シェリル√――朽ち果てるのを待つだけだった恋人達を待ち受けていた、破滅の瞬間―――そして。
黝き水底より、狂気の同族殺しが生み出された始まりである。
戦後間もない日本に潜入した若き日の
白い杭は、混乱する状況を密かに監視しながら、
直接排除すべき、特に危険である
縛血者を、冷徹に見定めていた。
そして、巨大で無骨な白木の杭がその命を吸ったのは―――
「美影……美影──ッ!!」
降りしきる雨の中、トシローは必死に胸を貫かれた彼女に、血を吸わせようと試みる。
その心は、彼女の命が失われる事と……自分を
今日まで生かしてきた「夢」の灯火が消し去られる事への恐怖に染め上げられた。
しかし、愛しい女性の顔を見つめた先で……彼は気づいてしまった。
――傷口は開いたまま、血だけが止まっていた。
――薄く開かれたままの瞼に流れ込んだ雨滴が、光のない眼球を覆い尽くしていく。
――美影は、すでに、単なる物体と化してその重みを伝えるだけだった。
「う……あ……あぁ……ッ、ああぁ………」
──真の絶望とは、全ての感情を奪い去る。
──躰が虚脱感に支配されゆく中、ただ無感動に己が心が死んでゆく様を傍観していた。
「その女吸血鬼には、さしたる手応えを感じなかった。
───ならば、俺の獲物とは貴様の方だったか」
「………吸血鬼、だと?」
―――その聞き逃せぬ単語が、死にゆく身体に内なる灼熱の怒りを呼び覚ました。
「貴様……美影を……吸血鬼と、言ったのか……?」
「だが構わぬ、順序が前後したに過ぎん。為すべき事に変わりはない」
「……吸血鬼だと……化物だと………」
「俺の使命は、吸血鬼を根絶やしにする事だ。この白木の杭の名に賭けて」
―――瞬間、何かが弾けた。
「許さん、許さんぞぉォ―――ッ!!」
悪意が暴走する。鋼の狩人は、それを人外の域に達した意志力と技巧で迎え撃ち―――
トシローは、心の臓に銀の弾丸を受け。
クラウスは、左の顔面を深く切り裂かれた。
「――貴様ァ……なんだ、その眼はァッ!」
「俺の眼を奪いながら、濁る眼を向けるかッ。
石の礫を眺めるような――穢れた視線を向けるかァァアアアアアアアッ!!!」
「ク、クク……いい面構えになったではないか」
「愚鈍な狩人には似合いの姿だ。喜べ―――
その傷が、貴様の無能の証明だよ。白木の杭め」
醜く傷ついた痕を抱えた狩人は、己を侮蔑するような「怪物」の視線に激昂するも……
トシローは、その有様が心底滑稽に思え――生まれて初めて、他者を見下すためだけの……歪んだ嗤いを浮かべた。
「吼えたな、吸血鬼。その侮蔑、万死に値すると知れ……ッ!!」
「もういい……耳障りだ、終われ」
──ここで、俺も消えてやる。だから醜い俺と共に、おまえも散れ。
両者は最後の力を振り絞り、激突したが……ついに勝者なきまま、激流に呑まれてゆくのだった……。
- 伝説の同族殺し「お前ら殺し尽くして俺も死ぬ!」の誕生である -- 名無しさん (2018-11-04 19:05:42)
- 其れだけ聞くと迷惑以外の何物でもないな -- 名無しさん (2018-11-20 18:36:17)
- これずっと気になってたんだけどいくらトシローさんが三本指になる前とはいえあっさり美影だけ殺されるなんてことがあるかね。最初のターゲットは美影みたいだからトシローさんが美影かばうとかくらいはありそうだとは思うのだが -- 名無しさん (2020-07-08 07:32:58)
- ↑確か他のゴタゴタの絡みで留守にしてたはず、帰ってきたらクラウスに美影殺されてた -- 名無しさん (2020-07-08 07:40:14)
- あーうろ覚えだったが留守にしてたか。ホワイトパイルのことだからゴタゴタの種をまいて留守にさせて美影強襲、帰ってきたもう一人の精神状態を乱すくらいは平気で計算にいれてそうだわ -- 名無しさん (2020-07-08 12:59:37)
- ↑2 そこまでは本編シェリルルート回想では明言されてはいないような -- 名無しさん (2020-07-24 19:10:51)
最終更新:2021年10月14日 15:44