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したらばSS作品 ID:T.FWDsq6

当然の話だが、夜の十一時にもなると高等部の校舎は暗闇に包まれている。静まり返った校舎に響くのは、静かな足音だけだった。
まだ新品同様の女子用制服に身を包んだその転校生、神代刀夜が立ち止まったのは、コンピュータ室の前だった。
確信に近い直感が、一見すると少女にしか見えない少年の足を止めさせた。この部屋の中には、誰かいる。しかもその人物の心は、仄暗い感情に染まっている。
確信に近い直感だった。なぜここまで自身が持てるのかは、自分でも判らない。
第六感、とでも言えばいいのだろうか。
そこまで考えて自分で吹き出してしまった。そんな次元で収まる能力でないから、こんな異能者だらけの薄気味悪い島に送られてしまったのだ。
神代刀夜は唇の端を持ち上げながら胸のリボンを緩め、ドアをノックする。
「どなたかいらっしゃいますか?」
わざとらしいほど澄ました、女のような声で呼びかける。
馬鹿みたいだ、と微かに残存していた冷静な自分が脳内で呟く。窓から煌々と降り注ぐ月明かりが、彼の思考を完全に狂わせていた。
「そんなかしこまるなよ。俺は別に教職員じゃない」
無愛想な若い男の声が、室内から帰ってくる。
「失礼します」
相手の反応が見てみたくて、硬い態度のままコンピュータ室の扉を開けた。室内の照明は落ちている。デスクの上には例外なくパソコンが置かれている。
奥まった席では、制服姿の一人の男子がモニターを見つめていた。
「初めまして……で合ってますよね?」
神代はその男子の許へゆっくり歩みながら、尋ねる。少なくとも記憶にない顔だった。分厚い眼鏡を掛けた、痩せこけた男子。間違っても女子に人気が出るタイプには見えない。
「合ってるよ、神代刀夜」
マウスを右手に持ったまま、男子はモニターに焦点の合わない瞳を向けていた。
「私の名前をご存じなんですね」
「そりゃまあ、有名人だからな、あんたは」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「かしこまらなくていいって、今言ったよな」
「ごめんなさい。名前を教えて欲しいんですけど」
「小田」
短く答えた男は、ようやく神代の顔を見る。
「何やってんだよ、転校生」
その問いに、神代は満面の笑みを浮かべて回答する。
「夜の散歩が趣味なんです。まだこの学校にも慣れてませんし。小田さんは何をしてるんですか?」
「サーバー吹っ飛ばしてんだよ。ったく……あいつらふざけやがって」
モニターを見てるだけでそんなことができるらしい。しかし後半は独り言だろう。自分はまるで興味が湧かないが、ネット上の喧嘩も最近では日常茶飯事だという。
「喧嘩は良くないですよ」
「まるで他人事だね。あんたも立派な被害者なのに」
「私が?」
意外な言葉をぶつけられた。幽鬼のような顔をした男子は言う。
「そうだよ。自分じゃ気づいてないのかもしれないけど、あんた本来なら、この世界じゃ一番スポットライトを浴びて然るべきキャラクターなんだぜ?」
「何を言ってるのか、良く判らないんですけど」
少し困った表情を作りながら、神代は続ける。
「それに私、充分目立ってると思うんですけど」
「判らないなら別にいいさ。でも俺は耐えられないね。ゴリラみたいな顔した生徒会長とか、女ったらしのキレやすい刃物男とか、天然パーマの器用貧乏が
観客の脚光を浴びている舞台なんて。だったら情報端末に触れるだけであらゆる情報を改ざんできる人間が第一線に立ったっていいと思わないか?」
何を言ってるのか良く判らない。気のない相槌を打つ。
「はあ……」
「本当に何も理解してないみたいだな」
小田は溜息と共に、マウスから手を離す。
「客席から見た舞台がどんなものなのか、少しだけ教えてやるよ」
小田の言葉が終わるのと同時に、神代の視界が硝子のように粉々に砕け散った。そうとしか表現できなかった。
一瞬後には、無数に砕けたコンピュータ室の破片が一つの光景を作りだす。
足元には遥か空の上から見たこの島――環凪島が映っていた。夜だ。
「これは……」
足場があることを抜け目なく確認しながら、神代は訊いた。
「これから始まるイベントの……そうだな、未来予想図ってところだ」
一瞬だけ言葉に詰まった小田は眼下に広がる、彼はまだ、椅子に掛けたままだ。
学園の裏に広がる真っ暗な山中で、赤い光が灯った。
「この距離じゃ見えないな」
再び粉砕された映像が、すぐに再構築される。いつの間にか神代と小田は、山の中に立っていた。
眼前では、巨大な獣が咆哮を上げていた。フィクションで良く出てくるドラゴンに似てなくもない。無数の牙が並んだ口から、炎を吐いている。
「坂峰凛かな、これは」
小田の独り言にはついていけない。その坂峰某は有名人なのかもしれないが、なにしろこちらは新入りなのだ。
と、炎の中から人影が転がり出てきた。高等部の制服を着ている。神代も見覚えのある、癖毛の男子だった。
「おいおい、谷風とやってんのかよ」
ひどく愉快そうに小田が言った。
「彼は、私のルームメイトです」
「あ、そうなんだ。良かったじゃん。出番増えるかもよ」
またも意味不明なことを言いながら、小田は視線を谷風良に戻した。悲痛な表情で、巨大な獣に何かを呼びかけている。音までは再生されないので、何を言ってるのか判らない。
獣の前足が高々と持ち上がり、谷風に向かって振り下ろされる。轟音はない。が、地は大きく揺れ、木々が何本が倒れる。
神代のルームメイトは、意外なまでの機敏さで攻撃範囲から逃れていた。谷風はまた何かを叫んでいる。
「もういいかな、このカードは」
小田の声で場面が切り替わる。今度は街灯に照らし出された市街地だ。
カッターナイフを持った赤毛の男が、白髪の青年と向き合っている。白髪の周囲には、無数の透明なキューブが浮かんでいた。
赤毛の男は、その場で何度もカッターを素振りした。白髪の男は残忍な笑みを浮かべながら、キューブを展開する。
「続きが気になるか?」
小田の問いに、神代は首を振る。別に見ず知らずの他人同士の喧嘩などに興味がない。どうせなら、自分で身体を動かしたい。
そこで一つ、疑問が生まれた。
「私はこのイベントに参加してないんですか?」
もしそうなら、ぜひ自分の戦闘を見てみたい。夜間なら誰にも負けない自信がある。
「そう、俺が問題にしてるのはそこなんだよ」
指をパチンと鳴らした小田が、神代に人差し指を向ける。
「ついでだ、これも見とけ」
今度の光景は、殺風景な屋内だった。研究所だろうか。白い壁が四方を囲んでいる。高等部の生徒会長と、白衣を着た中年男が向かい合っている。
「あの生徒会長、すごく強いって噂ですけど」
「らしいけどな。まあおっさんの方も勝算があるんだろうよ」
小田が呟いた。中年の男が、白衣の内ポケットから小さな物体を取り出している。水晶のように見える、ごく小さな、紫色に煌めく結晶。

