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したらばSS作品 ◆VdgRGeyh2.4

格闘漫画を読み耽った後、谷風良がネットカフェを出たのは、学校で定められた門限を少し過ぎてからだった。とはいえ夏なので、外はまだ充分明るい。
 それまで一緒だった連れが夏物の服やら何やらを見に行くと言い出したので、先程別れてしまった。夏の街を一人で歩き、寮を目指す。
連休目前で解放感に満ちた表情の人々の行き交う市街地を、のんびり進み続ける。別に楽しいとも思わないが、苦痛でもない。
幸せな人が沢山いるというのは、大いに結構な話だ。
「ポルターガイスト使いの谷風良っていうのは君?」
 すぐ横で、女が言った。
「え?」
 間の抜けた声だったが、初対面、それも思いの外近い距離にいた女子高生に突然名前を言い当てられたら、大抵こんな反応になるのではないかとも思う。
 赤茶けたセミロングの髪を背中に流している、小柄な女だった。高等部の制服を着ている。
「谷風は俺ですけど」
「やっぱり。そのぐしゃぐしゃの頭ですぐ判ったよ。こんなところで会えるなんて、ちょっと感動」
 人が若干気にしていることをはっきり言う女だ。これでも子供の頃は直毛だったのだが。
 向こうは自分に会えたのを喜んでいるようだが、何の用件で出てきたのか判らないこちらとしては、身構えざるを得ない。
 不審がる視線に気付いたのか、女が会釈と共に名乗った。
「ああ、突然ごめんなさい。私は高等部二年の、九法代美って言います。一応生徒会所ぞ――ってちょっと!」
 最後まで聞かずに谷風は駆け出していた。生徒会め、校則違反者狩りでもしてたのか。冗談ではない。
しかし何故俺の名前が知れ渡っているのだろう。大した悪事など行っていないのに、目をつけられてしまったのだろうか。
門限破り程度の校則違反なんて、誰でもやってるではないか。何故自分ばかりが貧乏くじを引かねば――
 などと誰にともなく脳内で不平を述べていた谷風の眼に、妙な物が映る。
 夕焼け色に染まった街、雑踏の中から現れた、半透明の人型をした何か。
それはがいきなり谷風に飛びかかってきた。動揺で足を止めかけた谷風は、正面から抱きつかれる。質量はまるで感じない。
 おぞましい、と本能が断じた。抱擁の相手の顔には一切の凹凸がなく、裸なのに性別の判別もつかない。
 余りにも曖昧な存在は、しかし間違いなく自らの苦悶を谷風に訴えてかけていた。
 何だこいつは。重い。そして冷たい。
 足の動かなくなった谷風に追いついた生徒会の女は、悠然と正面に回り込んで尋ねてくる。
「いきなり逃げることないのに。ところで、君には視えるの? コレ」
 コレ、とは不気味な人型のことを指しているのだろう。
「こんなもん」
 よっぽど視力が悪くなけりゃはっきり見えるだろ、と言いかけて気付く。こんな得体の知れない物に押しつぶされている自分の横を、人々は平然と通り過ぎて行く。
九法が使役していると思われている存在は、常人には認知できないものらしい。
「ポルターガイスト使いなんて呼ばれてるんだから、やっぱり君もこういうのを使うの?」
「使うか。こんな気味悪いもん」
「気味悪い? そうかしら。すっかり慣れちゃったから良く判らないな」
 会話をしている間にも、地面から次々と半透明の人型が生え始めていた。それらは自分と九法の周りを取り囲んで、力なく揺れている。
「あなたの予想通り、私は校則違反者取り締まりのための巡回をしてたんだけど、門限破りは目をつぶってあげる」
「……お優しいことで」
「その代わり、谷風君の能力を見せてもらえない? 私、この目で見てみたいんだけど」
 んなこと言われても、というのが正直な感想だった。何しろ派手さと無縁な能力である。ホラー映画顔負けの能力者に見せて喜んでもらえるとも思えないが。
「ちなみに私の能力はいわゆる霊的な存在とやらを使ってあんなことやこんなことをするもの。正直自分でも霊的な存在って何なの? って
思うこと多いんだけど、まあ研究所の人たちが言うんだから、きっと正しいんでしょう」
 九法が視線を上空に上げた。十数体いた霊の内の一つが、九法の動作につられる様にして空中に舞い上がって行く。
 そして数メートル程の高さに達したところで、その霊は断末魔と共に爆散した。大気が震え、熱風が頬に当たる。
