名前: ◆ll4lON6OZk[] 投稿日:2010/02/01(月) 18:26:44 ID:9xC3..yY
夜の闇を照らす街の灯は、夕刻からの雨に煙ってぼやけている。
山から駆け下り、それまで休むことなく町を彷徨っていた狩野だが、肺の上げる悲鳴を
無視できなくなり、とうとう広場の噴水の縁に腰をかけた。
肩で息をしながら、下を向く。
――今まで俺は、何をやっていたのだろう。
人より上手く立ち回れるという自負を持って生きてきた。事実教師の受けも良いし、同
年代の連中からもそれなりの評価を得ていた。何度か異性に告白された経験もある。これ
から続く人生も、今のリズムで容易に乗り切れる。そう確信さえしていた。
それがどうだ。
ある日現れた二人の研究員に呆気なく壊されてしまった。脅された挙句、ろくに付き合
いもなかった女子生徒を妊娠に追い込み、用済みとなった今は、研究員の口封じを恐れて
無様に逃げ惑っている。上辺だけでの付き合いだった男子たちも、恐らくもう――。
もうおしまいだ。仮に命の危険がなかったとしても、皆本茉莉が自分の行いを白状すれ
ば社会的な生命は絶たれる。苦労して築き上げた物も、跡形なく消し飛ばされるだろう。
運がなかっただけなのだろうか。それとも自分の実力不足? 確かにあの研究員たちを
屈服させられるだけの力を持っていれば、ここで雨に打たれるようなことにもならなかっ
たのかもしれない。
前髪を伝っていった雨粒が、石畳の上に落下していく。周囲を行き交う人々が、傘の下
から好奇の視線を浴びせているのが肌で分かる。既に落ちるところまで落ちていた。死を
待つだけの、未来を断たれた敗者だ。
どこまでも深く沈んでいく思考がその異変に気付くのに、かなり時間を要した。
――雨が止んだ?
顔を上げる。
赤い小振りな傘が、頭上の雨を弾いていた。
「どうしたの?」
黒い髪をツインテールにした少女が、狩野の上に傘を差し出していた。買い物袋を提げ
ている。
「お兄さん、ホームレス?」
馬鹿にされた気分だったが、小等部の制服を着たその少女は、どう見ても十歳に満たな
い年齢だ。悪意のニュアンスが含まれていなかったので、激昂するのだけは耐えることが
できた。
「違う」
「でも、家がないんでしょう?」
「……誰がそんなことを言った」
「だってもう、住んでいた場所に帰れないんでしょう」
「……?」
233 名前: ◆ll4lON6OZk[] 投稿日:2010/02/01(月) 18:27:56 ID:9xC3..yY
少女の指摘は正しい。寮になどもう帰れない。そして寮に帰れないとなれば、自分の空
間などこの世界のどこにも残されていないということになる。だがそんな事情を、会った
ばかりの少女が知っているわけがない。
「誰から逃げてるの? 今は鬼ごっこの途中?」
「鬼ごっこ……ね」
捕まった際のペナルティが極めて重いという一点を除けば、鬼ごっこと呼んでも差支え
ないだろう。
不思議なことだが、狩野は徐々に精神が落ち着きを取り戻していくのを実感していた。
「ああ、そうなんだ。凄く本格的な鬼ごっこやってるんだよ」
「いいなー。やっぱりお兄さんくらいになると、ゲームの時間も長くなるの?」
この子は鬼ごっこが好きらしい。力なく狩野は笑った。
「うん。凄いよ。捕まるまでは、夜になっても次の日の朝が来ても、ずっと逃げ続けなき
ゃいけない。家にもきっと見張りがいて、見つかったら携帯電話で鬼がわんさか仲間を呼
ぶんだ。それで取り囲まれてしまう。寝る場所を探すのも苦労するし、学校になんて行っ
たらたちまち捕まってしまう」
「大変そうだね。ちょっと怖い」
と言いつつも好奇心のみなぎった眼差しで、少女は提案してきた。
「お兄さん、私の住んでるお屋敷に来ない? 家にも帰れないくらい大変なんでしょ?
