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したらばSS作品 ◆VdgRGeyh2.5

 黎久井画夢(れくいえむ)は大学三年生だ。
 年齢にすれば二十一。その人生の中で、彼女が出来たことは一度もない。特徴のない容姿よりも、卑屈な性格が災いしているのだ、と詮無い自己分析に
明け暮れた時期もあった。いや、今でも彼は時々している。基本的にバーチャルな世界に彼女を見出すが、たまに現実世界の女性に
胸をときめかせることもある。その度に己の無力さに打ちひしがれる。
 今しがた書店で購入したのは、夏のコミックマーケットのカタログである。とうとう落ちるところまで落ちてしまった感がある。
目的の品を手に入れて高揚しつつ、己を客観視してひどい自己嫌悪に陥ってもいる。
 周囲を意識した。無数の街灯に照らし出された、整然とした街を闊歩するのは、生気に満ちた表情を浮かべた人々。どいつもこいつも気に入らない。
とりわけ黎久井画夢の注意を引いたのは、数年前まで自分も通っていた環凪学園高等部の制服を着て歩道を歩く一組の男女だった。
そもそも外出許可時間外のはずだ。
 男の方は髪を赤く染めていた。生意気なことこの上ない。そして女の方は、金髪のツインテールである。
そんな髪型が許されるのは二次元だけだ。調子づいた餓鬼と腕を組んで歩くお前に許されるヘアスタイルではない。
 二次元の女の子は、決して自分を裏切らない。
 カタログの入った本屋の紙袋を握り締め、黎久井は手持無沙汰にしていた左手を、十メートル近く先にいる二人に向けて伸ばした。
 ――リア充は爆発しろ。
 ネットスラング混じりの悪態を胸中で吐き捨てると、黎久井は虚空で大きく開けた掌を、きつく握り込んだ。


 パン、という乾いた音の後に耳に入ってきたのは、幾つもの悲鳴だった。それほど遠くない。
 人の流れが止まる。急いで寮に戻ろうと足早に歩いていた規則違反者の谷風良もまた、その例外ではなかった。
張り詰めた緊張感と、恐慌一歩手前の騒然とした空気。既に被害者が出ていると見た方がいいだろう。
 面倒事は御免だ。さっさと帰らないと、また門限云々で体制側の人間に絡まれてしまう。
 そんな谷風の意思に反して、人並みの隙間から見えてしまった。
 額から流す血で美しい金髪を赤く染めている女と、地に伏したその女を抱き起こして何やら呼びかけている赤毛の男。
どちらも谷風と同じ制服を着ている。
 平和な夜の街に似つかわしくない、凄惨な絵。
 関わるべきではないと理性は警鐘を鳴らし続けていたが、本能的に谷風はその二人に駆け寄っていた。無力、あるいは不親切な人々を押し退けて。
 近づくにつれ、男の囁きが聞き取れるようになる。
「――おい――起きろティナ――」
 ティナ。それが女の名前、あるいは愛称らしい。
「何があったんだ?」
 目が合った瞬間、谷風は後退しそうになった。瞳に尋常でない程の殺気が漲っていたためだ。間近で見て気付いた。男の方も、側頭部から出血している。
 信用を得られたとも思えないが、赤毛の男は素直に答える。
「判らない。歩いていたら突然耳元で爆発が起きた。俺の方は問題ないが、連れが目を覚まさない」
 思わず谷風は舌打ちを洩らした。百点満点かそれ以上の、絵に描いたような面倒事だ。
 またしても、乾いた音が響いた。目の前の男女が、見えない衝撃に打たれ痙攣身体を震わせる。
「おい!」
 大丈夫か、と問う前に、谷風は能力を全開で発動していた。男女の周囲に壁を作るイメージで、
ポルターガイストの力場を発生させる。
「この能力に心当たりは?」
「ない」
「あんたらを恨んでるような人間は」
「俺には大勢いる。でもここまでするようないかれた奴はいない。断言する」
「面倒くせえ……」
 愉快犯か? 雲を掴むような話だ。
 などと思っていたら――
 爆炎が男女を包んだ。
 煙の中から煤だらけの赤毛の男が現れる。女に覆い被さっていた。今の攻撃を肩代わりしたのだろう。
 口から黒煙を吐きながら、男が皮肉っぽく口の端を持ち上げた。
「――見た目の割に案外温いかったな、今のは」
「減らず口叩いてる暇なんてねえぞ。相手の方が上手だ。俺の張る防御壁じゃあんたらを守りきれない」
「んなもん張ってくれてたのかい。ご親切にどうも」
 再度舌を打つ。ふざけた言動だが、赤毛の放っているプレッシャーは半端ではない。
「とりあえず――」
 やられる前にやるしかないが、自分たちの周りに輪を作っている人間は、少なく見積もっても三十人以上。犯人が特定できないことには動きようがない。
 目の前でこの二人が嬲り殺しにされるのを見てるしかないのか。
「……ん?」
 絶望的な気持ちで周囲に視線を這わせていた谷風は、コミカルな光景を発見した。
「どうしたどうしたー」
 呑気な声と共に、人が投げ飛ばされていく。なぜが赤毛が「げ」と嫌そうな声を発した理由を谷風が理解したのは、数秒後だ。
「喧嘩の仲裁なら、この環凪学園高等部生徒会長に任せてもらおうか!」
ギャラリーの輪を破って出てきた細身の長身は、極々原強也だった。


