241 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/03(水) 19:00:12 ID:jn/SwhFA
学園の武道場では二人の生徒が槍を振り回していた。
その二人の足は踏み込みの度、打ちこみの度にぎしりぎしりと木造の道場を揺らし、
眺めている見物人の足にその存在を否応にも感じさせる。
「おまえら……もう夕方だぞ」
その見物人、水瀬秋(みなせ あき)は左手に付けられた腕時計を眺めながら、いかにもかったるそうな声を目の前の二人に投げつけた。
「あと二十!」
彼のかったるさのわけはとても単純で、この休日、ちょうど正午を回ったところからずっと座り込んでいたからだ。
今もまだ断続的に繰り返される、木と木がぶつかり合い弾ける音を座ったまま延々と眺めて。
「それさっき聞いたっつの……」
今日何度目かの呟き。しかし彼はその場から立ち去ろうとはしない。
昨夜二人に頼まれたのだ、「私達が打ち合ってる間、何かあったら困るから明日一日中見ててくれない?」と。
それに対して「怪我でもあったら確かに大変、俺が率先して助けてやらねば」とか一瞬で考えた秋は、二つ返事でオッケーした。
とは言ってもこうなることは十二度目であり、一度たりともそんな事故やらなにやらが発生したことはない。
それでも秋はこの場に居続ける。
打ち合いは終わっておらず、これでは頼まれごとを完遂していないのだ、と考えているために。
秋は基本的に人の頼みを断らない。あまりに妙な頼みでも、押されると断ることもできない。
それが学生にとっての心のオアシスである日曜日を食いつぶすことになろうと、自分の都合で断ったりはしない。
彼にとってのオアシスは、日曜日を満喫し心身のリフレッシュをするようなものではないのだ。
人助け、及びそれの達成。それが彼のライフワークであり、彼の全て。
いつからこうなっていたのか、それはおそらく彼にしかわからないことであろう。
要するに、周りから『都合のいい人間』と認識されている男。それが水瀬秋である。
242 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/03(水) 19:01:05 ID:jn/SwhFA
「ぉーわっ……りっ!」
言葉の通り最後の一合、どういう経緯か這いつくばるような低い体勢から三又の槍を振り上げ、
相対する女の手に持たれた槍を吹き飛ばしたのが栗色の髪のその人。彼女が秋を『見張り』に付き合わせた張本人だ。
おおよそ道場には似合わない黄色のTシャツから健康的なへそを覗かせ、表情を真剣なものから崩しはじめていた。
「む、取られたか!」
槍は吹き飛んだ拍子に天井を突き破った。
それを眺めて片目を閉じ、悔しそうに大口を開けて笑うのが白髪の女。
栗毛の女とは友人に当たる存在で、使う得物の共通点がきっかけとなり普段から行動を共にしている。
「今日で咲に三段階でタメ張れるようになった!」
「いやー雫もなかなかやるようになった! まったくもって悔しいよ!」
白髪の彼女は腰まで届く長い一本の三つ編みをふらふらさせ、はっは、と笑う。
それから天井の槍を勢いよく抜き取り、肩に落ちてきた木屑を払った。
「まだなんか余裕あるような態度! 足元すくうよ!?」
「待て雫、せめて明日にしてくれると俺はすごく嬉しいんだけどな? それは聞いてくれない方向で行くのか行っちゃうのか」
槍を傾け始めたショートカットの栗毛、霞沢雫(かすみざわ しずく)に秋は静止の声をかける。
「えー? だってー」
「そうだな、私も今日は疲れた。やめにしようか」
口を尖らせる栗毛は無視して秋に賛同する三つ編み白髪。
「……うーん、咲が言うならやめるかなー」
「さすが牧原、お前は話がわかる。大好きだよ」
「ほう、いきなり愛の告白とは嬉しいな。が、その前に私も名前で呼んで欲しいよ、雫のように」
「あー…………愛してるからこそ牧原と呼ばせてほしい。もし俺と結婚したら呼べなくなっちまうしな」
