夜警職を追われたトシローはシェリルの激励を受け、主であるニナの力となるべく独自に活動を開始する。
その矢先……
邂逅を果たしたのは、これまで幾度も刃を交えた、因縁深い相手であるアルフライラであった。
ボロボロの状態から回復したアルフライラとトシロー、双方は互いの知り得る情報を交換し合う。
――鎖輪中枢は既にバイロンが思うままに操れるも同然であり、本来の公子であるニナは身動きできなくなってしまっている事。
――そのバイロンがここまで事態を上手く運んだ裏には、間違いなく表裏に通じた“三本指”が力を貸している事。
考え得る限り最悪の苦境に主が陥っている事に歯噛みするトシロー。
そんな横顔を、アルフライラは愉快そうに見つめるばかり。
「さあて、忠実な飼い犬は、これからどうするつもりだ?
ご主人様の役に立ちたいって、奴隷根性が滲み出ているようだがよ………クク」
挑発的な物言いに、トシローは地下の長に真意を問い質すも……
眼帯の先には、何も読み取ることができず。飄々とした仕草で肩を竦めるのみだった。
……ふいに、アルフライラは厭らしい笑みを浮かべる。
「なあ、ゴドフリの野郎。上手い事やりやがったと思わねえか?」
思いもよらぬ人物の名前に、トシローは問い返す。
「えらく鈍いじゃねえかよ、飼い犬。よーく考えてみろ、
毒蛇野郎の他にこの状況で甘い汁を吸えたのが誰なのかをな……
先代の時期から仕えて一世紀以上、そろそろ報われてもいい頃合だろうぜ?」
あれほど堅く忠を守ってきた男が、そのような主への裏切りを目論むなど。
「何を言うかと思えば……あり得ない話だ」
自ら道に背を向けてしまった己とは違う……トシローはアルフライラの言葉を切り捨てようとするが。
「ハハッ、アヒャハハハハハハ!!」
ライラは、それこそ愚想だろうとトシローの考えを嘲笑う。
「おいおいマジで言ってんのかよ犬ッころ。つくづくオメデタイ脳みそしてやがるな、てめえは!」
「世の中全部クソだってツラしながら、妙なところで甘い夢みてやがる。
忠義ィ?ケッ……だから、俺の場所まで堕ちてきたのさ」
「心変わりなんてな、堕落するより早ぇよ。ほんのちょっと不満が出れば一直線だ。容易く呑まれる」
縛血者社会の底の底で生きてきたライラの価値観に、「物欲で動くような男ではない」となおも否定するトシロー。
それすらもお見通しだと、彼女は夢見がちな侍に悪意を吹き込んでいく。
「知ってるさ、あの薄ら寒い石頭はな。だから、別の欲求ありきだろうよ。
大方、首輪が気に入らなくなったんじゃねえのか?犬同士、ご主人様の拘りには相通じる部分があるみてえだしな……」
その言葉は、トシローの中に波紋を生んだ。
忠義への欲求―――仕えるに足る者に仕えたいという思いは、確かに強く共感できる。
没してから十年以上の時を越えても、先代公子の事は今も噂に聞く。
当時を知らぬ己の耳にさえ、凄まじい君主であったと伝わってくる。
であれば、実際にその治世を傍で支えてきたゴドフリからすれば記憶に焼き付くほどであったろう……
ならばもし、未熟なニナと、その名だたる先代を比較したとすれば――――
仮に、己が同じ立場に立ったとき、その時は――――
男の胸に浮かんだ葛藤に、ライラは嗤いを隠さない。
それでも、下らない考えだと、表面上は切り捨てるトシロー……
「そうかい――まぁ、せいぜい頑張りな、忠犬」
「お姫様に向けてどれだけうまく尻尾を振れるか。……くく、期待してるぜ?」
そうして、歪んだ笑みを残し、アルフライラは夜のビル街の闇へと姿を消したのだった……
- 台詞内容的に「とりあえず言われてんのはトシローさんなんだろうなぁ…。」って思ってた -- 名無しさん (2020-08-14 14:33:09)
- 実際の石頭は始まりは先代の遺言による先代への忠誠の延長でしかなかったけど、頼りない未熟な姫様でさえも認めて忠義を捧げた忠君でしたという -- 名無しさん (2021-06-09 23:26:12)
最終更新:2022年06月06日 15:22