「ちょっとやふう、画面見てて」
座り心地の良い黒革張りのダブルソファに腰掛けて眼前のディスプレイと向き合っていた坂峰凛が、こちらに顔を向ける。
「んあ?」
格闘漫画をテーブルの上に大量に積み上げ、彼女の隣で一気読みに耽っていた谷風良は、その声で顔を上げる。
とりあえず携帯電話で時計をチェックする。別にパック料金ではないので、いついつまでに出ないといけない、というわけでもないのだが、
経過時間を頭のどこかで意識しておかないと会計時に驚くような料金を請求されるのが、インターネットカフェの常だ。
金がないから料金折半で初等部からの腐れ縁とペア個室を使っているというのに、長居をしてしまっては本末転倒である。
学校帰りなので、門限も気になる。
「これこれ」
彼女がそこそこの速さで何やら入力し、最後にエンターキーを叩いた。赤く輝く眼で画面を確認するその横顔を見て谷風は思う。
真っ白い肌をした、しかも銀髪の人間が一心不乱にパソコンに向かい合っている姿と言うのは、不健康そうに見えてしかたない、と。
「一体何だよ」
谷風は読んでいた漫画をテーブルの上に戻し、画面に顔を近づけた。黒を背景にして浮かび上がっている、おどろおどろしい緋文字を読み上げる。
「環凪学園、総合掲示板?」
「ネットサーフィンしてたら、さっきこれの存在を知ったの。面白そうでしょ」
坂峰は好奇心に満ちた表情をしているが。
「いや、これは……」
明らかに学校裏サイトとかいう代物ではないだろうか。
「どう見ても生産的な意見交換が行われてそうなトップメニューじゃねえぞ……」
「そうかしら。閲覧者数は結構いるみたいだけど」
ページ左下にカウンターが置いてあった。いつからあるサイトなのかは判らないが、一万目前だ。
「このバトロワ企画って何かしら?」
警戒心ゼロの坂峰が即座にクリックした。
もしもしからですいません。
最初の一文がそれだった。どうやらチャットページらしい。坂峰が画面を下にスクロールしていく。様々なやり取りが飛び交っているのが判る。
「案外伸びてるな」
スレッドの進行中に参加推薦された人間の名前が、一覧になって書きこまれていた。律儀に拾ってまとめた奴がいたのだろう。
坂峰も気になったらしく、そこでスクロールを一度止めた。
Sランクの有名人、生徒会長の名前が真っ先に挙がっている。まあお祭り好きのあの男なら、普通に話に乗りそうな気もするが。
Aランクの水瀬秋。誰だと思っていたら、坂峰が声を上げた。
「あ、この人知ってる。高等部の人だ」
「さすが同じAランク様。どんな奴なんだ」
「なんか男子に凄い嫌われてる人。いつも可愛い女の子をとっかえひっかえしてるからだと思うけど。よく爆発しろとか罵られてる」
「そりゃ憎たらしい男だな」
Aランク、MW。
「誰これ?」
「Cランクの凡人に尋ねるなよ。Aと接点なんてない」
Aランク、神宮司彩愛。
「これは……」
悪名高い自警団班長の名前だ。一度谷風も痛い目を見た。
「取り巻きの誰かが推薦したのかしら」
「まあ、野郎に人気ありそうな気がしなくもないからな」
Eランク、日野陽太。この名前には谷風も坂峰も憶えがないので、流した。
Cランク。神代刀夜。
「これはやふうが知ってるんじゃない」
「今度俺のクラスに転校してくる奴が、そんな名前だった」
前評判だけで推されたのだろう。可哀想に。
他人事のように思いながら、次の名前にようやく意識を向けた谷風は、我が目を疑った。
Cランク、谷風良。
「あっ、凄―い」
相方は無邪気に喜んでいる。
「やったねやふう! なんか知らないけどネットの世界じゃ人気者みたいよ!」
「ふざけんなよ……」
モニターを二度小突き、谷風は続ける。
「ったく、どういう基準でメンバー選考してんだ、ここの連中は」
あの最強生徒会長やAランク軍団と取っ組み合いをするなんて、想像するだけでぞっとする。どうせ妄想なのだろうが、
無責任なことを言ってくれる。
大学にいると噂のSランク能力者、偽らざる者(トゥルートーカー)に頼めば、この企画も実現できるんじゃないか、という話題でスレッドが止まっている。
「宣言したことを現実にする……へえ。こんな人が協力してくれるなら、ホントに実現するかもね、この企画」
「やめてくれよ……十中八九俺が一番に殺される」
「私の名前も足しておこうっと」
Aランクの竜血、超絶美少女の坂峰凛さんを推薦しまーす。
「馬鹿なことやってんじゃねえよ。そろそろ行くぞ」
「え? ああ、結構時間経ってたのね」
ディスプレイ右下の時計を見た坂峰が、驚いたように言った。
それぞれの鞄を手にして、二人は個室を後にする。
おわり
最終更新:2010年08月18日 21:23