この三本指に賭けて誓おう……この世の全ての吸血鬼を墓の下に埋め尽くすと……

発言者:殲滅の鴉───三本指(トライフィンガー)

俺に死の安息を与えない、この浅ましい肉体が憎い。
俺と同じ肉体を持った奴もまた憎い。
怪物が憎い、不死者が憎い、超越者が憎い。
貪る者が憎い、奪う者が憎い、踏み躙る者が憎い。

「俺は……吸血鬼(・・・)を憎む……!」

昏く黝い海の底で、吸血鬼を狩る何者かが産声を上げた……



高度経済成長の恩恵により、戦前とは比べ物にならぬ華やかさ、明るさを得た東京
その眩い人造の(ネオン)の下で、今宵も一人の縛血者(ブラインド)が女給相手に狩りを始めようとしていた。

男の口元に白い牙が覗いたその瞬間……駆け寄りざまに抜き放たれたが、容赦なく縛血者の上半身を斜めに切断する。
襲撃者は惨状への恐怖に身を竦ませた女を《魅了の眸》でその場から去らせ――

「見つけ出すのに苦労させられたぞ。近頃は、貴様らも容易に姿を見せなくなったからな」

「まるで、そう……ククッ、冬の油虫(ゴキブリ)のようだ……」

刀を振り抜いたもう一人の縛血者──トシロー・カシマの顔には、ようやく一匹目の標的が見つかった事への昏い喜びが浮かんでいた

理解不能の言動を吐く同族(・・)に、臓物を引きずりつつも、縛血者の男は命を繋ぐため必死に言葉を弄する。
「東京にも鎖輪ができた。日本にも《夜会の掟》が敷かれ、仲間同士での殺し合いは禁じられている」と。


しかし、掟、仲間――その言葉は、全てが裏返ってしまったトシローには、虚しさを……いやそれどころか怒りを呼び起こすものでしかない。

「掟? 仲間? 法度? よせ、反吐が出る……今さら人がましさなどにしがみつくな」

胴を真っ二つにされてそれでも口を利けるような化物(・・)が、人間面をして(・・・・・・)何をほざいているのだ?


吸血鬼(・・・)よ、怪物ならせめて怪物らしく牙を剥くがいい」


彼女から光を奪い、冷たい死に場に追い詰めた……一方的に奪い、貪るだけの醜い(ケダモノ)らしく。


引く気が一切ないと悟った男は、慣れた手つきで短刀を投擲し、襲撃者の薬指と小指を切り裂いたが……
それを全く意に介さぬトシローは、伸ばした掌で男の顔面を鷲掴みにし――

「――ひぃッ!」

―――溢れんばかりの憎悪を籠めて、顔を陥没させる
濁った悲鳴が全く聞こえなくなるまで、握り潰し……そして。
冷たいままの心臓を抉り出すと、靴底で踏み躙りアスファルトの染みへと変えるのだった


潰れた男の顔、そして何気なく手をつけた壁に、刻まれたのは指二本を欠いた異形の手形。

「……とても人間の手形には見えんな。これはいい……傑作だ」

怪物を葬る己は、もはや人間ではない。これは、猛禽を思わせるもの。
徘徊する腐肉でしかない奴ら(・・)を啄む己は、さしずめ鴉と言ったところか。
排除を願うトシローの心境を表現するものとして、そのまま血の手形(魔の名前)は馴染んでいく……


―――そのまま指が再生するむず痒さを覚えながら、彼の唇は抑えきれずに歪に吊り上がってゆく。
巣に隠れ棲むあの穢れた肉塊共を、これからどう殲滅していくかと

「さて……まだたったの一人だ。奴らは世界に何人いる?何千か、何万か……それとも、もっとか」

「先は長いが……なに、時間はたっぷりとある。
何となれば、俺も貴様ら(・・・)も不死の身とやらなのだからな……」


今はもう遠い、百年の昔を思う。

『この沈丁花が散り、桜が咲く頃までには……我らは晴れて夫婦となれようぞ』


『杜志郎様は……やはり意地悪で御座います……』

不死が、永遠が、もしも叶うのならば……それは何を引き換えにしても願うに足るものだと、俺はそう信じていた。


美影との愛は……二人だけの閉じた楽園は、永遠に閉ざされてしまった。
最早意味のない命、絶望に閉ざされた心を動かすのは、浅ましい不死者(・・・)への憎悪と憤怒だけ。


『貴様らとは違う……俺は……俺たちは人間だァッ───!』

『朽ちて滅びよ────吸血鬼(・・・)



《この三本指に賭けて誓おう……この世の全ての吸血鬼を墓の下に埋め尽くすと》

《俺の墓標は、奴ら全ての屍の下に築くと……》


己の得た不死は、永遠は……何処までも血の朱に染め抜かれていたのだった。




  • 白木の杭ぶっ殺すっ、で収まらずに吸血鬼全員死ねっ、になる辺りにトシローさんの面倒くささを感じずにいられん。「お前ら全員滅ぼし尽くして俺も死ぬぞ!」って、ひたすら有害な狂人以外の何者でもないな。 -- 名無しさん (2020-03-05 23:39:04)
  • この人、根っこの方では他者よりも自分の事を許せず嫌い憎んでるからね… -- 名無しさん (2020-03-29 06:54:42)
  • アンヌのような善良な被害者も殺したんだろうな やっぱ駄目だよこんなこと -- 名無しさん (2020-04-19 18:36:19)
  • ↑それでもシェリルと出逢う前迄は微塵も疑わず、道理も常識も損得も己自身も顧みず“理想通りに生きて”(本編での本人の考えはともかく)いたんだよな。それが一般的な吸血鬼にとどまり、標的に偶然なり損ねた男にとって素晴らしい生き様だと魅了させたという。 -- 名無しさん (2020-04-29 22:53:18)
  • アイザック(ストーカー)の口ぶりからすると、この後はホントにもう、一度見つけた標的は使える手段はありったけ使って滅ぼしてたんだろうな……(人間社会からの孤立化、狩人の動員、etc・・ -- 名無しさん (2020-07-11 12:49:10)
  • イキイキしてるなトシローさん -- 名無しさん (2025-02-22 09:36:57)
  • 本質は武士というか割と戦闘狂寄りよねこの人 -- 名無しさん (2025-02-22 13:11:55)
  • 何も知らない縛血者からすればお前の過去には同情するが巻き込むなで終わるんすよね…… -- 名無しさん (2025-02-22 14:17:48)
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最終更新:2025年02月22日 14:17