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したらばSS作品 ◆LMBwMUyKG. 3-2

253 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:15:44 ID:IU0iNJMg

「雫いるよなー?」
 Bランクの教室に顔を出すと、さっそく友人たちとへらへらする雫を発見した。
 机に座り男女を問わず騒いでいるのを見ると、秋は条件反射的に咲との違いを比べてしまう。
 周囲から特別ちやほやされているわけでもなく、もっと単純な理由で人が集まる雫。
 対して周囲と溶け込まないようにしているわけでもなく、本人には直接関係ない理由でやんわりと避けられる咲。
 秋との会話でもそれぞれの傾向が現れているのがよくわかるもので。
「ん、秋だ。なにー?」
「おお、いたいた~」
 教室内の会話をぶった切り、その場で手を振る雫。秋もその場で教室からの注目を浴びながら手を振った。
 周りから「また水瀬か、死ね」「血ぃ吐くまでハゲろ」とか言われても秋は華麗にスルー。
 雫も秋のフォローなどするつもりもなくそのままに。
「………」
「………」
 だが、両者とも笑顔を貼り付けたままそこからまったく動こうとしなかった。
「うわこいつらまた始まったよ」
「見せつけてくれるね雫~」
(……お前が来い)
(……秋が来なよ)
 手の振りを徐々に小さくしながらの、全力の睨み合いが起きていたのだ。
 秋はなんとなく行きづらいから行かずに、雫はただ単にめんどくさいから行かない。
 それ以前に雫は、この教室はホームであり、優位性はこちらにあると思い込んでおり、秋もそれを一応は解っていた。
 もちろんこの時点でどちらがくだらない頭を持っているかは明白で、ふんぞりかえって見下すような表情をする雫は完全にアホである。
「雫ぅ、お前の服を持って来てやったんだぞ?」
「!」
 その声に、雫の足がぴくりと動く。
 教室はざわめき、「服? マジェー?」などと言いながら、その視線の大半を雫のもとに向けた。
 異性間の干渉には敏感なこの学園、このままでは碌なことにはならないだろう。
 さらにここぞとばかりに追撃を加える秋。
「いやーだっておまえさぁ、俺の部屋で脱いだまま―――」
「っ!」
 机に腰掛け浮いていた両足が設置した瞬間、雫の体は吹き飛ぶように教室を舞った。
 捻りを加えた跳躍はとても人の領域とは思えない速度で、教室前の秋の目前で四つん這いに着地、
「いでででででででででででで!」
 二の句を殺すべく、立ちあがりざまのアイアンクローをぶちかました。
「なに、それ、私の服、盗んだわけ?」
 ぎりぎりとこめかみを締めつける手。めり込む親指と小指がぷるぷる震える。
「そっちが忘れたんだっつの! いってえな畜生! てめ、離しやがあああああああああっ!」
「朝からやかましいわ」
 もう一つの締め付けは秋の背後から低い声とともにやってきた。
 これによって顔正面と後頭部への攻めによる、慈悲のない不条理な脳みそパーンが秋の頭に起きようとしていた。
「ぐぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅううう!」
 二つの強烈な圧迫になすすべなくよがる体。
 少しずつそれは浮き上がってゆき、横からそのシルエットだけを見れば新しい拷問器具のようにも見える形だ。
「拳かぁぁぁぁぁっ! 拳だろ! 拳しかいねえぇぇぇぇぇっ!」
「ああそうだ。さっさと用を済ませろ」
 ぎりぎり。
「じゃあ離せよ! 雫! お前もぉぉぉぉぉぉん!」
「誤解を解け! 私が汚されたって誤解を解けえええええええええ!」
 実際、わあわあ言っている周囲の生徒たち興味はすでにそんなことには向いていなかった。
 秋の首の限界強度をこの場で見極めたい者が大半で、残りはそもそも無関心なのだ。
 例えば「死ね」コールをかける数人の男子生徒は前者であるが、二人が甘酸っぱい関係にないことはとっくに理解している。
 それは、雫に『そういう』魅力がないことの証明にもつながるわけで、事実そのケは彼女に存在しない。
「わたくしめはぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ! インポテンツでありますがゆえぇぇぇぇぇぇぇ!」
「なっ!! 最っ低! 拳くん! こいつぶっ殺そう!」
「よし、まかせてくれ」
「ミ゛ッ――――!」
 「インポ」コールが増えた。

254 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:16:49 ID:IU0iNJMg

「ていうか、秋の友達の強い人は? はやく紹介してよ」
 仰向けに倒れた秋に、手のホコリを払うようにして声をかける。
「あが……そいつは明日、ヘタすりゃ明後日になるな」
「え、なんで?」
「人にも事情があんだよ」
「ふーん、ふぅーん……?」
 眉間にしわを寄せ、覗きこむように見つめていた。納得がいかない、という様子だ。
 明日の段階で例の紙の答えが届いたとして、その名前をもとにアポ取るまでがスムーズに行くとも限らない。
 それ故に秋は一応の保険をかけたのだが、これが自分の首を締めかねない可能性もあるのを彼は考慮していない。
「まあ、そんなに焦んなよ」
「べっつにいいけどさー」
 言いながら、教室の輪の中に帰ってゆく。
 秋もこれ以上は用事もないので、首の調子を整えながらその場を後にした。

