アットウィキロゴ

したらばSS作品 ◆CPEWI1EVik 5

5

カヅキとマリエは、ノびた河合を拘束し、監禁されていた教材部屋を脱出。とにかく、碧河ミドリに追いつくべく、まずは学校を出るために走り出した。
計画は、完全に白紙になってしまった。大失態だ。今から新しい作戦を考えているヒマはない。携帯を奪われてしまい、小田と連絡を取ることもできない。焦燥と不安が二人を急き立てる。
三段飛ばしで階段を駆け下り、一階へ。昇降口のある本棟へは戻れない。今頃、見送りを終えた在学生たちは、それぞれのクラスでホームルームだろう。人が多すぎる。
壁から顔を出し、慎重に廊下を窺う。警備がいる様子はない。カヅキはマリエを見て、頷き合うと、廊下に出た。
「これから、どうするの?」追いかけてくる、マリエの声。カヅキは振り返らずに、言った。
「さあな。とにかく、急ぐしかねえ」
「急いで追いついたって、どうしたら良いのよっ」
「知らねえよっ。俺に訊くんじゃねえ! こうなったら、行き当たりばったりだ」
カヅキはやけくそになって声を張り上げ、がむしゃらに走り出そうとした。が、唐突に、背後から袖を引っ張られた。
つんのめるようにして立ち止まり、振り返る。
「んだよっ」
「……ねえ、立花」
カヅキの袖を掴んだままこちらを見るマリエは、眉根を寄せて、何かを訴えるように口を半開き。カヅキが怪訝な思いで彼女を見返していると、ふいに、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。
〈――カヅキ! おい、こっちだ!〉
微かな、機械を通したように擦れた、聞き覚えのあるダミ声。周囲に顔をめぐらすが、人の姿は見えない。
秋月マリエに肩を叩かれて、そちらを向く。小田の声は、彼らのいる廊下の左側。今は使われていない特別教室から聞こえていた。
〈――遅くなってすまねえ! 探すのに、手間取っちまった。どうやら二人とも、無事みてえだな〉
無人の教室に入るなり、小田は安堵したように言った。教室の壁上方に設えられた、スピーカーから届く声。
カヅキは応えた。
「問題ねえ。――それより、状況は?」
〈……最高だ、とは、正直言いづらいな。いきなり後手にまわっちまった〉
マリエが唇を噛む。
〈でも、ま、取り返せないほどの遅れじゃねえ。とにかく急ごう。――いいか、カヅキ? よく聞け……〉
小田の口調が力強さを増す。カヅキは唾を飲み込んだ。

