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したらばSS作品 ◆CPEWI1EVik 1

67 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2009/10/22(木) 22:27:46.01 ID:YjpAyqAo

1

「カヅキっ! 凄ぇモノを発見したぞ!」
息せき切って、ルームメイトの小田が部屋に舞い込んできた。
立花カヅキは机に向かっていた手を止め、やれやれという感じで顔を上げる。
壁の掛け時計を見ると、午後十一時をいくらか過ぎたあたりだった。門限はとっくに過ぎているが、そんなことを咎めたてる気は毛頭ない。とはいえ、作業を中断されたのは、いささか遺憾ではあった。
急いで戻ってきた様子の小田は、肩で息をしながら後ろ手で二人部屋の扉を雑に閉めると、早足でカヅキの勉強机に歩み寄った。
「――何してんだよ?」
耳元にヤニ臭い息遣いが届いて、カヅキは顔を顰めた。振り返ると、見下ろしていたのは見慣れた痩せぎすの面。わずかに上気した頬を歪め、小田は黄ばんだ歯を覗かせた。
指紋だらけで曇ったセルフレーム。レンズの向こうにぎょろりと光る異様に大きな両の眼の端には、もう一日も終わりだというのに、いまだに乾いた目やにがこびり付いている。
カヅキは鼻で小さくため息をついた。昨年四月、新学期開始に伴っての、新しくなった部屋割りで一緒になってから、もうすぐ一年になるが、この小田という男は、とにかくずぼらだ。始終、身の回りにだらしがない。
教材一式はおろか、ジャージですらも年中学校に置きっぱなしだし、風呂だって二日に一回入れば良い方だ。
どちらかと言えばきれい好きのカヅキは、はじめのうちは閉口したものの、今ではもう慣れっこで、小言を言う気にもなれなかった。
「これだよ」
言って、お互いの顔と顔の間を遮るようにして、無言で一枚の紙片を突き出す。小田は、眼前に差し出されたA4用紙に勢いを削がれ、間抜けな声を出した。
「何だ、これ?」
「見てわかんだろ。カンペだよ。明日、時空間概論で小テストがある」
言うと、小田は聞こえよがしに大きく息をついて、紙を持ったカヅキの手を脇に除けた。
「お前さあ、いっつも思うんだけど、その時間を勉強に当てればいいんじゃねえのか?」
「馬鹿言え。真面目に勉強して得た成績なんぞに、何の意味がある」
「全く意味がないってことはないだろうよ」
椅子をくるりと回転させ、カヅキはようやく小田の方を向いた。
「いーやないね。ナッシングだ。たかがペラ一枚に記されたくだらん設問なんぞ、読むのもめんどうだってことだ。
 俺にとっちゃ、いかに教師の目を欺いてカンニングを成功させるかという命題の方が、よほど刺激的でかつ解きがいがあるさ」
とか何とか理屈をこねながらも、今回ばかりは、カヅキは結構必死で取り組んでいた。定期テストでの赤点常習に加え、度重なる遅刻、欠席により、このままでは留年必至である。とにかく授業内の平常点を稼ぐことが、目下の急務だった。

68 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2009/10/22(木) 22:43:18.27 ID:YjpAyqAo
「あっそ……」
小田は呆れた様子で自分の椅子に腰かけると、今度は先ほどよりも落ち着いた様子で、密談でもするようにカヅキに顔を寄せた。
「んなことより、凄ぇモンを見つけたんだって」
「それはさっきも聞いた」
顔の近さにいささか辟易しながらも、カヅキは興味が引かれるのを禁じえなかった。確かに、小田をここまで興奮させる事象というのは、稀である。
「で、何なんだよ?」
問うと、彼は自身の、御伽噺の魔女のような鉤鼻の上にかけられた眼鏡のズレをなおした。レンズの汚れの方は、全く気にならないらしい。
「コレ、見ろよ」
折り目が完全に消えて久しい制服のズボン。そのポケットから彼が取り出したのは、入学時に学生全員に支給される、当学園都市内でのみ使用可能の携帯端末だった。
数年ごとに機種が更新され、そのつど何種類かからデザインの選択ができるものの、内容は全く同じ。当然、カヅキも同じ物を持っている。
「お前、また潜ったのか?」
「まあな」
カヅキは呆れた。「いつかしょっ引かれんぞ」
小田は、情報端末に触れることで、自身の意識をネットに直接接続し、脳内に構築した仮想空間で、あらゆる情報を閲覧したり、改ざんしたりすることのできる能力の持ち主だった。
彼はそれを“ダイブする”と呼んでいるが、彼の意識がネットに飛び込むのか、はたまた選んだ情報が彼の脳に呼び込まれるのかは、本人ですらよくわかっていないのだと言う。
「ここのお粗末なセキュリティなんざ、屁でもねえよ」
得意げに人差し指で鼻の下を擦る。小田は自称アクターであるが、学校側の認識としてはリフィターに属されていた。
『情報戦は戦争の要だ。俺みたいな能力者が、本当の土壇場での勝敗を左右する真に重要な戦力なんだよ。この学校は、イマイチそれをわかっちゃいねえ』
というのが、彼の口ぐせだった。カヅキとしては、耳ダコの。
とはいえ、カヅキが彼の能力にこれまで何度もお世話になってきていたのも、また事実である。主に、テスト前において。