「おっと水瀬さん! 朝っぱらからシケた面ですね! また便秘ですか?」
「俺は常に快便だっての、お前は朝っぱらから鬱陶しいね」
「心外ですねえ水瀬さぁん……これでも今は賢者モードなんですよ!?」
「お前に賢者モードがあるとは思えないんだけど……」
 廊下で知り合いにすれ違うもスルー。

「あ! 水瀬、瀬古知らねえか?」
「活字にするとややこしいな、知らね」
「活字? 何言ってんだお前」
「こっちの話だよ」
 廊下で知り合いにすれ違うもスルー。

「あ! 水瀬くん、私の下着知らない?」
「知りませんよ。っつーか、どうしたら俺が持ってるって考えに至るんですか」
「うーん、どこに行ったのかしら……」
「それじゃ失礼します(もしかして今履いてないのかな……)」
 廊下で知り合いにすれ違うもスルー。

「おう水瀬! 今日も張り切ってるな!」
「五六先生に言われたくありません張り切ってません」
「おうおう言うじゃないか! 次会うときは覚悟しておけよ!」
「お断りします」
 廊下で知り合いにすれ違うもスルー。

「秋ちゃん秋ちゃん!」
「ん? どうしたのかな?」
「昨日またあのクソ野郎にいやなこといわれたの! こんどこそはおしおきしてもいいよね!」
「ダメだよ。人間はねえ、結構簡単に死ぬんだからねー」
 廊下で知り合いにすれ違うもスルーした。
「……あ、そうだ」

255 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:17:12 ID:IU0iNJMg
 さらに一限目もスルーし、食堂にやってきた秋。
「ども」
「水瀬君? どうしたの?」
「昨日手伝った時に報酬貰い忘れちゃって」
「え? なんの話かしら」
「そんな……」
「じゃあちょっと待っててね」
 カウンターの奥に行ってしまうおばちゃん。
「性格悪いなおい……」
 その背中に呟く秋は、今のおばちゃんが昨日のその人でないことに気付いていなかったのだ。
「ごめんなさいね、誰も知らないって」
「そんな馬鹿な……俺の皮膚の気持ちを考えてくれよ……」
「報酬って何だったの?」
「焼きそばと野菜です」
「ふーん……じゃあ皿、洗う?」
「え? だから洗ったって――」

「雫か」
「咲ぃぃぃぃ!」
 放課後咲が自室で過ごしていると、雫が突然部屋へと突入してきた。
 授業の終了直後から筋トレとかしながら暇潰してた咲にとってそれは嬉しい限りの行動で、
 飛び込んでくる衝撃を受け流しながらくるくる転がり受け止め、よしよしと頭を撫でる。
「今日は一段と衝撃が重いな、太ったか?」
「そんな! きっと筋肉が増えたんだよ!」
「筋肉、そうだな……雫もなかなか引き締まってきているし……ぎゃあぁぁぁ!」
「ふふふ、確かに咲はぜい肉ないよねぇ……脂肪が無いと脇腹も弱いんじゃないかな?」
 指でつつく。指でつく。
「やめろぉぉぉぉっ! あうっ!」
「へへへへ、ここがええのんかい? ええのんかい?」
 エロ親父の顔で咲に密着し、ベッドの上で脇腹とかをこねくり回す。
 咲はなんとか雫から離れようとするが、鬱陶しいくらいに張り付く雫をなかなか引き剥がせない。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「はぁ……はぁ……死ぬかと思った………」
「いやいや、くすぐりで死ぬ人なんて見たことないよ?」
 目をぱちぱちさせ息を整える咲を見て、雫はいやらしい笑顔を向けた。
 その内またくすぐってやろう、といった面持ちである。
「そだ、秋の友達のことだけどさ」
「!」
 ぴくりとする咲だが、それは雫には気取られない程度の反応だった。
「なんか明日? とか明後日になるって。焦らしプレイだよね」
「あ、ああそうか! でもそれは別に急がなくてもいいんじゃないかな?」
「え? この前咲のがノリノリだったじゃん」
「む……ああ、それは、気のせいだよ……」
「ていうか口調が微妙に変だけど、まさか……」
「いや違うぞ………」
「はっは、私の口調が移ったな! 咲もまだまだだ!」
「つまむな」
 咲の頬をを摘まみ、豪快に笑いだした。
 おそらく咲の真似をしているのだろうが、それよりも咲は雫に裏工作がバレていなかったことに安心する。
「いーじゃん」
「なるほど、じゃあ私も手加減しなくていいんだな?」
 長い手足が雫に絡みついていく。
「ちょ……っとまって!」
「新たに覚えたパロスペシャルで……決めてやる!」