104 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/11/15(日) 16:45:37 ID:4iy5GWe2
〈今から五分後だ。お前らはこれから、外に出て教員用の駐車場へ真っ直ぐ向かえ。そこに移動手段が用意されてる。それを手に入れたら、今からきっかり、五分後に――〉
「五分後……」
一拍置いて、小田は言った。
〈――正面突破だ。正門を突っ切れ!〉
「な……っ!」秋月マリエが絶句する。
「お、おいおい! 大丈夫なのかよっ?」
〈こっちこそ、“おいおい”、だよ。なあ、カヅキ――〉
戸惑う二人を歯牙にもかけず、小田は、言った。
〈お前はこれから、プリンセスを救いに行く、白馬のナイトなんだぜ? 裏からコソコソ行く理由が、どこにある?〉
スピーカーから届く、自信ありげな小田の声。カヅキは真剣な顔になって、そこを見つめた。
「……何か、考えがあんだな?」
〈誰に訊いてんだよ。お前はそんな心配に脳みその要領を無駄遣いせずに、キリキリ身体だけ動かしてりゃいいんだ〉
「言うじゃねえか。ヘマしたら、ただじゃおかねえからな」
〈さっさと行け。いいか、もしマリエさんに擦り傷の一つでも負わせてみろ。末代まで、俺がこの手で殺してや――〉
「あー言ってろ」
小田が最後まで告げるのを待たずにカヅキは踵を返すと、いまだに当惑気味のマリエを素通りして、再び廊下に出て行った。
マリエも慌てて後に続く。ちらりと振り返ったスピーカーはぴたりと沈黙し、もはやその向こうには何の気配も感じられない。
カヅキらは廊下の窓を開くと、上履きのままよじ登り、校舎の外へ出た。敷地のフェンスと校舎の壁に挟まれた、日の届かないじめじめした通路を、身を屈めて壁伝いに進む。
「――ねえ、立花ってば」
角まで来て、向こう側――駐車場の様子をカヅキが窺っていると、後ろのマリエが、ひそめていながらも切迫した調子で呼び止めた。
「本当に、大丈夫なの? 小田くんは、ああ言ってたけど」
「まあ、何とかなるだろ」カヅキは校舎の向こう側を見たままで返事をする。
コンクリートの路面に、教員たちの自家用車が白線に沿ってきっちりと収まり、整然と並んでいる。出歩いている者は見当たらない。昼の日差しを様々な色、形の車体が照り返して、ちらちらと目を焼いた。
マリエはなおも詰め寄った。「でもっ――」
「俺はな、秋月」カヅキはそれを遮った。じっと駐車場に目を向けて、迷いのない口調で続ける。
「……俺は、自慢じゃねえが、高校入学してから今日まで、一分たりとも、自宅学習なるものをしたことがねえ」
「はあ? 何を――」
「まあ聞け。――にも関わらず、俺は、こうして一度も落第することなく、高校二年まで、ストレートでちゃあんと進級してこられたワケだ。……何故だかわかるか?」
わかるわけがない。突然に何を言い出すのだこの男は。まったく意味不明なカヅキの言動に、マリエは呆れることすらできず、ただ黙して続きを待った。
「――それはな……、ここぞという時は、いつもあいつの言う通りにしてきたからだ」
カヅキは振り返り、マリエの目を見て、言った。
「小田を信じろ」

105 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/11/15(日) 16:48:18 ID:4iy5GWe2
駐車場へ出る。なるべく背の高い車の間を縫って、早足に進んでいくと、敷地を縁取るフェンスの角、用具入れの倉庫の陰から、こちらに手を振る人影が見えた。
「秋月さん、立花さん! こっちです」
二人は顔を見合わせた。カヅキが頷き、その男の方へ進路を向ける。
がっしりとした体つき、おそらく百八十センチ以上はあるだろう。スポーツマンらしく日焼けした肌に、刈り込んだ短髪がよく似合っている。ブレザーの校章の色から察するに、カヅキらを迎えたその男も、同い年らしかった。どういう意味があるのだろう、彼の肩には、ピンク色をした襷が斜めに垂れ下がっている。
「小田総統から話は伺っております。どうぞ、中に」
言って倉庫の扉を開け、暗い屋内に二人を誘う。
「……総統?」マリエが怪訝そうに首を捻る。
「説明している時間はありません。――さあ、お早く」
男は両の大きな手の平で二人の肩をがっちり掴むと、強引に倉庫の中へ引き入れた。
されるがままに、カヅキは石灰の臭いが充満する薄暗い空間へ入る。明るい屋外とのギャップに目が慣れるのを待つまでもなく、すぐにあるものが、視界にはっきりと浮かび上がった。
「……なるほど、“白馬”ね。あんにゃろう、ニクいことしやがる」
わずかに届く外の陽光を凝縮したように跳ね返す、艶やかな光沢をもった、真っ白な車体。流線的なシルエットに、太く力強く地面を捉える二輪。後部シートのすぐ脇に輝くのは、前脚を上げて猛る一角獣のエンブレム――『UNICORN』の刻印。
「これ……バイク……?」マリエが当惑ぎみに歩み寄る。
「いちいち言わなくてもわかるよ」
「移動手段って…………、まさか……っ」
息を呑む彼女に構わずカヅキはそれに跨ると、傍にいた男からキーを受け取った。
「お前も早く乗れ」
「えぇ……ちょ、本気?」
狼狽えるマリエを無視して、カヅキは男から運転の仕方についてあれこれとレクチャーを受け始めた。これがブレーキ、クラクションで、そっちがクラッチ……、
「さっさとしろよ、置いて行くぞ?」
焦れったそうに振り返るカヅキ。マリエは泣きそうになりながら彼の目を見、少し逡巡して、後部シートに跨った。
「初めて、だよね? ……やっぱり」
カヅキの腹に、ためらいがちに両腕をまわす。カヅキはそれをなるべく意識せぬよう、努めてぶっきら棒に言った。
「当たり前ぇだろ」
「安全運転……ね?」
「ら、楽勝だ。こんなモン、けったの進化系だろうが」
前を見たまま言って、エンジンをかける。バイクは荒々しく排気音を上げ、唸るような機械の胎動が、二人の身体に伝わる。
短髪の男が腕時計を確認して、顔を上げた。
「時間です。――ご武運を」
「あ、あのっ……ありがとうっ」マリエが片手を差し出す。彼はそれを両手でがっちりと握り、感極まったような顔で、彼女を見た。
「この手は、生涯、洗いません……!」
男の言葉の最後は、けたたましいエンジン音にかき消された。二人を乗せたバイクは、倉庫の中から春の日差しの下へ、飛ぶように、駆け出して行った。

