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したらばSS作品 ◆CPEWI1EVik 2

36 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/27(火) 20:42:03 ID:4iy5GWe2


2


「――っと、いたいた。カヅキっ」
名を呼ばれて顔を上げると、一階の渡り廊下から中庭に出てくる小田の姿が見えた。
週末、翌日からの休みを控えての昼休み。頭上で校舎の輪郭に四角く切り取られた空は快晴。
周囲では、ここ数日でちらほらと蕾を開き始めた花々が、ほぼ中天から降り注ぐ日差しに彩られて、例年よりも早い春の訪れを知らせていた。
「ここにいたのか。――早く行こうぜ。第一回、作戦会議だってよ」
小走りに寄って来た小田の顔を、カヅキはベンチに腰かけたまま見上げた。
「先に行っててくれよ。もう少しで終わるから」
カヅキの返事を受けて、小田は花壇を振り仰いだ。
「……いつ見ても、面妖だねぇ」
視線の先では、伸ばされたホースが、花壇へ向けて水を撒いている。
誰の手にも依らず、まるで、今まさに外敵へ襲い掛からんとする蛇のごとく、空中へ頭を持ち上げて。
ホースはその先端を振り振り、放水を花壇の全体へ満遍なく行き届かせては、かと思うとひとりでに長さを伸ばし、次の花壇へと向かう。
「……なあ、ずっと気になってたんだけどさ」
小田はカヅキへ向き直った。彼は、今現在花壇に水を撒いているのが誰であるかを知っている。
「なんでお前が、花の世話なんかしてんだ? 似合わねえだろ、どう考えたって」
「うるせえな。好きなんだよ、花が」
カヅキの両手は、腰かけたベンチの膝の上で、お互いを握り合っている。
しかしこのとき、彼のもうひとつの“見えざる手”はホースを操り、その先に鮮やかな虹を作っているのだった。
彼がこの特殊能力を発現させたのは、十七歳となった現在の彼の記憶にも残らぬほど、まだ幼かった時分のことである。
両親ははじめ、家の中の置物やちょっとしたインテリアなどが、目を離した隙に少しだけ位置を変えていたりする現象に気づき、首を捻った。
しかしそれは、きっと気のせいだろう、それらは初めからそこにあったのだ、という程度で片づけられるもので、さして気にも留められず、いくらかの年月が過ぎることとなる。
表面化した問題がいよいよ無視できなくなったのは、カヅキが幼稚園の年長組に入った年だ。
その頃には、彼の行く先々で、玩具の人形がひとりでに宙を舞い踊ったり、突如台所の椅子が誰の手も触れられずにがたがたと揺れ始めたりという現象が、日常茶飯事となっていた。
両親は慄いた。これは、ポルターガイストだ。我が家の息子は、呪われている……。
立花夫妻は息子・カヅキを引き連れ、数々の寺社、教会を巡り、あらゆる祈祷を受けたが、状況は一向に改善されない。二人は頭を抱えたが、そのうち、あることに気づいた。
カヅキの周囲で、ポルターガイストとしか思えない現象が起こるとき、彼の両手は、必ず互いに固く握り合わされているのだった。
(もしかしたら、これは息子がやっているのかもしれない……)
疑念を抱いた二人は、国家の運営する、とある研究施設へと一本の電話を入れた。
あとは、とんとん拍子である。研究所へ連れられた幼いカヅキは、いくらかのテストを受けさせられ、結果が出るやいなや、両親のもとを引き離された。
黒服のいかめしい大人たちに伴われるままに海を渡り、得体の知れない孤島へと誘われ、以後、彼はそこで半生を過ごすこととなったのである。

37 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/27(火) 20:50:00 ID:4iy5GWe2
 *