72 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/22(木) 22:53:55.07 ID:YjpAyqAo

「で、今度は何を仕入れたんだよ?」
興味ありげなカヅキの顔を満足げに眺めると、小田は携帯端末を反転させて寄越した。
「このメール」
受け取った端末のパネルには、一通の電子メールが表示されている。ざっと斜め読みして、カヅキは目を剥いた。
「これ……」
「どうだ、凄ぇだろ?」
小田は勝ち誇っている。『もっと俺を褒め称えろよ』と言わんばかりの満面の笑み。
表示された内容には、こう記されていた。

差出年月日:2***.03.07
差出人:高等部二年 Aクラス 学籍番号***AA02 秋月マリエ
件名:助けて!
本文:お願い!
   このメールを読んだ人がいたら、力を貸して下さい!
   できることなら、何でもします!
   明日19:00、高等部B棟の裏、竹林公園まで来て下さい。詳しいことは、そこで話します。
   どうかどうか、よろしくお願いします!
                                      マリエ

76 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/22(木) 23:00:04.27 ID:YjpAyqAo
 * 

「なあ、そのメール、本当に秋月さんからなのか? 何か怪しくねえか?」
翌日、丸太で両側を舗装された道を歩きながら、カヅキはぼやいた。
日の落ちた竹林では、風が葉を揺らすさざめきだけが辺りを覆い、人気のない静けさをより一層際立たせている。
「なんでこんな場所を待ち合わせに指定するんだよ……」
辺りをきょろきょろと窺いながら文句を垂れる。前を歩く小田が、面倒臭そうに言った。
「お前みたいなビビリ野郎のおかげで、誰にも見られる心配がないからじゃねえか?」
「うるせえ。――っていうか、本当に信用できんのかってば」
「しつけえぞ、嫌なら来んな」小田は立ち止まると、じれったそうにカヅキを振り返った。
新調したての真っ白なシャツに、ズボンにもしっかりとアイロンがされている。眼鏡には曇りひとつなく、いつもは丸一日放ったらかしの寝癖にも、きちんと濡らして櫛が当ててあった。
「俺は確信してる。あれは正真正銘、秋月マリエさんからの助けを請う悲痛な叫びだ。これに応じずして、何が男か」
「だーかーら、何の根拠があんだって?」
再び前を向いて歩き出した小田の背中が答えた。
「俺のゴーストが、囁いてんだよ。“これは運命だ”とな」
(こりゃ駄目だ。すっかりご執心でいらっしゃる)カヅキは深い溜め息をついてかぶりを振ると、彼の後に続いた。
小田をここまで駆り立てているのは、決して正義感などといった前向きな動機ではないことを、カヅキは知っている。
もし、小田の辞書に“正義”などという項目があろうものなら、ヘソが茶を沸かすというものだ。
今、彼を突き動かしているのは、あのメール。とりわけ大事なのは、差出人の項。その次に大事なのは、内容の一部『何でもします!』だ。
(そうに決まってる……)

79 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/22(木) 23:18:01.98 ID:YjpAyqAo
 *

昨夜の話である。小田はいつものごとく、能力を駆使して学園内サーバに接続(侵入)。
仮想空間内で情報の波に乗り、学生同士のメールのやり取りから、教師連中のスキャンダルまで、あらゆる情報を盗み見ては、閉鎖された学校生活で溜まった鬱屈を晴らしていた。
そんな折、一際大きな情報のうねりが発生。巨大な高波となって、遠方から迫ってくるのを、彼は見た。
「おお、あれは幻のビッグ・ウェンズデー!」
小田の鼓動は高鳴った。彼は想像(創造)した自前のボードをかき、迫り来る大波に一直線に進んだ。
視界一面がすべて海となり、飛び散る飛沫の一粒一粒が、彼の身体ではじけて0と1の間を絶えず明滅する。
「うっひょー!」
身を低くして、ほとんど90度の絶壁を上昇。彼の胸は、かつてない期待に膨らんだ。これは、きっと相当な大物に違いない。
「捕らえたぜっ!」
高さも充分。ボードの角度を修正し、今まさに波に乗らんとしたその時――、
「うおぉっ!」
視界が反転。彼は転倒し、あっさり波に飲まれた。
しばらくきりもみ状態で水中を流されるのに任せ、ようやく海面に顔を出しても、彼はいまだに、自分に起きたことが信じられないでいた。
(この俺が、波に飲まれた……?)自称“プロ・ネットサーファー”の彼にとって、それは初めての衝撃だった。