牧原咲(まきはら さき)。彼女はなかなかどうして恥じらいというものが無い。
以前秋が咲の出身を聞いた時、彼女は「本土の山から来た」と言っていたわけだが、
それがこのあけっぴろげな性質を引っ張り出してしまったのだろうか。これが自然の神秘か。
そんな彼女に慣れてしまった秋も、恥ずかしい言葉に対して放つ恥ずかしい対処に抵抗が無くなってしまっている。
むしろ秋から恥ずかしい台詞を吐くことも今のようにあったりする。
「そんなどうでもいいこと話してないで! 今日は秋が晩御飯だからね!」
「また俺かよ……今度はわたしー、って言ってたのお前だろ」
「気のせいですー!」
ふん、と鼻息を荒げ、道場の隅に置いていた迷彩柄のジャケットを引っ掴むと、さっさと外へ行ってしまう雫。
「あ、また俺、ってことは俺の部屋来るのか」
出ていく際に雫がそこらへんにぶん投げた槍を拾うと、秋は今日何度目かも知れない溜め息をつく。
「……めんどくせえ」
「はっは、やっぱり水瀬は尻に敷かれるタイプだな。仕方ない、私が二人の仲を取り持って
「いらねえよ。……っつーか、『やっぱり』って言うな」
「ふむ、まあいいか。それより急がなくていいのか? 雫は確実に水瀬の部屋のシャワーを使うと思うんだが」
この学園の生徒は寮生活を余儀なくされる。しかし完全フリーな自由空間と言うわけではなく、基本的に誰かとの相部屋。
人数はそこそこで隔たりがあるのだが、少なくとも秋の部屋は一人部屋ではない。
「大丈夫だろ。俺の相方はほとんど部屋に居ねえ。それに雫の全裸見たところで揺れるような精神は持ってない、はずだ」
くくっ、っと笑う咲。槍を道場隅の槍掛けに投げつけ、腕を組んだまま外に出ていく。
それがちゃんと引っ掛からなかったのを秋がせこせこと直し、手に持っていた雫の槍と一緒に壁に掛けた。
「なるほど、雫には色気が無いと。そう伝えておけばいいんだな!」
楽しそうな咲の声はもう外で、遠くまで響いているのがわかるほどに道場から離れている。
「別にそういうわけでもねえし……なんで悪い方向に取り持とうとするんだ……?」
秋の呟くような問いかけには、カラスがしっかり答えてくれた。
243 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/03(水) 19:02:07 ID:jn/SwhFA
「遅い!」
秋が自室の戸を開けると、雫の声と香ばしい匂い、そしておびただしい量の白い煙がお出迎え。
中では備え付けの勉強机の上で咲がフライパンを振り回し、雫は濡れた髪でリラックス態勢になりながら秋のベッドに座っていた。
煙が部屋に充満していることを除けば、部屋中心の低いテーブルに平たい紙皿と割り箸が置かれ、まさしく夕食の準備がなされていたところであった。
「お前ら……シャワー室は『開けたまま』換気扇回せって前に言っといただろ!」
この部屋にはキッチンが存在しない。ここでなぜ彼らが調理を出来るかといえば、カセットコンロを勝手に持ち込んでいるからだ。
だが、キッチンが無いということは、そこでの調理に使うための換気扇も無いということ。
換気扇の存在は大きく、以前の調理の際に何も気をつけていなかった結果、圧倒的な煙と臭いが発生し、
部屋中の小物や服やらにソースの匂いが染みついた(そのとき作ったのは焼きそばだった)。
その反省点、打開案として秋が発見したのはシャワー室の換気扇。なんという盲点、以来はそれを利用するのが掟となっていたのである。
「いけるよ! 大丈夫!」
力強くファイティングポーズを秋に見せつける雫。すでに先程のTシャツ姿に戻っていた。
「いけねえよ、だったらお前がここに住め。後になると臭ぇんだぞ?」
秋は怒りながらもきょろきょろと足元を眺め迷彩柄のジャケットを拾うとすぐさま小さく畳み、壁に設置されているクローゼットに放りこんだ。
そのままシャワー室の戸を開け、煙を払うようにしてベッドの脇まで移動し、除菌消臭霧吹きを取り出して低いテーブルの手前に座る。
「うわー、几帳面。潔癖野郎水瀬秋だ」
