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したらばSS作品 ◆SGQkdx3.iU 2

講義の終わりを告げる鐘が鳴る。教室の時計に目をやると針は16時30分を指していた。
2階の教室に差しこむ陽光はまだまだ十二分に明るい。じわりと汗ばむ陽気をもたらす夏の太陽はその身を地平線に隠すことなく空に躍っていた。
一旦、寮に戻ってお茶にしよう、冷蔵庫にはまだコップ3杯分は残っていたはずだ。同居人が居ない身なので飲まれてしまう心配もない。
そんな事を考えながら教室を出ると、別のクラスから出てきた少女が声をかけてきた。
「ちーっす、さーたん先輩」
「別に同い年なんだから先輩なんて付けなくていいわよ。それに島での生活なら貴女の方が先輩でしょ?」
「そぉだねえ、じゃあこれからは『さーたん』って呼ぶね」
「…沙耶でいいんだけど…」
彼女は坂峰凜。学年は1つ下だが同い年の友人だ。ちょっと足りないと言われる子だけど、3か月前に知り合ってからは親友として付き合ってくれている。
…地頭の事を言い出したら私も大したことないんだけどね。
「良かったら私の部屋来ない? お茶の一杯ぐらいご馳走するけど」
「うーん、気持ちはありがたいけど、今からやふうとの約束があるんだなぁ」
そんな事を話しながらふと周りに目を向ける。気温は35度近いだろうか、茹だる様な暑さの中、多くの生徒が歩き回っている。
ある人は部活の準備を、ある人は暑さから逃れるべく自分の部屋へと、またあるグループは夏物の服を見に行こうと相談している。
そんな中、ふと上の階から降りてきた人物に目がとまる。
白髪の混じった長髪のザンバラ頭、男性か女性か分かりにくい、けど男だとはっきり主張する二重の目、だらしなさと洒落っ気を調和させ着崩した制服。
何よりも私が目を奪われたのはその男が襟に付ける2つの校章だった。そこに刻まれた文字は『A-A』。
前のAはActor―――アクターのA。後ろのAはランクを表している。
Aランクのアクターなら隣の坂峰凜もそうだが、学園全体を見渡してもそうそう居るものではない。
その男に気付いた人はすっと道を空けたり、あるいはその目に留まらないように視界の外へ逃れたりしている。
「ほえ~中々の強面じゃん。見事な着崩しっぷりといい、きっと名のある不良だな、うん」
こら、凜。そんな事言ってると目を付けられるぞ。あんたなら万一の時に立ち回れるけどBランクの私ではそうもいかないだろうし、発言には気を付けろ。
「あっと、そろそろ時間だ。じゃあね~さーたん、この時期は喧嘩が増えるから気を付けるんだよ~」
ぽん、と私の肩を叩くと凜は行ってしまった。同時に先程の男も階下へと消えていった。
着崩れのせいで凜は気付かなかった様だが、私が目を奪われたのは『A-A』の校章ではなくもう1つの方だ。
私の目を引いたそれは円形のバッジ―――7色のラインに翼をもつ蛇、一欠片のサファイア―――男が風紀委員であることを示すそれだ。
「あんな素行の悪そうな男がねぇ…ま、私も人の事言えた義理じゃないけど」
世の中わからないものである。廊下を見下ろす時計に目をやると16時45分を指していた。
さっさと帰ってシャワーでも浴びようか…そういえば気になる事が出来た。
―――この時期は喧嘩が増えるから―――先程の凜の言葉である。
どうしてだと聞くべく彼女の姿を探したが、既に喧騒の中に消えてしまっていた。

私の名は灯杜 沙耶(ひもり さや)、数ヶ月前に環凪島にやって来た新参者。だから規律とかは未だよく分からない。
―――まあ、知ったところでそこまで真面目じゃないから大して守らないだろうけど。
特に夜の散歩は幼少の頃からの習慣だ、門限なんてお構いなし。私の能力を使えば簡単に部屋に戻れるし。
