5.当時のイラン
そんな訳で、日本の文化に親しみを抱いている人に大勢出会いました。当時イランで最も有名な日本人のは女ではオシン、男ではユウゾウだったと思います。厳しい環境の中でひたすら耐えつづける、けな気な小女の姿は当時のイランの状況とオーバーラップして 多くの人の心に訴えかけたことでしょう。
戦争が終わり、落ち着きを取り戻したイランから連日大挙してイラン人が来日して、社会問題になりましたが、バブル期の高収入とビザなしで入国できたという事実は大きいですが、大好きな「おしん」の住む国、日本に大いなる憬れを抱いてきた人々も少なくはなかったと思います。
しかし、現実はジュリアナ東京などの絶世期、ギラギラ、イケイケの日本の現実にさぞかし驚いたことでしょう。しかしそこはしなやかでしたたかなイラン人、あっという間に日本に溶け込んでいったのではないでしょうか。もちろん敬虔なイスラム教の人にとってはテレビの中とのギャップの大きさにさぞかし驚いたかもしれません。日本の文化はもちろん「おしん」だけではなく、映画ではやはりクロサワ、サムライ、ミフネという名前を知っている人が多いのにも驚きましたし、私が知っていたイランの監督はキアロスタミ氏だけでした。
戦時下では、映画は唯一の娯楽であったでしょうし、想像を越える厳しい検閲があるイラン映画界では、相当の表現力がないと感動的な作品は出来なかったでしょうし、その時代に相当な若手の監督が苦労を重ねた事が、最近のイラン映画の高い評価になっているかもしれません。
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