256 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:18:03 ID:IU0iNJMg
「あー、やっぱ朝は辛い……」
「今日は早いことがわかっていただろう?」
 翌日の朝、二人は件の木の下で落ち合った。
 噂の通り木の幹に突き刺した紙は消え、秋が手を伸ばしても全然届かない程度の高さの枝に、短冊のような細長い紙が糸で吊るされていた。
「取ってくんね?」
「なに? 一流垂直ジャンパーの私がか? ふふ、まあいいだろう、ならばそれ相応の覚悟を決めてもらお
「なんかめんどくせえな……じゃあ俺がやるよ……」
 咲の無駄に誇らしげな表情を尻目に、秋は吊るし紙を見上げた。
 そのままズボンのポケットからカッターを取り出し、ちきちきと刃を伸ばすと軽く横に振る。
 ぷちっ。
「久々の手品が飛び出したな」
 糸の切れた紙が秋の手元に落ちてくるのを眺めながら、今度はつまらなそうに咲が言った。
「手品言うなっての、お前も似たようなもんだろ」
「似て非なるものだと思うが」
「んー? まあ、俺のは微妙に応用が利くからな」
 手元の紙を見る。
「うわ、なんかすっげえびっしり書いてんだけど………」
 そこには黄色のペンで端から端まで、生徒の名前らしきものが書かれていた。
 中には秋の知っている生徒の名前もちょこちょこ書かれていて、本当に要望通りの人間が書かれているか疑わしくなるほど。
「どうすんだよこれ」
「これは……わくわくするな……」
 顎を右手で支えるようにしながら、紙を秋から取り上げてニヤリと笑った。
「片っ端からいくのか?」
「いや………」
「なによ」
「まずはこの子にしよう。二年アクター女子、ユスティーナ=フォン=シュナイダー」
「なんで」
「名前がわくわくする」
「……そうすか」
 今の彼女の原動力はワクワクしかないらしい。
 子供っぽい表情で名前の羅列を見ながら、あっちもいいな、こっちもいいな、とか言ってたので、もう秋は何も言わないことにする。
「よし、さっそくハンティングに行こうか」
「おいどうしてノリノリなんだ」
「だってわく
「わくする、な。ったくもうわかったよ」
 それだけ言って、カッターをしまった目をこすり、身体を伸ばしながら寮へと向かう。
 彼の後ろでぶつぶつ呟いている声があったのだが、難なくスルー。
 困った時の携帯電話を取り出しぽちぽちといじり始めた。
「二年で知り合い多そうな奴って、誰か居たかな……」
 ふらふら歩きながら、問題の解決案を模索する。
 しかし助けを請おうにも頭に浮かべる顔はほとんどが変な奴で、この学園にはろくな奴がいねえ、と思う。
 振り返ると咲が未だに紙とにらめっこをしていて、やはりろくな奴がいねえ、と確信した。
「あーあ、雫と咲を直接行かせればいいかな……もうゴールしてもいいよね……」
 結局秋もろくでもないことを言うのだが、多少本気にもなってしまっていた。

257 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:18:28 ID:IU0iNJMg
「たのもー! ここにユスティーナ=フォン=シュナイダーちゃんはいるかなー?」
 直後の放課後、結局そうなった。雫は秋に伝えられてしまったのだ。
 「準備できたから、パッと武道場連れてきてくれよ」とかそんな感じに。
「いないのー?」
 教室の入り口で背伸びをしながらきょろきょろと。注目を集めていようがお構いなしの行動である。
 「なに? 誰?」「きっと先輩だよ、呼び出しくらっちゃったんだよ」「やばくなーい?」という生徒たちの視線は、教室隅の席に向いていた。
「………」
 そこには金髪少女が座っていた。向けられたそれらには動じることもなく、手に持った文庫サイズの本に目を落としている。
 眠そう、というよりも心底退屈そうな表情を貼り付けていて、なんだか雫はものすごく彼女に構いたくなってしまった。
「なるほど、あの子か……」
 ちょっとごめんね、と教室内に侵入し、その席までするする歩いていった。
 正面に来ても金髪少女は手先以外を動かさないのだが、そんなことは気にもしない。
「ねえ、ちょっと来てくれるかな」
「……」
「ねー」
「……」
 手をその目前でふるふるする。
 しかし頭をピクリと動かし、一瞬チラ見をしただけだ。
「君を呼んでくるように言われてるんだよー」
「………」
 そこに反応したのか、今度はガン見である。
「お、反応した!」
「雫、まだか?」
 その様子を窺わずに、咲が急かすようにして教室に入ってきた。
 手には布袋に包まれたその身長ほどの棒状の物体があり、ユスティーナ(めんどいから以下ティナ)はそれを発見すると目を見開いた。
「あなた達は……」
「ふふふ、まあいいから来なよ~」
 反応を貰えたことで調子に乗った雫は、ティナの袖をちょこんと摘まむ。
「私個人に用があるのですか?」
「いえす! はやくはやくー!」
「………」
 にこにことする雫の様子を値踏みするように、ティナは摘ままれた手からゆっくりと彼女を眺めてゆく。
「ほほほ、視線がエロいなぁ……」
「……わかりました、行きましょう。場所はどこですか?」
 視線がエロいと言われたのが嫌だったのか、ティナは勢いよく立ちあがった。
 金属の装飾が重たげな黒いコートの端がぶわりと跳ね、両サイドに結われた金のツインテールがそれに応じてふわふわ揺れた。
「武道場だよ、戦う準備はいい?」
 雫の発言に教室はざわめく。
 注目を一身に浴びる中で、いきなり目上の人間が戦うとか言い始めたのだ。
 しかもおそらくは二人が、という状況だ、こうなるのも仕方がないとも言える。
「大丈夫です。あなた方を検める必要がありそうなので」
「え? まあいいや、いこっか」