自分が人とは違う、『特別な何か』が出来るってことは小さい時から知っていた。地頭は悪い私だけど直観が「バレるとまずい」と言ってたから隠してきた。
いつでも思い出す田舎の実家。森の中を駆け回って他の人には出来ない事をして遊び回っていた。
だが、そんな生活も幕を閉じた。きっかけはいつもの習慣、夜の散歩。
門限を破っては『能力』を使って2階の部屋へ入る。ある日、その瞬間を遂に母親に見られてしまったのだ。
母は驚きの余り泣きながら父に洗いざらい話してしまった。父も驚きを隠せなかった様だが、秘密にしようという事で収まった。
…でもねぇ…その家族会議に居たのよ、私に輪をかけて馬鹿な弟が。そして喋って回った。
―――うちの姉ちゃんは超能力が使えるんだぞ―――って、もうね、アホかと。
そして私はたった今、袖を通している浴衣を唯一の持ち込み物として―――宝物として―――環凪島にぶち込まれたワケだ。
時刻は18時30分、門限まであと30分だが知った事ではない。
私は髪にまとわりつく水の雫をタオルで払うと部屋を出た。

あれほどの熱気を振りまいていた太陽も地平線の彼方へ消えようとしている。
流石に門限が近付いているだけあって大勢の人が各々の寮へと戻ろうとしていた。
西日を受けて長々と延び、家路を急ぐ影、影、影。その間を縫うように、あるいは影を裂く様に皆とは逆の方向へ向かう私。
夏であっても浴衣を着て出歩く人間は珍しい様で、多くの視線が私に向けられる。
中には門限破りしようとするのを見抜いたのか、私を咎める様な眼で見る者もいる。
でも構わない。変な言い訳に聞こえるかもしれないが、私は昼と夜の境界に出歩き、夜の闇を彷徨うことに生の実感を得る性癖なのだ。
―――ただ規律を、タブーを破る事に快楽を見出しているだけかもしれない…。
むぅ、もし後者だとしたらそこいらの不良と変わらないアホ娘じゃあないか。
そんな事を考えているうちに、夕日の最後の一筋の光が地平線の彼方へと消えていった。
「へえ、日の光の最後って点なんだ…」
思わず口を出た独り言。そして深紅の一点は何故か先ほど見た男子学生の―――風紀委員を示すバッジの一欠片の青を思い出させた。

時刻は既に19時30分を過ぎただろうか、空の赤さもほとんどなくなり、濃淡の異なる青が段々と空を覆っていた。
なんだ、門限だなんだと言いながら夜歩き、夜遊びをしている人も結構多いじゃあないか。
夜風が髪をさらさらと撫でていく。そろそろ寮に戻ろうか…そう思った時、気付いた。
―――自分の後方、数十メートルの辺りを、何人かのグループがずっと付いて来ている―――
正直言って私は臆病者。そして危機を回避すべく小動物的な直感がピンと働くタイプだ。
やんわりと振り返る。向こうの人数は5人。同時に相手も私が気付いた事に気付いたようだ。
「なーんだ女か…どうする?」
「は? 一人歩きの女に仕掛けるなんてみっともねえ真似が出来るかってんだ、バカ」
「ンだとテメェ!」
「大体、芳賀さんがアクターじゃなきゃ“戦果”にならねーって言ってただろ」 
「煩ぇな、次行くぞ次!」
理由は分からないけど彼らはアクターを探しているらしい…一応私もアクターなんだけど名乗り出るのは不味い気がする。
君子、危うきに近付かず。すたこらさっさと行ってしまおうとした時だった―――
―――カラン、コロン、カラン、コロン―――
前の方から何か下駄を鳴らすような音がする…と思ったらその姿は現れた。
眼前にある切れかけたボロ街灯が一瞬だけスパークした時に見えた。
あの白髪交じりのザンバラ頭、印象的な目、相変わらず着崩した制服に2つの校章―――あの男だ。
ただし、今はさっきと違って鉄色の下駄を履いている。相変わらず気だるげではあるが…。
夜の闇の間かを歩く彼の姿は、どこか幽鬼じみた冷たさと不可解な力を感じさせた。
「…何故、出歩いている」
「ほぇ!?」
わ、私か!?
