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したらばSS作品 生徒会書記録◆r77gGG6uoY 三ページ目

 三ページ目-蓬世円

 極ヶ原強也と穏健派による演説。過激派による演説。お互いに擁護し、野次を飛ばし合い、そこそこの白熱を見せる。蓬世円は何もしなかった。立候補者の演説の為に与えられている時間も蓬世円は総務の呼びかけに対し、目を閉じ首を横に2、3度振っただけで席から立たず、結局一言も発する事は無かった。
 警護員の活躍もあり、滞りなく進む選挙戦。全ては順調。いつも通り。
 そして、投票時間となった。
 年齢、性別、所属に関係なくランダムに名前が呼ばれた順に投票が行われる。
 一人目、白。蓬世一票獲得。
 二人目、白。蓬世二票獲得。
 三人目、白。蓬世三票獲得。
 四人目、白。五人目、白。六人目、白。七人目、白。八人目、白。九人目、白。十人目、白。
「彼…、過激派でしたっけ?」
「いや、違う…、ぞ」
 十一人目、白。十二人目、白。十三人目、白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白…。
 穏健派の顔色が変わる。同時に過激派と無党派の顔色も変わる。三十票を越えた辺りで、大講堂内は異様な雰囲気に包まれていた。穏健派、過激派、無党派、今のところ全員が蓬世円に投票している。
 おかしい。明らかにおかしい。が、何がおかしいのか分からない。目の前の光景が異常なのは分かる。だが、何故そうなっているのかが分からない。
 総務も堪らず投票を一時、中断する。
 洗脳? 能力が使用されたのなら16名の理事が何かしらの反応を示すはず。だが、頼みの綱の理事会の面々もお互い顔を見合わせ何が起こっているのか理解出来ていないようだった。蓬世円に投票した穏健派の一人に穏健派の面々が詰め寄る。なぜ蓬世円に入れたのか、と。当事者は何故自分が責められているのか理解できていない様子だった。自分は穏健派で、自分の意思で白い石を置いたという。
 傍聴席の能力者達も一体何が起こっているのかという顔で選挙の様子を見つめている。大講堂内のほぼ全員が何が起きているのか理解できていなかった。

 2人を除いて。

「どういう…、ことです?」
「分からん…。分からんが何かしらの力が働いている、と考えるのが妥当だろう」
「何かしらの力とは…?」
「それが分かんねぇんだ。おそらく全員。どう見ても怪しいのは蓬世なんだが、彼女が何かした様には見えん。洗脳ってのは相手の五感に訴えかけて操るもんだ。彼女はこの場に来て一言も発していないし。登場時に視覚からの洗脳にしたとしても俺達や理事は彼女と目を合わせていない」
「大講堂外からの干渉は…」
「ここにいる全員にか? …、それこそ無いだろう」
 何かアクションを起こさなければこのまま投票は続行される。この状況を打破したいが、どうしたらいいのか分からない。そんな焦りが穏健派から見てとれた。
「蓬世!!何しやがった!!?」
 我慢できなかったのか、穏健派の一人が大声を上げる。静まり返る大講堂。蓬世円がこの場に来て始めて、口を開いた。
「…私は何もしていないわ」
 感情を微塵も感じさせない、静かで穏やかな口調だった。声色は鈴の音のように高く金属的な印象を受ける。抑揚が少なくあまり人間味が感じられない。その一言に気圧されたのか続けて口を開くものはいない。蓬世円を支持していたはずの過激派達もこの異常過ぎる事態にただ顔を引きつらせていた。
 結局、投票は一時中断され休憩時間のようになってしまった。言葉を発するものは無く、皆、無言のまま。自分の頭の中を整理する為、大講堂の中をうろうろと歩き回る者もいる。

 おかしい。私の見た未来では全て大差をつけて極ヶ原強也が勝利している。全ての未来を見たわけでは無いが私の経験上70万109通りの未来で結果が同じならばその未来は確定となる。極ヶ原強也の勝利は凡そ、その100倍の数の未来で確定している。

 ――まさか、書き換えられていた…?