258 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:19:12 ID:IU0iNJMg
「秋ー、連れて来た―!」
 ぶんぶん手を振って雫は武道場に走ってきた。
 咲の横にティナがついてきているのを見て秋はすかさず、駆けてくる雫の横を突破してティナの正面に立ちふさがる。
「無視されたぁー!」
 叫びながら地面に転がりこむ雫の姿は誰にも見られていない。
「あなたは……」
「ユスティーナちゃんだよね! ちょーっと耳貸してくれるかな!」
 秋はすばやく耳打ちの体勢に。
(あなたの所属はどちらですか?)
 しかし、先手を打ったのはティナであった。
(へ?)
(私はドイツのMAD、環凪島観測室所属です。現在はこちらの施設の監視ということでこちらに派遣されたのですが)
(え、ああ、そうなの……)
(おそらくそちらのコンタクトの理由は恒常的に任務が行えるよう、互いの認識を強める、というところでしょうか?)
(なー、うん、そうだよ……)
(なるほど、ではそちらの所属を。環凪島での活動に支障が出ないよう、常に歩み寄れる姿勢で居られるようにと上から言われていますので)
(……えと、C、IA、です……)
 苦し紛れである。
(やはり。では今回あの二人と戦うということは、そちら側の意向で?)
(そうですよ。上からはあくまで平和的に、必須の情報は可能な限り交換すべきだと言われていて)
 追い込まれて自棄になる秋。
(――なるほど、その考えには賛成ですね。いずれは協力する局面も、あるいはその逆もあるかもしれない)
(ですねぇ……)
(いいでしょう、ならば個人能力の情報交換は今の内に済ませておきましょうか。見るに彼女は彼の弟子といったところでしょうから、個人的にも楽しめそうです)
 ティナが咲をちらりと見る表情に気圧される秋だが、なんだかよくわからないうちに話が進んでしまっていたらしい。
 このまま流されるままに進んでいいのか、かなり怪しいところではある。
「じゃあ、あっちの雫と準備でもしてくださいね、はい」
「わかりました」
 そしてちょっと軽めの歩みで、ツインテをぴょこぴょこさせて武道場に向かっていくティナ。
「咲……お前のせいでとんでもないハズレくじを引いた気がするんだけど……」 
「くっはっは! これだけの当たりはそうそうないぞ!」
 横にはほとんどバカ笑いと言えるような様子でつっ立っている咲がいる。
 秋はこれによってもうダメだと確信したので、一人でこれからどう言い訳して逃げるべきかを考えて始めていた。

 道場の壁に引っ掛けてあった木の槍を取り出し、くるくると体の横で回転させる雫。
 ティナはそれを腕を組んで眺め、ぶっきらぼうに口を開いた。
「金属製のものはここにはないのですか?」
「え? そこまでするの?」
「私の力は少なくとも木では防げませんから、相応の武器を用意していただきたいのですが」
「うーん……了解っすー」
 そう言って、倉庫の方に歩き出す。
「よろしくお願いします」

「じゃあ咲の分も持ってった方がいいよね……」
 倉庫は窓が小さいために薄暗く、入り口正面の壁一面に無数の取っ手が広がっている。
 取っ手の高さは最大七メートルほどで、常に入り口付近に置かれている大きな脚立を使わなければ届かない。
 雫はその脚立を力づくで引き摺り出し、取っ手の壁の手前に置くと、軽々とのぼって高めの位置にある取っ手を掴んだ。
「よい、しょ、っと」
 引っ張る。
 がらがらと金属の車輪が擦れる音が倉庫に響き、脚立の横に縦長の箱が伸びた。
 中は刃の無い様々な形をした槍がごちゃごちゃにして詰め込まれている。
 金属製であることには変わりはないので、槍の形をしている以上、突けば刺さるものではあるが。
「うりゃっ」
 抜き出した槍の一本を、床に投げ刺した。
 それは雫の身長ほどの金属棒で、先端に細いダイヤの形をした刃が申し訳程度に付けられていた。
 そしてさらにもう一つ、こちらは雫が使おうという槍を選び取る。
「私はこっちのがいいかなー」
 そう呟いて掲げた槍は、先程投げた槍よりも腕一本分は長く、見た目では使うに苦労しそうなものだ。
 先端に伸びる十字は薄暗い中で妖しく光り、その幅もなかなかの大きさを持っている。
「んー重さもいい感じ」
 よっ、と脚立を飛び降り、床に突き刺した槍を抜いた。
 その二本を肩に乗せ、雫は脚立を片付けもせずに後にする。

