってことかしらね」

振り返れば揺れる緑の髪。

「ジュバはレポートの再提出だって?」

くすくすと笑う、一見して少女の外見をした魔術教導師に、はぁと頷いて肩をすくめてみせる。

「えぇ、どうもボクは独自の解釈が過ぎちゃうみたいでして……」

まさかレポートの対象は茶飲み友達です、あの人こんなに勤勉なとこありませんでしたよなどとも言えず、あいまいに笑んで応じる。

「ふふ……エルフにはエルフが伝える伝承や歴史があるものね、ましてアンタは……あぁなんでもないわ。まぁあの担当教導師は人が伝えた歴史を学んで立ってるわけだからね。人の世界が物事をどう伝えるのかっていう目線に合わせてみるのも、新しい発見があって楽しいかもよ」

僕の髪をわしわしとかき回しながら、茶目っ気たっぷりに片目を瞑る教導師。
何だか意味深なことを言われた気もするけれど、がんばりますと笑って応じる。

「しっかりね~♪ ……なるほど、怠け癖の仏頂面ねぇ……上手いこと言うわねぇ。『俺は飛ぶのだって面倒なんだ』だもんね」

小さな教導師が頭の後ろ手で手を振りつつ、歩き去りながら呟いた言葉を、生まれもって鋭敏な聴覚がとらえて耳を疑う。

『いつも言ってるだろう、ジュバ。俺は飛ぶのだって面倒なんだ。翼の中のものを護れさえすれば俺はそれでいい……獣人たちや他の部族の暮らしは俺の翼にはあまる。俺はそんな御大層なものにはなれない……』

それはかつてよく耳にした彼の口癖……どんな記録にも載らなかった彼の本心……。
そのはずなのに……。楽しげに両手を頭の後ろで組みつつ歩く後姿を食い入るようにして思わず見つめる。

初夏の風にたなびきながら遠ざかる緑の髪にハッとする………。
もっと長身の背、もっと長く風に巻き上がる鮮やかな……同じ色の髪を僕は知っている……知っていた。

遠い記憶の風景が脳裏をよぎったけれど、自嘲気味に笑ってかぶりを振る。

「はは、まさかね。彼女が子供を抱いてる光景だなんて、笑えない冗談だし……」

遠い記憶にあるもう一つの仏頂面、遥かなあの日、陽光射す緑の大地で有翼族の雛たちに長身をよじ登られながら、渋面で仁王立ちしていた彼女を思い出す。

そう、あの日もこんな風によく晴れた日だったな……と。
最終更新:2012年07月14日 12:57