水撒きを終えたカヅキが、使っていたホースを片付けて両手を開くと、ちょうど五時間目の開始を告げるチャイムが鳴り出した。彼はベンチを立った。
「――よし、行くか」
結局カヅキを待っていた小田と一緒に校舎に戻る。昇降口へ向かうべく廊下を歩み出したとき、背後から、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「おうおう。誰かと思えば、そこにいるのは、校内有数の劣等性として有名な、立花&小田コンビじゃあないか」
二人は立ち止まった。顔を見合わせて、お互い考え得る限りの嫌っそ~な表情を作る。
「出たよ……。やれやれ、せっかくの陽気だってのに」
「まったくだ……」
グチをこぼしながらも、一応は振り返る。カヅキは精一杯の皮肉を込めて、言った。
「おうおう。そちらは優等生の高畑くんじゃないか。劣等性の僕らに、何か用かい? 何なら、仲間に入れてやろうか?」
高畑と呼ばれた長身の男子生徒は、二人の前で立ち止まると、気取った仕草で頬にかかった長髪をかき上げる。 
「いや、用というほどのことでもないがね。――お前らは、今日も今日とてサボりかな? 
 日々自分のクズさ加減に磨きをかけるべく精進とは、恐れ入るねぇ。頭が下がるよ、本当に」
「そう思うんなら、話しかけねえ方がいいんじゃねえの? クズが移ったって知らねえぜ?」小田が明らかな敵意を込めた眼で相手を睨み上げる。
「そうもいかないんだなコレが……」
言うと、彼は己の威厳を誇示するかのごとく胸を張った。正確には、そこに輝く、風紀委員会メンバーであることを示すバッヂを。
「お前ら二人は、学園の規律を守ってる俺たちにとっても、要注意対象者として名前が挙げられちゃってる。
 で、学年も一緒で面識もある俺がお目付け役ってわけ。――いい迷惑だよな、本当に」
「そいつぁ光栄だ。嬉しくて泣けてくるよ」
「そう思うんなら、少しは真人間に近づく努力をしてほしいもんだね。妖怪人間だって、お前らよりはいくらかマシだ」

38 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/27(火) 20:54:01 ID:4iy5GWe2
口元を嘲笑に歪めながら、高畑と呼ばれた男子生徒は眼鏡のツルに中指を当てた。小田のものは違って、そこには埃の一つも付着しておらず、よく手入れがなされているのが一目でわかる。
『あんな野郎、同じ眼鏡男児として、断じて認めるわけにはいかん』小田は彼を指して言うが、校内の女子連中に聞かせたら、きっと彼女らは目を吊り上げて憤慨するだろう。『お前と一緒にするな!』、と。
「ところで立花。昨日、自空間概論の時間はテストだったそうじゃないか。出来はどうだったい? 満足できそうか?」
「……どうだろうね。誰かさんのおかげで、予想外の結果になりそうだ」
「おや? そいつぁ変だな。テストってのは、本人の実力と日々の努力のみを頼りに受けるモンだろ?
 第三者によって結果に変化が生じるなんて、不可解じゃないか。そんなこと、ある筈ないだろう」
(やっぱり、コイツが犯人だったか……)
平然と嘯く相手を見て、カヅキは下唇を噛んだ。
木曜日、カヅキは昨夜遅くまでかけて製作したカンペを手に、意気揚々と登校した。
作戦は完璧だった。テスト開始と同時に、カヅキは自身の能力を駆使してカンペを宙で操り、絶えず教員の死角となる位置に移動させながら、それを覗き見れば良いのだ。
ところが、開始時間まで残り数分になったとき、己のカバンをまさぐって、カヅキは絶句した。
用意していたカンペが、何者かによってすりかえられている。取り出したB5は、ほぼまっさら。隅っこには小さく、神経質そうな筆跡でこう記されていた。
『今からコレで勉強したらどうかね? ひょっとしたら間に合うかもしれないよ(爆笑)』
「ぐぎぎ……っ」
カヅキは拳を握り締め、必死で怒りを押し殺した。カンニングは、悪事だと理解していてやっていた。ここでキレるのは、美学に反する。
にしても、どうしてコイツは、とカヅキは思う。どうしてコイツは、俺たちにこうも突っかかる……?
それは彼の言うように、お目付け役だから、という理由だけでは決してないだろう。高畑の態度には、小田とカヅキに対する、個人的で、あからさまな嫌悪の感情が窺えた。