259 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:22:17 ID:IU0iNJMg

「さあユスティーナ、さっそく見せてもらおうか」
 咲は、棒に掛けられた布を取り外していた。
 露わになるのは黒々とした棒で、先端は鋭く削られ、そこだけが鉛筆のように白くなっている。
 これが咲の武器、削った木の棒である。彼女のじいさま直伝のちょっとした加工により、わりと固く、かなり軽い。
「シズク、でしたっけ? あちらの方がまだ――」
 言葉を遮るように、咲はすばやく棒をティナの眼前に突きつけた。
「寸止めは出来るな?」
「………出来ますが、怪我をしないという保証はできません」
 それに動じず、ティナは右手の指先を軽く持ち上げた。
 ティナの動きに連動するかのように床から白の閃光が飛び出し、咲が突きつけていた木の棒を弾いた。
 すかさず咲は二歩ほど後退し、突き破れた床を見る。
「くくっ、剣とな?」
 そこにはティナの胸程度までの平たい刃が伸びていた。
 刃を楽しそうに眺める咲を見て、ティナはそれを握る。
 軽々と振るい、感触を確かめるように振り回すと、半身を正面に向けて構えた。
「そちら方の剣術の心得は皆無ですが、ね」
 自嘲するような言葉の後、突如として踏み出された一歩は大きかった。距離を取っていた咲にも届かんとする白刃の突き。
 咲は飛び出してきたその刃に対して、すれ違うようにして突っ込む。
 素早く、短く持った槍の柄を刃の腹に当て、軽く浮かせて揺らすと、
「せっ!」
 さらに手元でくるりと回転させ、今度は尖った先端を腹に打つ。
「やりますね」
 刃はガラスを破壊するような高い音を撒き散らし、形を失った。
 飛散する欠片は砂のように舞い、二人の間をふわりと包む。
「む……この程度の強度か、なら何本まで出せるんだ?」
「それは、あなた方の実力次第で判明するかも、しれませんね」
 ティナは感心したように、床を破壊させながらさらに二本を手に取った。
 長さは適当なのか揃ってはいないのだが、両手に白刃構える姿はなかなか様になっている。
「……にしても、床ぶっ壊しすぎじゃね?」
 出口まで避難しながら、秋はそんなことを呟いた。

 縦横に振られる刃を難なくかわし、先程のように刃を砕いていく。
 一本を破壊する際にもう一本への対処がおろそかになるが、咲にとってはその程度、問題にはならない。
「足りないな!」
「そうですか」
 二本目を砕いた、が、ティナは次の二本を既に構えていた。
 突き主体の動きで繰り出される彼女の攻めは、槍を操る咲にとっては取るに足らない。慣れたものなのだ。
 たとえそれが二本であっても、避けること自体は簡単なものである。
「本気で来てもいいんだぞ?」
 踊るように回転し、余裕綽々といった様子で避け、踊りながらの突きがどこからか飛び出す。
 それによって刃は即座に砕かれ、また床からせり出し、咲のリズムを止めようと突き出される。
 延々ループしそうなこの状況ではあるが、両者ともが本気でないことは当人こそが理解している。
「それは、あなた方が揃ったら――」
「あ゛! もう始めてるじゃん!」
 入口から雫が大声をあげていた。
 長い二本の槍を構えたまま二人のもとへ駆けてくる。
「ユスティーナちゃんずるくない? 私にはこっち持って来いって言ったくせにー」
「おお雫、ちょうどいいな」
「え、なにが?」
「ではそろそろ、始めましょうか」
 瞬間、床が白に追い出されるように弾け飛んだ。
 近くに居た咲はギリギリで反応し、後ろに大きく跳ぶ。
 そこからは白刃が噴き出していた。一本や二本ではなく、まるで剣山のように。
 刃はティナを囲う形で現れ、中の姿はほとんど見えないほどとなっている。
「すご、」
 思わず、雫が感心したような声を漏らした。
「くくっ、それが本当の力か?」
「どうでしょう」
「面白いな、では、さっそく」
 剣山を無視する気なのか、咲は正面から突っ込んでいく。
「え、ちょ、私も!」
「ふふ、剣の響きに揺らぐ鏡像(グランディアス・ツヴァイハンダー)、行きますよ」
 ティナの声と同時に、花火のように飛び出す刃が道場をさらに削り取った。
「おいちょっと待てばかやろう! せめて外出ろ!」
 入り口付近で叫ぶ秋の言葉は、まるで聞こえていないらしい。

260 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:23:03 ID:IU0iNJMg

 廊下。
「あ、鉄君」
「鬼武か。どうした?」
「いや、どうしたって……連絡きたよね?」
 彼らの放課後は、委員会やって適当に過ごして、解散である。
 その後は委員会室に残る者もいれば、その辺をうろついて悪い子を粛清したりする者もいたりする。
 しかし今日は違う。フリーダムではない仕事が出来たのだ。
「ん? ああ、それはそうなんだが、お前が一人なのは珍しいだろう? って話だ」
「尊は委員長のところに行ってるよ」
「そうか。例の振った男の可能性もあるんだったな」
 風紀委員会ではそれぞれの携帯に指名手配情報が送られていた。
 内容は単純、「学園施設で暴れている集団を捕縛せよ」。
 しかし詳細は未だ不明で、今は全員が校外を含めたパトロールをしているところである。
 一般生徒の目撃情報なのでそれ自体が定かなものではないが、風紀委員の仕事とはそういうもの。
「うん、だから僕は尊待ちだよ」
「俺はもう少し見回ってくるか。校外に行く連中が多くて、こっちは人手が足りないらしい」
「じゃあ尊が戻ってきたら僕もちゃんと参加するよ」
「おう」