私がかくまってあげる」
予想外の申し出だった。そして少女は面白がっている。狩野は退けようとした。
「やめた方がいい。みんなこのゲームには必死だから、鬼に見つかったら、俺を手伝った
君まで罰ゲームを受けることになる」
「大丈夫だよ。私のお屋敷は今、この島で一番安全な場所だって言ってたから」
「……それは、誰が言ってたんだい?」
「研究所の、とっても偉い人」
思わず苦笑してしまった。
「なるほど……それなら安全かな。じゃあ少し、君の屋敷にお邪魔させてもらおうかな」
この際だ。自ら出頭するのもいいだろう。あのゴスロリファッションの女が目を丸くす
る姿が目に浮かぶ。
「ホントに? これであのお屋敷、もっと賑やかになるよ」
満面の笑顔で、少女が傘の柄を突き出してくる。
「お兄さんの方が背が高いから、傘を持ってもらってもいい? 一緒に入ろうよ」
「うん、いいよ。――ああ、そうだ。君の名前をまだ聞いてなかったね」
「私は名前? 野々山綾乃(ののやまあやの)だけど」
少女にも聞かれる。
「お兄さんは?」
234 名前: ◆ll4lON6OZk[] 投稿日:2010/02/01(月) 18:28:53 ID:9xC3..yY
「俺は――狩野章文(カノウアキフミ)」
偽名を使うのも馬鹿らしくなっていた。
研究施設の立ち並ぶ区域に、少女が住むという屋敷はあった。かなりの大きさを誇る、
二階建ての洋館である。庭も相当広い。
「この辺に家を持てるのはね、研究所の偉い人だけなんだって」
明らかに誰かの受け売りと思われる情報を自慢げに喋りながら、少女は鉄柵沿いに歩い
ていく。正門前のインターフォンを鳴らす。
「私だよー」
という一声だけで、背の高い鉄柵の門が開かれた。絵に描いたようなブルジョワ生活の
一端を垣間見た気分になった。
「あれ、狩野さんどうしたの?」
「何だか場違いなところに来ちゃったかなって。ちょっと庶民が入るには……」
「そんなことないよ。トウヤなんて『庭の草刈り面倒くさそうだから土地売り払っちまえ
よ』って良く持ち主の人に言ってるし」
知らない名前が出てきたが、そのうち嫌でも会うだろうと思い、尋ねずにおいた。
長い前庭を進んでいき、両開きの玄関ドアを綾乃が開ける。施錠はされていなかった。
「ただいまー」
扉を開けた途端、ギャハハハ、という裏返った笑い声が奥から飛んできた。
「今のがトウヤだよ」
そう言った少女は、広々としたホールをずんずん奥に進んでいく。狩野も玄関の鍵を閉
めてから、彼女に続いた。
廊下を進み、リビングらしき一室に入った。壁やボードの上には絵画や高価そうな食器、
剣を手にした甲冑まで隅っこに置いてある。
「トウヤ、お客さん連れてきたよー」
トウヤと呼ばれた人物は、綾乃の声を無視して携帯電話片手に爆笑していた。上等そう
な緋色のソファの上で、何度も転げ回っている。
「いや~! もしもしからですいませんホントに! それじゃ、お大事に~!」
通話を切ると、男が脇腹を押さえながら立ち上がった。
「あ~、……腹いてえよマジで」
「どうしたの?」
綾乃が尋ねる。
「寮で同じ部屋を割り当てられてる谷風って奴がいるじゃん、お前も何回か見たことある
と思うけど」
「あ~、あの天然パーマで眼鏡かけた人?」
「そうそうアイツ! あの兄ちゃん、ゲーセンで自警団にしょっ引かれそうになって抵抗
235 名前: ◆ll4lON6OZk[] 投稿日:2010/02/01(月) 18:29:58 ID:9xC3..yY
したら、病院送りにされたんだと! 素直に反省文でもしたためれば良かったのに何でそ
んなことしたのよ、って聞いたら、『相手がかなり気に入らなかったから』だってさ! カ
ッコつけた台詞言うなら、せめて勝てよっつう話だよな~! 今度見舞いに行って馬鹿に
してやろ」
この場にいない相手に突っ込みを入れて、涙まで流しているその男は、自分と大差ない
年齢に見受けられた。大した特徴はない。ぺたんとした黒い髪は、頭の輪郭に沿って流れ