106 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/11/16(月) 18:24:46 ID:4iy5GWe2
 *

本棟東館、正門とグラウンドに面したそこは、職員室をはじめとして、体育教官室、保健室など、主に教員、事務員等の、学園に雇われた大人たちの用いる部屋が、大半を占めていた。
その二階。正門側から向かって一番右の窓。リノリウムの廊下をまっすぐ突き当りまで行くと、等間隔に立ち並ぶ扉の最奥にそれが見えてくる。
扉の上方に設えられた、真っ白なプレート。秋に就任したばかりの新委員長の手による毛筆。
無駄な余白を惜しむように、びっちりと書き込まれた大きな漢字。力強く大胆でいて、しかし、どこか繊細さも感じさせる上品な筆致。『風紀委員会詰所』。
高畑レイジが先に立ち、扉を開けて宵闇マヒロを先に通す。彼が後から入って後ろ手に扉を閉めると、壁際のデスクに向かっていた男が、顔を上げた。
「おかえり、お二方。初めてのおつかいは、ちゃあんと不備なく済ませられましたかぁ?」
にやけ面で言って、甲高く笑う。高畑は中央の会議用長机に手をついて凭れかかると、不快な表情をあえて隠さずに答えた。
「万事、問題なくやり遂げた。碧河ミドリは無事、護送されて行ったよ。
 ――そちらこそ、首尾はどうなんだ。小田は、見つかったのか?」
厳しい視線を送ると、男は面白くなさそうに小さく舌打ちして、デスク上のモニターに向き直る。
「現在、鋭意捜索中ですよ、っと」
高畑は口を開かず、眉間に皺を寄せてその背中を注視した。
現在、彼の視線の先で、横に並んだ三台のモニターを見交わしながら猛烈にキーを叩いている男の名は、入間ソウスケ。
高畑と同じ2年。彼もまた、風紀委員会のメンバーである。
舌の裏側にある針嚢から、刺された者の身体を麻痺させる神経毒をもった針を射出させる彼の能力“スピナー”は、アクターには属されているものの、判定はDランク。
主に戦闘を旨とする風紀委員会においては、弱小とすらされる部類だった。
しかし、入間が買われているのは、その特殊能力ではなく、彼の、生身の人間としてのスキルだった。
二年になってから、学業においていまのところ首席の座を譲ったことのない高畑が、絶対にトップになれない科目がある。PCを用いた情報科の科目では、いつも彼は三位に甘んじていた。
その上にいて、熾烈に首位の座を奪い合っている二人。一人は、情報系の能力を持つ小田で、もう一人が、目の前にいるその男、入間だ。彼は、その類稀なるハッカーとしての腕前を見込まれ、サイバーテロ対策班として、風紀委員に引き抜かれたのだった。