「門限はとうに過ぎている。普段は煩く言わんが、一応守ってくれた方がこの時期は助かる、以上…ああ、俺は…だからな」
彼が指差したのは風紀委員のバッジ。ああ、自分は規則違反を犯してるんじゃなくて、その取り締まりですよって言いたいのか。
ん? このまま彼が進むと、変な集団にぶち当たるわけだが…うわ、案の定だ、しかも何か絡まれてる。
「へへ…なあ、そのバッジ…アクターだろ?」
「ちょ、ランク! ランク!」
「煩え! こっちは5人だ! Aを仕留めれば芳賀さんだって認めてくれる。箔が付くぜ!」
…なるほど、アクター狩り? それにしても彼は変に余裕だな、あくびまでしちゃってるし。
「なめてんじゃねえぞ!!」
一喝と共に風が吹き、風紀委員の彼の隣りの街路樹の枝がスッパリ切り落とされた。
「へへ…ビビってんのかぁ? 余裕の振りかぁ? Aランクの旦那よぉ?」
暗いせいか、頭に血が上ってるせいか、彼が風紀委員だという事には気付いていない様だ。
次の瞬間、彼が口を開いた。
「…成程、貴様らだな。ここ最近アクターばかりを狙って戦闘を仕掛けるのは。それに…お前達だけじゃあるまい。他にもグループがいるだろう」
5人組は問いには答えず彼を取り囲み、へらへらと笑っている。
一方で風紀委員の彼は切り落とされた枝を掴むと、カッと下駄を鳴らして腰を低く構えた。
あれは…詳しく知らないが居合いの構えなのだろうか?
「何故の狼藉か、理由は大体見当がつく。だが…今夜ばかりは相手が悪かったな」
ザンバラ頭の行動はあまりの意外さからか、周りを囲む5人の思考を停止させてしまったようだ。
無理もない。大見え切って闘う気満々の台詞を吐き、構え、その上で手にした得物は木の枝1本。
「へっへっへ…旦那よぉ…」
真正面の1人が笑う。直後にこめかみはピクピク痙攣し、一瞬で怒りの表情が爆発する。
「舐めてんのか!?」
ダン、と地面を踏み鳴らしていかにもな不良男子がザンバラ頭へと殴りかかった。
でも、その拳は届かなかった。ザンバラ頭の風紀委員が見惚れるほどの流麗さで手にした木の枝を振り抜いたのだ。
両者の間の距離は約1.5メートル。対して木枝は掌にすっぽり収まるほどしかない。
だと言うのに、だと言うのにだ。不良が手に纏った衝撃波らしき像は霧散し、その手首からは血が吹き出ている。
「あがあああぁぁぁ!?」
不良は手首を押さえて転げ回る。
「てめえ! 何しやがった!?」
今まで相手を嘲る余裕の表情でいた不良達も一斉に身構えた。
「…貴様らの如き輩には見えまい。万物に宿り、万象を取り巻く霊気(オーラ)を捉え得る者は一握り」
「ワケわかんねえ事ほざいてんじゃね…!?」
背後から躍り掛かった2人目の襲撃者は、腹から血を吹いてうずくまった。
風紀委員は腰を落とし背後へと木の棒を突き出した。あの動き…もしやあれは…“剣”なのか?
「…急所は外した。動くな、出血が増える」
相変わらず優雅とさえ言える身のこなしで背筋を伸ばした彼は、残った3人を一瞥し、剣と思しき視えない“何か”を向けた。
「この状況を見てなお刃向かうか? それとも2人を抱えて保健所へ駆け込むか? どちらか選べ」
「お前らぁ!! 一斉に掛かれえええぇぇ!!」
残りの3人はやけくそで飛び掛かった。
「―――ふっ!!」
気合いの声と共に放たれたのは360度を薙ぎ払う一閃。3人は足を切り裂かれた。
「―――つあっ!!」
更なる一喝と共に鉄下駄で地面を踏みしめる。支えを失った3人は巨大な衝撃を受けて5メートルほど吹き飛ばされた。
当の私はと言うとヒビ割れた道路の上で呆然自失。余りに鮮やかな決着を前に声も出ない。
「おろ? お仕事か礼零那(レオナ)」
「うひゃわわ!?」
突然の後ろからの声。私は余りにも間抜けな声を出してしまった。
「…見ていたのか、ディートリヒ」
「いや、これから夜間講義3限目だからよ、通りかかっただけだ」
私の事は完璧にスルーして2人は会話を続ける。
「調度いい、こいつら全員を保健所へ運べ」
「ああ? なんだって俺が―――」
「―――上位風紀委員としての命令だ。それともお前は極ヶ原の私兵(イヌ)か?」
「へいへい、了解しましたよ」
日系ドイツ人? 独系日本人? どちらかは知らないが現れた男の体は突然、霧になった。銀色の霧が倒れた5人を包みこむ。
「治療しタ後はどうスル?」
「風紀委員会に引き渡して身元とアクター襲撃の理由を調べさせろ」
「了解シた。マア、理由なド大方見当がつくガナ…」
霧は凄いスピードで移動していく。霧が去った―――間違っても晴れたじゃあない―――後に5人の姿はなかった。
肝心のザンバラ頭はというと…うひゃあ、私を見てる!? わあ、近付いてくる!?
