おまえは―――この俺の、自慢の娘なのだから



“自分じゃない、強い……特別な……何かに成りたかった”―――
ようやく、自分たちの始ま(よわさ)認められた二人の少女は、
怪物の群れの中、夜に羽ばたく吸血鬼(げんそう)ではない、帰るべき日常(ゆめ)を想い抱き合っていた……。


「……あたしの夢って、なんだろうね?」


そんな彼女達を守るのは二人の“杭”を操る狩人。
しかしアリヤの胸中には、アンヌと共に行動し、彼女を護衛し続ける中で「今の自分」に対する違和感が生まれており―――
先程まで親友を守り、日常に帰る為に奮起したアンヌの勇気こそ、人間の真の素晴らしさであると。
その輝きを寿ぐクラウスに同意しながらも、最期の一瞬まで白い杭として戦い抜くという師のように成れるのか、という自問が頭から離れることはなかった。


「嘘に、決まっているッ―――

―――私は、勝つために、走り続けたのだから!」



「──“ともだち”じゃん。あたしら、さ」

「うん……そうだね」


そして、少女たちの語る一つ一つの小さな明日への夢に、己は惹かれている、そんな日々に戻りたいと感じている――
その事実を心から振り払うため、「狩人」としてアリヤは我武者羅に闘い……ミスにより裁定者の反撃を誘ってしまう。

即座に動いて避けるべきなのに……杭が、纏った武器が重い(・・)

呆然として()の一撃を無防備に受けようとするアリヤを守りながら、
クラウスは……納得と、後悔と、そして慈愛の念を深く籠めて、告げたのだ。


―――もうよいのだ、アリヤ。おまえに(それ)は似合わぬよ」

「そうだな、怖いさ、怪物は。当たり前の感情だ、恥じなくともいい。恐ろしいことのなにが悪い」

「臆さぬ俺が異常なのだ。そんな男の背を、これ以上追わずともよい……」


「帰りたいと、願ってよいのだ。アリヤ……」


そうして……クラウスは、杭の備わる手甲を少女の手から外し、
怯える彼女に“もうよい”と、優しく言い―――それを投げ捨てた

……狩人として傷だらけになったアリヤの姿を痛ましげに見つめながら、
老人は、不器用な己の愚かな「過ち」を……白木の杭(ホワイト・パイル)という名の呪いを刻み込んだ、
そのことを深く深く詫びて………


「アリヤよ、俺はな……ずっとおまえに言いたくて、言ってやれなかった言葉がある―――


「“馬鹿なことは、とっととやめてしまえ”とな。」


「ああ、後悔しているさ。その一言をどうして、俺はもっと早く言ってやれなかったのだ……!」


尚も小太刀を手に、戦おうとするアリヤを厳しい声で制止し。
“おまえは、普通の何処にでもいる一人の女子(おなご)だ”
“白木の杭という強者(手段)ならねば(頼らねば)恐ろしいと泣く、一人の幼子だ”……
そう真実を突きつけて、白木の杭を抱えて怪物たちに向かってゆくクラウス。


彼の口から語られるのは、生涯唯一の後悔。
救いが間に合わなかった無辜の少女に、笑顔を取り戻してやりたい、
誰かを信じ、愛する気持ちを持てるよう、再び立ち上がらせてやりたかった―――
しかし、その為に自らが取ってしまったのは、血濡れの道を歩む処刑人としての術を叩きこむことだけ。
諦めさせるために課した試練も、似なくていい頑固さ故にここまで来させてしまった。
彼女の人生を闘争によって縛り上げた己自身を、クラウスは深く呪っていた。


では、何故―――アリヤは、問う。
怯えから逃げたいだけだったと、見込みがないと分かっていたのなら。

「あなたは何故、私を今まで育て上げたというのですか………師父(レイラー)!?」


その涙ながらの叫びに、クラウスは穏やかな声で――アリヤ・タカジョウに向けて真実の想いを語った。


「決まっていよう―――おまえが美しかったからだ(・・・・・・・・・・・・)、アリヤ

「絶望に心を痛めながら、それでも立ち上がる姿に……俺は心を動かされた(・・・・・・・)

人は美しい(・・・・・)。だから、俺はアリヤ・タカジョウに見惚れたわけだ」


悪童のような笑みと共に告げられた答え。
それは、アリヤ・タカジョウも、クラウスという男の守りたいと思っていた存在の中にずっと入っていた……という事。
真実を聞き、家族を失ったときから払拭できなかった何かが、少女の内より砕かれた。
涙を溢れさせるアリヤの姿に、満足した老人は、怪物たちの前へと進み出てゆく――その時に。


「……恋をして、家庭を作れ。そしていつの日か、子供を育んでみよ。アリヤ」

「今からでも遅くないさ……裁縫の一つでもできるようになるがいい、手料理ができると尚よいぞ」

「なあに、安心するがいい。世の男共はな、家庭的な女に弱いというのが常だ。おまえの魅力なら、一発よ」

「おまえは―――この俺の、自慢の娘(・・・・)なのだから」


守るべきものを刻み込んで、心は冷たい守護者という名の(もの)に切り替わる。
そのまま老狩人の残る命の全てを燃やし尽くして、闘いは終結したのだった。


……後に残るのは、壊れるのを待つだけとなった老体のみ。

「――よく見ろ、アリヤ。これが、武装(くい)と呼ばれるものの末路だ……」

「出来損ないの吸血鬼になど、おまえが付き合ってやる必要はない……」

「俺のようなろくでなしが滅ぼすか、いずれ勝手に自滅するであろうさ……この街のように、な」


己の死と共に白木の杭の歴史も終わる。それが判っていながら、クラウスの心は穏やかだった。
きっと、この一夜は転換期なのだろう。過去に縛られた者達から、篩にかけられて死んでいくのを実感する。
だから、彼には後悔はない。死と血を撒き散らした自分は、少女の未来を守って死ねれば……それで十分だったから。






  • 総統は娘ができたとして良好な関係が作れるのだろうか? -- 名無しさん (2018-11-23 19:23:38)
  • 多分できる。うん。ただ下手すると糞眼鏡や本気おじさんになるかもだけど。 -- 名無しさん (2018-11-23 20:10:18)
  • プレッシャーに潰されるか、同類になるかの二択 どっちにしろ総統閣下は凹む -- 名無しさん (2018-11-26 00:39:07)
  • 総統だったら吸血鬼狩りに向いてなかったら一瞬でやめとけっていいそう -- 名無しさん (2018-11-26 12:18:02)
  • 総統閣下は自分が屑だって見ててウザいレベルで自覚あるから信頼出来る筋に養子に出しそう -- 名無しさん (2019-04-20 14:39:33)
  • 子が望まないことは絶対させなさそうよね総統は -- 名無しさん (2019-04-21 07:07:25)
  • 総統に子供がいたら、ジェイスに養子に出すやろ。そんで、ジェイスカウンセラー受けて立ち直るだろうね -- 名無しさん (2022-11-12 20:04:16)
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最終更新:2022年11月12日 20:04