 いや、時空や次元を超えてその世界を創り変えるなど在り得ない。この島において在り得ないという言葉は通用しないがそれは在り得ない。もし、そんなことが可能ならそれこそ神の所業だろう。…少し、調べてみる必要がありそうだ。
 蓬世円をチラリと見てみると、無表情で真っ直ぐ虚空を見ていた。微動だにしない。人形かお前は、とツッコミたくなる衝動を抑え、さりげなく観察。 

 蓬世円。
 腰まで伸ばしている黒髪は美しく小柄で可愛らしい少女、ではなく大学生なのだが。少年のような体型をしている。4年前の春。学園にやってくるやSランク判定を受け、生徒会への所属が決定した。その後、防衛部へ所属し、その他を寄せつけない圧倒的な戦闘能力が評価され、たった3ヶ月で防衛部代表へと為り上がる。その人間味の無い無慈悲な判断と行動から『(生徒会史上)最強最悪の規律システム』などと一部からは蔑称されるが、今となっては極ヶ原強也と双璧を成し生徒会には欠かせない人物となっている。
 過去の経歴は不明。(肌が白いから)北国の出身らしい、という噂がある程度。大学部に属しているが講義に出ている姿は確認されていない。普段は生徒会の為に割り当てられた一角を自分専用の個室にして、そこに篭っているそうだ。学園や理事会からは特に咎められてはいない。それは偏に彼女の学力が常人のそれを遥かに凌駕しているからである。編入時に行われる一教科100点満点、全17教科の試験で1710点を取ったという話もある。どこから10点が出てきたのかは分からないが。
 前に、彼女の実態を暴くため尾行をしようと馬鹿の発案で行ったが、彼女は専用個室(通称、蓬世部屋)から出てきた瞬間に得意の瞬間移動で消えてしまったので無理だった。そういえば、どこに住んでいるのかも知らない。この環凪島には住んでいるものと思われる。
 とにかく彼女はあらゆる面で異常。人間を越えつつある存在、らしい。

 と、まぁ、概要だけならこんなものだが、この件に関してはあまり役に立たない情報だ。この異常事態はおそらく何らかの能力によるもの。問題は一体誰が何の目的で蓬世円を生徒会長にしようとしているのか。蓬世円自身が行っている可能性も低くはない。そもそも彼女の能力は謎が多い。空中浮遊や瞬間移動などを行っている姿しか確認されていないし、防衛部として多くの戦闘をこなしているが、その全てで彼女は攻撃に特殊能力を発動していない。その身一つで能力者達を蹴散らしているのだ。まぁ、その時点で異常なのだが…、身体能力強化系なのだろうか。いや、それだと瞬間移動は超スピード等でこじつけるとしても空中浮遊の説明がつかない。

