何時如何なる時であろうとも、主君の揺れぬ指針である。そう戒めておりますので



『よし、じゃあお嬢は? 夜警一人を対価と考えれば、驚くほど安い買い物じゃないか。──だろう?』

『ええ───承りました』


ギャラハッドの提案が通る形で、トシロー夜会に潜む“愚か者”を炙り出す囮役として夜警役を罷免される事が決定した……
――カルパチアでの会合が終わり、若き公子は震える声で己の無力さを自嘲していた。
“自分に愛想が尽きた”……俯き語る銀の髪の少女に、忠実な家令は返礼を以て切り捨てる。

「いいえ、此度の議論は当然の流れです。仮にここで私情を優先するようでは、それこそが施政者として不適格でしょう。ニナ様に落ち度などありません」

「悔いるのであれば、あの男(・・・)を擁護した発言こそです。ギャラハッド殿の仰る通り、命には貴賤があります」

「平等とは弱者の慰め。上位があり、故に下位がある。資本、民主、共産、王政……どの社会形態であろうとも、統治者は欠かせぬのですから」

それも、正論だ。……ニナはそれでもと。

「……そうね、その通りだわ。でもねゴドフリ、私はこういう時、同時にこう考えてしまうのよ」

お父様なら(・・・・・)どうだったか(・・・・・・)──ってね」

その返答に、今度はゴドフリが無言を貫いた。
――先代、ベラ・オルロックの名は魔法の言葉だ。全ての反論を奪い去る。
――彼ならば可能だ。一声かけるだけで、どれほどの不条理も捻じ伏せる魔力(カリスマ)があった。
忘れられるはずもない。

偉大なる父の姿を仰ぎ見る公子を前に、ゴドフリは思う。
縛血者の理想形ともいえる姿を見て、幼き彼女は育ってしまった。
それ故に求める基準点が異様に高い。それは悪癖であると、そう知りながら……彼は全て詮無いことだと、首を振るだけだった。

「あえて申し上げるのならば、年季が足りません。少なくとも五世紀、弛まぬ精進が必要でしょう」

常と変わらず、情と未熟に流れがちとなる自分を諫める言。凍て付く氷のようなゴドフリの姿を前にニナは呟く。

「……あなたはいつでも不動なのね。羨ましいわ」

「何時如何なる時であろうとも、主君の揺れぬ指針である。そう戒めておりますので」

だから、あなたもそう在らせられるよう従者の続く進言は、無機質な眼光に籠められていた。
トシロー・カシマを切り捨てる事は既に決定事項。故にこれ以上の駄々は止めろと……何よりも雄弁に語っていたから。


「判っているわ……判って、いるわよ──」

不穏分子を捨て置くわけにはいかない。利害優先、関係は信頼以上に立場による決断を迫っている。
正論過ぎて話が早い。清々しいほどに一本道しか用意されていなかった。
……だから、後は納得するだけ胸に広がる罪悪感の痛みが、希釈された酸のように少女の想いを傷つけていた

ごめんなさい……ごめんなさい……
伏せた瞳で、幾度も謝る。伝える事の叶わない謝罪を、心の中で幾度も幾度も繰り返す。
見放さないでと願った相手を、自分自身が見放した───
その酷い裏切りに、ニナは沈痛な表情で震える手を握りしめていた。


故に彼女は気づかない。爬虫類のような視線に。
寒気を感じさせる従者の眼差しが、自らの姿を見下ろしていた事に。




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最終更新:2021年11月15日 12:13