一巻壱ノ章、負傷により朦朧とする意識の中、隼人は自らが斃れる事ができない理由を思い出す。
――万全の守りを固めたはずの伏見奉行所に、突如侵入してきた
吸血種の力を得た官軍の兵達。
その手引きが行われた証拠となる現場を目撃した隼人は、
犯人である新選組の大幹部・
伊東の背後からの凶刃に崩れ落ちる。
志半ばで滅びゆく青年隊士の末路を見下ろしながら、伊東は涼し気な言葉の裏に底知れぬ悪意を混ぜて嘲弄する。
そして、“どうか私の踏み台になってくれ”という意思を平然と告げるのだった。
吸血種の暴威になすすべなく斃れる仲間達の悲鳴に歯を食いしばりながら、
隼人は《このまま汚名を着せられたままでは死ねない》という渇望と……己の誇りを貶めた仇敵・伊東への嚇怒を滾らせる――
本編より
憶えているのは臓腑を抉る鋼の冷たさと、その感触とは裏腹に柔和な笑みをたたえた伊東の顔。
そして、あの男はこう言ったのだ。
『こういうめぐり合わせになってしまい、私も実に残念だ、柾君。
私の行動に気づいたのは、君が持つ優秀さのゆえにだろう。だが、皮肉にもそれが君の命取りとなってしまった。
君に落ち度があったとするなら、それはたった一つ───』
そうして地に臥した隼人の耳に口を近づけ、囁いた。
『私の味方ではなかったことだ。しかし安心したまえ、君の犠牲は決して無駄にはしない。
何から何まで私の役に立ってもらうつもりだ。
君の裏切りによって隊は壊滅し、敗走することになったと報告してあげよう。
ああ、実に心が痛むよ。誰よりもサムライに憧れ、サムライになろうとした君が、
卑怯者として死んでいく無念は計り知れないだろうからね―――』
一言一句として忘れない。
あの微笑を含んだ柔らかな声に潜む悪意が、脳髄を怒りで焼き尽くした。
最終更新:2024年07月07日 01:41