「うるせえ。相方が帰ってくる前に消臭しなきゃいけねえんだよ」
「この匂いの中で暮らせるならご飯三杯はいけるじゃない!」
「仮にいけてもいかねえっつの。ここは食堂じゃねえよ」
「ほらほら、この枕抱えてご飯食べれる」
くんくん、と枕を抱きながら鼻をつける雫。
「ただの変態じゃねえか……お前は俺の匂いで満足すんのか?」
その時、雫の目が輝いた。ように見えた。
「……………」
「………あっ……」
「……ご」
「な、ちょっと、待て―――」
次の瞬間、秋は窒息し、真っ暗な視界が彼を覆う。
枕が飛んできたのだ。首をへし折りにでも行くかのような勢いで投げられた枕が飛んできたのだ。
ちなみにこれに誇張は無く、下手をすれば本当に首が、鞭打ち程度になる。
「――っは! ふざけんなてめえ! 普通に死ぬとこだったろ!」
埃を多分に吹き飛ばし、仰向けに倒れた秋がすぐさま起き上がった。
雫が枕を振り上げたと同時に、なんとか体を後ろに傾けることに成功したようだ。
真正面からぶつかるとなると、羊毛だろうが高速で飛んでくる枕は凶器。少なくとも体のつくりは人である秋では大変である。
これの回避も彼らのそこそこの付き合いからなせる業なのだ。モノによっては命がけであるが。
「ん? 枕で死ぬわけないじゃない? んん?」
にこりと笑う雫。微かに彼女の周囲で殺意の波動が揺れているのは明白であった。
それこそ、誰がどう見ても。
244 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/03(水) 19:02:35 ID:jn/SwhFA
「ほぅら、できたぞ!」
そんな二人を無視して、大きめのフライパンを掲げて咲はテーブルにやってきた。
「やった!」
雫がすかさずベッドから跳び上がり、滑り込むようにして足をテーブル下に伸ばす。
「ん? 一人分か?」
フライパンの中身は少なめに盛られた焼きうどん。
しかし材料が少ないのか構成はソースと麺とキャベツのみで、なんとも質素な焼きうどんであった。
それでも雫は有無を言わさず、というような勢いで割り箸を割り、ちょこちょこと紙皿にうどんを取っている。
「水瀬に材料をもらってくるように連絡したはずなんだがなぁ?」
流し眼を向けた。
向けられた彼は思わずたじろいだ。
ポケットに手を突っ込み携帯を開き、メールの通知が来ていたのを確認した。
「いやどう見てもこれ、つい二分前なんだけど」
「さあ、行って来い」
笑顔を受けとると、秋はそれにしかめっ面で応える。
「いいけどさ、その間にお前シャワー浴びとけよ。どうせ入る前に雫に作らされたんだろ」
「なんだ、私を抱くつもりか?」
「だったらお前はどうすんだよ、っと」
すくっ、と立ちあがる秋。そのまますぐにドアへと歩いてゆき、
「……とりあえず、俺が戻る前までには入っとけよ?」
捨て台詞を残すかのようにして行ってしまった。
「………全く、水瀬は面倒見がいいな」
「ほうだれぇ」
うどんを貪る雫を眺めながら、はっは、と笑う咲。
「ほら、こぼれるぞ雫」
「ちょっと! そうした方がこぼれるってば!」
「そうだ、いいぞその調子だ!」
食べることに集中したい雫にちょっかいを出すのが飽きたころ、咲はバスタオルを適当に引っ張りだしてシャワー室に向かった。
「すんませーん! まだ食堂やってますかねー?」
厨房の奥に向かっての大声。食材を分けてもらうためにやってきた秋だ。
微妙に片付けを初めていたようだったが、秋には関係がない。スルーである。
「あら、誰かと思えばやっぱり水瀬君ね」
そしていつものおばちゃんが出てくる。頭に三角巾をくくりつけ、にこやかに笑顔を振っている。
気を抜いていると全く区別のつかない彼女たち。きっと表に出ている人が毎日入れ替わっていることは誰も知らない気付いてない。
「やっぱり、って何ですか?」
「だって、あの子達の使いっぱしりでしょ? 今日は日曜日だし」
断じて違う、と言いかけたが、ここでおばちゃんに弁解をしてもしょうがないことはわかっているのだ。