「えーと、私はですね、何と言うか、彼らにつけられていたって言うかですね…」
パニックだ。自分が何を言ってるか良く分からない。彼が私に向かって手を伸ばしてきた。
「~~~~っ!!」
ぽん、と彼が私の頭に手を置いた。
「…怪我はないか?」
「ふえ?」
「怪我は?」
「なっないです!!」
なんだろう、顔が火照る、動悸がする。
「なら良かった…さっさと帰れ」
それだけ言うと彼は行ってしまった。それでも動悸は収まらない。これってもしや―――
「―――恋?」

翌日―――
「一目惚れだよ。うん、間違いないね。これでさーたんも恋する乙女の仲間入りってわけだ」
「…ただの吊り橋効果の様な気がす―――」
「―――絶対に恋だよ! 私も協力するからね! 何でも言ってね!」
「はあ…それよりも急がないと遅刻するわよ」
廊下をぱたぱたと急ぐのは私と凜と谷風先輩である。次の講義はA,B,Cランク特別合同戦闘訓練。
小規模な爆発程度なら耐える頑丈さを誇る制服よりも更に頑丈な訓練服に着替えるのに手間取ってしまったのだ。
「しっかし特別訓練か…しかもAやBも居やがるんだろ? 俺なんてなぁ…」
「大丈夫だよ、やふう。ポルターガイストの力! 思い知らせてやるのだ~」
「…心中お察しします谷風先輩。ところで事前に対戦相手を記した票が配られましたよね? 見せて下さい」
「ん、ああ。ほら」
どれどれ、我らおとぼけトリオの対戦相手はっと―――『谷風 良VS玖龍 啓助』
この時点で谷風先輩は声ならぬ声をあげて頭を抱えている。なんでも相手は飛躍的に能力を高め、近々Aランク入りを果たすらしい。
しかも風の噂だが自警団への入団も控えており、下級幹部の椅子も用意されているとかいないとか。
一方で凛は下剋上でランク昇進だなんだとはしゃいでいる。このお気楽者め。
どれどれ凛の相手は―――『坂峰 凜VS朝比奈 大地』
ドラゴンVS大地の支配者か。しかし竜とは古今東西、空の王者。互いに実力も未知数であり、展開は読みがたい。
ちなみに凛の対戦相手、元は織 ディートリヒ 伽雅弥とかいう人だったらしいが、日光を浴びるとWRYYYY(ウリイイイイ)とかGYYAAAA(ギイイアアァァ)とか
KUOHHAAAA(クウオアアァァ)とかSYYAAAHHH(シャイイアアアァァ)とか叫んで焼け死ぬらしいので交代になったとか。
そして私の相手は―――『灯杜 沙耶VS岡崎 礼零那』
「おかざき…れれな?」
「…れおな、じゃねーの?」
れおな…そう言えばあの時、不良相手に大立ち回りをやってのけた男の名前もそんなだった様な…
「あー名前だけなら知ってるよ、武勇名高き風紀委員『『五賢帝』』の一人! 剣帝の二つ名を持つ実力者でありながら、
規律よりも情を重んじる風紀委員きっての変わり者って噂の人! うんうん、さーたん。
こんな人と戦えるなんて私は鼻が高いぞぉ」
「闘うのは私なんだけど…はぁ」
やっぱりだ。あの人だと思うと動悸がする。凛の言うとおり一目惚れってやつなのだろうか。
「それより急ごうぜ。遅刻するとどんな罰ゲームが待ってるか分かったもんじゃない」
谷風先輩の一言で私達のぱたぱたした急ぎ足は全力疾走に変わった。

訓練開始のチャイムとほぼ同時に校庭に到着。幸いにも罰ゲームはなかった。
何でもこれに遅刻した場合、闘う相手のランクが一つ上になる、または同ランクでも更なる実力者に置き換わるらしい。
なんとまあ、恐ろしい話である。特に谷風先輩の安堵ぶりは半端ではなかった。
「よおぅっし、全員そろったな。これよりA,B,Cランク特別合同戦闘訓練を始める!」
高田 真先生の一喝と共に歓声が上がる。谷風先輩のようにこの演習を嫌う人も多い。
だが、自分の可能性を合法的に存分に発揮できる場を渇望してならない人は、それ以上に多いという事なのだろう。