 …。……。やはり…、…ここは、究極に気が乗らないが、私も出来る事なら関わりたくないが、しかし、事態を打開するにはこのやり方しかないのではないか、そもそも時間が無いのだ。悠長に対策を練っている暇は無い。総務部が投票を再開してしまえば、おそらく蓬世円が勝つ。一度、決定してしまえば生徒会規則により覆すことは出来ない。やはり、私が動くしかないのか。未来と現実が食い違っていることを知っている私が、最強最悪の規律システムこと蓬世円にコンタクトを取るしかないのか。
 青い顔でぶつぶつと私が自分の運命を嘆いていると、選挙中断と同時にどこかへ消えていた七五三野先輩が「なになに?面白いことするの?」という顔で、肩を叩いてきた。
「…」
「ドンマイ!」
 まだ何もしてねぇよ。殺害衝動を抑えつつ単刀直入に切り出す。
「恐らく…、この異常事態の原因は蓬世円本人、ではないでしょうか?」
「…、六道」
「はい」
「正解」
「ありがとうございます。…、…は?」
「いや、正解だって」
「…、何が?」
「お前が言ったじゃないか、この件は蓬世自身が起こした事だって」
「え、あぁ…」
 こうして、私、六道太平は何をするでもなく事件の真相へと辿り着いた。
 しかし、それは辿り着いただけで何の解決にも至っていない。ラスボスが誰なのか判明しただけで、これからそのラスボスをどうにかしなくてはならないのだ。推理小説ならここで終わりなのに。
「…。で、どうするんです?」
 あれ? なんか忘れているような? まぁ、いいや。
「どうするって、何を?」
 髭面の男子学生が顎に人差し指をあて首を傾げる。髭の生えてない美少女だったら可愛かっただろうに。
「蓬世円ですよ。このままだと蓬世円が生徒会長になっちゃいますよ?」
 声を殺して訴えつつ、肝心のラスボスを確認するためチラリと見てみると相変わらず微動だにせず虚空を見ていた。先ほどと絵図らが全く変わっていない。本当に生きているのだろうか。そういうロボット的な何かじゃないだろうな。瞬きはしているので生きていることは確認できた。
「いいんじゃない? 蓬世が生徒会長で」
「は?」
 思わず声が出てしまった。
「…じゃあ聞くが、蓬世が会長になるとなんで問題なんだ?」
「う…」
 相変わらず重要な部分だけは的確に突っ込んでくる。そうだ。理由が無い。自分の見ていた未来と違うから。というのが理由だが、それは私自身にしか通用しない理由だ。私は自身の能力の事を他人に明かすことができない。
「…」
 答えに詰まる私を真っ直ぐに見てくる。私はこういう人間が苦手だ。不安は無いのだろうか。もし、とんでもない答えが返ってきたら。その結果、自分の予想できない事態に陥ったら。見えないものに対する恐怖は、分からないものに対する恐怖は無いのだろうか。
 人は自分が分からないものに対し恐怖を抱く。それは、分からないということは何が起こってもおかしくないということだから。極論、今見えていないということはその後、何が見えてもいいということ。そんなわけはない。誰にだって見たくないものがある。もし、目を開けたときにその見たくないものが見えてしまったら、それが恐怖の根源。
 人は暗闇を恐れた。見えない領域を分からない領域を出来るだけ減らすため、明かりを手に入れた。文明は進歩した。火は電気へと変わり、山へ上り、海へ潜り、この星を全て見るため、空よりも高い場所へ目を配置した。
 しかし、どれだけ高性能な目を持ってしても見ることができないものはあった。古代より人が見たいと願いながらも、決して見ることが出来なかったもの。

 ――未来。

 未来を恐れる。予測したいと願う。
 あの時、この先何が起こるのか分かっていれば…、そんな思いを抱いた事が皆あるのではないだろうか。
 人の不安は尽きることが無い。全てを見通し、もっともっと安心したい。そんな幾億の人々の願いが形となったのが私の能力なのかもしれない。そんな彼らは知っているのだろうか、見ることの恐怖を。見えてしまうことの怖さを。
 返答に困り「あー」とか「うー」とか、あーうー語を喋る私を見かねたのか七五三野先輩が先に口を開いた。人間にあーうー語は理解できない。
「お前が見た未来とは違うのか?」
 ? 今、なんて言った?
「いま…、なんと…?」
 この人はことあるごとに人の思考を奪うから困る。
「お前の見た未来では、極ヶ原が生徒会長になっていたんだろう?」
 その言葉を耳で聞いて、鼓膜に触れた音波振動をキチンと神経に伝達する。頭の中でよく噛んで、飲み込んで、言葉の意味を理解したとき、私の思考回路は完全にショートし弾け飛んだ。周りの雑音が聞こえなくなる。七五三野先輩以外のものが見えなくなる。頭が働かない。
 私の世界は完全に停止した。
 頭の中ではクエスチョンマークが土砂降りの様に降り注ぎ、積みあがり、崩れては積みあがる。脳内から溢れたクエスチョンマークが耳や鼻から蛇口を捻って出てくる水のように出ていたかもしれない。なぜ、この人は私の能力を知っているのだろうか、その疑問がようやく頭に浮かんだとき、脳内の全てのクエスチョンマークは天空より落ちてきた巨大な一つのエクスフラメーションマークに潰され吹き飛んだ。
「あ…!、が!、な!な、んで!」
「お。動いた」
 ちょっと外そうか。そう言うや七五三野先輩は錯乱している私の手を引いて、大講堂の外へと向かう。
 その後ろ姿を蓬世円が目線だけで追っていた。