81 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/22(木) 23:29:44.06 ID:YjpAyqAo

呆然と波間に漂っていた彼だったが、遠方に、裏返しになった自分のボードを見つけると、ようやく己を取り戻し、泳ぎ出した。
すると、彼とボードのちょうど中間辺りに、何かが浮かんでいる。彼は進行方向を修正して近づくと、それを手に取った。
再び泳いでいってボードまで辿り着くと、板上に身体を預け、手にしたものを確認する。
「瓶……手紙……か?」
ジャムの容器よりも少し大きい程度の、無色透明な瓶の中に、薄桃色をした可愛いデザインの封筒が一枚、入っている。
岸に上がると、早速彼は中身を見ることにした。大波は逃したが、これはこれで、ひょっとしたら掘り出し物かもしれない。
彼の脳内仮想世界では、大抵、メールは空を行く鳥の足に結ばれていたりする。こんな風に波間を漂っているのは、あて先が指定されていない場合に多い。
とにかく誰かが読んでくれれば良い、というわけだ。
「甘酸っぱい臭いがプンプンしやがる。どんな奴が書いたのやら。ひひひ……、楽しみだねぇ」
下卑た笑いを浮かべ、俗な好奇心に駆り立てられた小田は瓶のフタに手を掛けた。が、どうしたことか、ピクリとも動かない。
「……っ、こりゃあ、相当強ぇ防壁がかけられてやがんな」
それは、かえって小田の闘争心を駆り立てた。自称“情報戦のスペシャリスト”“最先端アクター”としてのプライドにかけて、ここは引くわけにはいかない。

87 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/23(金) 00:06:26.55 ID:HMarDUQo

小一時間かけて瓶の蓋を開け、さらにその中身、封筒のシールに張られたより強固な防壁を苦心惨憺、解いた頃には、すでに寮の門限が迫っていた。
しかし、そんなことを気にする小田ではなかった。
(校則なんざ、その気になりゃいつでも改ざんできる)
彼の脳裏を微かな不安の影がよぎったのは、封筒の中身、メールの内容に目を落としたときだった。
文章が全て、複雑に暗号化されている。情報科の授業はもちろん必修としてあるが、これほどのテクニックは、よほどの成績優秀者か、教員レベルでもなければ、備えている者は少ないだろう。
(機密文書……)そんな言葉が、一瞬、彼の頭に浮かぶ。ここまで厳重に密封された内容、そこには何が記されているのか。
もしかすると、自分は今、結構ヤバいモノを手にしているのかもしれない。
しかし、湧き上がった好奇心と彼の情報操作にかける自信は、そうした不安をあっさりと飲み込んだ。
乙女チックなレター・セットによる体裁も、そこに一役買っていたかもしれない。
そんなわけで、小田はさらに夜半までかけて、暗号の解読に専念した。
ルームメイトの立花カヅキに『偏執的な凝り性』と称される本領を発揮し、彼は見事、すべての暗号を解いたのだった。
その内容が、秋月マリエからのメールだったというわけである。


4 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/23(金) 23:21:12 ID:4iy5GWe2

 *

「どうだ、運命としか思えまい? 一瞬、神の存在を信じかけたよ俺ぁ」
「あー、はいはい……」
竹林の道を歩きながら、昨夜からこれでもう四度目になる同じ内容の話を聞かされて、カヅキはうんざりしていた。
「でも、あて先は指定されてなかったんだろ?」
「それを俺が見つけたってところが、デスティニーなんじゃないか」
「はーさいですか……」
小田はうっとり調子で疑う気配すら見えないが、カヅキはどうにも腑に落ちないのだった。
差出人の秋月マリエといえば、カヅキら高等部二年の間だけでなく、一年と三年を含めた中でも、トップクラスの知名度を誇る才女である。
入学当初から、一度も成績が二桁になったことがないという、超の付く優等生で、ガリ勉どもの憧れの的である生徒会からも、誘いを受けたことがあるとの噂も聞く。
能力評価は当然のごとくアクターAランク。さらには容姿端麗で、ファンクラブまであるというのだから驚きだ。いわゆる才色兼備の高嶺の花というやつである。
その他にも、品行方正、博学多才、眉目秀麗、エトセトラ、エトセトラ……。要するに、凄い女だ、というのが、カヅキの持つ印象だった。
かくいうカヅキも、数枚、彼女の生写真を持っている。用途は不明だが、入手元は割れている。小田だ。
そして何を隠そう、小田はその、秋月マリエファンクラブの創設者にして会長なのであった。
だから、秋月マリエのメールを偶然受け取った彼がここまで有頂天になるのも、半ば無理からぬ話ではあった。

