グランド√、北米西部鎖輪初代公子ベラ・オルロック―――
否、血族の王
《伯爵》の語った、
縛血者の
真実を前に、
追いつこうとした目標も、生きてきた世界も、全てが偽りで……
自分もまた、父から道具としか見られていなかったと理解したニナは立ち竦むしかなかった。
そんな中、ただ一人王に直接刃を向けたのは、
ベラの時代彼に仕えていたゴドフリだった。
己が賜力を以て放った不意打ち狙いの一撃を軽くいなされ、
逆に深手を負いながらもゴドフリは、実力を称賛し力を貸せと望む伯爵に対し、あくまで譲るつもりはないと、鋭く闘志を向ける。
そして、愛情と責務の狭間で迷い、道を見失っている今の主――
ニナに向けて、力強く……「私が時を稼ぎます」と告げた。
「主を守るのは家令が務め。なに、我が命にかけても、ニナ様を死なせはしませんとも」
その強い決意を前に、不出来な己を恥じ黙するしかないニナ。
しかし、死に向かうはずの彼の姿からは、確かに立ち向かう勇気を与えられるように感じられて―――
「あなたは確かに、私が仕えるに値しない主でした。 幼く、脆く、果ては見る目がない」
「何処の馬の骨どころか、死に魅入られた影に熱を上げる始末。
いったい何度、私がそれで心労を重ねたものか………」
「未熟という言葉を差し引いても、尚余りある未熟ぶり。
……正直、ベラ様の遺言なくば生涯仕えなどしなかったでしょうな」
そう語りながらも、常に仏頂面で笑顔などまるで見せなかった家令の顔には、
苦々しくも……僅かに笑みが浮かんでいた。
―――これが、最期の説教になることを、理解していた故に。
「―――ですがニナ様、導く者は要るのです。
我々は暗闇を見通すがために、夜に迷ってしまうのです。
見えぬ例外は、時に容易く我らを刈り取る」
「先人の残した過去の遺産は重いでしょう。
滅んだ鎖輪の権力者として、現実に潰されもするでしょう」
「……ですが、あなたには我々の失った柔軟さがある。まだ歳若いために、傷を乗り越えることができる」
男が顧みたのは、藍血貴である己が身。
「私達はもはや、生き方を変えられません。長く生きれば実績がつき、やり直すことを許さない」
「だからこそ――あなたしかいないのです」
長く生きた者ゆえの欠点。長命であり、先達であり、だからこそ成功が常となり……
いつしかたった一度の失敗さえ許されなくなる。大きな損失に対し、再び取り戻すことが出来なくなってしまう。
だからこそ、幼い異例の公子である彼女だけが、この未曾有の危機から鎖輪を立て直せる、その可能性を持っている。
「血族の存続を脅かすこの動乱、
それを乗り切るに最も適しているのは慣習ではありません。
臨機応変な対応でしょう」
「そして、それが出来るのは旧き血族には御座いません。
ニナ・オルロックその人だけだと、私はそう信じております」
彼のニナへの視線に宿るのは、初めての労わりであり―――
「……期待しているのですよ、あなたに。
これから遺される茨の道でさえ、乗り越えられると」
認められていた、本当は期待されていた。
明かされたその真実に、嬉しさと、しかし同時に
この家令に言うはずのない言葉を言わせてしまったことへの悔しさを感じニナの感情がうねる……
「止めてよ、そんな言葉。いつもみたいに憎まれ口を頂戴、ほら……ねぇってば!」
「あれが悪い、これが駄目だって口うるさく言ってよ。
今になってそんな優しい言葉、いやだ私―――全然嬉しくないんだから!」
だから、そんな……遺言なんて言わないで。
生き延びてほしいのに。悲壮な決意なんて止めてほしい。
この未熟さを幾らでも責めてくれていいから……けれど続く制止の言葉は思いつかず、
また己を責めてを繰り返して―――少女は涙に咽ぶしかない。
……そうして動けなくなってしまったニナを、ゴドフリは苦笑しながら見つめる。
出来の悪い生徒を愛しく見守る教師のように。
そして、小さな微笑みを若き主に送って――――
「さあ、お行きください我が主―――どうか健やかな、良き生を」
ニナ・オルロックは、カルパチア上層より逃がされた……
過ぎ去る視界に血の華が咲き乱れ――涙は粒となって宙を舞っていった………
- モーガン然り、クラウス然り、自身の縛って囚わてる過去として、未来の可能性と進み変われる意思がある若人に焦がれて救けようと犠牲になる大人って格好良いし切ないわ -- 名無しさん (2023-02-17 07:50:59)
最終更新:2023年02月17日 07:50