もちろん、万が一の場合―――両者がヒートアップして自制を失った場合の保険も用意されている。
1人目は高田 真先生。他者が能力を使えなくなる空間を形成し、そこで体育教師的な制裁を加える。制裁はいらないな、うん。
2人目は小林 優。ごく最近Sランクになった時の人。論理的に無効にできるモノは思いのままに無効化するという噂だが詳しくは分からない。
他にも1人、他者の能力を無効化できる人がいるけど名前は知らない。そして再生・治癒のリフィターが何人か待機している。これなら万全だろう。
「第一試合、谷風 良VS玖龍 啓助」
同時にワッと歓声が上がる。谷風先輩は渋々と半径20メートルの円形のフィールドへと入っていく。
このフィールドがバトルゾーン。ここから自分で出たら即失格。成績も保障されない。
対する玖龍 啓助とかいう人も、言っては悪いが格下を相手にするにしては随分と緊張して見える。
確か…水を操る能力だっただろうか? 玖龍が一歩踏み出すごとに地面は乾ききりヒビ割れて、水の粒が中空へと浮き上がっていく。
そして水の粒は宙を渦巻く水のベールへと合流し、その体積をどんどん増している。
「うーん、強敵そうだなぁ。がんばれ、やふう!」
凛は凛で相変わらず暢気なものだ。お前の相手もAランクの実力者だというのに。
「…お手柔らかにお願いします」
「悪いが加減は出来ない。君も全力でこい」
「えっ!?」
「…俺も事情ありでな…あの過激派の筆頭、爪先軍団に目を付けられてからというもの、夜も眠れん。自警団に入れと毎日毎日…」
「は…はあ…?」
「『乾いた大地を踏む者』とかいう二つ名やら、何とか病全開の集団につけ回される日々。
 こうなったら自ら実力を証明し入団して穏健改革派に身を投じて、内部から改変するしかあるまい?」
「で、なんでそれが全力で戦う理由に?」
「穏健派の幹部がこの試合の結果次第で入団の如何を決めるそうだ…ほら、あそこの」
玖龍が目をやった先に居たのは金髪碧眼のアメリカ人風の女性だ。
「と、言うワケで間違っても負けられないのだよ。悪いね」
「お前らぁ! お喋りはそこまでだ! 両者、位置につけぇ!」
高田先生の一喝と共に2人は白線を踏んだ。互いの距離は10メートル。後ろのアウトラインまでの距離も10メートルだ。
にぃっ、と高田先生が笑う。
「第1試合! 谷風 良VS玖龍 啓助! 環凪ファイト、レディ・ゴー!!」
更なる歓声が校庭に轟く中、戦いの火蓋は切って落とされた。

試合開始を告げる声が響いた瞬間、先に動いたのは玖龍だった。
「お手並み拝見といこうか!」
羽衣の様に漂う透明な液体の中から2本の支流が現れた。先端は大きな氷塊がくっ付いている。
「しゃあ!」
掛け声とともに2本の水の鞭はしなり、うねり、谷風先輩の頭を両側頭部から狙い打つ。
だが、開始間もないここで決着が付くはずもない。谷風先輩は鞭の先端の氷塊へ向けて手をかざす。
パァンという音と共に氷塊は弾き飛ばされ、同時に周囲からは歓声が沸いた。
どちらの力の残滓かは分からないが、空中には青白いオーロラの様な光が漂っていた。
しかし、鞭の連打はまだまだ止まらない。もちろん、それを弾き返すポルターガイストの力も同様だ。
私を含めギャラリーは皆、100打近い水の鞭と念動力の応酬に目を奪われていた。
「はっ、中々の精度とスタミナじゃないか! じゃあ数を増やしてみるかい?」
水の鞭の数が増えると言うのか。私も含め誰もがそう思っただろう。だが、その宣言と同時に繰り出された鞭は予想を裏切って1本だった―――
―――その先端の違いを除けば。
先端に付いているのは先程までの氷塊とはまるで違った。無数の氷針の寄せ集めだ。
「「「!!」」」
この時初めて私も凛もギャラリーも、谷風先輩も理解した―――“数を増やす”の意味を。
これはヘッジホッグボム―――爆発と共に無数の鉄釘を放つ爆弾―――と同じものだ!