秋は特に訂正することも無し、とりあえず目標物の回収のことだけを考えた。
「まあそんなとこですよ。……キャベツと玉ねぎ、あとニンジンとか、余ってます?」
「ええ。皿洗い」
「……え?」
微妙に会話のキャッチボールが上手くいっていないように感じた秋だが、
おばちゃんの表情を見る限りでは、意思疎通は図れているようであった。
245 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/03(水) 19:03:09 ID:jn/SwhFA
「秋遅いよー」
「むー……」
「牧原、そっちがババだ」
秋の部屋には新しい顔が増えていた。
彼を含めた三人はテーブルを囲み、トランプをそれぞれ手にしている。
「こっちだな」
「そっちはババだと言っただろう」
咲が男のカードを引く。
「うっ……裏の裏の裏をかいたか……」
がっくりうなだれる咲を横目に見ながら男は雫のカードを引いた。
「あがりー」
脱力感を剥き出しにしてベッドに倒れ込む。
カードを引いた方も手札から二枚カードを捨てた。
「雫があがったから……私は鉄から引くのか?」
「そうなるな」
「ん? あぁぁぁ! つまり私の負けか! くそ、納得がいかんルールだ!」
「……それで、俺はなぜババ抜きなんぞに付き合わされているのか説明してもらおうか」
テーブルの中心に置かれたトランプの束をかき集めながら二人の女性を眺める。
「だって秋が帰って来ないんだよ! 拳君! たすけて!」
「そんな恋人の帰りを甲斐甲斐しく待つ妻のような顔をされても困るんだが……」
枕を抱いてその辺を転がる雫。
それを見た男、水瀬秋のルームメイト鉄拳(くろがね けん)はなんとも言えない気分になり、
手元のトランプ(おそらくジョーカー)を忌々しげに見つめる咲の方に目を向けた。
「おい牧原……説明を……」
「この憎たらしい顔がっ、ぬぅぅぅぅ……」
両手に持ったプラスチックのカードが微妙に歪んでいる。本当に憎いようだ。
「そろそろ寮の閉鎖時間だし……秋、とりあえず早く帰って来てくれないか……」
鉄拳は一応風紀委員である。基本的に力仕事とか任されたり用務員の手伝いとかしてるが、れっきとした風紀委員である。
寮の閉鎖時間とはすなわち、寮内における男女間の自由な出入りを禁ずる時間、つまり『アレすんなよガキ共タイム』。
風紀委員の彼がそれを破ることは原則許されないのだが、目の前の二人は友人なのだ。
あまり固いことも言いたくないわけで、なんとかすんなりとバイバイしたいところ。
しかしこの部屋に連れ込んだのであろう水瀬秋が居ない。しかも彼がいないことに文句を言う女までいる始末。
どうしたら彼女達が満足して帰っていくのか、経緯を全く知らない以上手の施しようがないのだ。
つまりは、今日も一日お仕事してた風紀委員の自分に休みは無いのかと、鉄拳は心の奥で嘆いていた。
「手が寒い……食堂のおばちゃんは毎日こんな苦行をやってのけていたのか……」
そんな拳の気持ちを晴らしに来たのか、部屋のドアを開けたのが手ぶらの水瀬秋だった。
ところどころ尖った部分のある赤毛で、とても真面目そうには見えないのに律儀な奴。
「秋、ちょっと来い」
「おう拳、思ったより早いんじゃねえってなんだよいきなり引っ張んなよ」
拳は無表情でドアの向こうに引っ張る。
「殴らせろ」
「やだよ……二回目は死ぬだろ?」
「大丈夫だ。俺の拳の方が圧倒的に固い」
「そういう問題じゃねっつの……」
「なら五分以内にあいつらを帰らせてくれ、俺の発言は悉く無視されて滾るストレスがマッハなんだ」
「へいへい」
246 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/03(水) 19:06:54 ID:jn/SwhFA
がちゃり。
「おいお前ら、帰れ」
「あれ? 拳君どこいったの?」
「水瀬、私の晩御飯はどうした?」
早々勝手なこと言いやがって、とか考えたが、口論してもしょうがない。
「おう悪い、忘れてた。仕方ないから帰ってくれ」