107 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/11/16(月) 18:27:38 ID:4iy5GWe2
「――ところで、会長は?」
入間は高畑らに背を向け、画面にかじりついたままで訊ねた。
「生徒会室だ。向こうの会長と教頭との三人で、話し合うことがあるらしい」
「へーえ。ご苦労だねえ。お偉いさん方は、今日も政治でお忙しい、と」
さして興味もなさそうに言う。高畑は、入間が嫌いだった。常に人を小ばかにしたような態度で、皮肉まじりの言動を繰り返す。風紀委員会の一員でありながら、委員長や教員たちを敬う態度も見せず、校則を重んじている様子もない、この男が。
マヒロは存在感も希薄に、高畑の傍らで音も立てずにじっと佇んでいる。室内には、カタカタという、入間がキーを叩く苛立たしげな音のみが響いていた。
――その時だった。
〈……あー、テステス。……ただいまマイクのテスト中――〉
「な――っ!」
高畑は、隣のマヒロと揃って、弾かれたようにそこを振り仰いだ。教室の正面、壁に設えられた黒板の斜め上。
「……小田…………!」
タイプの音がぴたりと止み、入間が憎悪を込めて吐き捨てる。
〈――えー、本日はお日柄も良く……、じゃねえや。何て言うんだっけな、こういう時〉
小田の声が響いていたのは、その部屋だけではなかった。大音声がいくつも重なって反響し、学園全体を包み込む。
「で、電波ジャックだとぉっ!?」
「レイジ、あれ――」
いつの間にか傍を離れていたマヒロが、窓辺から外を指差す。高畑は走り寄って、それを見た。
歓声とともに、真下の校舎から校庭に向けて、わらわらと人がなだれ出て行く。パチンコの玉のように、後から後から。ホームルームの真っ最中であるはずの、男子学生たちだった。何故か全員、学生服の上に、ピンク色の襷を掛けている。
「……な、何が起こっているんだ」高畑は瞠目した。
スピーカーの向こうで、息を吸い込む気配がする。小田はひとつ、咳払いすると、高らかに言った。
〈――同士たちよ、待たせたな。……時は満ちた! 今こそ、我らが愛を示す時ぞっ!」
「うぉおおおおおおっ!」と、獣のような咆哮を上げながら男たちは、昇降口も窓も問わずに飛び出して、グラウンドをがむしゃらに駆けて行く。所々の警備をしていた風紀委員や自警団の生徒が、その様子にぎょっとして、慌てて駆け寄る。
あっという間に、校庭はパニックとなった。もはや、暴動の相をすら、呈し始めている。
「こ、これは……、一体、何なんだ。どうなってる……?」
わけもわからず狼狽するだけの高畑。その傍で、彼とは対照的にひどく冷静なマヒロが、ある一点を指差す。
「あれ」
「――っ!」
高畑の目に映じたのは、大混乱に陥ったグラウンドを傍目に、校門に向けて脇の道路を悠々と走り抜けて行く、一台の真っ白なバイクだった。
そこに跨っていた二人の人影を、高畑は遠めにも一瞬で、はっきりと誰であるかを察した。
「…………立花ぁっ!」

108 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/11/16(月) 18:36:52 ID:4iy5GWe2
 *

