「おはよー!」
小柄な女生徒が鼻歌交じりで教室に入ってきた。
毎朝あいつは調子がいいな、と晴海は机に頬杖をつく。騒がしいのは嫌いじゃないが、騒がしい個人は好かない。人間、常にスイッチを入れたままにするとろくなことがないのだ。
何より疲れる。そういう無駄な疲労は人生において最も忌避すべきものである。彼が京極晴海である以上、それは間違えようのない事実だった。
「おはよう京極くん! 朝がやってきてよかったね!」
こうして無駄にエネルギッシュな挨拶をするクラスメイト――鎖々崎結(ささきゆい)――とは、根本的に水と油の関係にあるに違いなかった。
「おはよう。っていうか……朝は来るって、普通に」
「どうかな、この島だったら来ないかもしれないじゃん。それに前にあったみたいだよ、『明けない夜事件』みたいなの」
前の席についた鎖々崎は、学生鞄を机に引っ掛けながら言った。
「自転サボんなよ地球、やる気あんのか」
ありとあらゆる異能異常を混濁異物にして雑多に放りこんでいる『環凪島』に限ってはあり得るのかもしれないが、晴海がやってきた三年前まで、そこまで凄まじい事件は起きていない、はずだった。
常人では観測すら困難な人間、あるいは存在すら確認されているために、確定的なことがあまり言えない。三年居ても、わからないことのほうが圧倒的に多い。
「ちがうよ全然地球悪くないよ、地球ちゃんは被害球」
たとえば目の前の鎖々崎が毎日飽きもせずにキャンキャン吠える理由も、よくわかっていない。
「被害球ね……そういうもんなのか」
「うん、そういうもんなんだよね」
そして鎖々崎はくるんと前に向き直り、他の生徒と話し始めた。
が、
「そうだ京極くん」
「なに」
鎖々崎はまた晴海に視線を合わせると、唇をきゅっと閉めて息を吸った。バカでかい声をチャージングしてるのかと思い、晴海は耳をふさごうか迷う。
「今日の昼休みツラ貸してね! 大した話じゃないから!」
「別にいいけど。言い方がヤンキーみたいだ」
あはは、と鎖々崎は目を細た。
「なにそれ、私は清純青春ロッカーじゃん? ヤンキーなんてもー面白くないツッコミだね!」
「面白くないね……ちくしょう……」
エネルギー消費の多そうな笑顔に精気まで吸い込まれそうになる。
何を言っても大体無駄そうなので、晴海は鎖々崎から視線を外すことにした。
昼休みに入った途端に、鎖々崎は振りかえった。
「本当に大した話じゃないんだけど。京極くんって暇だよね?」
「基本暇だよ。それで?」
晴海は訊き返す。率直にささっと要件を終わらせて、昼食を食べ、静かに過ごす。それが無難だ。
大した関わりもない相手だ、大した用事ではないに決まっている。せいぜい「掃除代わって」とか「ノート見せて」とか、とりあえず前者なら断る。
「文化祭のライブのことでさ、ちょっと手を貸してくれないかなーって」
「却下で」
「どうしてぇ!」
問答無用で断ったのに脊髄反射レベルで訊ねかえされた。
「なんで俺がライブの手伝いなんだ。意味がわからない」
そもそも鎖々崎結のライブといえば、ろくなものではない。
※
以下説明。キャラ設定+αで長い。
把握済みなら次の 「※」 まで飛ばすのもアリ。
彼女の所属するバンド「SWB」。そのバンドの筆頭である彼女には、名前の通り「音(Sound)波で(Wave)炸裂させる(Burst)」性質があり、実際に物質を破壊させることができてしまう。
通称『超振声爆発』という有象無象をバーストしていく彼女の声と、崩壊的でありながらエネルギッシュな曲調がその説得力を強め、本当の意味でのスリリングさをあわせ持った魅力的なバンドであると認識されている。
だが、彼女の能力による「音波による破壊」は実害をもって証明された事実であり、被害が一切ないかと言えばそんなことはない。
バンドの引き起こした実害、さらに言えば彼女達の名前が広まるきっかけは、昨年度の文化祭で鳴りもの入りで参加した体育館での有志ライブにあったのだ。