39 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/27(火) 20:57:33 ID:4iy5GWe2
心当たりは、なくはない。カヅキは思い出していた。およそ、十ヶ月ほど前のことである。
今年五月、彼らの通う高等部では、アクターに属する全生徒を参加対象とした、武闘大会が催されていた。
カヅキたち二年の間では、Aランクで、成績も学年で上から五指には入り、加えて容姿端麗という、ほぼ万能超人として知られる男、高畑レイジが、優勝候補に目されていた。
中学時代に風紀委員からヘッドハンティングされ、女子の間でも絶大な人気を誇る彼は、しかし、二回戦であえなく敗退という、冴えない結果に終わったのだった。
当時の彼にとってはまさに鬼門、今ですら、触れられたくない黒歴史となった魔の二回戦の対戦相手は、Cランク、当時からすでに穀潰しの異名も高い立花カヅキである。
体育館の特設リングに上がり、カヅキと対峙した高畑レイジは、数分後の己の勝利を確信した。
(いや、数秒後かもしれないな……)
対する立花カヅキは、決して醜男ではないが、これといって特筆すべき特徴も備えていなかった。
強いて挙げるならば、その眼。死んだ魚という形容の相応しい。落ち窪んだ、生気のない両の瞳。
『あー、ダリぃ……』とか言って、今にもリングを下り、棄権してしまいそうですらある。
試合開始の合図とともに、高畑レイジは一足飛びで間合いを詰めた。
瞬間、相手の立花が両手を組み合わせるのが目に映ったが、何のことはない。どうせ大した能力じゃないだろう。彼にとって格下のカヅキは、完全にノーマークだった。
(一発で決めてやる……っ!)
得物の木刀を振りかぶり、今まさにカヅキの脳天に振り下ろそうとしたその時――、高畑レイジは、ふと、己の下半身の違和感に気づいた。
妙に、風通しが良い気がする。静止して眉を顰めた彼の視界の端を、何かがかすめる。彼はとっさに振り返った。
後方に飛んでいった物が、脱がされた自分のズボンであると高畑レイジが気づいたのと、カヅキが離した両手で彼の頭を鷲掴みにしたのは、ほぼ同時。
「――ひっ」
混乱と羞恥と恐怖にまみれ、一切の反応ができなくなった高畑レイジの顔面を、カヅキの渾身の飛び膝が襲う。
「うぼぉあっ」
モロに喰らった高畑レイジは、盛大に鼻血を噴き上げながらパンツ姿でリング上をのたうち回った。
プライドの要である顔を傷つけられ、戦闘意欲を根こそぎ奪われた彼を、更なる殴打が襲う。
「――あっ! がっ……ちょ、ちょっ…………、待っ――っ」
容姿と才能に恵まれ、日頃から女子の注目の的となっていた高畑レイジを、カヅキは執拗に痛めつけた。逆恨み、ここに極まれりである。
慌てて教員連中が止めに入り、試合は続行不能。高畑レイジは戦闘不能。カヅキは失格となり、以後、十日間の謹慎処分を受けたのだった。

