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したらばSS作品 ◆VdgRGeyh2.2

眠りを妨げるその音の正体が、ひどく気になる。耳慣れた目覚まし時計のアラームでないことだけは確実だった。
 瞼をこすって眠気を振り払いながら、少年はベッドから身体を起こす。
 私物と教科書がごちゃごちゃとスペースを取っている学習机の上にある時計の針に目を向けた。六時四十分。いつもより一時間近く早い目覚めだ。
 時計のアラーム機能をオフにしながら、カーテンの閉まった窓を見た少年は、違和感を覚える。外が暗い。湿った音は間断なく続いている。
 人生で初めての体験をするかもしれない。少年は、恐る恐る足を動かし、窓辺に立つ。膨れ上がった期待と、
それが裏切られるかもしれないという不安が、頭の中で長い間せめぎ合う。
 意を決してカーテンを力いっぱい押し開いた少年は、息を呑んだ。
 放課後、同級生たちと約束していたサッカーができなくなるかもしれない。まあいいか。そういうことで頭を悩ませるのも楽しそうだ。
 今はただ、この景色を目に焼き付けておきたい。
「すっげえ……」
 鉛色の空から無数に生成される大粒の雨が、環凪島に降り注いでいた。


 雨に煙る街。
 見飽きた景色だ。
 傘の花をくるりと一回転させた天坂涼は息を吐く。溜息と共に、生気まで抜けていくようだ。
 あの子の能力を覆す程に、自分の気分が沈んでいるのだろうか。今もこの鞄の中には、彼のくれたお守り――火伏札と言ったか――が入っているはずだ。
「おお、偶然だな天坂!」
 わざとらしい声で、天坂は顔を上げる。安っぽいビニール傘を差したクラスメイトが、女子寮の門に背中を預けて立っていた。
どう解釈すればこの状況を偶然で片付けられるのだろう。
「それにしても、珍しく嫌な天気だ。俺嫌いなんだよな、雨」
 陣内刃は傘越しに空を仰いだ。そして突如涼に向き直る。
「あ、別にお前のことが嫌いってわけじゃないぞ! 誤解するなよ! と、そんなことはどうでもいいや。
せっかくだから一緒に学校まで行かないか。ほら、一人より二人だろやっぱ」
 返事をする気力も起こらない。軽薄が服を着て歩いているようなこのクラスメイトに対して、涼は初めから良い印象を抱いていなかった。
やかましい男子連中といつもつるんでいるし、今も度の入っていない眼鏡を掛けている。しかも最近、遊び半分で髪まで青く染めたという。
何より迷惑なのは、相手からしつこく絡んでくることだった。余り関わりたくないというこちらの気持ちなど、まるで斟酌してくれない。
 無遠慮な大きさの陣内の声は、九割涼の耳を素通りしていく。日常の些細な出来事が主らしく、はっきり言えばどうでもいい話ばかり。
 複数の足音が、涼たちのすぐ横を通り過ぎて行った。ランドセルを背負った子供たち。
 無意識のうちに、一人ずつ顔を確認してしまった。あの少年の姿を探していたのだ。
「なあ」
 隣を歩く陣内が、呟いた。
「天坂って、ショタコンなの?」
「……は?」
「いや、今、ガキどもにやけに熱い視線を送っていたような気が」
 どうでもいいところでばかり目ざとい男だ。ずっと自分の身の回りの話をしてればいいものを。
「別に」
 雨を見たことがないと、同年代の少年たちに自慢しながら下校していた少年の姿を思い出す。割と有名な噂だった。この島で全く雨が降らないのは、
ある少年の能力が原因らしい、と。
 偶然見かけただけだ。なのに彼、髪も肌も健康的に黒い、ヨウタと呼ばれていた少年の姿が、いつまでも涼の脳裏から消えなかった。
 今頃あの子は、この空を見てはしゃいでいるのかもしれない。
「おい、天坂――」
 陣内の手が伸びてくる気配を感じ取るのと、何かが爆ぜる音が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
「うお!」
 陣内が傘を放り捨てて涼から距離を置く。焦げ臭い匂いがした。見れば陣内の制服の袖が、少し焼けていた。
「――嫌がる女の子に」
 少し前方を歩いていた高等部の制服を着た男が、肩越しにこちらを向いていた。
「あんまりしつこくするもんじゃない」
 先日お守りをくれた男だ。登校する時、かなりの頻度で姿を見かける。長い髪を後ろに束ねているので、よく目立つ。
まあ向こうにとっても、いつも下を向いて歩いている自分が目立って見えていたらしく、ある日突然お守りをくれたのだが。恐らく真面目な人なのだろう。
「何だ、お前」
 水滴の付いた伊達眼鏡を制服の胸ポケットにしまいながら、陣内が険悪な声で訊いた。
「ただの通りすがりだけど」
「なら男女の語らいを邪魔しないでほしいね」