昨年度の文化祭では、ゲスト参加で環凪島出身バンド「AZUMS FAMILY(アザムスファミリー)」が演奏することになっていた。
だが、そんな期待を反故にするように、前座で出演した彼女達「SWB」のハジけた演奏によって機材が吹き飛び、続行は困難ということでゲストバンドのライブまでお流れになってしまった。
その際に「SWB」は厳重注意を受け、一週間の停学。ゲストの前座としてたくさんの聴衆を相手としていたため、その中のゲストバンドのファンは激怒し、後一カ月ほどいざこざが絶えなかった。
けれど同時に彼女達は、島内研究施設での室内強度実験のサンプルとしても注目され、特注の機材と部屋を貸与されることになる。
彼女の引き起こす「振動」の正体は何か、完成済みの精巧な機械が内部の衝撃で壊れてしまわないか、など、試せるだけの実験を行っていたらしい。
もっとも全力での練習が行えるようになった彼女達にとって、そこは単純な意味でのユートピアだった。
そして、さらに磨きをかけられた彼女達の演奏が研究施設内で話題にのぼるまで、そう時間はかからなかった。
何がきっかけか研究施設の外部まで話は広がり、去年の演奏時点で彼女達に目をつけていた隠れファンも手を挙げ始める。
やがて生まれた「誇張か虚像か本物か」という期待に対応するため、研究所の有志が作り上げたライブハウスで「SWB」のライブを開催。
結果には大喝采が返り、けが人や機材の破壊もなく、彼女達の素直な音楽が認められたという素晴らしい結果を得ることとなった。
事件から一年が過ぎた現在では、「SWB」のライブは定期的に開催される生徒達の娯楽の一つに昇格しており、生徒の間では知らないほうが少数派という、常識レベルでの存在感を獲得している。
技術開発部より「爆発用」の機材も提供され、曲や歌声だけでなく、パフォーマンスもより過激な姿に成長してきた。
だが、
※
とにかく派手さを魅力としているので、演奏は研究機関が用意したライブハウスのみでの実施ということで限定されている。
それ以外での演奏は「危険のため」、昨年度の学校祭以来、校舎内で行われたことはない。
「今年の文化祭には出演しようって話になってさぁ。色んなとこ掛け合ってみたら、全部自分達で準備するならオッケーだって言われたの」
鎖々崎はふてくされるように口を尖らせて言った。
「全部って、どっからどこまでになんの?」
「機材の搬入とかさあ」
「とか?」
「うーん……。放送機材も体育館のスピーカーが壊れるようなら差しかえなきゃいけないし、体育館の窓とか壊れそうなら壊れない対策を講じなきゃいけないんだよ。とにかく歌での被害が出ないようにして、研究所のお墨付きももらって、企画部通してやっと合格」
「それでなんで俺に頼むんだ」
「周りの安全管理も有志でやらなきゃ駄目って話になってるの。一応、所定の場所に居ればオッケーってことになってるんだけど、ライブ興味ない人で、なおかつ暇な人が欲しいんだよ」
「いや……おいひでえ、ひでえよ今の……文化祭くらいこっちも普通に回るって」
晴海が切なげな声で言うと、鎖々崎は首を横に振った。
そして晴海に顔を近付け、口を小さく開く。
「……ううん。当日じゃなくて、前夜祭としてやる予定だから大丈夫。うちの学校クラス単位では企画とかやらないし、京極くんは有志企画もやらないよね?」
晴海は頷いた。
「だから、前日の二時間、いや一時間半くらいかな? それだけ時間をくれればいいの。だめ?」
鎖々崎は距離を詰めたまま合掌し、上目遣いを送ってくる。晴海は鬱陶しいと思いながらも、体は逸らさなかった。
「まぁ……それなら、うん。わかったよ、それくらいなら別にいい。指定された場所にいればいるだけでいいんだろ?」
すると鎖々崎はおもむろに立ち上がった。
「やったあナイス色仕掛け! ありがとう!」
