7月のある日、あと少しで引退を迎えるキャプテンの愛莉先輩から部室に呼び出された。突然の呼び出しに困惑しつつも、授業が終わったらすぐ部室に向かった。既に先輩は室内にいるようだ。
「失礼します!」
いつも通り挨拶をして扉を開けると、そこには愛莉先輩だけでなく、同じクラスの友也も居た。友也は男子バレー部のエースで、次期キャプテンになる予定だ。
先輩に促され友也の隣に座る。
「風花ちゃん最近すごい練習頑張ってて上手くなってきたよね。女子バレー部で一番声出して練習できてるし、次のキャプテンは風花ちゃんに…って思ってるんだけどどう?」
突然の提案に困惑する。
「私が…キャプテン…ですか?」
入部した時からチームを引っ張っていける存在になりたいと思い練習してきた。キャプテンからのこの提案は、とても嬉しかった。
「私にできるなら是非やりたいです!先輩に色々教えてもらいながらにはなりそうですが…」
「もちろん、心配なことは何でも聞いてね!」
願ってもいなかったキャプテンという大役に、興奮が止まらない。
「それで…キャプテンになるなら'アレ'の練習をしないといけないんだけど…」
'アレ'…?すぐに思いついた。この学校にはある伝統があったのだ。
「何か分かったみたいだね。今から友也君で練習してもらおうと思って。」
「友也で練習ですか!?'アレ'って、球当てのことですよね…?」
「そうそう、じゃあ体育館行くよ。」
球当て、それこそがこの学校の伝統だ。バレー部では、遅刻や忘れ物をすると、女子キャプテンのスパイクを顔に浴びるというペナルティがある。
男子も女子もペナルティを受けることはあり、私もこれまでに連帯責任を含めて10発以上のスパイクを愛莉先輩から受けてきた。酷い時には数日間腫れることもあるような、地獄のペナルティなのだ。
体育館に着くと、ボールを渡された。
「何回も見たことあると思うけど、一応お手本見せるね。トス上げて。」
愛莉先輩は後ろに下がり、準備をする。友也も先輩の正面に立ち、目をつぶる。
(まさか…本当に当てるのかな…)
合図に合わせてトスを上げる。
バシーーン
完璧なフォームで撃ち抜かれたボールは吸い込まれるように友也の顔に当たる。
見ているだけでも痛みが伝わってくるような気がする。
「大丈夫?ちょっと本気でやりすぎたかな?」
笑顔で声をかける先輩はサイコパスかと疑う。それにしても、こんなにも笑顔が素敵な先輩がこれまでに部員を何度も絶望に追い込んだなんて…
「さあ、次は風花ちゃんの番だよ。男子のキャプテンになる時点で覚悟はできてるから、思いっきり打ってね。」
そう、実は男子のキャプテンは他の部員の責任を取ってペナルティを受けることも多く、1日て3発ものペナルティを受けることもあるそうだ。
友也ももちろんそれを知った上でキャプテンになることになったのだ。
友達にペナルティを与えるのは心苦しいが、これもキャプテンになるため。私も覚悟を決め、スパイクを打つポジションに立った。
友也も既に準備できているようだ。先輩の強烈なスパイクを受けたばかりだが、すぐに次の準備をしないと先輩からの2発目が来ると踏んでいたのだろう。
あのSっ気のある愛莉先輩なら本当に有り得る。
そんな想像をしている内に、先輩からのトスが上がる。
最初からは当てられないだろうし、まずは強さだけでも頑張ろう…
パコーーン
「あっ…」
いつもの練習通り思いっきり打ったスパイクは、あろうことか友也の顔のど真ん中に命中した。
「風花…愛莉先輩より痛い…」
と言い残し、その場に崩れ落ちる。
「一発目からしっかり当てるなんてさすが風花ちゃんだね。しかも強さも完璧。」
「ありがとうございます!先輩のトスのおかげです。」
少し照れながら答える。
自分でも驚くほどに気持ちよかった。友達に地獄のペナルティを与え、苦しんでいるのに、申し訳なさよりも気持ちよさが心に残る。先輩が笑顔で私たちに絶望を与えていた理由が分かったような気がする。
先輩と一緒に友也のもとに近づく。
「見て見て、顔真っ赤になってるでしょ?私はちょっと右側に当てちゃったから、左側は風花ちゃんだけが付けた痕だよ。」
見てみると、顔全体が真っ赤になっている。先輩の言う通り、左側の赤みは私が打ち込んだスパイク1発で付いた痕だ。
「私のスパイクても1発でこんなに真っ赤になるんですね。でもなんか…正直気持ちよかったです。」
「思いっきり打った球が当たると楽しいよね!私もペナルティは大好きで、毎回超本気だったよ。もちろん女の子にもね、風花ちゃん、めっちゃ痛がってたよね。」
また笑いながら話している。私がこれまで愛莉先輩から受けてきたペナルティも全て先輩にとっては快感だったのだろう。それもこんなにしっかり鍛えられた腕で本気で打たれていたなんて…。
「明日も練習しよっか。次は誰にしようかな〜」
そう言いながら体育館を出ていった。
明日が楽しみで仕方ない。いつか私も愛莉先輩のようになるのだろうか。