「む………、じゃあ今度しっかり食わせてもらうからな」
と、空気が読める咲はすんなり立ちあがったのだが、
「えー」
未だベッドに寝転がり、不満そうに口をだらりと開ける女はなかなか動き出しそうになかった。
「えーじゃねえ」
「もー」
「もーでもねえ」
「しょなるー」
「意味わかんねえよ」
エモーショナルである。
「っつーか、別にお前飯食ったし、ここに居る理由もねえじゃねえか」
「だって今日日曜日だもーん」
「だったら部屋帰ってサザエさん見て歯磨いてさっさと寝ろ」
「やだー、まだいるー」
布団に潜り込む。だいたいこうなると秋一人ではどうにもならなくなってしまう。
霞沢雫は構ってちゃんでわがままな、下手なこと言うと不機嫌アピールをする陽気な十八歳なのだ。
「あー……咲、」
秋が懇願の眼を咲に向けると、彼女は「水瀬が甘やかすからこうなるんだよ」と言いながらベッドにもぐりこんだ。
すると二人分の布団のふくらみが徐々に大きな一つになり、外からは聞きとれない程度の音量でこそこそと小声で話し始める。
「ごにょごにょ」
「え、それ面白そう!」
と、途中で雫のくぐもった声が聞こえたがそれは気のせいかもしれない。
「………」
二人は息苦しかったのか暑かったのか、顔を真っ赤にして出てきた。
「ぬふっ、じゃあね秋。明日から頑張ろうね」
「それでは私達は帰るよ。今週も楽しく過ごせるといいな」
「おう……」
ぱたん。
二人はニヤニヤ視線を秋にぶつけながら部屋を出ていった。
「……あいつ、何話したんだよ」
思い当たる節は少なからずあるような気がしたので、それらを考えないように、除菌消臭霧吹きを手に持つ。
「拳、部屋の掃除手伝うか?」
「一人でやれ」
ちょうど入れ替わるように入ってきた拳に冷たくあしらわれ、カセットコンロやフライパンの撤収を始めた。
シャワーでフライパンを洗うという非常識極まりない洗浄方法もそこそこに、お片付けは大体終了。
明日は平日ということもあり、拳と特段面白い会話もすることなく、秋は適当な時間に就寝するのだった。
249 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/06(土) 22:02:09 ID:wQ9hN3tE
「すまんな、水瀬」
「ああ……朝は寒いな……」
翌日の朝、まだ他の生徒など一切見受けられないほど早い時刻に秋は女子寮前に呼びつけられた。
呼び出したのは牧原咲で、呼ばれた秋は仕方なく来てやった、くらいの気持ちでここに臨んだのだが、
「さっそくだが、ちょっと頭を貸してくれ」
最初の言葉に本心は微塵もこもっていなかったのであろう。咲は悪びれる様子もなく秋の頭を掴んだ。
「なに? 俺眠いんだけど」
時刻は五時。普段秋が目を覚ますのは八時前だ。一応顔は洗っていても、なかなかシャキッとするのは難しいだろう。
「少し呼ぶのが早すぎた気がしないでもないが、まあ、それはそれだ」
と、普段の秋ならば確実に文句を言う台詞をつきながら咲は女子寮内に歩いてゆく。
寮のある一線からは男子の侵入は許されていないはずなのだが。
「おい、どこ行くんだよ。俺眠いんだけど」
「いや、別にどこでもいいんだが」
「え? 要件はなんだよ、俺眠いんだけど」
「昨日雫に嘘をついたからな、どう真実にしようか水瀬に相談をと思って」
腰ほどまで長い三つ編みの先を掴み、秋の顔をぺしぺし叩きながら歩き回る。
二十分ほどそのまま寮内をフラフラ歩きまわっていたのだが、結局二人は食堂に座ることになった。
「で、嘘ってなんだよ。俺眠いんだけど」
「私達って毎週毎週二人で修行してるだろ?」
「んー」
「飽きるだろ?」
「……あー?」
要領を得ない。
「それでな、新しい相手を水瀬から紹介してもらえるらしい」
「あー……」
「いやーそいつがなかなか強いらしく、私達二人を相手取っても苦戦を強いられるかもしれないそうだ」
「うーん……」
「楽しみだろう?」
「えー……?」
「さらにそいつは私達へのハンデとして、いつでも宣戦を受けるという話だ。なんて器の大きい