「ひ、ひえええぇぇぇぇぇええっ! ――ちょ、ちょっと立花っ、……速いって、スピード出しすぎ!」
「あぁっ? 聞こえねえっ! もっと声張れっ」
耳元を吹き抜ける暴風。尻の下で震えるエンジン。二人はほとんど叫んでいた。
「だからっ、……っきゃぁぁぁあああ!」
赤信号を無視して、左右に行き交う車の群れの間を縫って交差点を右折。カヅキはスピードを緩めずに、“手”を使って、無理やりに車体を傾けた。
「ぬぅぉおおおおおっ!」
膝が地面スレスレになるほどの急カーブ。方々からぶつけられるけたたましいクラクション。
一瞬前に見た頭上では、歩道橋の上で、ピンクの襷を肩から掛けた男子学生が、進路を示していた。
「秋月ィッ! しっかり掴まってろっ!」
「わかってるわよぉっ!」背後から聞こえる声には、涙が混じり始めていた。腹に回された彼女の両腕に、力が込もる。
「あふんっ。――や、やっぱあんまりしがみつくなっ!」
「えぇっ!? な、何でよっ。振り落とす気ぃ?」
カヅキは必死でバイクを操りながら、迷った。言うべきか、言わざるべきか。
「――あ、危ないってば! 立花、前っ!」
左の路地から出てきたトラックを慌てて避ける。甲高い音を立てて急停車したトラックの運転席で、年配の男が吠えるような表情をするのが一瞬視界に入る。
カヅキは腹をくくった。ただでさえ、初めての運転なのだ――、
「――お……、おっぱいが当たってんだよぉおおおおおっ! 集中できねえっ!」
「はぁあっ? あ、阿保かぁーーーっ!」
しかし背後のマリエは、羞恥よりも恐怖の方が勝ったようで、しがみついた身体を一向に離さない。
カヅキに残された手は、もはやひたすら心を無にし、目の前の光景に集中することだけだった。明鏡止水――俺は今、悟りの境地に足を踏み入れている。
と、数々の飲食店やら書店やら雑貨屋やらが立ち並ぶ街路の一角に、またも、ピンクの襷が現れた。
カヅキは進路をそちらへ向けると、男子学生が指し示していた左へと折れる。
背後でマリエが声を上げた。
「っていうか、何なのよあの人たちっ。グラウンドでのことといい、駐車場でだって……!」
「お前っ、まさか知らねえのかっ!?」
カヅキはまたも心を乱され、必死で車体を調整した。
「――あいつらはっ、……お前の親衛隊だ! どうだ、国だって動かせそうな気がしてきたろっ!」
「え、ええーーーーーっ!?」

109 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/11/16(月) 18:37:35 ID:4iy5GWe2
狭い路地を抜け、視界が開ける。片側二車線の大通りの先にあるそれを認めると、カヅキは一気に加速した。
「見ろ秋月! いたぞ、あれだっ!」
道路を島の北東へ真っ直ぐ向かう、黒塗りのセダン。カヅキらから三百メートルほど先を行くそれは、分岐点から斜めに高架へとすべり込んで行くところだった。
「……あれに、ミドリ先輩が……」
マリエが低く呟くのが、その時だけは何故かはっきりと聞こえた。カヅキはハンドルを握った手に力を込めると、それを追った。

113 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/11/18(水) 18:50:34 ID:4iy5GWe2

 *

〈……さて、聞いた通りだ。見事に出し抜かれたモンだね。そこにいるのは、入間と……レイジにマヒロの三人かな?〉
名を呼ばれて三人は、先ほどとは異なった緊張の込められた面立ちで、一様にスピーカーを振り仰いだ。小田による電波ジャックはすでに止んでいる。
切った言葉の間に、グラウンドで今も続いている喧騒がそこまで届いていた。そのざわめきとの対比か、かえって室内には、異様に張り詰めた空気が満ち満ちている。
風紀委員会室に響くのは、冷徹で穏やかなる指導者の声。
〈取り逃がしたことに対する云々は、後にしよう。どうやら、連中はまだ、諦めていないらしい〉
あらゆる感情がごちゃ混ぜになって、怒涛のごとく押し寄せる。高畑は、我知らず握り締めていた拳の内側が、じっとりと汗ばんでいるのを感じた。
〈で、だ〉
風紀委員長の声色が変わった。傍にいるマヒロですらも、変わらぬ無表情のなかに硬く強張った印象を垣間見せる。
〈このまま騒ぎが大きくなって、事の真相が自警団の連中やらに漏れるのは、面白くない。――幸いにして、今彼らはグラウンドの暴徒を鎮圧するので手一杯のようだ。
 しばらくはああしていてもらおう。我々は、少数精鋭でもって本ボシを狙う〉
碧河ミドリの引き渡しに関しては、学園上層部と本土政府の間に交わされた密約だ。当然、現場を指揮する風紀委員の面々にも、守秘義務が強く言い渡されている。
たしかに、正規の組織でない自警団の介入は避けたいところだった。生徒会、風紀委員会、自警団の三組織には、表立っての反目はないものの、学園における主導権を争っての、水面下での熾烈なる闘争が常に繰り広げられていた。
ただでさえ、今はまだ世代が変わったばかりで、新任の指導者の力量が問われる大切な時期だ。内約が漏れて、ヘタに騒ぎ立てられれば、自分たち風紀委員はこの争いにおいて完全に頭を押さえつけられることになる。
〈――レイジ、マヒロ〉
高畑ははっとして思索を振り切り、顔を上げた。
〈名誉挽回のチャンスを上げるよ。君たち二人は、これからすぐに学校を出て、立花、秋月の両名を追え。捕獲の後、そこ、風紀委員会室へ連行しろ。
 ――入間、君は彼らのサポートだ。無論、小田の居場所の探索も並行して行うこと。以上。何か質問は?〉
「了解」
「……」
「へいへい、……ったく、人使いが荒いこって」
三者三様の反応を受け止めると、スピーカーの向こうの相手は、あえて感情を込めない、しかし妥協を一切許さぬ日頃の命令口調でもって、宣言した。
〈よし、行動開始だ。成果を期待する〉

