違う。もはや俺は、そんな名前ではない



狩人と縛血者本来交わらぬはずの両者が想いを交わす時間は過ぎ……独りトシローは目覚める。
二時間ほどの眠りの間に、真の吸血鬼を打倒すると宣誓した少女は姿を消していた。――己の決戦の地へと向かって。

「そして、またも俺は置いていかれる……か。滑稽だな」

かつて愛していた女性(ひと)と同じように。いつも己は出遅れ、置き去りとなる。
怪物が再出現した……だから滅ぼす。クラウスに奪われた……だから仇を討つ。
――何だこれは?結局、何かに巻き込まれ、その都度ただ翻弄されているだけではないか。
そんな己が、能動的に道を選択することなどできただろうか、と。自嘲の嗤いと共に浮かんだ疑念はトシロー・カシマの最も昏く、忌まわしい過去を呼び起こす
三つ指の鴉を名乗り、縛血者を滅ぼすことに全てを賭けた時間を。
こんな過去にしか、己は自分だけの決意を持てた時期がないのかと、虚空を睨みつけて男は途方に暮れるばかり……


……その時、所持品の携帯が呼び出し音を響かせる。

『―――トシロー!? よかった、通じた……』

「ニナ………」

『ニナ、じゃないわよ! どれだけ心配したと、本当に……あなたまで────

一人、ノーマ・ジーンに残り他鎖輪へと現状の危機を訴えていたニナからの連絡。
権力層との交渉に心すり減らし、知り合いの声を聴けて安心したのか……その声は揺れていた。

だが、トシローが次に知らされたのは、さらに悪化した自陣営の状況だった。
―――シェリルは何とか帰還したが、重傷を負い数日は動けない身体に。
―――そして同盟していたアイザックは単独で《裁定者》の群に突っ込み、生存は絶望的……というもの。

他鎖輪の首脳部も、ニナが送る情報に対し冷淡な反応しか寄こすことはなく……
これまでの歴史において『強者』として君臨し続けた驕りが、自分達を脅かす存在の出現を認めていない事は明らかだった。


「増援の見込みはなく、怪物は再臨した」

『戦力はあなた一人。最悪、私を入れても二人』

「……合戦に敗れた敗残兵とはこのような心持ちだったか。成る程、潔く腹を切りたくもなる」

だが、戦国の世とは違い領地を取られて終わりはしない。後に残るのは一族の根絶だ。生存競争に敗れた種族として、摂理に従い絶滅するだけ。
ならばこそ、恥を感じる事に意味はないのだろう。今感じている葛藤も、悔悛も、全てが生物の生存権を賭けた興亡の前では“塵”だ。
情けも、そして決意すらも、知性のない存在には意味をなさない。
勝たねば死ぬ。殺さねば滅ぼされる。これはたったそれだけの――シンプルな理。
……そして、己の悪夢に姿を現すあの男に、まだ知らぬ何かを聞かねばならぬがゆえに。

トシローは活力を取り戻した拳を握りしめ、再び立ち上がる。

「ニナ。シェリルと共にこの鎖輪を離れろ。せめて静かに、2人で生き延びてくれ」

「君たちには感謝している。本当に……ありがとう」

出来る限りの労りを籠めた声で……
今まで役割を与えてくれたニナと、居場所を作ろうとしてくれたシェリルに今生の別れを告げた。
既に駆けだしたアリヤと同じく、大いなる脅威を打倒すると決めたから。――この破滅の道から彼女たちを遠ざける。


『なっ……トシロー、あなたまさか……っ』

「違う。もはや俺は、そんな名前ではない(・・・・・・・・・)


その言葉を最後に、トシローは携帯を握りつぶし……愛刀を携え歩み始める。
別れを胸に、今ようやく定まった標的を心で確かめる。


「往くぞ、待っているがいい《伯爵》。待っているがいい二本の白木の杭(ホワイトパイル)

「我が名は三本指(トライフィンガー)。穢れて堕ちた、吸血鬼を狩る(・・・・・・)魔鳥なり」


生存戦争を勝ち抜くべく、己の過去と真実に向き合うべく。


「今この時より、この身は再び阿修羅とならん」


取り戻した全盛期の力を振り絞りながら、トシロー・カシマは血で血を洗う闘争へと再戦する。




  • 帰ってきた伝説の同族殺し「根源ぶっ殺す」 -- 名無しさん (2020-09-16 22:55:55)
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最終更新:2024年10月27日 11:01