「最期だ。どうか―――聞いておくれ、若人たちよ」
「白木の杭は、ここで朽ちる。だからこそ、せめて耳を傾けてほしいのだ。
……俺が、俺達が目指したものを」
そして……闘うための装置で在り続けた老人の躰は、その重い代償を払う刻が迫っていた……
四肢の感覚は喪失し、心肺機能は常人の半分以下にまで落ち込んでいる。
もう、彼は命を維持できる力は残っていない――あとは、ただ朽ち果ててゆくだけ。
涙するアリヤの姿さえ、視界に映す事ができない老人は、しかし、これでいいのだと。
白木の杭という
古き者の歴史は、己とともに終わり……
この夜の先は、新たに明日を生きる者達のために在ればよいと、自らの滅びを穏やかに受け止める。
そうして、老人は倉庫の片隅に身を預けながら、その手で守り抜いた少女たちに語りかける。
それは、死と血を撒き散らしてきた彼が、唯一教えられる戦い方以外の言葉。
過去からの遺物が、未来へ真情を籠めて贈る遺言だった―――
本編より
「……この世の中は、確かに凡庸だ。
特殊、特別……それらは社会構造により、まかり通らぬようになっている」
「好奇心旺盛なおまえ達には、いとつまらぬものに見えるだろう……
身を守る柵は、疎ましい甲冑にも感じるだろう。
保証された安全を窮屈に思い、勝ち取ることもなく……与えられる権利を浅薄だと吐露する。
……ふふ、目に見えるようだ」
「夢を見たくば、貯めた小遣いを握り締めて……遊園地に行くしか、ない」
「だがな、忘れないでくれ……この世界を、かく在るように、尽力している者がいることを」
「奪われることも、殺されることもない……刺激のない時間を守るために、血を流している者がいることを……」
昨日と同じ今日がある。今日と同じ明日がある。
弱肉強食を徹底する自然界において、人間の営みこそがありえない。
だからこの味気ない日常こそが、先人によって作られ、名も無いたくさんの人々によって守られてきた理想郷なのだ。
……友人や家族が死ねば、確かにそれは刺激になるだろう。
もしかしたら、その怒りや悲しみは本人の才能が芽吹くきっかけになるかもしれない。
神や悪魔さえ討ち滅ぼす、英雄や修羅を生み出す契機と成りうるかもしれない。
平坦な日々からは、英雄譚も、復讐劇も生まれない。
だから、これでいいのだ。そんな夢物語は、空想の中でいい。
そんな痛みを現実に背負わせたくないがために、クラウスは命を賭けた。
この平和で穏やかな日々が───永遠に続くように。
「俺達のような愚か者が、命を賭けてこの世をつまらないままにしておこうと、尽力していることを……!」
「どうか、忘れないでくれ───」
緩やかに続く毎日を愛してほしいと、魂さえ震わせながら、彼は少女達へと伝えた。
肯定しろとは言えない。ただ、記憶の片隅に置いてほしい。
身勝手な大人の願いは、いつだって子が傷つかずにすむ社会を作るため……それだけなのだから。
一人の人間として、時に自分本位のエゴを出してしまうこともあるだろう。
たかだか半世紀にも満たない自分の体験故に、歪んだ価値観を植えつけてしまうこともあるだろう。
それでも、先人が子供に与えられる最高の贈り物など、これ以外にはない。
『平和』───その幻想を永遠とするために。
たとえ自分がその楽園に住めないとしても、明日に続く彼らのために。
クラウスは現実から逸脱し、異端の殲滅者となったのだから。
- 当たり前だけど銃撃戦もパルクールも復讐も恐怖体験等の劇的な展開ってのは『物語』だから楽しめるのであって実際に当事者になったら生きている心地になれる奴なんてごく少数だからなぁ。そんな展開から真逆のありふれた日常こそ最も幸せな展開なんだよね。 -- 名無しさん (2020-03-14 18:14:34)
- 闇の亡者「そんなの知るかよ、俺達は派手な方がいい」 -- 名無しさん (2023-02-05 01:41:39)
- 光の亡者「そうだとも!誰だとて皆頑張りさえすれば英雄と輝けるのだから!」 -- 名無しさん (2023-02-05 22:20:06)
- 練炭や448なら物凄く同意すると思う。 -- 名無しさん (2023-02-20 03:01:51)
- トリニティでも似たような事を言ってる、人間の理想値(ワガママ)を実現した世界が平和になる訳がない、だがそれが全人類が納得出来るものかと言えば違う -- 名無しさん (2023-02-26 20:06:49)
最終更新:2024年11月16日 23:42