わたしは、ただ――吸血鬼が、怖かった



獲物であるトシローを狩れず、彼の言葉に翻弄され続け、焦りと苛立ちが限界にまで達していた白木の杭・アリヤ。
平静を欠いた彼女が、憎悪のままに自らの「大事な」存在―――
主であるニナにまで害を及ぼす可能性に思い及んだ時、
夜警(ウォッチャー)トシローの心は冷たく研ぎ澄まされ、この狩人の少女の完全なる排除を決意した。


そして、迎えた決戦の時……
に鍛えられたアリヤの戦技は、確かに人類最高峰と評してよかったものだが、
かつて、その師本人と極限の死闘を繰り広げた経験のあるトシローには、今の彼女は真の『白木の杭』と呼ぶことはできなかった。

人類を「愛し」、滅私して人に害を成す一切を狩り尽くす究極の狂信者には、届かない。
アリヤ・タカジョウからは、あの男が謳った、その核心となる人間賛歌(・・・・)が出てこない。
白木の杭という称号(かざり)に逃げ込み、弱さを隠そうと吼える、ただの少女にしか見えはしない、と。


自らが刻んできた過去の因縁に導かれ、この地に現れた少女。
厭わしいものと感じてきたはずにもかかわらず、これで終わりか……などと、
奇妙な感覚に自嘲しながらも、任務()を果たすと黙したトシローは――ついに、アリヤの身体を深々と切り裂いた。


自らの血の河に沈むアリヤ。虚ろな瞳をさらし、死は時間の問題だった。
その中で、彼女が独り語った思いは――――


「いやだ……負けたくなんて、げぼっ―――な、い……。
あなた、なんかに……吸血鬼…………なんかにっ」


吐き出したのは、己の力が届かぬ悔しさ―――


「―――ぁ、ぁぁ、いや……やだ、やだよ……こないで、おね……がい」


吐き出したのは、過去に受けた、膝を屈してしまうほどの怯え。


「斃す……ちがう、逃げる……でも、強く、なれば――」


吐き出したのは、自らへの迷い、そして決意(とうひ)


涙を流し、虚空に手を伸ばした少女は、最後に澱んだ瞳をトシローに寄こしながら―――


「あ、ぁぁ………そう、でした……わたし、は」


「ただ―――吸血鬼(あなた)が、怖かった」


自分から全てを奪った存在が怖かった(・・・・)。だから力を求めたのだと。


真実の言の葉は、そこで終わり……開いたままの瞳を、男は静かに閉じた。
こうして、フォギィボトムを揺るがした災いの芽が一つ、取り除かれたはずだったが……


記憶に押し込めた恐怖と、それに反する強者の装い。
育ての親を盲目的に信奉し、与えられた生き方を、輝きに導かれた在り方をひたすら()とする在り方。
最後まで仮面を被り続けた、アリヤという少女が死に際に残した本音(よわね)

そこにトシローは、主であるニナの未来の姿が映っているように視えて―――


「違う―――そうはならない、彼女は違うっ……!」


その否定の言葉も力はなく、男は新たに煩悶するしかなかった……


+ ...
そして―――彼女のもう一つの可能性(どうしてこうなった)……



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最終更新:2023年08月09日 14:05