6 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/23(金) 23:36:27 ID:4iy5GWe2
しかし、とカヅキは思う。しかし、かえってそこが怪しい。できすぎている。納得できない。
仮に、真実メールが秋月マリエのものであったとして、何故、彼女は助けを求めるメールを、あて先も指定せず、厳重に防護して流したのか。
そんなことをしては、まずレスポンスが来るという期待そのものが薄いではないか。
しかも、彼女が助けを求めるような事態があったとして、自分たちのような、Cランクですら劣等生の部類に入る人間が、果して力になれるのだろうか。
考えれば考えるほど、カヅキは腹が下り始める前兆のような不安感を抱かずにはいられなかった。
「大体、あて先も指定しないで、どうやってメールを送信するんだよ?」
半ば引き止めるような気持ちで言うと、小田はふん、と鼻で笑っただけで、顔だけ振り返った。
「いい加減、観念しろよ。もうすぐそこだ」
前方に、竹林が円状に切り開かれた空間が見えてきた。屋根を設えられた休憩スペース。テーブルの一角に、人影が見える。
近づいてきたカヅキと小田に気づくと、彼女は椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
「あ……」
足を前に一歩踏み出す、その動作だけにも、自信と気品が満ち満ちて見える。手足が長い。ほっそりとした、しなやかな肢体。
背の中ほどまである黒髪が風にそよぎ、左右にさらさらと舞う。その間に覗く彼女の顔は、闇夜にぞっとするほど白く浮き立っていた。

7 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/23(金) 23:44:36 ID:4iy5GWe2
「……秋月、さん?」
確認するまでもない。秋月マリエ、本人だ。
彼女は無言でカヅキと小田の前まで来て、立ち止まった。カヅキは彼女と目が合ったとき、後ずさってしまいそうになる足に力を入れねばならなかった。
その立ち姿には、本物の高みにいる人間だけが放つ、風格のようなものが備わっていたからだ。
「……あなたたちは?」
透明な声色。少し、緊張と警戒の込められた調子に、カヅキははっとした。
隣の小田を肘で小突くが、反応がない。彼は感激のあまりか、目玉を飛び出さんばかりに見開いて、直立のまま硬直してしまっている。
(こりゃ駄目だ……)カヅキは諦めて、秋月マリエに向き直った。
「あの、俺たち……、メールを読んだんだけど」
「……あの防壁を破って? 暗号を解いたの?」
「はあ……、こいつが」
カヅキが小田を指し示すと、秋月マリエは小田に目をやってしばらく眺めた後、もう一度カヅキの方を見た。
そして突然ぱっと顔を輝かせた。カヅキは瞬間、もう夜が明けたのかと錯覚した。

8 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/23(金) 23:54:29 ID:4iy5GWe2
「来てくれたのねっ」
小田を指していたカヅキの手をおもむろに奪って両手で掴み、激しく上下に振る。
カヅキは当惑したものの、されるがまま。後は何かもう、何でもいいや、という感じになっていた。
右手を覆う感触。女の子の手。しかも両手。すべすべで、ちょっとだけしっとりしていて、
(あぁ、何て柔らかい……)
「――何やってんだゴルァッ!」
「ぎゃんっ」
目の前で繰り広げられていた事態に目を覚ました小田によって殴り飛ばされ、カヅキもまた、目を覚ました。
「俺はいったい、何を……?」
「何をじゃねえんだよこんくそサノバビッチがぁっ! 貴様、今あああきあき秋月まりマリエさんのおておておておお手てを――」
「待て。落ち着け小田。深呼吸だ」
鼻息荒く身体を震わせる小田をカヅキが宥めていると、端で見ていた秋月マリエが「あのー……」、と遠慮がちに口を開く。
「お話、聞いてもらえるんですよね……?」

14 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/24(土) 20:57:54 ID:4iy5GWe2