「ガッツポーズ……、少なくとも色気はないから勘弁してくんないかな」
「よっしゃーキュートさの勝利! S・W・Bー!」
さらにクラス全体に向けて鎖々崎は両拳をあげた。すると突然クラスメイトはスタンディングオベーションを始め、彼女の雄姿をたたえた。
「よかったね結!」「みんな結のライブ行きたいもんね!」「晴海も器がでかいなぁ! もう校内じゃ見れないかもしれないのに!」
「楽しみだねー」「もしかしてこれで開催決定?」「やー! 京極がいなかったらどうなってたか!」
「S・W・B!」「S・W・B!」「わー」「わー」
晴海は周囲を見渡してから、力なく首を振る。
「なんか、褒められてんのにうれしくねー……俺の感性が狂ってるのか……?」
ライブなんて疲れるだけじゃないのか。そんな顔をして、そこそこ仲の良い男子生徒にぼやくように言ったが、にやにやとした笑みを返されるのみで。
「大丈夫! お礼は絶対するから! 本当にありがとね! えす・わー・びー!」
そばに居る小柄なバーストボイスは晴海の手を握り、無造作にぶんぶんと振りはじめた。
「『ダブリュー』は『ワー』ね、うん……」
文化祭まで後三週間はあるのに、教室内はすでにボルテージを高めている。
昨年度もほとんど参加していなかった晴海にとっては、いまいちついていこうとは思えない雰囲気だった。
そして次の週の朝。
「おはよう……」
小柄な女生徒がため息交じりに教室に入ってきた。
今日は珍しくテンションが低いな、と晴海は入り口のほうをちらりと見た。静かな空間は嫌いではないが、雑音が雑音然としていないというのも虫の居所が悪い。
「……おはよう京極くん。朝なんて来なきゃいいのにね」
皮肉のような笑みを浮かべて鎖々崎は席についた。周りの生徒もどうしたのかとひそひそ話していて、彼女に何があったのか知らないようだった。
「鎖々崎?」
「なに?」
鎖々崎は振り返らずに返事をした。頬杖をついて外を見降ろしている。憂いのこもった姿はやはり似合わない。
「なに、じゃなくて」
「ああ、そうだね」
と、腰を回して晴海を見た。
「……この前話したお願いのこと、忘れて」
「ええええええええええええええ!」
反応したのは晴海ではなかった。聞き耳を立てていたクラスメイトが、阿呆のように口をあけて驚いていた。
「ライブ中止になったの!?」
その女生徒が言った。この反応で、クラスの視線が鎖々崎に向いた。
「なんかさ、生徒会から言われたんだよ」
なんて? と誰かが訊ねる。
「生徒会は企画書出したら受けるけど、バンド活動は学内学外にも関わることだし、風紀委員と自警団からも承認もらわないと開催はできないって。それで早速行ったのにさぁ……」
鎖々崎の語尾が悔しそうなものになる。
「……委員長に突っぱねられたんだよねぇ」
晴海は少し鎖々崎の席から離れつつ、クラスメイトが彼女から話を訊く様子を静観することにする。
「風紀委員って、夕雁先輩だよね? あの人が断るって、結なにしたの?」
夕雁といえば夕雁紅葉(ゆうがりもみじ)。環凪学園、現風紀委員長にあたる女生徒だ。生徒会と風紀委員、自警団はそれぞれ別の方面から生徒を支援する立場にあり、そのトップともなれば認知度は高い。
大勢を掌握する立場である以上、それほど気難しい人物でもないと晴海も思っていたのだが、鎖々崎の様子ではどうも違うらしい。
「話聞いてもらっただけ。でも、忙しいのに完全な生徒運営の企画があると、切り詰めてくラインが多すぎる、企画自体も過激だし、何が起こるかわかるかわからないものを認めるわけにはいかない、って」
「そんなに厳密にやってる?」「そうでもないよねぇ、女子がドン引きするような企画とかあるし」
そんなものがあったことを晴海は知らない。当日に漁ってみるしかないではないか。
周りの呟きを無視して、鎖々崎は続ける。
