ニナルート、トシローとニナ、そしてシェリルとアルフライラ。
大々的に公子を攫った者と、それに協力する叛徒の長……
『ノーマ・ジーン』に集った彼らは、わずかなミスさえ許されない中、反撃の一刀を何処に振り下ろすのか――
権力者が欲を隠さず暴力を奮う現体制と、切り札の欠けた今の自分達の状況を振り返りながら、今後の方針を話し合っていた。
そうしてトシローは、行き詰った現状を打破する術を考え……
最も謎の多い影、現在の混沌とした状況の引鉄を引いた藍血貴殺しの犯人“三本指”の首級を取る事さえできれば、と口にする。
その元凶の素性について、いかにもトシローはよく知っているように聞こえると、シェリルは当然の疑問を口にするも。
トシローは知り合い達に明かしてこなかった、胸の内の真実を言葉にする。
「……俺の行動原理を知るほど近くに在り、同時に吐露してきた過去を断片ながら知る者」
「そして、鎖輪事情へ対し表裏共に相通じていながら、ここ最近において姿を晦ました者」
「該当する相手など、それこそ一人しかいまい───」
テーブルに乗っていた空のグラスを指で弾く。――乾いた音。ガラスの音色だ。
それが連想させる人物に、ニナとシェリルは思わず席を立ちあがった。
『カサノヴァ』に似た内装の中を思わず見回したその動作は、示唆した名を描いた証左に他ならない。
友情は、もう痛まなかった。
「アイザックだとでも、言うの? けど彼が、そんなこと───」
「憶測に過ぎん。真実は俺達の知る通り、既に死滅しているのかもしれん。しかし誰一人として、あいつの死体を見てはいないのだ」
「可能性で考えるのならば……十分に有り得る」
自分が吐いた言葉に、トシローは自嘲を籠めた苦笑を漏らす。
――可能性などと、戯言を。俺は既に半ば確信している。それでありながらどの口で言うか、笑わせる。
「そしてもし、この推論が正しいとしたら奴の目的は一つに絞られる」
――バイロンが訪れるよりも。『裁定者』が蔓延るよりも。白木の杭が襲撃するよりも。
――何より奴は早かった。他の者には何の興味も抱いていない。この偽物にブレはなく、一切の方向転換をしていなかった。
狙うはただ一つ。そう、たった一つだけを執拗に追い求めているから。
「贋作が渇望するは、真作たるこの俺だ」
納得故か、沈黙するニナとシェリル。しかし、アルフライラが指摘するように、それは未だ推論に過ぎず、バイロンとの関係性も不透明なまま。
同盟どころか、一方的に支援して状況を混沌とさせようと目論んでいるかもしれない。
――故に、真実を明らかにするためには、暴力が要る。
衝突は避けられない。決着が必要だ。次に出会うとすれば、出血は必ず訪れる……どちらかの命と共に。
蜃気楼のような闘気を纏うトシローの姿に、ニナは喉を鳴らし、問うた。
「トシロー、あなたは……アイザックを斬れるの?
共に安らぎの時間を共有した友人を、本当に………」
微かに震えた探るような声。答えるべきは一つ、毅然として返す。
「───斬る。貴女の命あらば」
静かな、安らぎさえ感じさせる殺意を前にして、銀の髪の少女の息が詰まった。
それは、純粋なまでの決意だ。敵意や悪意などではない。殺さねばならぬから殺すという、徹底した殲滅への意思。
今の俺は、呼吸と同様に“敵”を切り裂けるだろう。凶暴さも獰猛さもない、機械のような単調さで。悩みを持たぬ聖者のように。
動けぬニナの瞳を、トシローは透明な視線で覗き込む。彼女の内奥を、見通していく。
怯えが見えた、焦りが見えた、納得が見えた、憧憬が見えた……意識の濁流の中、真の支柱を彼女は見つけねばならない。
友情すら心臓と共に切断すると語った。そんな俺に対し、君は何かを言わねばならない。
肯定でも否定でもいい、命じることが重要なのだから。それこそが、まず始まりの一歩。感情と現実を擦り合わせて秤にかける。
その傲慢な選別行為を前にして、なお────
「っく………」
「私は、あなたに──友を討てと、命じ………」
見知った相手を滅ぼせ。その言葉を確固とした命令に変える、寸前……新たなる来客が夜の酒場に現れるのだった。
最終更新:2025年02月21日 23:40