 *

「実は、私の、と~っても、お世話になった先輩が、来週、卒業するの」
休憩所のテーブルで男二人と向かい合わせに腰を下ろして、秋月マリエが放った言葉に、カヅキは心底拍子抜けした。
高等部では、今日から四日後、週末を挟んだ三月十二日に、カヅキたちの一年上級生、今年の三年生たちの卒業式が予定されている。
高校卒業後、多くの者はそのままエスカレーター式に四年制の大学へと進むのだが、卒業後すぐ本土へ戻り、一般の職へ就く者などもいくらかの割合で存在した。
「それで、手を貸してほしいってのは……?」
カヅキの問いに被せるようにして、小田が口を挟む。
「んなモン決まってんだろ。その先輩のために、何かしてあげたい。――そういうことですよね?」
本人は爽やかに微笑んだつもりなのだろうが、秋月マリエに笑いかける小田の表情は、不気味意外の何物でもなかった。
「ええ……」
いささか躁気味の小田に気圧されたのか、秋月マリエはうつむいて、テーブルの木目をじっと見ている。
しばらくためらうようにして思案している彼女を、カヅキたちは無言で待った。
十数秒かそこらの後、彼女は意を決したように顔を上げ、口を開いた。
「実は、先輩を、攫ってほしいんです!」

15 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/24(土) 21:11:55 ID:4iy5GWe2
「…………はい?」
小田ですら、カヅキに合わせて素っ頓狂な声を出す。フリーズした思考を何とか再起動させ、カヅキは訊ねた。
「えーっと、……と、言いますと……?」
「順を追って、話します。……まず、昨年本土で、政権が変わったのは、ご存知ですよね?」
鳶色の瞳に見つめられ、カヅキはたじろいだ。頭上の竹の葉から漏れ落ちる月光を受けて瞳孔を縮める彼女の双眸は、茂みの暗闇からこちらを見つめる黒猫の姿を思わせる。
「えと……、政治には疎くって……」
「ニュースぐらい見とけ阿保」
横から小田にどつかれる。ここへ来てからというもの、何かにつけて自分を大きく見せようとする彼の態度に、カヅキは辟易していた。
秋月マリエの前で良い所を見せたいのはわかるが、この男にこうまで兄貴面をされると、無性に腹立たしい。
「確か、新任の大統領はまだ三十代だとか……。史上最年少だって、話題になってましたよね」
「ええ。でも、彼自身はそれほど関係ありません。問題なのは、彼の掲げた公約の一つ……」
「……すいません。そこまでは、俺もちょっと……」
気まずそうに言って、小田は頭を掻く。
(俺と大して変わらねえじゃねえかっ)カヅキは突っ込みたい衝動を抑えた。
「何が“情報戦のスペシャリスト”だよ……」聞こえないよう、小声でぼやく。
秋月マリエは失望した様子も見せず、無表情に吐息を一つついた。

16 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/24(土) 21:23:44 ID:4iy5GWe2
「能力者の、権利拡張」そう言って二人の反応を見、後を続ける。
「――能力者の、一般社会への適応基準の大幅な緩和に加えた、就労可能な職種の増大」
口にした言葉と、それを語る秋月マリエの表情に、カヅキは違和感を覚えていた。
彼女の言った内容は、能力者として生まれたカヅキたちにしてみれば、諸手を上げて賛同したいもののはずだ。
しかし、彼女の表情はあくまで固く、まるで死刑宣告を告げる裁判官のような面持ちである。
カヅキはますます混乱した。
「それの、何がいけないんです?」
ただでさえ、いきなり大きくなった話の内容に、カヅキはほとんど置いてきぼりになっていた。
学園都市は、国家としては本土に属されているものの、その内部は完全自治によって運営され、外界からの干渉をほとんど受けず、隔離されていると言っていい。
物心ついた頃からこの孤島の外を知らずに育ったカヅキにしてみれば、同国とは言えど、本土の政治に興味など持てるはずもない。
自分とは無関係の、まったく別世界の出来事でしかなかった。
秋月マリエは質問したカヅキの方を見た。表情の読めない、受ける者を無意識に萎縮させる眼差し。
「確かに、聞こえは良いわよね。……でもこれは、あくまで建前」
「裏がある、か……。所詮は政治家ってわけね」小田が知った風に口を挟む。
「そう。――事実としては、適応基準規定も、就労可能職務も、改正がなされたのは、その大部分が軍事面においてなの」
「それって……」カヅキは相手の言わんとしていることを、ようやく飲み込みかけていた。自分たちは、無関係なんかじゃない。
「つまり、この国の政府は、私たち能力者を戦争の道具としか見ていない、ってことになります」
「そんなっ!」カヅキは思わずテーブルに手をついて身を乗り出した。
「落ち着けよ。単純バカ」小田が窘める。
「――俺たち能力者は、この世界でごくごくマイノリティなんだ。無能力者たちの一般社会にしてみれば、得体の知れねえ化け物ぐらいの認識だろうよ。
 当然、失ったって顧みる奴なんざごく少数。安価で手に入り、しかも強大な力を持ったうってつけの消耗戦力、ってわけだ」
「んな馬鹿な話が――っ」
「あるんだよ。大人の世界には、な」