「終わりだ!」
「危ない!」
玖龍の勝利宣言と朝比奈の突然の警告は同時。直後、一瞬にして地面が隆起し、高さ2メートル程の土壁が出現した。
その壁の向こうでは爆発音。恐らく四方八方に氷針が発射されたのだろう。
現に私の目の前の壁には半ば貫通しかけた氷針が顔をのぞかせている…恐ろしいまでの威力だ。
隆起した土壁が沈降していく。この時点で誰もがハリネズミになった谷風先輩を予想していた―――
が、それは湧き立つ歓声によって完膚なきまでに否定された。谷風先輩は立っていた!
一見、正面から見ればその体には30本近い氷針が付き立って見えるだろう。
だが、氷針の全ては谷風先輩の正に文字通り皮一枚のところで静止していた。
「…どうやって凌いだ?」
「逆転の発想ですよ。音速を超える何十発の弾丸全てに力を働かせることは出来っこない。
 だったらそれを受ける“標的”に能力を働かせれば必要な力は1で済む…もっとも」
谷風先輩はザラザラと氷針を払い落して肩をすくめた。
「流石に“皮一枚”は貫かれましたがね。体のあちこちがチクチク痛む」
「ちぃっ!」
舌打ちと共に玖龍は大量の水を放出した。恐ろしいほどの量の水が谷風先輩を飲み込んだ。
…まさか、ラインオーバーさせて勝利を掴むつもりなのか…だが、それも無意味だった。
谷風先輩はまるでモーゼの十戒の如く濁流を割り、悠然と立っていた。
「こう言っては失礼ですが次期Aランク候補にしては力量不足では?」
「…余裕もそれまでだよ谷風君…色々言いたい事はあるが一言で言わせてもらおう」
突然、校庭にある全ての蛇口がガタガタと震えだし―――破裂した。そして夏に向けて満々と張られたプールの水が大蛇の如く頭をもたげた。
当の玖龍はというと普段の中性的な印象はすっかり影を潜め、その両目は殺意に近い激情を灯している。
「本気にさせたな。いくぞ―――決戦“布陣”九頭龍(オロチ)―――!」
破裂した水道管から噴き出る水の全てが、幾条もの螺旋を中空に描いて一人の男の手へと収束していく。
満々と溢れんばかりに蓄えられたプールの水が、意思持つ巨大なゲル状怪生物の如く蠢き移動し、主の背後へと馳せ参じる。
周囲の大気から、大地から、全ての水を吸いつくし、その元凶は目を爛々と輝かせる。
「玖龍の背後のギャラリー! 即刻避難! 小林はフィールド外周へ無効空間を展開! 急げ!」
高田先生の檄が飛ぶ。周囲のギャラリーからは困惑の声が漏れる。「あいつ、ここまで出来たのか」と。
今ここに存在するコップ1杯の水、小さな滴、否―――その分子の1つ1つまでもが水神の名を冠する男の、玖龍の下僕なのだ。
そして水と言う水の全てはオベリスクを思わせる巨大な柱と化して玖龍の背後に鎮座した。
「糞、マジかよ…」
「加減はしないと既に言ったな。それでも俺は君を侮っていたよ。この完全なる本気の“布陣”で以て挑み、それを謝罪としよう…水騎兵!」
その呼びかけの直後、巨柱の壁面が揺らいだ。そして次の瞬間、そこから飛び出してきたのは透明な異形の騎士。
例えるなら甲冑に身を包み、盾を構え、長槍や剣で武装した氷細工のケンタウルスと言ったところか。
手に手に槍を、剣を、戦斧を、薙刀を、鎖鎌を、あらゆる獲物を手にした水の騎兵は数える事、15。
この時点でフィールドの中央部は三角形に陣取った騎兵達に制圧された。
「ヘレポリス!」
次なる一声と共に騎兵達の両側面を挟み込むように無数の砲身が生えた大きな氷壁が構築された。
これでフィールドの半分は制圧されたも同然だ。
「おいおいおいおい、ま・じ・か・よおぉ…」
先程までの優勢はどこへやら、谷風先輩はすっかり戦意を喪失したかのように見える。
「九頭龍!」
恐らくこれが最後のカード。一際大きく玖龍が叫び、残った水へと飲み込まれていく。
そこから9本の竜の首が生え揃う。その奥深くで直径2メートル程の気泡に包まれて玖龍は宙に浮いていた。