 大講堂の裏手側。大講堂の正面は広場となっているが、裏手側は林となっている。
 大講堂を出た私達二人は、柔らかい午後の木漏れ日を浴びながら進む。先を行く七五三野先輩が足を止めたのを見て、私も止まる。彼が振り返ると同時に私は口を開いた
「なぜ、知っているんです…?」
 眉を顰め、訝しげに訊ねる。ショートした頭は歩いているうちにすっかり元に戻っていた。これも計算の上だろうか。
「…、見ちゃった☆」
 砕けた口調で告げられた予想通りの衝撃の事実に、盛大なため息で返す。
「そういうことは早く言ってくださいよ」
「いや、なんかタイミングを逃してしまってな」
 ハッハッハ、と他人事のように笑っている。こちらとしては笑い事ではないのだが。

 七五三野空海。能力名は『御厨人窟の虚空法』。
 能力効果は、その目で見た他者の能力を理解すること。理解とは、発動条件から能力効果はもちろん、効果範囲や持続可能な時間から、さらには弱点に至るまで、その能力に関する事柄「全て」である。まさにチート。無能力者相手には全く役に立たないが、我々、能力者にとっては脅威の一言に尽きる。なんせこの能力の前では自身の能力に関する隠し事が一切出来ず、プライバシーもへったくれもなく個人情報だだ漏れ放題という恐ろしい能力である。
 味方にすれば自身の能力の強化ポイントなどを教えて貰えることもあるが、一度、敵対すれば、あっという間に自身の能力の弱点を看破されてしまうだろう。弱点など存在するかどうかも怪しいSランクはいいとして、他の能力者にとってこれほど恐ろしいことがあるだろうか。『御厨人窟の虚空法』のランク判定は「D」だが、個人的にはそこらのAランクよりも遥かに怖い。
 見られなければいいだけの話しなのだが、この能力のポイントは‘能力者’ではなく‘能力’を見て理解するところにある。能力を発動している能力者は勿論のこと、能力者自身が見えなくても居なくても能力効果やその空間、能力によって起こる事象や現象さえあれば発動条件を満たしてしまうのだ。故に、常に能力を発動しているものや待ち伏せ的な能力も、この男の前では丸見えである。この学園で一体、何人が知らず知らずに自分の能力の詳細をこの男に理解されてしまっているのか。あぁ、怖い怖い。

 脱力している私に代わって、ヒゲが話しを戻した。
「で、蓬世に会長になられるとなんか困るんだろ?」
「えぇ、困るというか、私自身が具体的にどう困るというわけではないのですが…」
「なんとかしたい、と」
「はい」
 どうやらこちらの事情は把握しているらしい。
「まぁ、ね。そういうのはやっぱさ本人に言ってみるのが一番だと思うよ」
「本人に、って、相手は生徒会の最終兵器ですよ?」
「取って食われやしないさ」
「爆発したらどうするんですか」
「と、いうわけで」
 と、いうわけで?。
「呼んでおいたぜ!」
 ビシッ!と親指を立てる七五三野先輩の背後に音も無く現れたのは、この件の中心人物。今回の第3の主役。あぁ、もう主役だらけでややこしい事この上ない。
 今度は本当に時が止まった。この男、もしかして本当は時間を操る能力者なんじゃないだろうか。もしくは私が。っていうか、あの人って呼んだら来てくれるんだ。一度も話したことないから、なんか遠巻きに見ているだけだったけどこれからは少しずつ近寄ってみようかな、とかいう不思議な親近感を抱き現実逃避を企てたが、擦り寄ってきたヒゲの一言で現実に引き戻された。
「お前が何か告白したいって理由で呼び出したから、あとは頑張れ☆」
 とんでもないことを耳打ちすると、うふふふふ、とか言いながら、私の後ろに隠れる。事態が急転しすぎてリアクションも取れなければ突っ込みを入れることも出来ない。