17 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/24(土) 21:37:27 ID:4iy5GWe2
しばらく、カヅキと小田は無言で睨み合っていた。張り詰めかけた空気を、こほん、と一つの咳払いが取り払う。
「それで、この話がどう、卒業する私の先輩に絡んでくるかだけど――」
「そこなんだよっ! 意味がわかんねえっ」
カヅキは真正面の秋月マリエに向き直った。ほとんどテーブルに乗り上げんばかりである。
彼女は椅子の上で仰け反り、目をまん丸に見開く。これまで彼女が取った中で、一番大きなリアクションだった。
「だから落ち着けって! 座れ! コレ、吸うか?」
小田は胸ポケットをまさぐって怪しげな紙巻煙草を取り出すと、カヅキに押し付けた。
「いらねえよっ!」カヅキはそれを払いのける。紙巻は、小田の自作だ。何が入っているか、わかったものではない。
「……あの、続けてもいいかしら?」
硬質な声音に、振り返る。カヅキは、秋月マリエの整った片眉が、ぴくぴくっ、と二度痙攣するのを、確かに見た。
「ぁ……、ごめん」
「気にしないで」笑顔を作る。カヅキはそれを見て、何故か背筋がひやりとした。
「続きだけれど……、今年の四月、本土で、新しい研究施設の落成式があるの。能力者に関する、研究施設のね」
「能力者の、研究……」
続く秋月マリエの説明を聞いて、カヅキは全身が総毛立つ感覚に襲われた。
国家の政策、研究――能力者の生態を調べるための人体実験、人工的に強い能力者を生み出す方法、大量生産、機械を使った能力のコントロール、洗脳技術……。
「――で、その研究所の記念すべきモルモット第一号に選ばれたのが、私の先輩ってわけ……」
「…………」
カヅキの嫌な予感は、的中した。どう考えたって、聞いていること自体がヤバ目の話である。

18 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/24(土) 21:47:32 ID:4iy5GWe2
「卒業式が終わると同時に、迎えのエージェントが先輩を本土へ護送することになってる……。
 そうなる前に、どうにかして先輩を逃がしてあげたいのっ。……お願い! 協力して!」
「わかりました。あなたの頼みを断る理由が、どこにありましょう――」
「ちょっと待てコラァッ!」
間髪入れず即答した小田のシャツを引っ掴み、カヅキは秋月マリエのいるテーブルを離れた。
彼女に背を向け、小田の顔をぐいと引き寄せる。
「わかってんのかお前っ。どう考えたって、機密情報だろが! ヘタすりゃ、俺ら三人とも消されっぞ」
「愛に殉ずるならば本望……」
「一人で殉じろやボケェッ!」頬に拳をめり込ませると、小田は二メートルほど吹っ飛んで倒れた。さっきのお返しだ。
(駄目だコイツは、話にならん)カヅキはかぶりを振って、テーブルの方へ顔を向けた。
秋月マリエは、不安げな眼差しを二人の背中に向けていた。カヅキは、「はは……」、と愛想笑いをして向き直った。
「その……、秋月さんは、そんな情報を、いったいどこで……?」
「学園のマスターサーバに侵入して……」
驚いた。そんなことをやってのける人間が、果して小田以外にいようとは。さすがに、才女と呼ばれるだけはある。
彼女は続ける。
「本当は、先輩、春からは本土に戻って国営の植物園で勤務が決まっていたの。夢が叶ったって、最初はすごく喜んでた。
 私も嬉しかった。でも、卒業が近づくにつれて、どんどん口数が減っていって……。
 学校で時々、先輩は見覚えのない黒服の大人と話してた。国家公務員のバッヂを胸につけた……。
 先輩は何も話してくれなかった。私、不安になってきて、それで……」
「わかった、わかりました……」