「決戦布陣って言ってたね…奥義でもなく、必殺でもなく…どれだけの敵を相手にする為に編み出したのか知らないけど…
 これを全部…やふうにぶつけるつもりなの…?」
私の隣で凛が思っている事を全て代弁してくれた。そう、1人を相手にするにはオーバーキルにも程がある。
私は未だ谷風先輩の本気を知らない。おそらく彼自身も本気になった事はないだろう。
だが私は気付いていた。彼がこの布陣が完成するのを、手をこまねいて見ていたわけではない事を。
必死でポルターガイストの力で妨害していた事を。それでもなお、この布陣は完成してしまった。
恐らく玖龍は水に関してなら、谷風先輩よりも巨大な力を発揮できる。
そしてここは最早、玖龍のテリトリー…絶望的だ。
「終わりだ、谷風君…総攻撃!」
騎兵達が突撃していく。ヘレポリスから無数の氷弾が放たれる。9の顎から鉄をも切り裂く水流が放たれる。
「くっそおおおおおおおおお!!」
無限の濁流に飲み込まれながら、谷風先輩は全霊を込めたであろうポルターガイストの力を玖龍へ向けて放った。
「密集陣形(ファランクス)!!」
玖龍の一喝と共に騎兵達が球形の陣を張る。そしてそこには青紫のオーロラが―――恐らく玖龍の展開する超高密度の念動力の表れなのだろう。
ポルターガイストの力は、無色透明の稲妻を形どってオーロラを切り裂きながらも散り散りになり、やがて霧散した。
全霊を込めた谷風先輩の一撃。しかし、それは遂に届かなかったのだ。
そして同時に、もはや水とは呼べない、極限まで粘度を高めた液体の濁流に飲み込まれて谷風先輩はフィールドから叩きだされていた。
「エリアオーバー!! 勝者、玖龍 啓助!」
高田先生のジャッジと共に拍手と歓声が沸き起こる。当の勝利者は敗者へと駆け寄っていく。
先程までの玖龍の殺気立った様子はすっかり影を潜め、純粋に相手を心配する姿がそこにあった。
「済まなかった。頭に血が上ってな…怪我は?」
「…ドロドロの水がクッションになったお陰で有りませんよ。騎兵も竜のブレスも届かなかったし―――」
「―――何!? 届かなかった!? つまり俺の力の多くは君に退けられていたと―――」
「―――どうやらそうらしいわね」
「げぇっ!? メアリ、いつの間に…」
いつの間にか、先程まで遠くで観戦していたアメリカ人風の金髪の女性がすぐ側まで来ていた。
恐らく噂の自警団から派遣されたという玖龍のお目付け役だろう。
「次期Aランク候補者でありながら格下相手にこの体たらく…反論は?」
「…ないね…」
「ま、でも勝ったから良いでしょう。玖龍 啓助、貴方の自警団参入を認め、幹部である私の補助員としての役目を命じます」
ガッツポーズ。玖龍は明らかに年下であろう相手の下に付くにも関わらず、天にも昇る表情を湛えて拳を掲げた。
「ああ、これで爪先軍団の執拗なストーキングから解放される! 内部改革で自警団をより良いものに―――」
「ああ、言い忘れていましたが私、メアリ 桐生(メアリ きりゅう)と神宮寺彩愛は―――」
溜め、思いっきり溜め。その様子で玖龍は彼女が言わんとする事を悟ったのか顔を青くした。
「―――滅茶苦茶に仲が悪いです。爪先軍団とは全面戦争になるのでお覚悟を。さあ、さっそくお礼参りに行きましょう」
「ちょ、ま…」
何か言いかけたみたいだが抵抗も空しく、突然現れた巨大な“腕”のオーラに襟を掴まれると、玖龍はズルズルと引っ張られて何処かへ連れて行かれた。
「まあ、なんだ」
声を上げたのは谷風先輩。彼も爪先軍団には痛い目にあった事があるらしく、その顔には同情の色を湛えていた。
「彼も大変だね」
「みたいだね~」
「…ですね」

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最終更新:2011年09月26日 23:02
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