 目の前には、蓬世円。その距離2m、といったところか。言い知れぬ恐怖感から顔を直視できず、目線は足元。あ、ちょっと浮いてる。影と身体が繋がっていない。足、ちっちゃいなぁ。いつでも浮いているという噂は本当だったぞ学園のみんな。下ばかり見ているわけにもいかないので目線を左右に動かしながら、少しずつ視線を上に。これではただの挙動不審な男だ。風紀委員が取り締まりに来るんじゃないのか。全体的に細い。というか小さい。肌、白いな。小柄なのは知っていたが、身長150cmも無いかもしれない。手もちっちゃい。こんなにも小柄で華奢な女の子が最強の能力者だったのか。
 さぁ、と一陣の風が吹き抜ける。風に遊ばれた長い黒髪をかき上げる仕草に不覚にも見惚れてしまった。その顔は、なんというか綺麗だった。綺麗なのだが人間味が無い。精巧に作られた人形のような美しさがそこにあった。
 ぼーっと見ていると、目が合う。深い。吸い込まれそうな深い瞳だった。こちらも同様に人間のそれらしさが無い。
 見惚れている私が不思議だったのか、蓬世円は滑るように距離を縮めてきた。その距離50cm。0、3蓬世である。
 真っ直ぐに私の目を見てくる。あぁ、この人も後ろの男と同じタイプの人間だ。分からないということを恐れない。世界に正面からぶつかっていける強い心の持ち主。

 うろたえたのは私だった。もう二度と彼女の目は見れないだろう。そんな気がした。二歩、後ずさりをすると背中に誰かがぶつかった。無言でその男を見上げると不敵な笑みのまま、くい、と顎だけで促された。そうだ。話しをする為に、わざわざ来てもらったのだ。黙っていても始まらない。意を決して放った私の質問は
「…、あ…、あな、貴方の能りょ、能力は、なん、何です…、か?」
 中学生向けの英語教材の例題文を和訳したものを全力で噛んだような、要するに最低だった。後ろから押し殺した笑い声が聞こえる。蓬世円はそれを日本語として聞き取れたのか
「それは私の口からは言えないわ」
 良く通る綺麗な声だった。先刻、大講堂で聞いた、少し金属的な印象を受ける高いソプラノ。っていうかあの蓬世円と会話をしているのか私は。理由を聞かれると困るので友達に自慢は出来ないから日記に書こう。日記なんて書いたことないけど。
「…。特級保持…、ですかね」
 最初よりは大分マシに喋れている。
「貴方も?」
 蓬世円が意外そうに聞いてくる。
「えぇ。わた…、私も、能力名及びその効果の他言は第一種機関から禁じられています。」
「なら分かるでしょ? 言えないわ」
「それでも、今回の件をそのままにしておくわけには」
「しょうがないのよ」
 今回の件という単語で全てを理解したのか、蓬世円は答えた。
「…しょうがない、とは?」
「それは言えないわ」
 いけない。「しょうがない」と「言えない」で問答がループしだした。このままでは無限ループだ。
 私がどうにか話しを進めなくては、と思案していると、後ろで木偶のように突っ立っていた男が、すぅ、と私達の横に動いた。なんだこの構図。三者面談?
 そして、ヒゲは私と蓬世円の肩にポンと手を置いた。
 何してんだテメェ。ふざけてんなら帰れ。見ろ。わざわざ来て頂いている蓬世円さんが不思議そうな表情になったじゃねぇか。
「…、なるほど…!」
 七五三野先輩は、いかにもな顔でそう呟いた。瞬間、蓬世円の姿が掻き消える。本当に人って消えるんですよ皆さん。えぇ、そりゃあもう夢だったんじゃないかっていうくらい簡単に。消える瞬間を擬音で表すこともありますが、実際は音なんてしないんですね。初めて知りました。あぁ、混乱しすぎて字分に敬語が混じってる。
 そして消えると同時に、蓬世円は私の左側に現れる。超々速の移動術に私は呆気に取られるばかり。
「何をしたの?」
 これが最終通告だ。と言わんばかりの威圧感。
 一言目なのにね。流石です。
 交渉の余地はありませんね。分かります。
 美しい声色が、一転、冷気の針のように私の半身に突き刺さる。
「そいつは言えないねぇ…、と言いたい所だが、ま、アンタになら教えても問題ないな。俺の能力名は『能力手帳(ウソ)』触れたりした能力者の能力を知る(ウソ)。因みにコイツは『一念五百世』あらゆる時空や次元を超えて、全ての世界を見る能力だ。特級保持同士仲良くしようぜ」
 蓬世円は突然ベラベラと喋り倒す男を怪訝な顔で見ている。というか私の能力まで喋る必要は無いのでは。そして、お前は特級保持じゃないだろ。
「で、七五三野先輩。しょうがないとはどういう意味です?」
「そのままだ。蓬世は負けることが出来ないんだ。蓬世はあらゆる勝負に必ず勝つ」
 負けることが出来ない? あらゆる勝負に必ず勝つ? なんだそりゃ。
「その能力とは…」
「『拘束不可』と『絶対規律』よ」
 蓬世円自身から、観念したような呆れたような口調で告げられた。感情が薄すぎていまいち掴めないが。
「私はあらゆるものに干渉されずに、全てに干渉することが出来る」
「さらに、その二つの能力を意識化と無意識下の両方で発動している」
 蓬世円に七五三野先輩が続く。

