ビニール袋越しに、紙箱の擦れる音が響く。微かに熱を持って柔らかくなった箱は、ともすれば簡単に破れてしまいそうで。
「……開けちゃいますね?」
「ええ」
「ええ」
ごくり。少女が発した声に、軽く促す。恐る恐る箱を開き……微かな湯気と共に、部屋中を満たす脂の匂い。その中に溶け込んだ香辛料の刺激が、食欲を一気に呼び覚ましたのを感じながら。彼女に紙ナプキンを手渡し、自分も手に取る。
「いっただっきまーすっ!」
「はい、いただきます」
「はい、いただきます」
2人揃ってドラムに手を伸ばす。細い骨の部分を摘まんであげれば、これが中々に持ちやすく。一口齧れば、期待通りに肉汁を溢れさせ、口の中に旨味が広がっていった。
「ん~っ、美味しい! やっぱりケンタッキーといったらコレですよね……!」
「最近はコンビニのスナックも多いですが、やはり偶に食べたくなる味です」
「最近はコンビニのスナックも多いですが、やはり偶に食べたくなる味です」
目の前の少女……カラレスミラージュが肉の味に陶酔しているのを眺めつつ、くるりと手元を回して二口目。香辛料の効いた薄皮で肉を包んでしまえば、多少脂がキツくとも食べ続けられてしまいそうだ。
そのままくるくると食べ進め、すっかり一本を平らげて。俺が脇に骨を置いたのと……ミラージュが同様に一本目を完食したのは、ほぼ同じ瞬間だった。
そのままくるくると食べ進め、すっかり一本を平らげて。俺が脇に骨を置いたのと……ミラージュが同様に一本目を完食したのは、ほぼ同じ瞬間だった。
「しかし相変わらず綺麗に食べますね、ミラージュさん」
「ありがとうございます、せっかく買ってもらった以上は残したくないですからね!」
「そう言われれば買った甲斐があるというもの。ああ、骨はこちらに寄せておきましょう」
「あ、お願いします!」
「ありがとうございます、せっかく買ってもらった以上は残したくないですからね!」
「そう言われれば買った甲斐があるというもの。ああ、骨はこちらに寄せておきましょう」
「あ、お願いします!」
そうして彼女が二個目に選んだのは、サイのピース。ドラムよりは綺麗に食べるのが困難な部位だが、一切の迷いなく齧り付く姿には、感心さえ覚えてしまいそうだった。女の子らしくはない気がするが。
「……」
自分の骨と、ミラージュに渡された骨を見比べてみる。自分もある程度は綺麗に食べる方だが、それ以上に彼女は食べるのが上手かった。
肉や皮の欠片が無いのは当然のこと、消化できる箇所なら軟骨まで平らげて。それでいて骨が分離することなく原型を留めて居るのだから、まとめて捨てるのも容易そうだ。いや、いっそ洗浄して標本にでもするか? などと考えつつ。
肉や皮の欠片が無いのは当然のこと、消化できる箇所なら軟骨まで平らげて。それでいて骨が分離することなく原型を留めて居るのだから、まとめて捨てるのも容易そうだ。いや、いっそ洗浄して標本にでもするか? などと考えつつ。
「ふぅ……こっちも美味しかったです! 一度のお昼で二度美味しいの、お得ですよね!」
「いつから貴方は宣伝大使になったんですか。まあ言っていることはその通りですが……」
「いつから貴方は宣伝大使になったんですか。まあ言っていることはその通りですが……」
綺麗に平らげられた成れの果てを受け取り、机の脇へ。よくもまあこれほど綺麗に……と思うが、あまりまじまじと見つめ続けるのも問題だろう。その証拠に、ポテトを摘まみながらこちらを見つめる彼女の視線が若干痛い。
「もしかして、がっつき過ぎでした……? やっぱり勿体ないのはちょっと、と思ってしまって……」
「……いえ、大丈夫ですよ。貴方が綺麗に食べてくれることを期待しているところはあるので」
「……いえ、大丈夫ですよ。貴方が綺麗に食べてくれることを期待しているところはあるので」
そう、彼女の食べ方に関心したのは何も今日が初めてじゃない。ラーメンを食べに行けばスープまで飲み干すのは当然のこと、揚げ物を食べれば衣の一粒も残さず、スイカやメロンが振る舞われれば皮のギリギリまで削り取るのが彼女だ。
流石にヨーグルトの蓋を口元に運びかけた時は止めたが……まあ、友人相手ならともかく、俺の前くらいならいいだろう。むしろ気になったのはそこではなく。
流石にヨーグルトの蓋を口元に運びかけた時は止めたが……まあ、友人相手ならともかく、俺の前くらいならいいだろう。むしろ気になったのはそこではなく。
「食べるのが遅かったのが気になりまして。普段の貴方なら、今の2倍くらいのペースだったはずですから」