40 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/27(火) 21:00:41 ID:4iy5GWe2
(……確かに、アレはやりすぎたけどさ……)
わずか十ヶ月前の、若かりし自分のした暴挙を反芻し、カヅキは苦笑した。たしかに、思い返してみれば、恨まれる理由としては充分すぎる。
もちろん当時の彼も、体育館からつまみ出されて冷静に戻った後、深く反省した。
謹慎中に課題として出された作文も、これ以上ないというぐらい真摯に取り組んだし(提出した後、何故か教師にさらなる叱責を受けたが、そこは感性の相違というものである)、
ぶちのめしてしまった高畑レイジにも、およそ1000文字にも亘る謝罪のメールを送信した(残念ながら、返信はもらえなかったが)。
そんなわけで、カヅキとしては、その一件に関してはすでに落着。過ぎ去った出来事として片づけていた。
しかし、相手の方ではごらんの通り。高畑は、三学期も終わりを迎えようという今になっても、相も変わらずカヅキらに絡んでは、ネチネチと陰湿ないやがらせを続けていた。
「――と、さて、そろそろ行かねば。わざわざサボってまで作った暇をなお持て余しているお前らとは違って、俺は、至極真っ当に忙しいからな」
言って制服の襟を正す高畑に、カヅキと小田は笑顔で手を振った。
(さっさと行ってくれ……)
「おっと、その前に――」
両者とも、お互い踵を返しかけて、ぎこちなくまた向き直る。
「お前ら、マリエ……秋月マリエを見かけなかったか?」
「ぶっ」吹き出しかけた小田を、カヅキは肘で黙らせた。
「……え? 秋月、マリエさん? が、どうかしたのか?」
「彼女、どうも身体の具合が良くないらしくてね。さっき早退したんだよ。それで、渡す書類があったのを思い出したもんだから、
 まだ間に合うかと思って探してたんだが。……どうだ? 見た覚え、ないか?」
「ど、どうかな……。見てない、と、思うけど……」
「そうか。……まあ、お前らみたいな下等生物とマリエに、接点なんかあるワケないわな。何せ、生きてるステージが全然違うもんな」
この辺りで、カヅキも込み上げる笑いを堪えるのが難しくなってきた。
高畑が、同じクラスの秋月マリエを、意識して下の名前で呼んでいることは明らかだった。
その秋月マリエが、彼の言う、ステージの低い連中とこれから会うことになっているという、その事実が、二人をよけいに笑わせた。
「どうしたんだ、二人して、妙な顔をして?」
高畑はカヅキらの様子がおかしいのに気づくと、怪訝そうに眉根を寄せる。とっさのことで、二人は平静を装う為に、互いの腿をつねり合わねばならなかった。
「……? ――まあ、元からか。それじゃ諸君、堕落するのは勝手だが、せめて他人様には迷惑をかけないようにしろよ。じゃあな」
捨て台詞を残すと、高畑は二人に背を向け、元来た方へ歩いて行った。どうやら、これだけの会話をするために、わざわざ追って来たらしい。
「……ぷ」
「くく……」
彼の姿が見えなくなると、カヅキと小田は顔を見合わせ、ようやく解放されたとでもいうように、声を上げて笑い転げた。
しばらくの後、ようやく引き攣れた腹筋の痛みが治まると、二人は秋月マリエとの待ち合わせに向かった。

48 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/28(水) 22:20:23 ID:4iy5GWe2