と、視界が視界が砕けた。
「あ! 続きは気にならないんですか?」
「今のは単なる俺の予想っつうか妄想みたいなもんだから」
二人はコンピュータ室に戻っていた。
「何なんですか、今のは」
「俺の能力だよ。大したことない。ちなみに俺はCランク」
「まあそれはいいですけど……そのイベントっていうのはいつ開催されるんですか」
「知るか。俺が訊きたいくらいだ」
小田の機嫌が急に悪くなる。
「はぁ……端役でいいから出てみたいもんだよ。あんただってたまには暴れたいって思うだろ」
素直に頷きかけたが、どうにかこらえた。
何も知らない小田が言葉を継ぐ。
「しかしあんたも災難だよな。そんな女みたいな恰好に改変されて」
「改変?」
昔からこんな外見だった、と思うのだが。
「ま、とりあえずお互い頑張ろうや。せっかくこの世界に現出できたんだ。少しでも目立たなきゃ人生損だろ」
未だに小田の発言は理解できないが……
「目立てばいいんですか?」
「埋もれるよりはずっとマシだと思うけど」
「生徒会長とか襲えば、目立てますかね」
「おー、チャレンジャーだね。アドバイスすると、あんたのルームメイトを襲うっていうのも、相当目立つと思う」
「なるほど……検討してみます」
どうせ朝が来たら、テンションが下がっているのだろうが。昔からそうだ。
夜にはしゃいで、朝には意気消沈している。遠足でも修学旅行でも運動会でもそうだった。
「小田さんは、まだサイバー攻撃を続けるんですか?」
「もういいよ。あんたと話して、少し気が晴れた」
マウスから手を離した男子が席を立つ。
「じゃ、俺は帰るから」
最後にそう言い残し、小田が姿を消す。テレポートにしか見えない素早さだった。
最前から思っていたが、彼がCランクとは思えない。情報だけの世界ではほぼ全能、と言っていた気もするが……
「待てよ」
声は高いままだが、思わず男言葉が出ていた。
もしこの世界そのものが虚構なら、彼は最強なのか。そして恐らく、この世界は虚構。
舌打ちが洩れていた。惜しいことをした。どうせなら、彼と一戦交えてみたかった。

おわり

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最終更新:2011年09月26日 23:05
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