人間の俺と、まだ年若いウマ娘の彼女。普段の食事風景を知っているからこそ、1ピース目を食べ終えたのが『同時』だったことに引っ掛かった。
彼女の顔色や声音からして、体調不良という線は薄い。だからこそ、彼女が意図的にペースを落としているのは間違いない。分からなかったのは、その『理由』の方だった。
彼女の顔色や声音からして、体調不良という線は薄い。だからこそ、彼女が意図的にペースを落としているのは間違いない。分からなかったのは、その『理由』の方だった。
「あー……昔の癖、ですかね」
「癖?」
「外食とか、お持ち帰りとか。そういう時は、ゆっくり食べるようにしましょうって、お母さんと」
「癖?」
「外食とか、お持ち帰りとか。そういう時は、ゆっくり食べるようにしましょうって、お母さんと」
そうして、滔々と語り始める彼女。それを簡単にまとめると──こういった内容だった。
──お母さんが作る料理と違って、外食って高いし量も決まってるじゃないですか。
──それを普段のペースで食べてると、二人を……特にお父さんを置いてけぼりにしちゃうんですよ、お父さんは人間なので。
──せっかく『普段と違う』食事をしているんだから、『一緒に食べる時間を増やせるように』って、ゆっくり食べるように。
──メニューとか量が別なら問題ないですけど、今日は久々のコレだったので、思い出しちゃったのかも。
──それを普段のペースで食べてると、二人を……特にお父さんを置いてけぼりにしちゃうんですよ、お父さんは人間なので。
──せっかく『普段と違う』食事をしているんだから、『一緒に食べる時間を増やせるように』って、ゆっくり食べるように。
──メニューとか量が別なら問題ないですけど、今日は久々のコレだったので、思い出しちゃったのかも。
「まあ、ケンタッキーが贅沢品だーって考えるような生徒はそんなに多くないでしょうけど。チームの皆も大体お嬢様ですし」
「……ただ、相手に合わせられるというのは大切ですよ。ちゃんと周囲を顧みられるのは、あなたの長所ですから」
「……ただ、相手に合わせられるというのは大切ですよ。ちゃんと周囲を顧みられるのは、あなたの長所ですから」
尤も、彼女の場合は周囲を見過ぎて自分を追い詰める癖があるから一長一短だが……今はまあ、いいだろう。
「久しぶりの思い出を振り返りながら、今日も新しい思い出が出来た……と私から言うのもおかしな話ですけどね」
「いや本当に似合いませんね、そういう気障なセリフは」
「喧嘩を売っているなら買いましょうか?」
「いや本当に似合いませんね、そういう気障なセリフは」
「喧嘩を売っているなら買いましょうか?」
そんな軽いやり取りをしていると、突然彼女の視線が固まった。俺の方を、頬あたりを見つめている?
「トレーナーさん、ちょっと失礼」
そう言って、身を乗り出しながら腕を伸ばし……口元を抓ったかと思えば、食べ損ねていた肉の欠片が彼女の指に載っていた。
「急にすみません、どうしても気になったので取っちゃいました」
「いえ、別に構いませんよ。みっともない所をお見せしま──」
「いえ、別に構いませんよ。みっともない所をお見せしま──」
──その続きは、彼女が指の上の欠片を口に含んだところで途絶えてしまった。
「…………」
「……あれ、どうしました?」
「いえ、なんでも……片付けますか」
「あ、手伝いますね! とりあえず骨は紙でくるんで……」
「……あれ、どうしました?」
「いえ、なんでも……片付けますか」
「あ、手伝いますね! とりあえず骨は紙でくるんで……」
……何も言わずとも、大体の予想は付く。床の上に落ちた訳でもないなら、それはゴミではなく、「まだイケる」と。そういう判断だったのだろうと。
食べ物を大切にするのは立派な思考だ。彼女の出自に裏打ちされたソレは、両親の躾が正しく成っていることを示している。だが……
食べ物を大切にするのは立派な思考だ。彼女の出自に裏打ちされたソレは、両親の躾が正しく成っていることを示している。だが……
「……これはどうなんだろうな」
「トレーナーさん?」
「なんでもありませんよ、っと」
「トレーナーさん?」
「なんでもありませんよ、っと」
次にコイツへ「今日ケンタッキーにしない?」と聞くことがあれば。
もう少し油断を減らす必要があるだろうな……どっちにしろ脂は増えるんだが。
もう少し油断を減らす必要があるだろうな……どっちにしろ脂は増えるんだが。