166 ◆GaopR9H0P.[] 投稿日:2010/01/04(月) 23:32:24 ID:pq56dMds
反乱軍の拠点は、既に壊滅していた。土埃で汚れた床に兵士たちの亡骸が転がり、飛び散った赤い飛沫が黄土色の壁に前衛的な着色を施す。戦場の最前線、ここでは死が日常化する。
「先を越されたか……」
ポツリと呟いたのは、この惨劇の場にはいささか不似合いな少女だった。オレンジがかった茶色の髪は、絹糸のようにしなやかで、傷一つない美しい顔には、まだ少しの幼さが残っている。ナナフシのように華奢な長躯には、硝煙の香りが染み付いた迷彩服よりも純白のドレスの方がよほど相応しかった。しかし、その瞳には、可憐な容姿からは想像もつかない攻撃的な鋭さが宿っている。
「嫌な予感がするな」
少女はそう言って、ホルダーから一挺の自動式拳銃を抜き取った。所々剥げ落ちた塗装が、その年季を物語っている。少女は、ゆっくりと死臭に満ちた廃墟の奥へと歩を進めた。
167 名前: ◆GaopR9H0P.[] 投稿日:2010/01/04(月) 23:33:51 ID:pq56dMds
1階、2階と薄暗い建物の中を探索したが、生きた人間は1人も見つからなかった。世界から隔絶されたような静寂の中、死者だけがひっそりと横たわっている。おそらく、生存者など1人もいないのだろう。
「こいつもか…」
2階と3階をつなぐ踊り場に伏した首から上のない骸(むくろ)を見て、少女は独りごちた。犠牲者には皆、ある共通点があった。全員、斬殺されていたのだ。なぜ射殺ではなく、斬殺なのか。少女は直ちにその答えを導き出した。
──能力者だ。
能力者、ある日を境に現れ始めた特殊な能力を持った人間。彼らの中には、たった1人で一個中隊を壊滅させる者もいると言う。ここに居た兵士たちも、たった1人の能力者によって殲滅されたのだろう。もし、その能力者が今もこの場に居るとすれば──。
168 名前: ◆GaopR9H0P.[] 投稿日:2010/01/04(月) 23:35:15 ID:pq56dMds
「ん? まだ生き残りが居たのか」
不意に階上から聞こた低い声に、少女の体はびくりと強ばった。久しく聞いていなかった母国語に、郷愁の念を抱く余裕などありはしない。時の流れが止まったような感覚に襲われ、全身に悪寒が走る。上手く身体が動かない中、心臓だけが狂ったように脈動する。いくつもの死地を越えてきた少女は、確かに恐怖していた。それほどの威圧感が、声の主には存在していた。少女は怯える身体を無理やり動かし、階上を見上げた。そこに居たのは、まだ若い男だった。両手には細く長い片刃の得物、額には白い鉢巻きを巻いている。ごわついた短髪は、久しく手入れされていないように見えた。
「なんだ、女、しかもガキか」
男が言った。しかし、少女は何も答える事ができない。ただ凍りついた思考の中、ある噂話だけが鮮明に思い出された。
169 名前: ◆GaopR9H0P.[] 投稿日:2010/01/04(月) 23:37:04 ID:pq56dMds
『カタナ』と呼ばれる製法すら失われた剣を自作に操り、1人で100の兵を屠ると言う傭兵の話だ。ただの冗談だと一笑に付した噂話は、どうやら真実だったらしい。
男がゆっくりと階段を降り始める。1段、また1段と男が足を運ぶ度に、少女の感じる重圧も大きくなっていく。
「ああ、そう言えば聞いた事があるぞ。傭兵をやってるアジア人のメスガキがいるって話」
男は足を止めて、思い出したように言った。
「見かけによらず強いって話だが、もしかしてお前のことか? 確か名前は……空見凛だったかな」
そう言って、男は不気味に口角を吊り上げる。気付いた時には、少女、凛は獣の如き咆哮を上げながら、自動拳銃の引き金を引いていた。
170 名前: ◆GaopR9H0P.[] 投稿日:2010/01/04(月) 23:38:35 ID:pq56dMds
男の動作は俊敏だった。立て続けに放たれる弾丸をかい潜り、瞬く間に両者の距離をゼロにする。凛は本能的に後方へ飛び退いた。半瞬遅れで、凛の鼻先を白刃が過ぎ去る。
「ああぁぁぁ!」