ていて、肩にかかる手前まで伸びている。やや痩せ形で、平均的な身長、顔そのものも、
良くもなく悪くもなくを地で行くような感じで、本当に特筆する点が見当たらない。どこ
にでもいるお調子者、といった印象だった。
「ん?」
男の注意がようやく狩野に向いた。
「そこの水も滴るいい男は誰よ? 変な人についていっちゃダメだけど、変な人連れてく
るのも問題だぞ、綾乃お嬢様」
「この人は狩野さん。鬼ごっこの最中なんだって。かなり本気で逃げてるから、家にも帰
れないみたいなの。大変そうだから、この屋敷にかくまってあげようと思って」
「鬼ごっこ。この世代でそんなの流行ってるとはねえ。初耳だわ」
興味深そうに男子は狩野に言った。
「まあ頑張ってくれよ。夜中の安眠は保証しかねるけど。ああ、一応自己紹介しとこうか。
高等部二年、神代刀夜(かみしろとうや)。最近この島に越して来たんだけど、学校では浮
きまくってる可哀そうなEクラス男子です」
「神代っていうと、あの――」
最近まで高等部の間でかなり話題にされていた名前である。季節外れの転校生など尾ひ
れのついた噂が流れるのが常だが、学園最強説だの超美男子説、果ては男装の麗人説まで
飛び交っていた人物だ。Eクラス編入で大した力がないと知れてからは、ぱったり動向を
聞かなくなったが、まさかこんな場所にいたとは。
「そう、超絶美男子で運命を切断・再構築する最強の剣を操る男装の麗人」
がんがん本人の耳に入っていたらしい。
「綾乃。電池カモン」
「おっけー」
買い物袋をテーブルの上に置くと、綾乃は単三電池と共に、大量の菓子を取り出し始め
る。神代刀夜はリモコンの電池を取り換えると、それをテレビに向けてスイッチを押した。
「よし点いた。……んで狩野君だっけ? 濡れてるみたいだし、とりあえず風呂入ってこ
いよ。着替えは……俺の私服でいいか?」
文句を言える身分ではない。
「んじゃあ――」
236 名前: ◆ll4lON6OZk[] 投稿日:2010/02/01(月) 18:31:16 ID:9xC3..yY
テーブルの端に乗っていたガラス製の鈴を持ち上げ、神代刀夜は軽く鳴らした。涼やか
な音色が屋敷に響き渡ったかと思うと、黒いエプロンドレスを身に付けたメイドらしき女
がやってきた。眼鏡を掛けた三つ編み頭だ。
「お呼びでしょうか」
「この人は成宮桐子さん(なりみやきりこ)さん。家のことなら何でもやってくれる、ス
ーパーなりきりコスプレイヤーさん。この屋敷で寝泊まりしてるのは、私たちだけね」
チョコレートを齧りながら、綾乃が紹介してくれる。
「千変万化という能力を持っております。以後、お見知りおきを」
「はあ……」
「成宮さん。お風呂沸いてるっけ?」
「ええ。綾乃様がお出かけになられると聞いておりましたので、用意できております」
「この兄ちゃんが今日から居候するらしいから、飯とか頼むわ。名前は――」
「狩野章文です」
「畏まりました。自分の家だと思って、存分にお寛ぎになって下さい」
「用件はこれだけ」
「左様でございますか。それでは失礼します」
一礼してメイドが退室した。
「今ので、良かったのかい?」
「大丈夫だよ別に。だからさっさと風呂入って来なさい。浴室は廊下に出て奥に進めば見
つかるから」
しっしと、手で追いやられた。
この状況のおかしさに狩野が気付いたのは、風呂に入って豪勢な夕食を食べ、リビング
のソファでゆったりした時間を過ごしている最中だった。迷彩服の上下を着せられたのに
は邪悪な意思を感じるが、この扱いは破格だ。
「本当に今日、ここに泊めてもらっていいのか?」
隣のソファでバラエティ番組を観ていた神代刀夜は面倒そうに頷いた。
「全く問題ねえよ。部屋とベッドが余りまくりで、万能の使用人までいる家なんだから。
何より綾乃がお前を気に入ってる」
「でも、君と綾乃ちゃんは、どうしてこんな屋敷に? そもそもこの屋敷の持ち主は誰な
んだ?」
時刻は既に夜の十一時に近い。綾乃は既に二階の自室で寝ているそうなので、気兼ねな