「多分チェックも大変だし、当日に人員裂かなきゃいけないのが駄目なんだと思う。当日一番働くの、風紀委員だし」
晴海の中等部時代からの文化祭を省みても、確かにその通りだった。そういう環境なのだから仕方ない。
「そんなぁ……」
それからクラスは消沈してしまった。授業が始まる直前まで、見たかった、残念だ、と敗戦ムードに包まれ始めている。
晴海としては、そこまで悲観することでもないだろう、と思っていた。
「あのさ、鎖々崎」
ホームルームが始まる直前、クラスメイトがいなくなってから晴海は声をかける。
無言で振り返った鎖々崎は、むっと口をつぐんでいた。
「まだ自警団のほうには行ってないんじゃじゃないのか? とりあえず相談してみたりは?」
「だって全部のとこからオッケーもらわなきゃいけないんだよ。もう無理だって、『門前払い』の人なんだし」
『門前払い』は風紀委員長「夕雁紅葉」の通称で、武勇伝もいくつかある。確かに、単なるハリボテの立て看板ではない。
「生徒会からお墨付きもらって自警団にも了承してもらってから行けば、さすがに取り合ってくれるとは思う」
「でもなぁ。自警団の人達も受けてくれるか微妙だよ。去年の文化祭で迷惑かけたの、自警団の人たちなんだよね」
ファンの問題だろうか。そのことについて晴海は知らない。
「いや正直ね、俺はどっちでもいいんだけどさ」
「…………」
「まあ個人的には……、ぶっちゃけうるさいの苦手だし、いや別に鎖々崎は嫌いじゃないんだけど」
「………むー?」
「でもそんなに無理してはしゃいで、後で疲れねーかな、とか」
「んー……」
「俺はどうしても興味もてないんだよね、そういうの」
「うーん……?」
「良いとか悪いとか以前に、ある意味すごいって思うよ」
鎖々崎は目を細めた。
「……いやいやいや。なんで京極くんの腑抜け事情なんて聞かなきゃいけないの……」
思わず晴海は噴き出した。
「腑抜け事情ね、確かに」
「まさか京極くんさ、それ炊き付け的な?」
「どうかな。火が付いたならそういうことにして」
「つかないよ、……なんか、だらしないし」
鎖々崎は納得いかなそうに天井を見上げた。
「興味ないとかさぁ、ショックしか受けないしさ……。というか、なんでそんなこと言われないといけないのかなぁ……。みんな聞いてたよね? ひどくない?」
彼女が無駄に辛そうな声を出すと、周りはクスクスと笑った。
「京極くんはちょっとアレなの?」
「アレって?」
晴海の言葉に鎖々崎は応じない。
「……んー、なんか癪。このまま自警団行ったら絶対あとで京極くんドヤ顔するよね。ほら行ったー、みたいな、わしがそだてた、みたいな」
「しないって。育ててもないだろ」
「そう?」
「そうだよ。それにさっきの話、割と本音だから」
落ち着いた声で晴海は言った。
すると鎖々崎は「え?」と本気で驚いたような顔をして、晴海の顔を確認するように覗きこんできた。
「ああ……なるほど、京極くんには個人的な教育が必要かもしれない」
思わずたじろいだ晴海は表情を引きつらせる。
「一体何の話を……」
「自警団員詰所」という呼び名だと、まるでプロ市民か何かが駐留しているかのように思えてしまう。
晴海は鎖々崎に引きずられるように連れてこられ、訪問慣れしていない建物を見上げた。
「これ、前よりでっかくなってるのかな」
学園から少し離れた位置にある、打ちっぱなしコンクリートの角ばったビル。どこぞの犯罪者収容所かと思わされる位に無骨で、愛想のかけらも感じられない。
ここに自警団が詰めているのだと思うと、納得できないこともないのが皮肉っぽい。
「どこから予算降りてるんだろうね。ていうかこういう建物って増築できるの?」
軽口を叩いて鎖々崎は建物の自動ドアへ向かう。晴海もその流れで後ろについていった。
中は広々とはしていない。さっそく左右に廊下が枝分かれしていて、入り口の真正面には大きな電子掲示板がちかちかとしているだけだった。
「高等部の窓口ってどこだろ?」