「あんまり君がやかましかったんで、つい」
 互いに喧嘩を売るような口調だ。陣内はともかく、あの高等部男子の方は
物分かりの良さそうな雰囲気だったのだが。
「君の悩みの原因は、彼なのか?」
 涼に顔を向け、高等部の男が言った。半分は正解だが、半分は違う。鬱陶しい男もそうだが、
小学生の子供をいつまでも気にし続けている自分にも腹が立っているのだ。
「仮にそうだったとして」
 涼が答える前に、陣内が口を開く。
「あんたはどうするんだい」
「止めるよ、君を」
「……へえ」
 肌に圧迫感を覚えた。彼らは一戦交えるつもりのようだ。学生たちの行き交う、学校への通り道のど真ん中で。
「ロケーションが悪かったね。名前も知らない先輩」
 陣内が冷ややかに言い、手の平を男に向ける。地を削る衝撃波が生じ、まっすぐ高等部男子に向かっていくのが見えた。
 陣内の放った衝撃波が到達するのと同時に、男の身体が燃え上がる。
 何だ、この能力は。
 思えばクラスメイトの能力を涼は知らない。オーソドックスな攻撃能力かと思ったのに、いきなり対象が発火した。
「名前か。そういえばまだ言ってなかった」
 人型の炎が、平然とした声を発した。珍しく真顔になっている陣内が、訝しげに片眉を吊り上げる。
「高等部三年。愛宕輝彦。――これでも一応Sクラスなんだけど、まだ続けるかい? そこの――」
 ――S?
 もし事実なら洒落にならない。本気で怒らせないうちに逃げないと、命が危ないのではないか。
 そんな涼の不安など知らずに、陣内が名乗っていた。
「中等部二年Dクラス陣内刃。人の恋路を邪魔する奴は、SでもTでも切り刻ませていただきます。雨の日限定だけど」
「恋路、ね。まあ押しまくるのも一つの手法ではあるのかな。この手の話には疎くて、良く判らない」
 などと喋っているうちに、陣内は自らを起点にした扇状の衝撃波を放っている。攻撃範囲を広げたその一撃も、愛宕に直撃したように見えた。
「ふう。どんなトリックか知らねえが、さすがに今のは逃げらんねえだろ」
 陣内は満足気だが、周囲はひどい有様である。先ほど自分たちを追い抜いて行った小学生たちがはしゃぎながら観戦しているのだけが救いだ。
「――妙だな」
 炎が一際大きく弾けて消えると、先ほどと寸分違わぬ位置に愛宕が立っていた。あれだけの炎に包まれていたのに、服にこれっぽっちも異常がない。
「自分の血を見るのなんて久々だ。陣内君、だったか。本当にDクラスなのか? 攻撃をもらった僕の見立てだと、Aからそれ以上の気がするんだが」
 彼の目の高さまで上げた右腕には、赤い筋が付いていた。血だ。
 自信に満ちた表情で、陣内が返す。
「火属性に強いのは、水の基本だろ」
「成程」
 何を納得したのか、愛宕は頷いた。
「久々に熱くなってきたかもしれない。――雨か水か、君の能力の源は」
 そして血の滴る右手を、頭上に掲げた。
 その手から生み出された巨大な火柱が、空に昇る。炎は瞬く間に天を覆い尽くし、下界は炎の輝きで真っ赤に染め上げられていく。
 天変地異。いや、この世の終わりのような光景だった。
「これで君の能力も封印できたのかな」
「……やりすぎだろ」
 凍りついた表情の陣内の意見には、さすがに同意せざるを得なかった。
「こっちだって、できれば怪我人を出したくないんだ。……君の名前、教えてもらっていいかな」
「私、ですか?」
「そう」
「中等部二年、Cクラス、天坂涼です」
「天坂さんは、陣内君のことをどう思っているの」
 答えづらい質問だ。
「……あまり好きではないですけど」
「おおおい!」
 叫ぶ陣内を無視して、涼は続ける。
「怪我もしてほしくないです」
「そう。じゃあ見逃すよ」
 Sクラスが空に上げた手を下ろすと、遥か頭上を覆っていた炎の渦も瞬時に消え去った。
 街は雨に包まれる。
「まあ、同じクラス同士仲良くしなよ。陣内君も、もう少し節度を持った方がいい」
 そんなことを言って、愛宕は傘と鞄を拾い直して学校へと歩き出していく。
「……ありゃ反則だ。話にならん」
 沈黙を破ったのは、ふてくされた様子で呟いた陣内だ。
「先に行ってるわ。俺嫌われてるっぽいし。でも諦めないかんな」
 陣内もまた、愛宕の後を追うようにして去って行った。
 歓声が聞こえる。聞き覚えのある、少年の声。
 慌てて振り向いた涼の視線の先にいたのは、空を仰いでランドセル姿の友人たちと大騒ぎしている日野陽太の姿だった。

おわり

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最終更新:2010年08月18日 21:23
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