 *

「おっっっっっっ……そぉい!」
カヅキと小田が、昨日と同じ竹林公園に揃って顔を見せるなり、秋月マリエは整った細面を般若のごとく歪ませて、怒鳴り散らし、まくし立てた。
「女の子をこんな場所で一人、何十分も待たせるなんて信じられな……っじゃない! 
 ……じゃなくてっ、『時間厳守』って意味、あんたらわかる? 言葉、理解できんの? 時計読めるワケ?
 ――いい? タイム・イズ・マネー! 時は金……よりも大事なのっ。少なくとも、今の私たちにとっては!」
「オーケイ。それじゃあまずは手始めに、説教の時間を短縮しようか」
「な……っ!」
平然と言い返したカヅキに、秋月マリエは言葉を失った。
そのすぐ傍、柔らかい土の上で正座し、反省を示していた小田は、睨み合う二人をハラハラしながら見守っていた。
日差しが頭上を覆う葉を通し、柔らかな緑の光となって辺りを包み込む。こんな小春日和。うってつけの憩いの場において、
傾国の美少女秋月マリエは、震える指先で乱雑に艶やかなる黒髪をかきあげ、怒りに痙攣する横顔を覗かせた。
「よくもぬけぬけと……っ! あ、あんたっ、やる気あんのっ?」
「あるとも。――さあ、会議を始めようぜ」
「信じられない! あんた、本っ当に、わかってるワケ? 私たち三人のこれからの行動如何に、先輩を救えるかどうかが懸かってんのよ?
 遊びでやってんじゃないのよっ!」
「わかってるよっ!」
意図せずカヅキの張り上げた大声に、勢いを止められて秋月マリエは黙り込んだ。彼をよく知る小田ですら、このときはまったく驚いてしまい、瞠目した。
「…………助けるさ、絶対に……」
張り詰めた緊張感が充満する。穏やかな自然に囲まれているはずなのに、三人のいるその空間だけは、まるで薄いガラス細工の内側みたいな閉塞感に包まれている。指で一突きするだけで、今にも音を立てて崩れてしまいそうだ。
小田は真剣に焦った。何故、唐突にこんなにも険悪なムードになってしまったのか。
もし自分がここで、地面に突き立てるほどに頭を下げれば、この場は収まるのだろうか。それとも気の利いた冗談の一つでも言って、和ませれば良いのだろうか。屁でもかましてみようか……?
しかもさらに彼には、別の懸念があった。気が気ではなかった。ついさっき思い至ったのだが、彼ら三人のいるその場所は、小田が秘密裏に栽培している自家製葉っぱ農園から、五百メートルと離れていなかったのである。
「――ま、まあまあ!」
ともあれ、この状況を何とかせぬことには、にっちもさっちもいかない。小田は妥協した。一番無難な選択だったが、それでも、精一杯の勇気を振り絞らねばならなかった。猛獣に素手で餌を与えるような気分で二人に近づき、言う。
「本当、すいませんでしたマリエさん! こいつだって、悪いと思ってるんです。ただちょっと、ひねくれたところがあるだけで……。
 ――な、カヅキ? 俺たち三人はもう、目的を共にする同士だ! 仲良くやっていこうぜ!」
小田はカヅキの肩を抱き寄せ、親指をグッ、と立てて見せた。引きつった笑顔で、半ば懇願を込めた視線を送ると、カヅキはしばらくは不貞腐れた表情のまま斜め前方の地面を見つめていたものの、やがて、ぼつりと言った。
「…………悪かったよ」

49 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/28(水) 22:39:05 ID:4iy5GWe2
 *

三人は、公園を離れると竹林の中へ分け入り、そのまま一時間ほど山の中を進んだ。立ち入り禁止の区域ではないが、学校はまだ授業中だ。彼ら意外に、人の気配は感じられない。
獣道を進むと、平坦で、比較的開けた場所に辿りついた。中央に、巨大な岩が二つ寄り添うように突き立っている。
人工的な雰囲気は感じられないのに、木々はその周囲を囲むように立ち並んでいて、さながら自然の織り成す空き地といった感じだった。
三人はそこを秘密の集合場所に定めると、輪になって地べたに腰を下ろした。
「――にしても」秋月マリエが口を開いた。機嫌は大分良くなったようで、鳶色の瞳を生き生きと輝かせて、小田の方を向く。
「あなた、凄いじゃない! ……小田くん、だっけ? 私、あなたみたいな能力者を求めてたのよっ。
 Aランクの戦闘バカ一人連れて来るよりも、ずっと戦力になる。とんでもない掘り出し物だわっ!」
「あ、ありがたきお言葉っ! 恐悦至極に存じまする! この小田、精一杯、奮起させていただく所存ですっ!」
小田は、この世で最も尊崇する存在に日頃の主張が認められたことで、感激の境地に至っていた。
己の鼻で土を掘るようにして、地面に顔を押し付ける。
「よしよし、苦しゅうないぞっ」秋月マリエは、ご満悦だ。
「ははー」
「……けっ」
カヅキは、何故か波長が合い始めているように見える二人の小芝居を、途中で退出したくなるほどつまらないB級映画を観るような心境で眺めていた。
「――で?」
声のトーンががくっと下がったかと思うと、秋月マリエは横目でカヅキを睨んだ。靴の裏に張り付いたガムを見るように、憎々しげな視線でもって。
「あんたは? 何か、出来るわけ?」 
『何が』、ではなく、いちいち『何か』と言ってくるところが、この女の嫌なところだ。カヅキは思った。
「はぁ?」
「どんな能力が使えんの、って訊いてんのよっ。――ったく、愚図なヤツ」