く質問責めにできる。
「持ち主は――誰だったかな? とりあえず滅多に来ない。まあ重役がたまに訪問してく
る時がある。今度大規模な実験をやるとかで、綾乃は保護対象になってる」
「保護?」
「ああ、自警団や風紀委員、それに生徒会も、綾乃を狙ってるらしい」
237 名前: ◆ll4lON6OZk[] 投稿日:2010/02/01(月) 18:32:02 ID:9xC3..yY
「理由は?」
「人の闘争心を削ぐ能力を所持してるから。そんな能力持ちを傘下に出来れば色々便利そ
うだと考えたんじゃないか――つうかさ」
逆にクエスチョンを投げかけられた。
「この学校おかしくね? 何で暴走族の縄張り争いみたいなのを真面目な学生諸君がやっ
てんだよ? おかげで俺はもう……」
そこで神代は口ごもってしまった。とりあえず狩野は問いに答える。
「縄張り争いか……ここに来て日が浅いのなら、そう思うのも無理ないかな。――この島
にいる人間は、みんな自分の能力や可能性を試す機会を探してるんだと、俺は思う。子供
も……大人も」
研究所の女を思い出しそうになって、狩野は頭を軽く振った。
「ところで、今の話だけだと、神代がここにいる理由が分からないんだけど」
「俺か? 綾乃が退屈だっていうから、話し相手に指名され――」
廊下の向こうの玄関方面から、いきなり大きな音がした。狩野は反射的に廊下を見る。
「……おい狩野クン。玄関の鍵は――」
「閉めたはずだが」
「あ~あ……」
なぜか落胆された。そして神代は、おもむろに部屋の隅にあった甲冑の剣を抜き取り、
廊下に出て行く。
「おい、そんな物持ってどうしたんだよ」
「招かれざる客を追い返すんだよ……」
「剣を使ってまで? 相手を殺傷する気か?」
「まさか。装飾用で刃は潰してあるから、せいぜい打撲程度ですむ。俺も加減するし。せ
っかくだからお前も見とけよ。この島にしか生息しない、おもしろ暴走族の真髄」
抜き身の西洋剣を肩に担ぐ神代に続き、狩野も玄関に向かう。
「今日は二人か……お前は知ってるか? あいつら」
ホールに辿り着いた神代が、剣の切っ先でぶち破られた玄関のドアの上に立つ侵入者た
ちを示した。二人とも高等部の学生服を着用していた。
「彼は――」
あの長身に、あの声は。
「さあ! 今日こそ綾乃ちゃんを貰い受けようか、最強の騎士よ!」
生徒会の長、極ヵ原強也(きわめがはらきょうや)だ。
「毎回毎回すいません……」
恐縮しているのは、同じく生徒会の武闘派で知られる一年生の、角松巧(かどまつたく
み)だ。
神代が言う。
238 名前: ◆ll4lON6OZk[] 投稿日:2010/02/01(月) 18:33:13 ID:9xC3..yY
「角松よ……どうしてそこのアホ会長を止められない……」
「申し訳ありません……」
「謝る必要などないぞ角松! これは生徒会会議にて正式に承認された公務なのだ! 胸
を張って綾乃ちゃんを勧誘しようではないか!」
極ヵ原が後輩を叱咤している。
「神代」
狩野は半歩前に立つ転入生に、端的に意見を述べた。
「――無理だ」
「無理?」
肩越しに、転入生が振り返る。
「追い返せるわけがない。ここに来て間もないお前は知らないかもしれないが、生徒会長
は間違いなく島内でも最強ランクのアクターだ。角松も最近飛躍的に能力を上げてBラン
クに転入したと聞いた」
「何言ってんだよ。手からビーム出して家をぶち壊していく風紀委員とか、銃器を次から
次に転送してきて壁に穴あける自警団に比べれば、全然気楽に戦える部類だぞ? 立場が
今と違えば、あいつらとはそこそこ仲良くなれそうだし」
「全くだ。お前とこんな形で会ったことだけが、俺の心残りだ……」
極ヵ原が割り込んだ。そして続ける。
「しかし! 今日のお喋りタイムもここまでだ! 角松、行くぞ!」
「謝罪は後でしますので、今宵もご指導お願いします」
角松も腰を落とす。
「神代、綾乃ちゃんを今すぐ彼らに――」
言葉の途中で神代は床を蹴っていた。