261 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:24:29 ID:IU0iNJMg

 武道場の入り口から飛び出した刃は、時間が経つと消えてしまっていた。
 残った爪痕は誰が為したものかはなかなか想像がつきにくいもので、これはちょっとした犯罪に使えそうだ。
「うおあああああぶねええええええええええっ!」
 と、考えながら、秋は全力で逃げ回っていた。
 咲と、主に雫のせいで刃の被害が拡大していたのだ。
「次三つ! まだ来れる!?」
「まだですよ」
 雫が円を描くようにティナの元へ駆ける、その直後を白刃が走り、地が抉れる。
 次から次へと這い出す刃は土を吹き飛ばし、まるで雫が超人的な脚力で走っているかのよう。
「まーだ、遅いってば!」
 隙を見つけたのか、二本の槍を構え、きりもみ回転しながらティナの真横に突っ込んでゆく。
 しかし白刃はティナの寸前で壁のように発生し、回る雫の槍と交錯、崩れ去る。
 跳び込んだ勢いは直前で死に、着地した雫の足元から刃が襲い、追撃を許さない。
「はっは、完全防御だな!」
 雫は退いたが、背後にはいつの間にか咲が居た。
 ティナはそこには全く振り向かず、遠距離の雫の足元に向け、手を向ける。
「ふっ!」
 咲は渾身の突きを打ち込んだ。
 もちろん、それは発生するであろう刃の壁を突き破るための一撃だ。
 一本、二本と刃は塵となるが、未だ何本もの壁が待っている。
「む、やはりこのままでは破れんな」
 踏み込んだ足の下から飛び出したものをいなし、また距離をとった。
「次! 四つ!」
 高らかに宣言すると、雫はさらに姿勢を低くし、今度は真正面からティナに走り出した。
「………」
 いささか危険だ、とティナは一瞬考えたが、今までの動きから大事には至らないと考える。
 そして、正面に向けて両手を伸ばした。
「よし来たっ!」
 扇の展開か、放射状に刃が飛び出す。それらは肉食獣の牙かと思わされるほどの勢いで飛びかかった。
 雫は跳び上がり、放射に伸びたその最も長い先端に、十字槍の先端を向ける。
「とりゃー!」
 上から、背後に刈り取るような動きで槍を振った。
 刃は飛散し、雫はさらに加速を得る。
「貸せ!」
 咲が吠えた。
 ティナの背後で刃の壁を打ち崩しながら、その存在を確かにする。
「おっけ!」
 片手の無骨な槍をぶん投げる。
 高さは十分、それは咲の少し後ろに刺さるよう狙われた。
「五つで行くよ!」
 雫は投げた勢いのまま、槍とともに横に回転する。
「届かせませんよ」
 ティナの足元からは一層、さらに幾層もの刃が生まれた。
 それは雪の山のように大きく、厚みのある刃の群れ。とても、一本や二本という単位ではない。
「この厚さか……わくわくするな」
 投げられた槍を掴み、取った勢いのまま構えを取る。
 後ろで崩していた結果、咲は刃の発生限界距離を見極めていたのだ。
 雫を追っていた、彼女自らコントロールするものではなく、おそらくはノーリスクで生みだされる彼女の周囲の刃を。
 そして今、ギリギリの距離で、咲は全力の突きを放ちにかかる。
「雫、寸止めだぞ!」
「わかってるよ!」
 空中で器用に壁を切り崩していく雫も、着地点が見えているらしい。
「――六槍」
 背後からは連続的であり、連続ではない渾身の突き。
「うりゃぁぁっ!」
 正面上方からは、圧倒的な速度で振り下ろされる十字槍。
 二つは刃の壁をその筋の通りに粉砕し、舞い散る雪を散らし、飛ばし、ティナに肉薄した。
 しかし、
「ありゃ」
「む」
「実戦なら、私の負けでしたね」
 突き破った先では、ティナが両手に持った刃を、全力を放った二人のもとに突きつけていた。
「あーあ、校舎とかも大変なことに………」
 秋は一段落ついたのを見て、溜め息をこぼす。
 彼女たちの戦いのダメージを最も受けていたのは、他ならぬ学園そのものであった。

262 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:26:38 ID:IU0iNJMg

「つっかれたー!」
「いやー、楽しかったな!」
 その場にへたりこむ雫と咲。
「やはり、なかなかの強さを持っていますね」
 ティナも満足そうに、腕を組んで頷いた。
「ん? やはり、って何?」
 ?マークを浮かべる。
「ですから、あなた達の所属n――」
「おい水瀬ぇ!」
 ティナの声がぶった切られた。
 三人の少女を見ていた秋の背後から、喧嘩を売るようなトーンで男の声が掛かられたのだ。
「あ?」
 振り向くと、そこには数人の生徒と、真ん中には巨大な剣を持つ者。
 彼は茶髪の短髪を逆立て、微妙に色の悪い顔を見せつけていて不快である。
「瀬古か、どうした?」
「ちょっと、面貸してくんねえか? なぁ?」
 秋は思った。これは普通に喧嘩を売られている、と。
 しかし、心当たりがあまりに多すぎる。これでは対処のしようがない。
「いいけどよ、あいつらには何もすんなよ?」
 とりあえず自分だけ引っ張らせて移動しよう、と考える
「それはわからねえなぁ、なあおまえら!」
 瀬古が後ろに叫んだ。手を掲げて「ウォー!」らしい。
「いや、それはダメだ、させられねえな」
「おいおい、お前もこいつに斬られたいのかぁ?」
 瀬古は巨大な光剣を突きつけた。クリスマスの木のように茂り、よく見ると微妙に動いているようだ。
 背後の男たちを見ると、何人かは妙な切り傷がついている。もしかするとこれに斬られた者もいるかもしれない。
 こいつはイカレてんのか? と秋は瀬古を睨みつける。
「俺には戦力がいるんだよ、水瀬。委員長に復讐するためのなぁ」
「なんだ? フラれたのか?」
 うぅ、と言って男たち全員がうずくまった。
「げ、おまえら全員かよ……『門前払い』に告白しても無理に決まってんだろ………」
 『門前払い』は色んな方面でガードが固い、ある意味最強の女だ。
 こいつらは大方、「自分は振られまい」という考えを持って撃沈していったアホの集まりである。
「くっ! とにかくなぁ! お前くらい強い奴もいないといいんちょには勝てねえんだよ!」
「別に俺は強くねえっての……きめえな……」
「んだとぉ?」
 と、急に全員が構えた。瀬古には統率力はなぜかあるらしい。
「ったく……」
 水瀬はポケットからカッターを取り出し、ちきちきと刃を伸ばす。
 そして、その場で軽く、何十回も振った。
「瀬古よー、俺が強いってんなら、俺の力知ってんだろ?」
 完全に臨戦態勢の瀬古に、秋は声をかけた。
「知ってるぜ。『斬撃コピーの水瀬くん』だからな」
「なにそれ……まあいっか。それで、今俺が何したかわかるか?」
「あぁ? いや…………ハッタリには乗らねえぜ? 一度にコピーできる斬撃は六つまでだろうが」
「まあ、そうなんだけど……」
「しかし、お前のコピーは『門前払い』も通過できる可能性がある!」
 嬉しそうに指を向けてきた瀬古。
「はぁ……知らねっつの……よいしょっと」
 すると。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
 地面が息を吐いて爆発し、瀬古の居た場所が陥没した。
 同時に彼の持っていた剣も消滅し、だらしなく転倒する。
「こういうことだ」
「なんだよこれ! っぶねえなコラァ!」
「一つの斬撃コピーは六つまでだけど、斬撃のストックに制限はねえよ、バカ」
 瀬古の手前にしゃがみこみ、秋はつまらなそうにいった。
「クク、やっぱおまえは必要だなぁ水瀬ぇ!」
 瀬古が秋に手を向けた。そこで、先程の光の剣と同じの色の光が目に入ってきた。
「ちょ――」

