「絶っっっ対! こっちがいいです!」
いつもは俺の言うことを素直に聞く彼女は、今日はガンとして譲らなかった。
来週見に行く映画の話だ。俺はアクション、彼女はロマンスとお決まりのすれ違い。
来週見に行く映画の話だ。俺はアクション、彼女はロマンスとお決まりのすれ違い。
「センパイの好きなアクションだってあるじゃないですかー」
彼女はそう言うが、細っこいアイドル女優が屈強なスタントマンを蹴り倒すだけのお芝居なんて見ていられない。
本物のアクションと言うのはもっと真に迫った迫力があるものなのだ。男の世界なのだ。
本物のアクションと言うのはもっと真に迫った迫力があるものなのだ。男の世界なのだ。
「むぅ…… そんなに言うなら、わたしと勝負してください」
彼女は久しぶりに可愛くむくれた顔を見せると、にや、といたずらっぽく笑った。
「腕相撲で勝負です。わたしが勝ったら、言うこと聞いてもらいますからね」
やれやれ。
元テニス部で、握力に自信があるのは知ってるが…… 俺も元は高校球児だぞ?
「それじゃ、れでぃー……」
簡単に片づけた机の上で、彼女の細くて小さな手を握って苦笑する。
去年までは豆ができるまでラケットを振っていたという手も、所詮は女。男の手に比べればあまりにもすべすべで柔らかい。
去年までは豆ができるまでラケットを振っていたという手も、所詮は女。男の手に比べればあまりにもすべすべで柔らかい。
仕方ない。軽く遊んでやろう。ケガだけはさせないように注意しないと。
「ごー!」
彼女の合図と同時に、俺は彼女の手を握りつぶさないよう、腕に軽く力を込めた……
「えいっ!」
ばんっ!
次の瞬間、俺の右手の甲は、勢いよくテーブルに叩きつけられていた。
「やったぁ! わたしの勝ちですね!」
うーむ…… さすがに甘く見過ぎた。
仕方ない。ここは折れて、退屈な映画を見に行ってやろう。彼女の横顔を見ていれば時間が立つのも早いだろう。
仕方ない。ここは折れて、退屈な映画を見に行ってやろう。彼女の横顔を見ていれば時間が立つのも早いだろう。
「へへーん! それじゃ、約束通りわたしの言うことを聞いてもらいますよ?」
……だが、さすがにこのまま終わるのは、男の沽券に関わる。
「え? 油断しただけ? 今のはノーカン?」
俺が抗議すると、彼女は意外にもゴネずに笑って受け入れた。
「いいですよ。じゃあ、3回勝負にしましょうか」
そう言って伸ばして来た手を、今度は油断なく握る。
ちょっと痛くしても恨むなよ。
お前の見たい映画には、ちゃんとつきあってやるから。
お前の見たい映画には、ちゃんとつきあってやるから。
「はい、もう油断は無しですよ? れでぃ……」
俺は机の端を握って、右手にぐっと力を込めた。
「ごぉっ!!」
俺は容赦なく、彼女の右手をテーブルに叩きつけた……
……と、思った。
が、現実には俺の手の甲は下を向いていて、彼女の手の下にある。
が、現実には俺の手の甲は下を向いていて、彼女の手の下にある。
なんだ、これは?
どういうことだ?
どういうことだ?
「ぐぐ…… さすがですね。でもっ!」
彼女がぐっと力をこめると、俺の手がテーブルに近づいた。
くそっ!
しかたない。ケガしても泣くなよ!
しかたない。ケガしても泣くなよ!
俺は全身の力を右腕に込める。
筋肉が膨れ上がり、腕の太さは彼女の倍にもなる。
筋肉が膨れ上がり、腕の太さは彼女の倍にもなる。
が……
動かない。
スジが痛いほど力を込めているのに、彼女の小さな手は一向に持ち上がる様子が無い。
スジが痛いほど力を込めているのに、彼女の小さな手は一向に持ち上がる様子が無い。
「往生際の悪い…… とどめっ! せーのっ!!」
彼女が可愛らしい気合の声を上げると
ぺたん
俺の腕が伸びきるような力がかかり、俺の手の甲は呆気なくテーブルに付いていた。
し…… 信じられない
こんな、バカな。
こんな細くてちびっこい女のどこに、こんな力が……
「さ、センパイ。3回勝負ですよねぇ?」
彼女が、手を、差し伸べて、くる。
いや、ちょっと待てよ
え、だって……
え、だって……
「ほら、れでぃ……」
さっきは本気だったのに
この手にまだ痛みが残っている。額に汗が滲んでいる
この手にまだ痛みが残っている。額に汗が滲んでいる
「どうしたんですか? さぁ、れでぃ~」
……いや、本気じゃなかった。
そうだ、まだまだ本当に本気ってわけじゃなかったはずだ。
そうだ、まだまだ本当に本気ってわけじゃなかったはずだ。
今度こそ全力で……
「ごー♪」
「うおぉおおっ!!」
俺は気合の声と同時に、右腕に一気に力を込める。
調子に乗ってんじゃねぇぞ。
男の本気を見やがれ。
手の骨が折れても知らないからな!!
