それだけの価値が、それを出来るだけの力が……人であったアレクサンドル・ラスコーリニコフになど、有るわけがないのだから



エリザベータルートの決戦。耳障りな愚想(・・・・・・)を語る口舌を沈黙させるべく、
アレクサンドルが展開した影装の振動結界に全身を砕かれながらも、同じ影装の位階に至り再度向かっていく凌駕
しかし凌駕は、目の前の相手の力の本質を掴んでしまった事で、哀しさと怒りが混じった表情を浮かべずにはいられなかった


「──ふざ、けんな。何を、そんな……澄ました面をしてやがる」

「何が刻鋼人機(イマジネイター)だ。何が完全無欠の兵士だ。何が実働部隊(ギアーズ)の隊長だ……笑わせるなッ」

()いているんじゃないか――おまえは」


己の力を世界の歯車(ことわり)の音と呼び、完全な機械(へいし)たるべく自己を律しようとするアレクサンドルこそが……
殺戮の歯車に磨り潰された、ほんの小さな嘆き、悲しみさえ聞き逃したくはなかった――と、絶えず魂を震わせているという真実。


「こんなもので、自分の言葉を代行させるなッ。やるならおまえ自身の口で、叫んで吼えて吐き出せよ!」

「だから希望に耳を傾けろと? くだらない」


「単純な力による前進」を掲げ求道者としての決意を選んだはずが、「得た力で結局は破壊を成している」兵士(はぐるま)としての在り方に絶えず矛盾を突き付けられ……
秩序と祈りの狭間で苦悶する、自己を裂かれ続ける傷だらけの姿

「おまえが憎悪しているのは英雄じゃない。
英雄で在れない、守り切ることの出来ない自分自身だろうが……!」

「だとしたら、どうだと言う」


だが、何よりも凌駕が怒ってやまなかったのは、そんな自分自身の葛藤や苦悶()を理解しながら――
小揺るぎもせず、己の全てを徹底的に、否定しきってしまっているその在り方だった。


「全ては無謬(むびゅう)なる時計の針を進める為に──英雄など、何処にもいない」


「全てを受け入れている者に対し、その在り方を糾弾する程の無意味はなかろう。
恥じも誇りもせぬ、いかにも微塵も疑いとてなく、私とは未来永劫そうした存在」


「この血もこの骨も、全ては無謬なる時計を進める歯車に捨身した。
腐臭を放つ愚想を我が身と共に噛み砕かせ、新たなる骨肉へと換えたのだ」


――ああ、こいつ以上に自らに愛想を尽かしている人間など今まで見た事がない。


鳴り響く(叫び)の悉くを、愚想を砕くための自らの拳に集中させながら。凌駕の瞳を見て、アレクサンドルは断言する。


「取り戻す? 守り抜く? 抜かすがいい、それこそ愚行」


「それだけの価値が、それを出来るだけの力が……
人であったアレクサンドル・ラスコーリニコフになど、有るわけがないのだから」


壊れることも、狂うこともなく、紛う事なく正気のままで。
白骨から歯車を削り出すように……人であった自分、その何もかもを切り捨てていた。



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最終更新:2021年11月17日 08:21