 これには人々も足を止めた。が、すぐに動き出す。この島の住人は、超常現象の類に慣れているのだ。悪い意味で。
「勿論、今も谷風君に纏わりついているそいつだっていつでも吹っ飛ばせるわけだけど……ちょっとはやる気出た?」
これっぽっちの悪意も感じさせない笑顔で、女が谷風に投げかける。能力さえ知らなければ魅力的な顔にも映ったかもしれないが、
この状況で笑われても異常者にしか見えない。最近の流行りのヤンデレとかいう奴か。クラスの詳しい連中に訊いてみよう。
明日、無事に学校に出られたら。
「あんた何がしたいんだよ」
「一種の戦闘訓練かな。もしかしたら君の能力だって、私になら何か感じ取れるかもよ」
全く興味の持てない話だ。だが爆破されるのも御免である。
 そもそもせっかくの連休前に、何で平凡な学生がこんな目に遭わなければならないのか。
 怒りが込み上げる。
「さっきから鬱陶しいんだよ、お前」
 直接ポルターガイストの力を叩きつけ、正面から自分に抱きついていた霊を大気中に霧散させた。
自分の能力で撃退できるところから察するに、あの女、それほど高ランクの能力者ではないらしい。
「別に変なモノを使ってるようには見えないんだけど……何でポルターガイストなんて呼ばれてるのかしら、その能力」
 興味深そうに谷風を観察していた九法は、ぽつりと言った。
「知るかよ。名付け親なら研究所に在籍してるだろうから、そいつに訊いてくれ。
んで、そろそろ俺は寮に帰りたいんだけど。こっちは門限過ぎて焦ってんだ」
「何を今更。どうせなら私の気が済むまで付き合ってよ」
 周囲の霊たちが、一斉に谷風に殺到した。
「冗談じゃねえよ」
 背後に迫っていた霊たちをポルターガイストで弾き飛ばし、谷風は女に背を向けて逃げ出した。
 寮とは逆方向だ。あまりに遠くまで逃げると、今度は帰りが面倒になる。適当に撒いたら、さっさと寮に逃げ込もう。
 算段を終えたところで、後ろを振り返る。女の姿も、その奴隷の姿もない。足は速くないらしいな、と胸を撫で下ろしながら、
都合良く目に飛び込んできた十字路を右に折れ、大通りから外れる。
 器用に人ごみを縫いながらリズミカルに走り続けていた谷風は、楽器店のショーウインドウの硝子に手を置き、一息つく。
「さすがに、ここまで来れば」
 大丈夫だろう。硝子に映った自分の姿を見つける。肩を上下させ、息を乱している。
その自分の後ろを、着飾った若者たちが通り過ぎていく。なんて無様な姿だ。
 悲しくなってくるような鏡像の向こうには、値の張りそうなギターやベース――
 と、亡霊。
 背中が粟立つ。同時に、意識を追跡者に集中させた。
 壁もウインドウの硝子も透過して谷風に覆い被さってきた一体の霊は、哄笑のような声と共に体積を膨張させ、爆発した。
 しかしその結果起きたのは、パチンという小さな破裂音と、ちょっとした熱さだけだった。
「…………ふう」
 長い沈黙の後、谷風は安堵の溜息をついた。
 ポルターガイストで爆発を押さえこんでいなければ、無事では済まなかっただろう。自分も、楽器店のショーウインドウも。
 相手が低ランクで助かった。どうにかほぼ相殺することに成功した。
「おおー」
 呑気な感嘆の声が、背中に当たる。
「……今のは危なかったぞ、マジで……」
 能力の使用で強烈な疲労感に見舞われていた谷風は、のろのろと背後を振り返った。
「谷風君、顔に似合わず器用なのね」
 何体もの霊を従えた九法は、なぜかほっとした様子だった。
「良かった良かった。さすがに街での破壊行為なんてしたら、生徒会を首にされちゃう。
自動追尾は加減を知らなくて困るわ、本当に」
 でもなあ、と言うと九法は顔を曇らせる。
「なんか想像してた能力とイメージ違うなあ。谷風君も思ってたより格好良くないし」
 反論する気など起きない。ただ懇願するように、谷風は訊いた。
「もう僕、帰ってもいいですか……」
「うん、いいよ。なんだか私、もう君に興味なくなっちゃった」
 助かった。マジで。
「それじゃあ、失礼します……」
 日の暮れかけた街角でポルターガイスト使いは深々と一礼して、
生徒会構成員の許から去って行くのだった。

おわり

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最終更新:2010年08月18日 21:24
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