263 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:28:24 ID:IU0iNJMg

「――っせええええい!」
「ぐええぁ!」
 だが、剣自体は寸前で止まる。
 すっ飛んできた雫が瀬古を勢いよく蹴飛ばしたのだ。
「あっぶねえ! 瀬古この野郎! 殺す気かよ!」
 憤慨する秋の後ろに咲とティナもやってきており、そこはかとない臨戦態勢となっていた。
 その様子を見た男たちは、「これだから水瀬は……!」と口をそろえて言った。
「水瀬ぇ……てめえもこっち側に連れてってやんよ!」
 蹴られて吹っ飛んだところから、瀬古が復活した。手の剣を一層大きくし、さらに巨大なものとなっている。
「あんたらなんなの? ブッ飛ばすよ?」 
 雫がキレ気味に言ったことで、彼ら全員の空気が張りつめたものになっていく。
 修羅場、なんという修羅場。
「おまえはブッ飛ばしただろ……でもどうするよこいつら、ムカつくんだけど」
「せっかくだ、力の差を教えてやる」
「あまり目立つのは賢明とは思えませんが、いいでしょう」
 Eランクの咲がそれを言ったことは、男衆のプライドに火をつける。
「おい秋ィィィィィィ!!!!!」
「っ! なに? なに?」
 対峙する彼らの真横から拳の声が響いた。
 秋はきょろきょろ見まわしてみると、校舎の二階の窓に拳。
 彼は顔面を真っ赤にし、まさしく鬼のような怒声で叫んできていたのだ。
「テメエあれか! その辺壊したのか!? ああ!?」
 マジギレである。
「ちげえよ! ここから武道場まで全部! こいつらから逃げてきたんだよ!」
「………」
 沈黙する拳。辺りを見回し、その場の全員を睨みつけた。
「……………瀬古か! 瀬古だな! おい鬼武! こっちだ!」
 廊下の方を向いて、大声で仲間を呼びつける拳。
 そして何かをごちゃごちゃと話しており、窓から一人の男が顔をのぞかせた。
 なにやら不安そうな顔で、こちらを見ながら拳と話しているらしい。
「………ミコト……」
 のぞいていた彼から秋が聞きとったのは、その単語のみ。
 その時、強い発光が窓の方から起こり、彼は窓から飛び降りてきた。
 両手には黒と白が基調の大きなトンファーが持たれ、秋の正面に着地した。
「さァ、行こうか!」
 彼は窓の上から見た印象とは違い、クレイジーな発音で瀬古達に向かって飛び込んでゆく。
 先程の雫くらい素早い動きで次々と、構えていた男たちをボコボコにしていく。
 八人ほどの内、二人を一瞬で叩き伏せ、残った男らが一斉に飛びかかろうというところで、
「超重空間!」
 やはりクレイジーな発音で、両手を広げ、なんかカタカナを叫んだ。
「ぎゃふん!」
 そして、六人は頭から勢いよく地面に這いつくばり、まるで動けなくなった様子。
 中心でトンファーをくるくるさせる様子は、「まだ足りない」と言いたげであった。