50 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/28(水) 22:54:24 ID:4iy5GWe2
「…………糞女」
「あぁんっ!? なんか言った……っ?」
カヅキが口の中だけで放ったぼやきを、秋月マリエは聞き逃さなかった。錆びた五寸釘のような視線を打ち込まれて、己の両目を守るべく顔を逸らすと、その先で、今度は哀願するようにこちらを見つめる小田の視線とぶつかる。
「あ~」とか、「う~」とか、言葉にならないうめきを上げ、カヅキは頭を乱暴に掻いた。やがて、聞こえよがしに大きく一度舌打ちを鳴らすと、彼はおもむろに両手を合わせた。
「何を……?」秋月マリエが、不審げに眉根を寄せる。
「まあ、見ててくださいよ」
小田が言い終えるか終えないかのうちに、三人の頭上に伸びていた木の枝が、ざわざわと揺れ動き始めた。風はない。
まだ若い葉や折れた小枝が次々に舞い落ちてきて、彼らのもとへ降り注ぐ。
「――とか」
真剣な眼差しで自分を見据える秋月マリエを確認すると、カヅキは今度は右側に顔を向けた。二人も揃って、同じ方向へ視線を転じる。
カヅキの右手に座っていた小田から五メートルほど離れた地点に、まだ青い果実を枝にぶら下げた若木が見える。カヅキはそこへ“手”を誘うと、実をもいだ。
拳大ほどの、楕円形の果実はそのまま上空一メートルほどの地点で浮遊すると、何かに導かれるかのようにひとりでに宙を移動し、三人の間で停まった。
眼前に浮く果実を、目を丸くして注視する秋月マリエを認めると、カヅキはそれを彼女の膝の上に落とした。
「――とか。まあ、こんなところ」
「…………ふ、ふんっ! 何よこれ、単なる手品じゃない。全然大したことないわね。使えないわっ」
秋月マリエは、両手で膝に落ちた木の実を握り締めて言う。決して自分と目を合わそうとしない彼女を見ていて、カヅキは笑いが漏れた。
(そういう反応は、予測済みだ)
「そうか、それなら、もっとあめいずぃんぐな使い方を見せてやろう――」
「はぁ?」
カヅキが言うなり、隣の小田が突如として鼻血を噴き上げ、後方にぶっ倒れた。某拳王の死に際の台詞でも言い出しそうな、達成感に満ちた寝顔で、周囲の土をみるみる真っ赤に染め上げていく。
「ちょ……! 小田くん!? どうし……、ってうわぁっ!」
胡坐をかいていた秋月マリエは、自分のスカートが、まるで風に巻かれた一瞬を切り取ったようにベロリとめくり上がっているの気づき、慌ててそれを掴んで引き寄せた。
「な……っ! なぁっ!?」
「どうだ? すんばらすぃだろう?」
直前まで目の前に展開されていた光景を思い浮かべ、カヅキは事前に小田と打ち合わせておかなかったことを深く後悔した。写真にでも収めておけば、きっとプレ値もついて馬鹿みたいにサバけたことだろう。
「思い知ったか性悪女め! 俺様を怒らせると、こういうことになるのだっ」