114 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/11/18(水) 19:24:07 ID:4iy5GWe2
 *

前面から押し寄せる空気の圧力。顔面に叩きつけられるそれらは、高速で走っているためか、三月中旬とはいえ身を切るように冷たい。
後部シートのマリエはもはや言葉もなく、バイクを運転するカヅキの背にピッタリと身を寄せ、前を走る車をひたすら見つめていた。
カヅキですら、自身の背中に押し付けられた二つの膨らみを堪能する余裕もなく、一言で言えば、必死だった。
高架上から見渡せる都市の全景は、はやる彼らとは対照的に、いつも通りの穏やかな日常を刻んでいるようだ。が、それらにすら、気を配っているヒマはない。
碧河ミドリを乗せた黒のセダンは、後を追うカヅキらに注意を配っているようには見えない。カヅキはハンドルをぐいと捻り、みるみるその差を狭めていった。
月曜の真昼間。元々学生が住民の大半を占める島の道路は、交通量もきわめて少なかった。同じ車線を走っているのは、見える限り目標の一台だけ。
バイクの運転に慣れぬカヅキにとっては、望外の僥倖と言えた。
じりじりと距離を詰める。カヅキは募る焦燥を押さえつけるように、ハンドルをこれでもかというほど硬く強く握る。
車との距離は、バイク換算で残り数馬身。前を走るリアウィンドウは、車体と同じく真っ黒なスモークに覆われていて中を窺うことができない。
カヅキは突進するような前傾姿勢で、スピードを上げ続けた。断続的に鼓膜を揺さぶる風が、内耳の奥にまで吹き荒れているかのよう。
見つめるは、目指すセダンの後部のみ。突き抜けたような青い空の下で、カヅキは自身の視野が目標に向けて狭まっていくのを感じた。
――と、そこで唐突に、ぱっと赤いテールランプが灯る。カヅキは思わず目を瞠り、瞬間、反応が遅れた。
背後でマリエが悲鳴を上げる。それよりも速く、自分たちより何倍も大きい堅牢な車体が目の前に迫る。
「く――っそったれぇっ!」
間一髪で急ブレーキ――勘付かれた。思うまもなく、碧河ミドリを乗せたセダンは急加速。
ほとんど徐行にまで速度を落としたカヅキらのバイクは、あっという間に置いてけぼりを食らった――かに見えた。
「――えっ!?」
マリエは、自身の身体がしがみついたカヅキの身体ごと、がくんと仰け反るのを感じた。
首がもぎ取られそうな衝撃に、慌ててしがみついた腕に力を込める。カヅキもまた、かなりの抵抗に逆らって必死に元の前傾姿勢を整える。
バイクは、置いていかれるどころか、まるで引っ張られるようにして、車の後方十メートルほどに、なおもぴったりとつけていた。
しがみついたカヅキの背が、びくんと一度、痙攣する。驚いてマリエが顔を寄せると、彼は苦悶の表情で、唸った。
「ぐ……ぉぉおおおおおおっ! 手が、手がぁ~~~!」
マリエは悟った。『ように』ではなかった。引っ張られているのだ。
セダンが至近距離に迫った刹那、カヅキは能力の“手”を用いて、とっさに車の後部バンパーを掴んでいたのだった。