ほぼ同時に生徒会の二人組も動き出し、三者がホール中央で激突する。
先手を取ったのは神代だった。容赦のない突きで、角松の身体を中庭の闇の中に吹き飛
ばしている。
これだけで既に信じられない展開と言えるが、神代は極ヵ原の残像すら残さない中段蹴
りまで肘でブロックしていた。身体は壁際まで一瞬で吹き飛ばされたが、転入生は空中で
難なく態勢を変えると、ホールの壁に垂直に足を着け、生徒会長の許まで一瞬で跳躍する。
空中から放たれた神代の剣の一撃を、極ヵ原は素手で受け流していた。交差した後、二
人はすれ違い、神代が滑るように床に着地する。
互いの距離が数メートルになったところで、神代が口を開く。
「もう少し後輩の指導に力を注いだ方がいい。あれじゃ使い物にならねえぞ」
その忠告に、生徒会長が怒鳴り返す。
「立体移動まで使いこなすような相手は、基本的に俺が片付けることになってる!」
239 名前: ◆ll4lON6OZk[] 投稿日:2010/02/01(月) 18:34:08 ID:9xC3..yY
その言葉と同時に、玄関から一つの影が飛び込んできた。額から血を流している角松の
飛び蹴りを、神代は見もせずに左手で掴む。
「なるほど、一応成長はしてるな」
呟いた神代は、空中で静止している角松の頭部を剣で殴打し、再び中庭の方へ放り捨て
た。直後に接近してきた極ヵ原の放つ無数の打撃も、右手の剣と絶妙な体捌きで全て避け
切っている。
「前から聞きたかったんだが! 質問一ついいか!」
足払いのフェイントからすかさずハイキックへ切り替えながら、生徒会長。
「答えられる範囲でなら」
体勢を低くしてそれをやり過ごし、反対に生徒会長の軸足を払う転入生。
「いくらなんでも強すぎるだろ! 神代刀夜! 貴様何者だ!」
狩野も彼と同じ疑念が、猛烈な速度で膨れ上がっていた。
あり得ないレベルの戦闘能力に、得体の知れない素性。
――何者だ、この男。
「俺か? 俺は――」
生徒会長は受け身を取ったが、既に神代の蹴りが迫っていた。
「超絶美男子で運命を切断・再構築する最強の剣を操る男装の麗人だよ」
その言葉と共に、生徒会長の身体も中庭に消えていった。
屋敷に静寂が戻る。
一分ほどして、神代がようやく口を開いた。
「……もう終わりかな。今日は」
息も乱していない彼は、無残に破壊された玄関の扉に近寄り、視線を落とす。
「はあ……成宮さんいるかー!?」
「お呼びでしょうか」
すぐに姿を現した使用人は、眼鏡に三つ編みではあったが、なぜか手拭いを頭に巻いた
作業着姿だ。巨大な工具箱まで持っている。
「お、準備いいね」
「いつものことですから。破損したのはその扉だけですか?」
「そうだね。任せたよ大工さん」
「承知しました」
何事もなかったかのように成宮は扉の許に向かい、神代がリビングに戻ろうとする。
「おい神代……毎日あんなことやってるのか?」
「さすがに毎日ではねえけど、週に二、三回はあるかな」
「綾乃ちゃんは、このことは――」
「別に知ってるよ。静かな夜が嫌いらしいから、下で騒ぎがあるとむしろ喜ぶくらいだ。
危ないから顔は出さないように、きつく言ってあるけど」
リビングの甲冑の手に剣を戻し、神代がソファに身体を沈める。
240 名前: ◆ll4lON6OZk[] 投稿日:2010/02/01(月) 18:35:58 ID:9xC3..yY
「もっとセキュリティを強化した方がいいんじゃないか? 見たところ、監視カメラ一つ
ないみたいだが」
「いいよ面倒くさい。どうせ妙な能力で壊されるんだ。正面から来てもらってさっさと殴
り合いに持ち込んだ方が、成宮さんの仕事も減る。だから基本、玄関の扉も開けっ放し」
「何て考え方だ……」
「出て行きたくなったか? この屋敷から」
皮肉っぽい笑顔を向ける神代に、狩野は返す。
「確かに、いつまでも居座るわけにはいかないと思ってる――でも」
認めざるを得なかった。
「……この屋敷は、島で一番安全みたいだな」
おわり
最終更新:2010年02月25日 16:44