31 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/26(月) 19:02:06 ID:4iy5GWe2
カヅキは今にも泣き出しそうな秋月マリエに歩み寄った。が、どうしたら良いのかはわからなかった。
『植物園』という単語が、ふっ、と頭の中の何かをかすめたが、今は、この状況をどう収拾づけるかが先決だ。
「話はわかりましたけど、俺たちでどうにかなるような問題じゃないですよ、それ……。誰か、信用出来る大人に相談して――」
「そんなのいないわっ」弾かれたようにかぶりを振る秋月マリエ。
「いかに学園の上層部といえど、国家の方針に異を唱えるわけにはいかない。
 学園に逆らえる教員なんているわけがないし……。みんな、我が身が大事なのよ……」
「って言ってもなぁ……」
カヅキは困り果てた。俺だって、我が身は大事だ。彼女は要は、自分たち三人だけで、学園のすべてを敵に回すと言っているのである。
「――仮に、俺たちがその先輩を助けるために反逆でも起こしたとしましょう。
 当然、風紀委員や何かも出動してくるでしょ? 無理ですよ。あいつら、ほとんどAランクとかの実力者揃いって話でしょ」
「私だって、Aランクだわ……」
「俺たちは違いますっ。人数的に考えたって、どう考えても戦力差がありすぎ――」
「――ちょっと待って」
カヅキの言葉を遮ると、秋月マリエは眉根を寄せてまじまじとカヅキの顔を見た。
「そう言えば、あなたたちって、何者なの?」
がくっ、とカヅキは全身から力と一緒に、これまでの緊迫感までが抜けていくのを感じた。
学園屈指の才女にも、欠点があるらしい。何といううっかり……。
「あー……、俺は立花カヅキ。あなたと同じ二年です。で、そっちでノびてんのが――」
「小田です」
小田はノびてはいなかった。すでにカヅキの横に並んで、秋月マリエに右手を差し出している。
「は、はあ……。で、ランクは……?」
どうやら、ファンクラブの会長である小田に一切の見覚えはないらしい。秋月マリエは差し出された彼の右手を気づかない素振りでスルーした。

32 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/26(月) 19:05:48 ID:4iy5GWe2
「……C」
カヅキが言いづらそうに答えると、彼女は訊いたままの姿勢と表情で数秒間停止した。
「……は? 今、何て……?」
「だから、Cランク……」
気まずい沈黙が流れる。カヅキは、何故自分が申し訳ない気持ちにならなければいけないのか、理由を探していた。
「~~~~っ、はぁあっ!? 何で、何でよっ? 何でCランクの木っ端なんかがっ!?」
秋月マリエは突如、物凄い剣幕でこれまで聞いたことのない金切り声を上げた。まるで、竹林に住まう何かが憑依したかのような、変貌ぶりである。
盲信者の小田ですら唖然としている。秋月マリエは彼に詰め寄った。
「ちょっとあんた、あんたよねっ? 私のメール、解析したの。」
「はい、俺です……すいません」小田は憧れの女性に顔を間近に寄せられ、嬉しいのか恐ろしいのかよくわからない表情を浮かべた。
「あんたもCランクなの?」
「そ、そうです……ごめんなさい」
秋月マリエは、よほどショックだったのだろう、小さな口をめいっぱい開いて、またも数秒間硬直した。
両手で頭を抱え、その場に蹲る。
「何で、何でよ~~っ。こういう雑魚が引っかからないために、わざわざ厳重に防壁張ったってのにぃぃ……。
 あたしの三日間、返してよぉ……」
カヅキは彼女の様子を呆然と眺め、隣の小田と顔を見合わせた。
確か、小田がメール解析に要した時間はわずか数時間だったはずだが、それはこの場では言わない方が得策だろう。
にしても、天晴れなまでの二重人格である。否、これが彼女の本性なのだろうか。
「――ちょ、ちょっと待ってくれよ。一方的に巻き込んでおいて、その言い方はあんまりだろう」
言葉にすると、何だか沸々と、腹の底が熱くなってきた。何故自分たちが、ここまで馬鹿にされなければいけないのか。
秋月マリエは半べその顔を上げてカヅキを睨みつけると、毒づいた。
「あんたらが、勝手にホイホイ釣られて来ただけでしょうが。こっちはいい迷惑よ。これで計画はほぼおジャン。
 はぁ……どうしてくれんのよぉ」
「こ……っのアマ…………!」
「はぁ~あ……、確かに私も迂闊だったかも。――でも、終わったことは仕方ないわよねぇ…………」
秋月マリエは、蹲った姿勢のまま、ぶつぶつと独り言を言っている。