意味を成さない叫びと共に、凛は再び銃を構えた。しかし、男の剣速は凛に攻撃の暇など与えない。肉薄する刃を凛は寸でのところで躱す。防戦に徹するしか道はなかった。だが、回避に専念する事で、凛は徐々に冷静さを取り戻し始めた。目の前の強敵を倒す方法、それを今にも霧散しそうな思考力をもって模索する。狭い踊り場で、残された時間は多くなかった。一切の無駄が無い男の攻撃、それを崩さなければ反撃の余地は産まれない。凛の背が固いコンクリート壁に当たる。2つの凶刃が凛に襲いかかった。
171 名前: ◆GaopR9H0P.[] 投稿日:2010/01/04(月) 23:40:35 ID:pq56dMds
鋭い突きが凛の頭部に放たれる。凛はそれを左手で受け止め、軌道を強引に変えた。左手に走る激痛に凛の顔が歪む。だが、男の攻撃は止まらない。もう一方の刃が高速で迫り来る。凛は砕けるほど歯を食い縛り、それを右手の自動拳銃で弾いた。薄暗い空間に火花が散る。ついに掴んだ逆転の糸口。凛は、がら空きの男の胴に全身全霊の蹴りをぶち込んだ。どこにそんな脚力が秘められているのか、男の身体が勢い良く吹き飛び、壁に激突する。凛はすかさず銃口を男の頭部に定め──
「なっ……」
凛の腹部を深々と剣が貫いた。腹部に感じる冷たく硬い異物感。自動拳銃を取り落とし、凛はよろめくように後方へ倒れた。直後に規格外の長さの刃がはね上がる。後少しでも回避が遅れていたら、凛の上体は真っ二つになっていただろう。
「ぐっ……能力か」
凛は血が溢れ出る腹部を右手で押さえ、うめくように言った。左手に突き刺ささっていた剣は、いつの間にかナイフへと変貌していた。
「そうだ。切り札は最後まで取っておくものだ、嬢ちゃん。」
男はゆらりと立ち上がる。
172 名前: ◆GaopR9H0P.[] 投稿日:2010/01/04(月) 23:42:53 ID:pq56dMds
「そうだな。その通りだ」
凛は笑った。凛の近くの空間が蜃気楼の如く歪む。
「なに……!?」
予想外の事態に、男が採った手段は撤退だった。疾風の如く3階へとかけ上がっていく。
「もう遅い」
凛は言った。歪んだ空間から手榴弾が排出され、凛の右手に落ちる。凛は手慣れた様子で手榴弾の安全装置とレバーを外し、階上に向かって投げつけた。
173 名前: ◆GaopR9H0P.[] 投稿日:2010/01/04(月) 23:44:12 ID:pq56dMds
額を指で弾かれて、凛はふと我にかえった。視線を下げると、ボーイッシュな少女が悪戯な笑みを浮かべていた。
「ボーっとしてちゃダメですよ、先輩」
少女、霜月ひばなが言った。彼女は凛の後輩で、凛と同じく自警団に所属していた。
「ああ、すまない。」
「先輩がボーっとしてるなんて珍しいですね。もしかして恋患いだったりして」
そう言って、ひばなが凛をからかった。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ」
ひばなの冗談を軽く流して、凛はレンガ造りの歩道を歩き始める。今は学園都市内の巡視の最中だった。
「もう、相変わらずつれないなぁ……って急に止まらないでくださいよ」
急に止まった凛に、ひばなは危うくぶつかりそうになった。
「まさか……」
しかし、ひばなの不平も凛の耳には届かない。凛の意識は道の遥か向こうに佇む男に向けられていた。
174 名前: ◆GaopR9H0P.[] 投稿日:2010/01/04(月) 23:45:53 ID:pq56dMds
「菱島烈也……」
凛はその男の名を呟いていた。ごわついた髪、額に巻いた白い鉢巻き。その男は間違いなく、あの時の──
「せ、先輩! なんか向こうから凄い勢いで人が!」
1人戦慄する凛などお構い無しに、ひばなが凛の袖を引っ張りながら言った。
「ひばな、今それどころじゃ……」
そこまで言って、凛は絶句した。
こちらに向かってもの凄い勢いで走ってくる男──寺生まれで霊感の強いTさんだ!
「破ぁ!!」
Tさんが叫ぶ。すると、Tさんの手から青白い光弾が放たれ、烈也は一瞬で吹き飛ばされた。
「危ないところだっな、お二人さん」
そう言い残して、Tさんは颯爽と去っていった。
「寺生まれってすごい…」
2人は改めて、そう思った。
最終更新:2010年01月22日 18:59