11.二度目のイラン ~テヘランからマシャド~
その後のイランは、戦闘が激しくなり日本大使館にも帰還勧告が出たらしく、イラン在中の商社マンや大使館の外交官と帰りの飛行機が一緒でした。
帰国してからしばらくして、イランvsイラク戦争が終結を迎えました。
その後しばらくは、強烈なイランの印象が残り時々思い出しては、よくあのような状況で旅が出来たと、親切にしてくれたイランの人々のふところの深さに、感謝することが多かったと記憶しています。情勢がよくなったら、とくに世話になったトルクメン人のモタギー氏の出身地のイラン東北地方に行ってみたいという気持ちが強くなっていきました。
帰国してからしばらくして、イランvsイラク戦争が終結を迎えました。
その後しばらくは、強烈なイランの印象が残り時々思い出しては、よくあのような状況で旅が出来たと、親切にしてくれたイランの人々のふところの深さに、感謝することが多かったと記憶しています。情勢がよくなったら、とくに世話になったトルクメン人のモタギー氏の出身地のイラン東北地方に行ってみたいという気持ちが強くなっていきました。

(写真0281ゴンバデカブース)
ゴンバッデカブースやゴルガンなどのトルクメン族の多い町は、イランの東北地方にありホラサーン州という歴史のある地域です。かつてはアフガニスタンのヘラートがホラサーンの中心でしたが、現在はシーア派の聖地マシャドが州都になっています。
次ぎのイランでは是非とも東北地方を訪れたいと強く思うようになっていきました。実際にイランに向かったのはその数年後の事でした。しばらくぶりのイランでしたが、今回は出発から少しの問題がありました。以前はイランへの入国にビザは不要でしたが、日本人のイランへの入国に関してのビザが必要になっていたのです。その背景には、イラクとの戦争後に多くのイラン人が日本へ、いわゆる出稼ぎに来日し急速に増え、上野や代々木公園などにたむろする姿が目に付き、ついには入国にたいして厳しい条件付きのビザが必要になり、その対抗措置として日本人もイラン入国に際してビザが必要になってしまったのです。
最近はかなり楽に取れるようになりましたが、当時はイラン滞在中のホテルやスケジュールなどを提出しないとビザを発給しないという厳しいものでした。本当に一部ですが、在日中にトラブルを起したり、偽造のテレホンカードなどを闇で販売するなどの軽犯罪を起すイラン人が居た事も事実です。また、連日満杯のイラン航空による来日で、髭の濃いイラン人が街中で目立つようになって居たという事もありました。
このため、日本政府が大胆なイラン人不法滞在者に対しての制裁措置を取り、それに対抗するイラン政府のビザ制裁が始まってしまったのです。旅行代理店を通じてイラン滞在中のホテルやスケジュールを決め、その上で高価なビザ(4万円ほど)を取得しました。
ところがどう間違えたのか、ビザの発給日時がスケジュールより一日短く、トルコに向かう一日がビザなしの空白の一日になってしまったのです。
もちろん旅行代理店に申し立てをしてのですが、ビザが下りたのが出発一日前で日本での変更は難しくテヘランで契約している代理店で変更をしてもらえるという確約で出発する事になりました。
次ぎのイランでは是非とも東北地方を訪れたいと強く思うようになっていきました。実際にイランに向かったのはその数年後の事でした。しばらくぶりのイランでしたが、今回は出発から少しの問題がありました。以前はイランへの入国にビザは不要でしたが、日本人のイランへの入国に関してのビザが必要になっていたのです。その背景には、イラクとの戦争後に多くのイラン人が日本へ、いわゆる出稼ぎに来日し急速に増え、上野や代々木公園などにたむろする姿が目に付き、ついには入国にたいして厳しい条件付きのビザが必要になり、その対抗措置として日本人もイラン入国に際してビザが必要になってしまったのです。
最近はかなり楽に取れるようになりましたが、当時はイラン滞在中のホテルやスケジュールなどを提出しないとビザを発給しないという厳しいものでした。本当に一部ですが、在日中にトラブルを起したり、偽造のテレホンカードなどを闇で販売するなどの軽犯罪を起すイラン人が居た事も事実です。また、連日満杯のイラン航空による来日で、髭の濃いイラン人が街中で目立つようになって居たという事もありました。
このため、日本政府が大胆なイラン人不法滞在者に対しての制裁措置を取り、それに対抗するイラン政府のビザ制裁が始まってしまったのです。旅行代理店を通じてイラン滞在中のホテルやスケジュールを決め、その上で高価なビザ(4万円ほど)を取得しました。
ところがどう間違えたのか、ビザの発給日時がスケジュールより一日短く、トルコに向かう一日がビザなしの空白の一日になってしまったのです。
もちろん旅行代理店に申し立てをしてのですが、ビザが下りたのが出発一日前で日本での変更は難しくテヘランで契約している代理店で変更をしてもらえるという確約で出発する事になりました。
古い絨毯やビーズなどを持って出たい気持ちもあり、イランからの出国に関しては少しデリケートに考えていましたし、荷物の検査などかなり面倒なことを知っていましたので、ビザ無しでの出国はかなりのトラブルを抱えることになるように思えたのです。
代理店の言葉を信じて、現地での変更が可能という事での出発でした。
つづく
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代理店の言葉を信じて、現地での変更が可能という事での出発でした。
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