――俺は一体、何者になればいい?



「……そろそろ、こいつともお別れの潮時か」

今ではすっかり板に着いた、このワイシャツに黒いベスト。
この服装がここまで己に馴染むとは……あの頃(・・・)の自分からすれば想像もつかない。

「滑稽なもんだ。そう思った途端、それなりに愛着を感じるなんて……な」

彼がバーテンダーの制服に袖を通し、酒場の営業を続ける事になった理由とは……ひとえに前店主に対する敬意故である。
己を圧倒し、魅了した存在になってみたかった(・・・・・・・・)のである。彼は、そういう(・・・・)男だったから。

トシロー死の呪いに蝕まれている事を知り……宿願の刻が近い事を確信して。
身につけてきたカサノヴァのバーテンダーの装いを脱ぎ捨て、また“誰でもない者”へと戻ろうとするアイザック。
そんな彼が過去を顧みて……心に浮かび上がった、己の人生に付き纏っていた惑い……それがこの言葉である。



……“彼”の人生は、彷徨と転身の歴史だった
陽の光を浴びる人間であった頃も、夜に紛れる縛血者(ブラインド)となってからも
あらゆる職業に手を染め、それに似つかわしい人格を演じてきた(・・・・・)

そうした人としての器用さは、しかしその男にとっては、自らの在り方に絶えず懐疑の眼差しを向けさせる縛りだった。
如才ない、無さすぎるが故嵌まりこんでしまった罠。
……「可能性」とは、それと同数の迷いを生み出す事も意味する
元が、融通の利かぬ人格や選択の余地のない非才であったなら……
アイザックが常に抱いてきた、――“この命は、何者になればいいのか”そんな漠とした不安も生まれる事はなかっただろう。

無明にも感じられる――歩むべき道も、貫くべき祈りも見いだせない生き方。
それを自覚しながら、腐り続けることを怠惰に受け入れる毎日。

だが、彼は出会った。最大の憧れ(ヒーロー)に。猿真似(レプリカ)だろうと関係ない、過ちだろうが関係ない。
己の全てを懸けてみたいと……そう渇望したアイザックは、唯一無二に届かない己を誰でもない、と表現しているのかもしれない。
そして現在、何の因果か流れ着いた街の酒場のマスターと縁を持ち……彼の跡を継いだ事で、自らの運命(想い人)と再会を果たすことができた。


そんな二人目の運命と自分とを繋ぐ品……
今も店に保管された拳銃(リボルバー)を見つめ、遠くに思いを馳せるアイザック。
――すぐ傍まで別の宿命、薔薇を滅ぼす眷属が忍び寄っていることなど思いもよらずに


「ようこそ、カサノヴァへ」




  • これってルーファスも持ってた悩みだよね 良く悪くもアイザックは答え見つけたが -- 名無しさん (2020-05-10 16:54:24)
  • ↑ルーファスってかアッシュやナギサみたいな只人全員持ってるな。この答えをすぐ見つけて実行できるのが光の奴隷みたいな化け物や振り切った《伯爵》や三本指なだけで -- 名無しさん (2020-05-10 17:09:27)
  • 《伯爵》は親に進路決められてたから… -- 名無しさん (2020-05-20 09:16:10)
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最終更新:2021年03月04日 10:21