「……ほんとに、それで全力ですかぁ、センパイ?」
彼女の手は、俺の手を捻りあげて、上になった。
力を込めすぎて疲れた腕から、力が抜けていく。
力を込めすぎて疲れた腕から、力が抜けていく。
ああ、ウソだ。ウソだ。
どうして。どうしてこんな。
じりじりと、笑う彼女の前で、俺の手はゆっくりと下がっていく。
俺よりずっと細くて、華奢で、可憐で、小さくて、可愛い彼女の前で。
俺よりずっと細くて、華奢で、可憐で、小さくて、可愛い彼女の前で。
「ふふーん、ストレート勝ちですねっ」
「なめるなぁぁぁ!!」
ギリ、と奥歯を食いしばって、痛みが走る右腕に全身の力を賭けた。
筋力も、気力も振り絞った。
筋力も、気力も振り絞った。
負けるわけには行かない。
負けるはずがない。
負けてたまるか!
負けるはずがない。
負けてたまるか!
「どうしたんですか、センパイ? 細っこい女が屈強な男を倒すなんて茶番じゃないんですか?」
彼女は初めて見るような、小悪魔のような笑顔を浮かべ、ゆっくり、ゆっくりと俺の手を押し下げていく。
重い、痛い。
どんなに力を込めても、押し戻せない。
ダメだ、ダメだ、ダメだ……!
やめろ、やめてくれ……!!
「はい、おしまい」
ぺたん
頭の中がグチャグチャになった俺の目の前で、勝負はあっさりと着いた。
彼女の、勝ち。
「これで、わたしの3連勝~♪ あ、最初のはノーカンでしたっけ? もう1回やりますか?」
「あ、ああ…… うん」
そうだ、まだチャンスはある。
俺が腕相撲で彼女に負けるわけがない。
俺が腕相撲で彼女に負けるわけがない。
だって、彼女はこんなに細くて、柔らかくて、小さくて、可愛くて……
俺の鍛え抜いた、男の筋肉が、負けるわけが。
「はーい、またわたしの勝ち~♪」
もう力の入らなくなった俺の右腕は、3秒と耐えきれず彼女の右手に叩き伏せられた……
「だから~、まず、こうやって背筋で引っ張って相手の肘を伸ばしちゃうんですよ。
そしたら、横への力が逃げちゃうでしょ?」
そしたら、横への力が逃げちゃうでしょ?」
彼女が優しい声で、ゆっくりと俺の右手に左手を添えて、動きを導く。
「で、後は指先の方へ体重をかけると、梃子の原理が効きますからぁ……
センパイだって、指だけでわたしの体を持ち上げるなんてできないでしょ?」
センパイだって、指だけでわたしの体を持ち上げるなんてできないでしょ?」
教わった通りに彼女の手を捩じると、いとも簡単に彼女の右手の甲はテーブルに着いた。
「ね? ほら、センパイつよーい! わー」
母性本能全開の彼女に、子供のようにあやされて、ようやく俺の日常は色を取り戻し始めた。
ついさっきまで、本当に悪夢と現実の区別がつかなかったからな……
「分かった分かった。今回はしてやられたよ」
「それじゃ、センパイ……」
「おう、映画でもなんでも付き合ってやる」
「やったぁ! センパイ大好き♪」
「それじゃ、センパイ……」
「おう、映画でもなんでも付き合ってやる」
「やったぁ! センパイ大好き♪」
見慣れた、子供のような無邪気な笑顔を見せる彼女。
見事に一杯食わせてやったと、ご満悦な彼女の頭に手をやりながら、ふと、思う。
見事に一杯食わせてやったと、ご満悦な彼女の頭に手をやりながら、ふと、思う。
彼女はこの小さな体に、どれだけのモノを隠し持っているのだろう。
例えば、彼女と本気で喧嘩になったりしたら……
例えば、彼女と本気で喧嘩になったりしたら……
「えへへ~♪」
撫でられて小犬のように目を細める彼女を見ながら、俺はつまらない想像を頭から消し去った。
さぁ、来週は可愛い彼女と、楽しいデートだ。