 チートここに極まる。
 しばらく蓬世円と、ヒゲの説明を聞いていて思ったことは一つだった。

 つまるところ蓬世円という能力者の能力は、世界そのものを自分の都合の良いように改変してしまう能力に近い。それを規則(ルール)として規程するのだ。
 気に入らないルールがあれば無視し、欲しいルールがあればそれを創る。
 浮いているのも瞬間移動も、それの応用だという。
 さらには因果や遠近や物質の弾性や質量保存や重力などの法則から、法律や校則といった暮らしの中での決まりごと、決まりごとではないが我々が社会生活の中で自覚していく常識と非常識、そして善悪や平等や感情や記憶などといった形の無いもの、そしてこの世に存在する特殊能力まで、全てに作用できるらしい。
 もう神様の力といってもいいだろう。世界の規律を根底から覆す能力。
 極論だが『蓬世円が何をしたとしても罪には問われず、悪い事もしていない』というルールを世界基準として創れば、その瞬間にこの世界の常識と規則は改変される。その後、蓬世円が大虐殺を行おうと世の人々はそれが常識で当たり前の日常だとしか思えなくなる。
 『最強最悪の規律システム』とはよく言ったものだ。
 最後に蓬世円は『絶対規律』は今まで一度しか発動していないと付け加えた。
「どんなルールを創ったんだ?」
 ヒゲが興味津々といった様子で尋ねるも蓬世円がその問いに答えることは無かった。私もヒゲも見えないものまで視る能力だが他人の頭の中や心までは覗けない。
 そして、先ほどの「しょうがない」について。
 蓬世円はこの世の全てに対し能力を行使でき、尚且つそれを「意識化と無意識下の両方」で発動しているのだ。意識的に発動しているものは、重力無視や瞬間移動時に発動する時空連続性の否定など。無意識下で発動しているものも様々だが今回、問題となるのは「善悪に関する因果」となる。蓬世円は常に自分が正しくなるよう能力を発動している。無意識下での能力は「発動している」というよりは「発動してしまう」と言った方が正しい。我々の心臓が意識せずとも勝手に動いており、自力で止めようと思っても止められないのと同じく。
 善と悪。この二つの概念に関して蓬世円は必ず自分が善であり、正義となるように因果を弄ってしまう。「正義が勝つ」「勝った方が正義」どちらの論理にしろ、片方が絶対的に定まっている蓬世円は負けることがない。負けることが出来ない。例えどのような状況であっても蓬世円という人物と敵対した時点で勝ち目は無い。なるほど。よく分からん。
 そして、それはこの選挙戦も例外ではないということ。
「…なるほど」
 とりあえず言っておく。
「ま、そういうことだ」
「っていうか…、七五三野先輩…」
「ん?」
「蓬世さんの能力も最初から知ってたでしょ?」
「…。もちのロンですよ!」
「ですよね!だから一人だけ、あんな余裕だったんでしょ!あぁ、なんか前半一人で真剣に悩んでたのが馬鹿みたいだ!気付けよ俺!じゃあ、「分からん…。分からんが何かしらの力が働いている、と考えるのが妥当だろう」とか言ってたのはなんだよ!?」
「横で六道が面白いことになってたから」
「…」
 つまり、つまりだ。この男は全てを知りながら私が面白いことになっている、という理由だけで放置を決め込んでいたということか。
「wwwww、バーカwwwww」
「笑い事じゃねぇぇぇえええ!」