鎖々崎が手元の学生鞄を振りながら、掲示板にきょろきょろ視線を向けた。
晴海も探そうと思ったが、面倒になってやめた。なんとなく入り口に振りかえると、左右に申し訳程度に観葉植物が置かれていた。入り口からすぐに壁というのも、ものすごい圧迫感がある。
「ストレス溜まりそうだ」
「なに? 無理に付き合わせたのやっぱり怒ってる?」
微妙に不機嫌そうなニュアンスがこもっていた。
今朝の話がきっかけか、何故か鎖々崎は自警団への訪問に晴海を誘いだしていた。理由は頑として言わないままで、本当なら無視してもよかったのだが、クラスの注目はかわしきれない。
わざわざ対外関係を悪化させるのも頭が悪い。そう意気ごんでついてきたものの、既に晴海はこの同伴に後悔をしはじめていた。
「違う。詰所の内装だよ、もうちょい広いロビー作るとかさ」
「はてさて。私はこういうさっぱりしたとこ慣れてるから、普通」
鎖々崎は電子掲示板を撫でながら言った。バンドの練習場所は打ちっぱなしに近いのかもしれない。
それから彼女は右手側の廊下へ歩きだし、「こっちみたい」と手を軽く振った。まっさらな廊下をつきあたりまで進んで、左に折れる。するとまた真っ直ぐに通路が伸びている。
晴海は素直に鎖々崎についていく。途中のドアに「文化祭相談」と張り紙がしてあり、鎖々崎はそのドアノブをさっと開いた。
「いらっしゃいますかー!!」
前置きなしの声は大きい。
「はーい! 今行きまーす!」
少女の声が返ってきた。しかし、姿は見えなかった。
室内はローラー付きの壁で一時的に区画整理をしているらしく、入り口から見える景色はまたも狭苦しい。まるで迷路の入り口のようになっていて、身長がかなり高くないと部屋の様子は把握できないだろう。
「……来ないね」
数十秒が経ってから、小声で鎖々崎が言う。座って待つようなスペースもなく、晴海もただその場に立ちつくした。
「ちょっと! 誰かいない? あたしこういうの無理なんですけど! 待たせちゃってるんだけど!」
壁の向こうで先の少女が叫ぶ。よく耳をすませてみると物音はしているのだが、それらが中断する様子はない。
やがて、ぱたぱたと足音が聞こえた。
「すいません。いま人手が足りない感じで……」
室内迷路の入り口から顔を出したのは金髪ロールの女生徒だった。手のかかりそうな髪の塊が四本、顔の横でびょこびょこと動いている。
「あ、翠だ!」
「なんだ、鎖々崎結か」
知り合いらしかったので、晴海は一歩とりあえず引いた。
「何しに来たの?」と、女生徒は微妙につんけんしながら腕を組んだ。
「バンド演奏の相談みたいな。生徒会とはある程度話つけてるから、自警団と風紀委員にも承認もらう感じを、ね!」
「……ふーん。じゃあとりあえず中入って。そっちの人は?」
と、晴海に視線が向く。
「そこのは京極晴海くん。わがバンドのマネージャー」
「あっそ」
晴海が否定する間もなく、女生徒は部屋の奥に向かいだした。
「あの人は?」と晴海が小声で訊ねると、鎖々崎は「縁翠(よすがみどり)ちゃん。隣のクラス」と答えた。
室内は細かく壁で分断され、それぞれで何やら作業をしたり、話を聞いたりしているらしい。
海外ドラマのオフィス割りみたいだと晴海が考えていると、大きめのソファとテーブルが置いてある区画に辿りついた。
「代表呼ぶから待ってて。あんたが来たって言えば時間取らないとは思う」
「ほんと? ありがとよろしくぅー!」
縁という女生徒が去ってから、晴海は溜め息をついた。
「なんで俺ここまで来てんだろ……」
「いいじゃん。暇でしょ?」
あからさまな横暴だ。
「高等部代表、御神本(みかもと)だ。企画の相談らしいが」
やがてやってきたのは晴海も名前を知っているくらいの人物だった。
電磁界王(エレクトロイ)、御神本紫鶴。彼が代表であったことまでは知らないが、本人がそう言っているのだからそうなのだろう。