264 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:30:27 ID:IU0iNJMg

「ちっ……」
 秋らはその様子に見惚れ、瀬古が逃げ出そうとしていたことに気付かなかった。
「瀬古、観念しろ」
 既に飛び降りていた拳が、逃がすまい、と瀬古の肩を掴む。
「――うっぜえんだよ! 風紀委員なんてよぉ!」
 瀬古は肩の手を振り払い、巨大な剣を生成。ああ、とか叫びながら、一気に振り下ろした。
「やめとけ」
 拳は動じることなく、振り下ろされたものの腹を殴り返す。
 すかさず瀬古は袈裟斬りのような、不格好な横振りで返すのだが、
「な」
 刃先は拳に触れた途端、爆散した。
「俺の拳は物理法則よりも強いんだよ」
 握った拳を瀬古に見せつけると、確かにそこには無傷の左手があった。
 刃から斬りかかってきた剣を、肉に完全に食い込む寸前で吹き飛ばしたのだ。
「くそ………」
 瀬古はこれにより、戦意を失った。
 それは、最近ずっと剣を生成していることも関係していた。
 フラれた段階から、ちょくちょくと仲間を増やすために彼は頑張っていたのだ。
「おつかれ、拳(これで瀬古達にぶっ壊した責任を押し付けられるぜ……!)」
 内心のガッツポーズは、かなり力強いものであった。
「おう……」
 微妙な顔をする拳だが、割としっかり頷いた。

265 名前: ◆LMBwMUyKG.[] 投稿日:2010/02/25(木) 01:32:11 ID:IU0iNJMg

 翌日。
 結局秋は風紀委員に呼び出しを喰らっていた。
 学内の壊れっぷりと瀬古の証言が食い違ったところがあり、拳から直接呼ばれたのだ。
 そこでいくらか事実を認め、明らかにやばい壊れっぷりはなんとか言いくるめて逃げてきた。
 そもそも秋はなにもしていないのだが、きっかけのどこかは自分にあると考えたため、こんなことに。
「って……何だこれ……」
 部屋に帰ってくると、尋常じゃない煙が秋を迎えた。
 匂いはまさに焼きそばのものだが、煙はもう、ぼやとかそういうレベルである。
「秋だ! おかえりんごなんとか!」
 雫が名前を呼んできたが、そんなことはどうでもいいのだ。
 秋は煙の処理に、急いでシャワー室の戸を開けた。
「―――!」
「……」
 これからシャワーを浴びようといったところらしく、一糸まとわぬ姿で金髪少女がこんにちはである。
 普段の秋の生活から言えば、これは間違いなく異常である。
「閉めてください」
 目が殺意の塊であったため、意識を全て戸に向け、勢いよくそれを閉めた。
 整理がつかない頭をなんとか動かそうと、まずは深呼吸をする。
「ごっほ!」
 煙がいっぱい入ってきた。涙目になった。
「秋、覗きとか最低だね」
「違うだろ……俺は絶対悪くねえよ……」
「そうだ、秋ってCIAだったの?」
「ちげえよ……」
「はっは、確かにあれは苦し紛れだったな!」
 フライパンを振り回した咲が、準備万端のテーブルのど真ん中にフライパンを乗せる。
 中はこんもりと焼きそばが入っており、授業をさぼってまで手伝わされた報酬がそこにあった。
「きたー!」
 雫は取り皿を素早く持ち、割りばしで次々とのせてゆく。
 合計三つの皿にバランスよく取ると、満足そうな顔をしやがる次第である。
「結局ユスティーナちゃんにはばらしたのか?」
「ん? バラした、というか雫が普通に否定したからな」
「ええ………?」
「ティナちゃんびっくりしてたよ! っていうか、友達じゃなかったんじゃん!」
「うん、そうだよ……それにしてもなんで信じたんだろうね……」
「ま、女の子は純粋ですから(笑)」 
「言い方がわざとらしいな……」
 それから適当に待っていると、シャワーを浴び終わったティナが帰ってきた。
 秋には未だに殺意の視線を叩きつけていたが、それ以外はナチュラルにテーブルについた。
「水瀬さん」
「はい……」
「これからあなたを監視することにします」
「なんで……」
「私の秘密を知ってしまった一般生徒なので」
 実際、秋はその内容をほとんど覚えていない。
 そもそもそれを、なんでごっついコートを普段着てるんだろう、の理由程度にしか考えていないのだが。
「……」
 雫がしかめっ面で秋を睨みつけた。
「なんだよ」
「なに、秘密って」
 確かに、雫だけは彼女の秘密をほとんど聞いていないかもしれない。
 しかしそれが秋の睨まれる理由には本来的にはなりえない。
「さぁねえ……って、なんで咲もそんな顔をするんだ? おかしくね?」
 咲も睨んでた。
「あ、そういえばいつの間に咲って呼ぶようになったの? この前までは牧原だったよね」
「それは別に、呼んで欲しいって言われたから……」
「なにぃ……?」
 雫が咲に向き直り、飛びついた。
「ティナちゃんも来て! こいつをくすぐらなきゃいけなくなった!」
「やめろ! 頼むから!」
「ふふ、手伝いますよ」
「……」
 秋はなんとか自分から焦点が外れたのを確認し、すかさずシャワー室へ向かう。
「あれ、開けっぱにしてんじゃん……」
 換気扇も回っており、これは二人に言われたのだろうか。
 テーブルに戻り、座る。
 黄色い声できゃあきゃあと、くんずほぐれつになる三人を無視して、フライパンに残った焼きそばに箸を突っ込んだ。
「………うめえ」
 貪りながら仲よさげに戯れる三人を見る限りでは、とりあえず、一件落着らしい。


 おしまい

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最終更新:2010年02月25日 16:49
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