「ちょっと、待て」
「やっと止めたか、朝には弱いようだな」
この話は当然嘘なので、秋は咲達にそんな紹介をした記憶などないし、そんなあてもない。
少なくともこの時点で既に面倒なことになろうとしているのは明白で、求められる話もだいたい想像がついてしまった。
「俺にそんな知り合いはいない」
「く……やっぱりか………」
なんて無茶を言いやがるのだろうか。いつでも宣戦を受けるなど、ただの戦闘狂だ。
「っつーか、なんでそんな嘘ついたんだよ」
「私もマンネリだったからな。たまには新しい相手も欲しくなるもので」
「何を言ってやがんだお前は」
「水瀬ならなんとかしてくれると思ったんだ……どうにかできないか?」
「………」
こう言われてしまうと秋の選択肢を狭めてしまう。助けを求められてしまったのだ。
自己満足だろうが偽善的であろうが関係がない、そこには助けを求める人がいる。
秋は力なく伸ばされている手を掴まないような、人でなしの手を持ち合わせていない。
「仕方ねえな……」
傍から見れば頬杖ついて適当に喋っているような咲も、秋のフィルターにかかれば弱弱しい子犬のように見えてしまうのである。
250 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/06(土) 22:03:11 ID:wQ9hN3tE
「さすが私の夫だ、頼りになる」
「お前を嫁にした覚えはない」
そこで携帯を開く。誰かその嘘をどうにか現実化できる人間はいないものかと。
「……おい咲、お前も誰か探せよ」
「生憎だが私は友達が少ない」
事実、咲は友達が少ない。
その理由は至極単純なもので、Eランクアクターの彼女が雫などの高ランクの生徒とつるんでいることにある。
基本的に、能力の差を自力で埋められる者は少ない。
それがEランクともなれば、力を上を見るための足掛かりにすることも厳しい。
しかし咲はその穴を埋めるほどの実力を既に手にしていたのだ。
その証明は、いつも一緒の雫。
Bランクアクターとして槍を振るっている彼女に肩を並べる槍使いがEランクであること。
それを知った人間が抱く感情が尊敬の念だけではないことは言うまでもないだろう。
もっとも雫が友人間では数人分の関わり合いをそこそこで持っているので、
咲が「そういう」部分で困ることは少ないのだが。
「うーん、なんか、なんか……」
手元の携帯には案の定、結果を持って来れるほどの引き出しはなかった。
しかも目の前の咲は為すことなしに、秋を見ながら机にべったり這いつくばっている。
「以前手伝った人間に恩を売ればいいんじゃないか? 水瀬なら少なくとも二百人はいるだろう」
「最低だなそれ、やだy―――」
ぴたりと止まる。
「どうした?」
「……そういや、なんか使えそうな話があったな」
それは、以前秋が関わった人間が話していた噂だ。
アドレス帳から目的の名前を引っ張り出し、11桁の番号で通話ボタンを押す。
時刻は六時前、ここの生徒では早起きでもギリギリ起きていないくらいである。
「おい、起きてるか?」
『……朝から何の用だイ、水瀬秋』
「お前にこき使われた分を取り返させてもらおうかな、とね」
『…………あれハ君が笑顔で頷いタからだヨ』
「まあいい、なんか知りたいことがわかる木ってあっただろ? あれ、どこだ」
――で、通話を切る。
「なんの電話をしてたんだ?」
「よっしゃ、紙持って中庭に行こうぜ」
「……?」
首をひねる咲の手を引っ張り、さっさと歩き出した。
「ここに知りたいこと書いた紙吊るしたらハッピーになれるんだよ」
先日のちょっとした騒ぎで芝生の一部が焦げたり抉れたりしているのを跨いでゆき、
中庭の中心にどっしりと構える大きな木を見上げる二人。
「何を書くんだ?」
「目的書けばいいだろ」
「……えっと、」
鉛筆の尻を頭に打ち付け、木の近くに設置された木テーブルに座りこんだ。
そして持ってきたメモ帳にさらさらと。秋がそれを受け取った。
「………『友達の作り方』? 何、気にしてんの?」
