ついて来て……くれるかしら? 三本指、トシロー・カシマ……



苦難の果て、ようやく鎖輪に安寧を取り戻した一組の主従。
そんな彼らが、かつての仮初の契約ではなく、真に導く者と仕える者として繋がった瞬間。


――真の矜持を獲たニナに動揺を隠せぬまま、狂乱する「逆賊」バイロンは、主君の命を受けた鴉により葬られた。
……人間へと戻ったアンヌの身をシェリルに委ね、月光の差し込むカルパチアの一室は穏やかな静寂に包まれていた。

……その場で動いたのは、トシロー(従者)の側。
一事を成し遂げた主君であり、守るべき女性を前に、彼は黙したままでその体を跪かせた。
当然、ニナ()の側は大切な従者の突然の行動に、驚きの声を上げる。


「……ちょ、ちょっとトシロー。いきなりどうして───
ああ、もう、そういうこと。そりゃあ、ここはそういう場面かもしれないけれど、他にも色々あるでしょ?」

「ほら、その、抱き合って口付けてもいいとか、思うんだけど……」


「すまん。何分、俺は無骨者だから」


しかし、トシローは彼女が比翼として己を求めてくれていると理解しながらも……
気高い主君の宣言を前にして、どうしてもこの時だけは臣下として在りたいと譲ることはせず。
そんな相も変わらずお堅い、というか堅すぎる男の姿に、呆れの溜息をニナは漏らして――

「……まったく。本当に、あなたは面倒な性格しているわね。
ああ、なるほど。男の趣味が悪いかぁ……うん、どう思う?」

「少なくとも、良い部類ではないものかと」

「やっぱりね。ふふ、畏まって言わないでよ。笑っちゃうじゃない」

そこでふいに、微笑する声が止む。
夜空の先、この鎖輪を背負う者として、様々な思いを巡らせるニナは問う。


「ここから、なのよね? 私も、あなたも───」

「然り。ここより始めましょう。贖いと、忠義を」


場の空気が張り詰める。臣下の礼と共に、心が繋がる感覚が互いの総身を駆け抜けて……


「───これより、再び私が鎖輪(ディアスポラ)を治めます。
よくぞ報いてくれました、その働きに感謝しましょう」

「故に、ここへ栄達を授けます。我が側近へとあなたを迎え入れたい。
御身が忠義の騎士ならば……その刃、これからも私の役に立ててほしい」


一度だけ、そこで大きく息を吸って。
恋する乙女のように、初心な君主のように。


「ついて来て……くれるかしら? 三本指(トライフィンガー)、トシロー・カシマ……」

「無論。貴女へ捧げる永久(とこしえ)の忠誠と共に」


流離い続けた男は、告げられた魂の契約に是非もないと頷く。

共に生き、共に死ぬ。絆の軌跡はここより始まるのだ。
三つ指の鴉は、未熟な公子を主君と定めた。これよりこの鎖輪が我らの古巣。生の意義はここにある。

願わくば──心臓(ばら)が散華するその時まで。
この月光を守り抜こうと、取り戻した士道に強く誓った。




  • まぁ地雷レベルではただ面倒くさいだけのダメ人間よりもアレだからなぁ……あいつは食っちゃ寝できる環境用意しておけば無害だし -- 名無しさん (2020-06-08 14:43:51)
  • 用意したらしたで俺何やってんだろ…ゴミかよ…ってなるのがダメ人間の面倒なところ -- 名無しさん (2020-06-09 23:51:42)
  • 愚痴ってるだけで結局食っちゃ寝してるから無害なんだよなぁ…… -- 名無しさん (2020-06-10 21:38:11)
  • ~ドキッ!(不整脈)面倒臭い男達の対談回~心臓に持病()を持つ昔の女に未練タラタラの元侍と、酒と女浸りで性癖インモラルの元特殊部隊少佐! -- 名無しさん (2020-06-15 00:33:35)
  • この時のお嬢もいいけど、エピローグでの凛々しさ増し増しのお嬢もなかなか…… -- 名無しさん (2020-06-19 15:51:39)
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最終更新:2020年07月05日 23:11