 七五三野先輩とのいつものコントは5分ほど続き、蓬世円の珍しく苛立ちと言う感情の篭った冷ややかな「ねぇ」という一声で幕引きとなった。熱くなっていた身体が急速に冷える。
「貴方達の事情も分かったけど、どうするの?」
「というか、蓬世。お前なんで会長選挙に?」
 七五三野先輩が蓬世に質問で返す。
「さぁ。私も今日、知ったわ」
「やっぱ、祭り上げられただけか」
 一人、納得したように頷くヒゲ。
「昨日今日で出馬出来るんですか、会長選挙って」
 素朴な疑問をぶつけてみる。
「対立候補がいなくちゃ選挙にならんだろう?」
 なんだそれは。
「それは、つまり」
「面子を保つ為だ」
 なんという。なんということだ。つまりこれは、今回の会長選挙は最初から出来レースだったのだ。いや、正確には出来レースになるはずだった。極ヶ原強也が生徒会長になるための儀式のようなものだったのだ。通りで私の未来にも出てこないはずだ。極ヶ原強也が生徒会長になる。既にこれは決定済みの未来と言っていい。しかし、奇しくもその出来レースに放り込まれたのは全てを押し潰す最強最悪の事象操作の能力者。運命の歯車は瞬く間に狂い、未来は劫分の一の確率で変更を余儀なくされた。否、それこそが運命の意思だというのだろうか。6番目の女神は何を思うのだろう?
 立候補者が一人しかいなければ、その者が当選するのは当然のこと。極ヶ原強也という人物は人の上に立つ才能がある。圧倒的な支持率。それに対抗しようと出馬する者は、勝ち目の無いその戦いに挑もうとする者は、確かにいないだろう。しかしながら、この選挙は必要だ。数%の意思を汲み上げる為に。例え、出来レースであっても。公正な審判の元、生徒会長は誕生したという事実が必要なのだ。必要悪として槍玉に上げられたのは蓬世円。結果は、悪が善になったせいで滅茶苦茶。何故、よりにもよってこの人を選んだのか。まぁ、立場としても防衛部代表として申し分ないし。Sランクだし。彼女の能力を知らなかったなら仕方が無いとも言える。…。…一つ。一つだけ考えたくないことがある。誰かが蓬世円を利用して、この選挙を壊そうとしていたら。
 馬鹿な。万に一つも特級保持者の能力が露呈するなど有り得ない。それに事前に計画されていたものであれば私の能力が見落とすはずもない。
 ――この島において在り得ないという言葉は通用しない。
 先ほどの自分の言葉が脳裏に過ぎる。実際にこの現実は万に一つどころか億兆京垓を飛び越え、那由他の彼方で起こっているのだから。
「…。辞退とかは?」
「この状況でか?」
「そもそも納得しないわね」
「…。その前に極ヶ原さんはこの事実を知っているのでしょうか」
「知らんだろうな」「知らないでしょうね」
 2人がハモる。
「知っていたら、こんな選挙認めるはず無いわ」
「だな。あの馬鹿は馬鹿正直で馬鹿みたいに真っ直ぐだから」
 七五三野先輩が半分笑いながら言う。馬鹿馬鹿言い過ぎだろ。未来の会長だぞ。
「…誰が馬鹿だ。誰が」
 よく通る清潔感のある低めの声。いつの間にか、その馬鹿がいた。


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最終更新:2010年08月19日 02:28
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