「冗談のつもりだったんだが……そんなに私は寂しそうか?」
「……」
紙を奪い取り、くしゃくしゃにする。
そして咳払いをしながら、もう一度さらさらと。
「『私を圧倒する強者』って……」
「違うのか?」
「もっと書き方あるだろ……匿名なのに私って誰だよ……」
さらさら。
「『器の大きな強い人に会いたい♪』 いや、彼氏募集中?」
「本筋から外れてはいないと思うんだが」
「じゃあその感じで書けよ。もうツッコまんぞ」
こんな調子でだらだらと一時間ほど過ごしていると、早くも登校する生徒達がいるのが見えた。
そこで周りを眺め、ボツになったメモ帳の山をにぎにぎしながら秋が立ち上がる。
「咲、そろそろ戻るぞ」
「そういえば水瀬……」
「行こうぜ、明日に期待しよう」
この質問用紙の回答は翌日来る。それまでは秋もできることはないのだ。
折れていた細い枝で紙を木に無理矢理突き刺し、二人はそれぞれの部屋に戻っていった。
251 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/06(土) 22:04:51 ID:wQ9hN3tE
「おい秋」
「うお……」
秋が部屋に帰ると部屋のど真ん中で拳が仁王立ちをしていた。
表情はとても笑顔とは程遠く、秋が週に一回くらい見るものとなっている。
「お前はルールってものをどうしても守りたくないようだな、俺の立ち位置としては最悪のルームメイトだよ」
「物事には優先順位ってものがあるんだ」
「秋……そんな調子じゃいつか大怪我するぞ? 前だって……」
「風紀委員がなんとかしてくれたな」
言葉の意味はそのまま、秋は言うと、
「はぁ、多少は考えを改めたほうがいいと思うんだがな」
拳は鞄を背負い、部屋を出ていった。
「……好きでやってんだからいいじゃねえか」
そう呟いても答えは帰って来ず、秋もその返答には期待をしていない。
もともとそういう性質なのだ。変えろと言われて変えられるものでもないし、変わる必要などないと考えている。
それで満足している現状、もったいないとも少し違うが、それに近いような感覚を持っているのだ。
(さて、授業の準備でも、っと?)
秋も微妙にソースの匂いが染みついた鞄をクローゼットの内ドアから取り出した。
同時に、中でくるくるに丸められた迷彩のジャケットを見つける。間違いなく秋が昨日ブチ込んだ霞沢雫のものである。
(後で渡しに行くか……)
「はよざいまーす」
風紀委員会室は毎朝の朝礼が基本的には存在するのだが、既に誰も居ないことが常識となっていた。
それでも質実剛健を地で行こうという鉄拳は、毎日の出席を欠かさない。
「……」
やはり誰もいないのだが。
「あれ? 鉄君しかいないの?」
「やっぱり何もなかったんじゃないの……?」
室内に入った直後、開けっぱなしのドアの方から男女の声がする。
拳はその声に油断していたのか、ビクついたように振り返った。
「お、おお、鬼武に天津か」
見慣れた二人を確認して、とりあえず息をつく。
「紅葉ちゃんに呼ばれたつもりだったんだけどなぁ……」
頭を掻きながら携帯を開くのが天津尊(あまつ みこと)だ。雫よりも少し短い程度の黒のショートカットで、
「尊の勘違いだよ、だって僕には連絡来てないし、鉄君も来てないよね?」
「ああ」
「しょうがないじゃん! 朝はバタバタしてたんだもん!」
「いたっ!」
とりあえず、今背中を平手で叩いたおどおどした男よりも攻撃的な性格である。
「天津、どんな連絡が来たんだ?」
「ああ、ちょっと待ってよ」
ぽちぽち。
「あーらら、これ個人的な内容だったわ」
「なに?」
「どうせ大したことじゃないんだろうな……委員長なら」
「えーっと、『なんか変な奴フったから暴れるかもしんない』だって」
いい加減な態度はメールでも変わらないらしい。
拳の所属する風紀委員、仕事はほぼ万全な体制をもって動いているが、そのトップは怠惰の塊である。
今回はもう登場しないので以下略。
最終更新:2010年02月25日 17:28