115 名前: ◆CPEWI1EVik[] 投稿日:2009/11/18(水) 19:24:30 ID:4iy5GWe2
「あ、握力がぁぁあああ~! 手が死んじまうっ」
「立花っ、頑張って! 男の子でしょ!」
「……っ、ど…………畜生ぉぉぉぉおおおおお!」
カヅキの怒号に呼応するかのように、バイクは荒々しく猛り、自身の加速を取り戻していく。
掴んでいた“手”の引き千切られるような感覚が弱まっていき、カヅキらはついに、セダンの真横に取り付けた。
さらに、風圧に逆らって“手”を這わせる。近づいた車の窓はやはり、全面がスモークで覆われていた。ミドリはおろか、運転手の顔をすら、見ることができない。
カヅキは吠えた。
「舐・め・ん・なぁあっ!」
“拳”を硬く握り締める。これまでの鬱憤、怒り、焦り、そして、想いと、誓い――すべてを込めたそれを、カヅキは渾身の“力”を込めて、運転席の窓に叩きつけた。
音は届かない。しかし、舞い散る破片の合間に覗く黒服の男が、かけたサングラスの奥で瞠目するのを、カヅキははっきりと見た。
「秋月ィッ! 今だ、飛べっ」
「うんっ」
返事がするなり、ばくん、と後輪が跳ね上がる。カヅキは車体を操りながら、快晴の空に飛翔するマリエのイチゴ柄を見逃さなかった。
すぐさま車に視線を戻し、さらに“手”を操作。後部ドアをひっ掴み、開け放った。
「ミドリさん!」
開かれたドアの向こうに見えたのは、驚愕の表情でこちらを見返すミドリの顔。カヅキが彼女とまともに視線を交差させたのは、この時が、出会った日から数えて、わずかに二度目だった。
しかし状況は彼に、感傷を覚えている隙を与えない。どかん、という凄まじい音とともに、上空からマリエが車上に降り立った。
大きく車体を跳ね上げ、驚いたように蛇行するセダン。わずかに凹んだボンネットの上で、身を低めて必死にしがみつくマリエ。接触しないよう、カヅキは冷静に距離を取りながら、相手を窺った。
運転席の黒服が苦悶に顔を歪めてハンドルを繰る。その隣で、助手席のもう一人が窓を開けて上を見ようとした。
それを見たカヅキは、間髪入れずに、再び“手”を誘った。窓から身を乗り出そうとする助手席の男の首根っこを掴んで車内に引き戻すと、問答無用の殴打を浴びせる。
瞬間、運転手の男がちらと視線をカヅキに向ける。ハンドルをぐいと捻った、のが見えた直後、セダンは右側にいるカヅキのバイクへ向けて突進を始めた。
「く――っ! ……なろぉっ」
またも急ブレーキ。車の脇を何とかすり抜け後方へ。今度はカヅキも掴むことができず、セダンはあっという間に、前方へ距離を大きく開けて行った。
しかし――、
「……へっ、やるじゃねえか、お嬢様」
カヅキは見ていた。高架の上空から、眼下に広がる学園都市へと、軽やかに飛翔するマリエの姿を。彼女の両腕に抱きかかえられる、ミドリの姿を。
目を路上に落とすと、二百メートルほど先で、あのセダンが停車していた。黒服の男たちがドアから出てきて高架の縁に寄り、飛び立って行くマリエの姿を呆然と見守る。
それを確認するとカヅキは、バイクをその場でUターン。彼女たちの行方を追うべく、再び走り出した。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年01月22日 19:27
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。