おかえり───さあ、飛び方を教えてあげよう、雛鳥よ




他の何か(・・)でその喪失を補うことも、大切なものを奪った誰か(・・)に復讐する事さえ選ぶ気力もない。
生気を失った優しい少女は、次に自分がどうしてこんな境遇になったのか――
それを生み出した原因が自らの選択にあるのではないか、厳に戒めなければと……自罰的な思考に陥っていく
己が偶々、意味も理由もなく、“犠牲者”という外れ籤を引いてしまったなどと、認めてしまいたくはなかったから。


そのままアンヌは、助けてほしい、誰かに縋り付きたいと願い……
同時に周りの人達や友人とは違う、嗚咽を零し続けるしかない自分を情けないと、厭いながらもまた涙に暮れていた。

身の丈に合わない望みが破滅を呼んだというのなら、私はもう飛べなくていい。
この痛みから解放されたいと、一度は導きをくれた“あの人”の元に戻っても、きっと苦しみは消えないと。
絶望と諦観とに支配され、『裁定者』の牙にかかり自らの人生を終わらせようとするアンヌ。

そんな少女を救ったのは、もう一体の『裁定者』を操るバイロン(血親)
“我が子よ”と呼びかけ、助けを、導きを求める声に応じた唯一の救い主であるかのようにバイロンは振舞う。
強者、支配者然としたその姿は、アンヌの欲した帰るべき場所かもしれなかったが……

彼の眼差しは愛玩動物を見るそれであり、数多の人生を玩弄してきた暴君(バイロン)にとっては
選択に見せかけアンヌ(どうぐ)を暴力と退廃の道へ縛り付けるための演出の一つに過ぎなかったのである。


本編より
《成る程、まさしく君は雛鳥だ》
《夜を翔ける翼を持ちながら、飛び方を知らぬと泣いている》


懐かしい思い出の詰まった巣は焼け落ちた。
そして己は、嘆くだけの無価値な弱い少女でしかないと、内なる声が囁いていた。


《ほう、おかしなことを言う》
《君が失ったのは、既に捨てた古屋ではないか》
《君にはもう一つ、新しい(ネスト)が残っているというのに》


獣の牙と爪にその身を投げ出した少女の前に、『裁定者』を操り彼女を護った存在が姿を見せる。


それはいけない、仮にも君は我が子なのだ。一時の情に流されて浅慮を踏むのは止めるといい。

『悲しみは海ではない。やがてはすっかり飲み干せる』
それともこの場合、『恐怖の目は大きい』と言った方がよいかな?

どちらも同じだ。囚われてはならない、悲哀にもましてや恐怖にもだ。
もっと軽やかに……柔軟に生きたまえ。


バイロンはアンヌを眺めている。愉快気に目を細めて、俯きがちな表情を見つめていた。
慈しむ表情は柔らかく、敵意や攻撃の意思など微塵も感じられない。
……見る者が見れば気づいただろう。それは己と同じ生物を見るのではなく、愛玩動物(ペット)を愛でる様にそっくりだと。

使役する獣を下がらせ、バイロンとアンヌは二人きりとなる。
憔悴してやつれ切った少女と、暴虐により君臨する公子。
一方が震える中で、余裕のあるバイロンはゆっくりと手を差し出した。

甘く、優しげに。薄い笑みをその口元に張り付かせて、魔法の言葉を口にする。
アンヌという少女を観察し、彼女の求めている願いを言い当てた。


おかえり(・・・・)──さあ、飛び方を教えてあげよう、雛鳥よ」


……伸ばされた手へ縋るように、アンヌは握り返した。葛藤もあった。逡巡もした。しかし、それが結果(・・)だ。
魔性(カリスマ)に導かれるよう、少女は悪徳と退廃の(ネスト)へ導かれるのを承諾した。
アンヌは気づかない。それが庇護の情に見せかけた、選択への誘導であったことを。
知っていたとしても否定することはできなかっただろう。
この場にそれを指摘する者がいないのなら、結果に何の変化もないのだから。




  • こいつらは口を開けて餌を待つだけの雛鳥だ。与えられて当然だと思い込み、その要求には際限がない。そして満たされなければどうなるか、すべてを恨むようになるんだよ。転墜すら起こしかねん -- 名無しさん (2020-06-13 22:02:46)
  • グレンファルト「おかえり───さあ、飛び方を教えてあげよう、雛鳥よ」 -- 名無しさん (2020-09-17 20:59:49)
  • ↑亡霊か残留思念かな -- 名無しさん (2020-09-24 23:18:02)
  • 錬金術士「(手招きしながら)さあ、飛び方()を教えてあげよう、雛鳥よ」 -- 名無しさん (2020-09-24 23:20:36)
  • なお最後は「振られた私をパッパと呼ぶんじゃねえ!」とDVした模様 -- 名無しさん (2020-11-27 00:29:52)
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最終更新:2021年11月27日 00:07