51 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/28(水) 23:11:31 ID:4iy5GWe2
調子に乗ったカヅキは立ち上がり、俯いて黙り込んでしまった秋月マリエの周囲を回りながら小躍りした。「ばーかばーか」という、嘲りの言葉も忘れない。
「…………そうね、私、あんたを見くびってたみたい。――お詫びに、私のちからも、見せてあげなくちゃね」
言うと、秋月マリエは音もなく立ち上がり、機敏な動作でカヅキの方を向いた。その勢いに、カヅキは思わずたじろぎ、動きを止める。
「な……に、すんだよっ」
「まあまあ、悪いようにはしないって」
彼女の右手が伸びて、すっ、とカヅキの額に触れる。ひやりとした感触。初めて会った日に触れた、キメの細かい繊細な肌質に、彼は息を呑んだ。
すると、感触を堪能する間もなく唐突に、きん、という甲高い耳鳴りが、彼を襲う。次いで、これもまた耳の奥、何かを詰め込まれたような、水が入ってしまってなかなか抜けないときのような感覚に、彼は顔を顰めた。
耳鳴りと違和感はどんどん強くなっていく。対面する秋月マリエの口の端は、どんどんつり上がっていく。カヅキは不安になってきた。
「なん……なんだよっ、これっ!」
「教えてほしい?」妙に優しげな声音。まるで、(世間一般に知られる)普段の彼女のような。
カヅキは必死で首を縦に振った。鼻先がくっつきそうなほどに、彼女の顔が近づく。
「私が、このままぐーぅんとちからを強めれば、あんたの頭は、どっかの殺人拳法喰らったモヒカンよろしく、ばんっ、って弾けて木っ端微塵、ってワケ。
 ――どう? 試してみる?」
「やめてくださいごめんなさい調子に乗りましたもうしません勘弁してください……」
真っ青になって懇願するカヅキを、秋月マリエは触れていた手で思い切り突き飛ばした。尻餅をついた彼の前に傲然と立ちはだかり、言い放つ。
「思い知ったか、阿呆男め! 私を怒らせると、こうなるのよっ!」
「ぐっ……!」
その時、血溜りの中で天に召されかけていた小田が、突如、むくりと身体を起こした。腰を抜かしかける二人を尻目に、己の体液でぬらぬらと顔面を濡れ光らせて彼はきょろきょろと辺りを窺うと、言った。
「……あれ? ぱんつは?」
天然でこういう立ち回りを可能とするところが、小田の、小田たる所以であった。

52 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/10/28(水) 23:19:44 ID:4iy5GWe2
 *

その後も三人は、輪になってあーでもないこーでもないと、なかなかまとまらない議論を延々と続けた。
ほとんど三十分に一回は、カヅキと秋月マリエが口論となり、今まさに喧嘩に発展せんというときになって、毎度小田が仲裁に入った。
その後は大抵、秋月マリエがカヅキを仲間はずれにして、小田と二人で仲良く会話に華を咲かせるという展開になった。
そういうローテーションが四、五回繰り返され、いつの間にか日がとっぷり暮れているのに気づくと、秋月マリエは、携帯端末を取り出した。
「――あら、もうこんな時間じゃない! 今日はもう、このぐらいにしましょう。お腹も空いたし」
どうやら、どれほど逼迫した状況にあっても、寮の門限はきっちりと守るつもりらしい。
はっきり言って、今日の会議では、何一つ、実になる結論は出ていなかった。
にもかかわらず、いそいそと帰り支度を始める秋月マリエは、妙に晴れやかな顔をして、挙動の随所にやりきった感を滲ませている。
何故かカヅキが採った木の実までをカバンの中に収める。食べるつもりなのだろうか。まだ全然青いのに。
彼女を見ていて、カヅキは思い出していた。そもそものきっかけとなったあのメール。
冷静になって考えれば、どう考えても成功率の低そうなあの“漂流メール大作戦”を考案したときも、彼女は得意満面だったに違いない。
(……こいつは、駄目だ)
絶望的に、先見の明がない。秋月マリエは、成績を見れば抜群に賢いはずなのに、圧倒的に参謀には向いていないのだった。
カヅキは尻ポケットの財布を出すと、札入れから一枚の紙片を取り出した。
それは、一輪の小さな押し花だった。内側の白から淡い紫へ、美しいグラデーションを彩る花弁。彼が、学園に入学した当初から、ずっと肌身離さず持っているものだ。
(ミドリさん……)
押し花をしまうと、カヅキは不安に押し潰されそうになりながら、きゃっきゃうふふとふざけあう阿呆二人を見やった。
一人は、超絶優等生と見せかけて実は阿呆。もう一人は生粋の阿呆で、さらに最近ではそこに色ボケまでが付加されている。
(俺が、しっかりせにゃあ……)
カヅキは満月の上る夜空を仰いだ。月明かりは、街灯の一切ない山中までをしっかりと照らしている。これならば、帰り道に迷う心配はなさそうだ。
彼は深く吐息をついた。暗澹たる気持ちの矛先をどこに向ければ良いのかも、わからぬままに。

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最終更新:2010年01月22日 19:24
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