また面倒なのが。
空気に触れているだけで染みるような火傷の痛みも忘れ、水瀬秋は黒い嘆息を洩らした。
「お前たち、高等部の制服を着て夜間外出とは、いい度胸だな」
 最初に出てきたのは、実に生徒会長らしい台詞であった。
「だがその件は後回しだ。――そこの一見してカップルと判る二人、何があった」
 説明できるほど、水瀬自身も状況を把握していない。
「突然攻撃された。相手がどこにいるか判らない。心当たりはないが、標的は俺と連れに絞られているっぽい」
「ほうほう、そりゃ捨て置けんな」
 何度が頷いて、会長が言う。
「念の為に訊いておこう」
 偉そうに腕組みをしていた長身は、謎のおせっかい天然パーマ男と自分たちを見比べた後、こう続けた。
「今はギャグモードか? それともシリアスモードか?」
 天然パーマは白けた感じで訊き返す。
「それよりあんたは……ああ、もしかして規則違反者を取り締まるための巡回中か?」
「その通り! 最近街を出歩く高校生が多すぎると、学校側でも問題に挙げられているのでな! そして俺の質問に答えてくれないか天然パーマ君!」
「……超がつくほどシリアスだよ」
「成程。じゃあ真面目に行こう」
 どこか間の抜けたような顔をしていた生徒会長が、精悍な顔つきになる。
「俺は何をすればいい」
「こいつを安全な場所まで連れて行ってほしい」
 水瀬は即答した。
「安全な場所……となると俺の私室になるな! いや、やらしい意味ではなくて!」
「全然シリアスモードになってねえぞ……」
 天然パーマが頭痛でも抑えるように額に手を当てる。
「だがお前たちはいいのか。勝算がなさそうな顔をしてるが。特にそっちの天然パーマ君」
「認めたくはないがその通りだよ」
 答えた天然パーマが水瀬を見る。
「おいあんた、せっかく島内最強クラスの男がいるんだ。この場に残ってもらった方がいいんじゃないか? 相手の力量も不明だぞ」
 相手の力量。何を言ってるんだこいつは。
「別にいい。生徒会長様は、さっさとティナを連れてこの場を離れろ」
「まあ彼氏が許可するなら、俺の部屋に連れ込んでも大丈夫だろう」
 意外と筋肉質な会長の腕に、ぐったりとしたままのティナを預ける。
「そっちの天然パーマはどうする」
 疲れ切った表情で爆発頭が言う。
「ここまで来たら付き合うよ。門限破りについては生徒会長も口利きしてくれんだろ。次の一撃くらいは何とか軽減してやる」
 だがあんた、と天パーは続ける。
「見くびってるわけじゃないが――勝てるか?」
「勝つ負けるじゃない」
 断言しながらポケットから安物のカッターナイフを取り出した水瀬は、低い声で短く付け加えた。
「殺す」


 観客たちに混じって事の成り行きを見守っていた黎久井画夢は、強烈な苛立ちを覚えていた。
 何だあいつらは。
 癖毛の男も生徒会長も、なぜあんなチンピラに力添えするのか判らない。とりあえず癖毛は雑魚だ。どうにでもなる。
 問題は――
 黎久井画夢は生徒会長に掌を向けた。
 最強の称号は、ここで俺が貰ってやる。
 しかし掌を閉じた瞬間、生徒会長と、彼が背負っていた金髪の女の姿が消えていた。
 癖毛も赤毛もギャラリーも、呆然としている。単純に移動しただけらしい。尋常ではない速度だが。
 それならそれでまあいい。自分の正体がばれたわけではない。
 赤毛、そして癖毛。どちらも気に入らない。
 掌を向けた瞬間、黎久井画夢と赤毛の視線が衝突してしまった。相手の目に、狂喜の光が宿る。


赤毛が先ほど取り出したカッターナイフを一振りしたのと同時に、黎久井画夢の左手の頸動脈は綺麗に切断され、鮮血を撒き散らしていた。

 追撃を加えようとした時、急激に腕が重くなった。
「何のつもりだ」
 水瀬は傍らの天然パーマを睨みつける。
「もういい。あんなの殺してもあんたが損するだけだ」
「んなことは――」
「ティナが悲しむぞ」
 この男、いつの間に名前を覚えやがった。
「あいつが犯人か?」
「多分な」
 現に爆発が起きてない。
「じゃあ俺は帰る」
 それだけ言い残し、天然パーマは人並みに紛れてしまった。
「ったく……」
 散々な夜だ。
 左手を押さえて悶絶する男に冷たい一瞥をくれてから、水瀬もまた歩き出す。男子寮にある、生徒会長の部屋へと。

 おわり

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最終更新:2010年08月18日 21:25
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