長い黒髪がチャラチャラした印象を与えてきて、仕草もどこか軽薄に見える。御神本はやってくるまま、晴海と鎖々崎の向かい側の椅子に座り、テーブルに指先を軽く置いた。
「はい。私は鎖々崎結、SWBのリーダーやってます。だからライブについての話になりますけど、聞いてくれますね?」
鎖々崎は鞄から既に綴じてある企画書を取り出しつつ、御神本を見つめた。
「その前に一ついいか」
御神本は眉間に皺を寄せる。
「準備にしろ相談にしろ、二週間前ってのは遅すぎると思うんだが、そもそも生徒企画を監督してる生徒会とはある程度話がついてるんだろうな?」
「ついてます」
「ならよし」
御神本は即座に頷いた。
「えっ、逆にそれだけですか?」
「SWBの話は一応聞いている。自警団を頼ることも伝わってたな。だからそう、今聞いたのは意思確認だ」
「あ、本当ですか?」
「ああ。そういうつもりなら、最初からそれ前提で話をしていい」
晴海は二人の会話の意味がわからず首を捻った。
「なあ鎖々崎、なんの話?」
「いやー。生徒会の話。話ってやっぱ漏れてるもんだね」
「どういうことなのよ」
ははは、と御神本が笑った。
「知らないのか、えっと……男子生徒」
「京極ですけど」
「そうか京極。それで、生徒会の有志企画の参加受付、いつまでだ?」
そんなものは知らない。晴海は困って鎖々崎を見ると、何故かいやらしく彼女も笑みをつくる。
「へへへへ、今日の五時なんだよね」
「えぇ……」
「それも最終締め切りだから、事前に二回チェック通してオッケーもらわなきゃダメなんだけど……――今朝の二回目のチェック! が! ねぇ……通らなかったから。もう正攻法では無理でしょ、時間的に」
「じゃあ今朝の時点で完全にダメだったのかよ……」
御神本もくくくと笑う。
「つーことはだよ、京極。これから企画をやるとなると、生徒会の承認無しのぶっつけ企画になる。まあゲリラ開催は多少黙認されるだろうが、こいつらは昔のこともあるし、話は全く変わってくるな」
「……それはまあ、そうですね。強行で中止させられるかもしれないし、処分もあり得ます」
「ああ。だからさっきのはその確認だ。鎖々崎は生徒会の承認があるとホラ吹いて俺ら自警団に話しつけようってんだから、やる気は買ってやれる。当日俺らが他の連中とぶつかろうが何しようが、ライブはやりたいってことなんだろうからな」
はい、と照れ臭そうに鎖々崎は笑う。抗争の火種を撒こうとしたのに。
「俺個人としては、そういう気概は潰されるべきではない、と思うんだよ。ましてや生徒連中が待ち望んでる形でのライブなんだ、やったほうがいいって意見の方が明らかに多いよな?」
教室の様子を見てもその通りではあるが、そんな問題で進められる話だとも思えない。晴海は合点がいかないままだったが、適当に頷いておいた。
「じゃあ……?」
一方で鎖々崎は期待を込めるよう、胸に両拳を構えている。
「ああ。自警団として、俺、御神本紫鶴が足りない手を貸してやる。もちろん企画書のチェックは甘くはしないが、フォローはこっちがある程度できるようにしてやるよ。生徒会や、風紀委員に対しても」
「本当ですか!」
「俺はこの場で嘘はつかない。代表だぞ、一応な」
すくっと鎖々崎は立ちあがった。
「ありがとうございます! じゃあこの企画書、御神本先輩にお預けします!」
「よし受け取ろう。あと連絡先も教えてくれ。打ち合わせも必要になる」
「はい!」
二人が話を進める横で、晴海はぼうっと座っていた。
(やっぱ、なんで俺は連れてこられたんだ……)
ライブ開催が自警団の支援で決まったのはいいが、もしかすると自分は、もう頭数として入れられなくてもいいのではないだろうか。
「そうだ京極くん! 頑張ろうね!」
何をだ、とは言えない。
無駄に明るい相手には、黙しているのが一番だからだ。
前編おわり
最終更新:2011年09月26日 23:13