33 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/26(月) 19:08:17 ID:4iy5GWe2
(付き合ってられるか)カヅキは踵を返して立ち去ろうとした。
「――待ちなさい」
「あぁん?」
振り返ると、秋月マリエは腕を組んで仁王立ち。僅かに目元が赤くなった顔を尊大に反らせて、言った。
「情報を知られた以上、仕方がないわ。どうあっても協力してもらう。あたしたち三人は、すでに、一蓮托生よ」
「はぁ? ふざけん――」
「ありがたきお言葉っ! この不肖小田、身命にかけて、あなたをお守りする所存です」
「えぇえっ!?」カヅキは愕然とした。
秋月マリエ教・教祖たる小田は、当にショックから立ち直り、信仰の対象であり唯一神の彼女の足下に平伏し、恭しく頭を垂れている。
「ちょ、ちょっと待てよ小田っ!」
カヅキの声は届かない。女神のあるがままの姿を受け入れ、無上の忠誠を誓った彼の顔は晴れやかで、恍惚感に満ちていた。
「――あんたは、どうなの?」
眼前に跪く小田の姿を満足げに見下ろしていた秋月マリエは、路上に転がる蝉の死骸でも見るような視線をカヅキに向けた。
「ぐっ……!」
カヅキは苦悩した。このまま小田を置いて自分だけで逃げてしまおうか――?
どう転んだって、請け負って得をすることなど一切ない。ヘタをすればマジで命が危ない。大体、この女はちょっとヘンだ。付き合う方が、どうかしている。
(だが、しかし……!)
いかに阿保といえど、小田はカヅキにとって、約一年間、同じ寮の一室で寝食を共にしたかけがえのない友人なのだった。
彼一人に崩れるとわかっている橋を渡らせて、自分はそれを眺めているだけなど、到底できるものではない。
「――で、でもよっ!」カヅキは秋月マリエに食いかかった。
「俺たちにとって、その先輩なんて、見も知らねえ他人じゃねえかっ。そんな人のために、命懸けろって言うのかよ」
「そうよ」秋月マリエは即答した。
「こんな人道に外れた行いが、のうのうと執り行われていいはずないわ。たとえ国が許したって、私は許さない。
 あんたにだって、人並みの倫理観ぐらい、あるでしょう?」
「そ、そりゃそうだろうけどっ、せめて、顔と名前ぐらいは教えてくれよ。
 ……自分が誰のために戦うのかぐらいは、知っておきたいだろ……?」言葉の最後は、尻すぼみに小さくなっていった。

34 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/26(月) 19:10:33 ID:4iy5GWe2
秋月マリエは、カヅキが『戦う』という単語を口にすると、にやりと口端をつり上げた。
カヅキは考える。自分たち三人がわずかな抵抗を試みたところで、どうにかなるということなどあり得ないだろう。
だからといって、何もしなくて良いのか? 確かに、秋月マリエの言い分は正しい。彼女の話したようなことが、まかり通ってはいけない。
たとえ結果が無駄に終わろうとも、行動を起こしたことが問題提起となり、後々に繋がるのではないか。
カヅキは己の短慮を必死に正当化し、奥歯を噛み締めた。そうしないと、顎が震えてしまいそうだった。
「この人よ」
彼女は生徒手帳を取り出すと、挟まっていた写真を一枚、カヅキに寄越した。
それを見たとき、この一件が始まって以来の、最大の衝撃が、彼を襲った。
「――っ! ……ぁ、……ああ…………」
指先の震えを抑えることができない。力を入れたはずの奥歯が、がちがちと音を立てる。
そこは、島内繁華街の中心。巨大な噴水を中央に据えた広場の光景だった。おそらく季節は冬だろう。空は薄曇り。
噴水の前でこちらに笑いかける二人は、制服の上にダッフルコートを着込んで、首にはマフラーを巻いている。
左側にいるのは秋月マリエだ。よほど懐いているのだろう、彼女よりも頭一つ分背の高い隣の女性に、縋りつくようにして腕を組んでいる。
風が強いのだろうか、隣の女性は淡い栗色の、ウェーブがかった髪を片手で抑えて、こちらに柔らかい微笑を投げかけていた。
「……この、人が……?」
正面に立つ秋月マリエを見る。彼女は神妙な面持ちで、ゆっくりと頷いた。
カヅキは自分の周囲がぐるぐると回転しているかのような錯覚を覚え、目眩に襲われた。
竹林のざわめきが妙に大きく鼓膜を揺らし、それ以外の物音を感覚から一切取り払っていくかのようだ。
彼は強く目を閉じ、開くともう一度、写真に目を落とした。どうか、見間違いであってくれ、という願いを込めて。
「…………ミドリさん」
果して彼女はそこにいた。秋月マリエが「知っているの……っ」と息を呑む。
確認した写真の画像は先ほどと寸分変わらず、カヅキを絶望の淵に叩き込んだ。

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最終更新:2010年01月22日 19:24
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