「ここも空振りか」
スティーブ・ロジャースは、この一時間でもう何度目かの溜息を吐いた。
手近な家屋の屋上から様子を窺う彼の見下ろす先、幾人もの警察官たちが慌ただしく動き回っている。
所々に散らばる金属は車の残骸。乾き、アスファルトにこびり着いた赤い色――血痕も多数。
ここは未明に起きた交通事故の現場だ。ざっと数えただけでも十台ほどの車が大破した痕跡が見て取れる。
まるで渋滞に重機で突っ込んだかのような惨劇だが、そうでないことはスティーブにはよくわかっていた。
「生存者……なし。目撃者もなし。だがタイヤ痕などからこの現場にはあと二台のバイクがいたはずだ、か」
警官が無線で報告している内容を、スティーブは聞き取っていた。
この道に繋がる道路は既に封鎖されていて、またスティーブも念のため身を隠しながら現場を観察しているため、警官たちに気付かれた様子もない。
漏れ聞こえてくる無線の内容からして、この冬木市はいま大変な混乱の最中にあるようだった。
平時であれば、この交通事故は稀に見る大事件として新聞やニュースの一面を飾るだろう。
だがそれすら日常の一つと化すほどに、現在の冬木市の治安は乱れに乱れている。
『やはり例の討伐令を出された奴らか』
「おそらくはな。それだけではないのかもしれないが、大部分は彼らの仕業と考えて間違いないだろう」
スティーブの相棒、バーサーカー=ファヴニールは現在霊体化しているため姿は見えない。
だが常に傍にいる。スティーブに危機が迫ればすぐさま対応できるよう、彼の背中を守ってくれている。
バーサーカーが警戒してくれているおかげで、スティーブは警官たちの動きに集中できる。
が、調査の結果はあまり芳しいものではなかった。
「二台のバイクはどこかに去った。途中でバイクを捨てたか、警察の監視網でも追跡はできなかったようだ」
『元より魔術師やサーヴァントでない者が尻尾を捕まえられるとも思えんが。どうやらただの狂人どもではないようだな』
「ああ、一見奔放に見えるがその実非常に計算高い。自分たちの正体に迫るものは何一つ残していない。厄介だな」
センタービルの調査の際、スティーブは別のマスター、
アレルと出会った。
お互いの立場を語り、相容れないことを知り、だが危険なマスターとサーヴァントを排除するという同一の目的のため、僅かな間だけ盟を結んだ。
アレルと別れたその後、スティーブは深山町に渡りあてどない探索を続けていたのだが、辿り着いたのがここだった。
数時間前に大規模な交通事故が起きた現場。道行く人の口に上るほど大きかったそれは、あと数時間もすれば別の事件に塗りつぶされるものかもしれない。
スティーブは下手人への怒りを抱くとともに、自らの不甲斐なさも痛感していた。
「わかっていたことだが、やはり僕らにこういった調査活動は向いていないな。既に事が起こってしまってから気付くようでは意味が無い」
『うむ……俺にはライダーの機動力も、キャスターの使い魔もないからな。地道に足で稼ぐしかないとは情けない限りだ』
「それは僕も同じだ、バーサーカー。今さらながら、ナターシャやサムにどれだけ助けられていたのか実感するよ」
ふと零したのは仲間の名だった。アベンジャーズの大切な仲間たち。
諜報活動に長けたナターシャ・ロマノフ=ブラック・ウィドウ、ウィングパックで空を駆けるサム・ウィルソン=ファルコン。
アベンジャーズが敵対者に対して常に攻勢を保っていられたのは、両者の正確かつ迅速な情報収集力にかかっていたところが大きい。
スティーブ・ロジャースの本質は兵士、戦う者だ。その能力は戦闘の際に最大限発揮されるものであり、こうした情報戦においてはやはり遅れを取ってしまう。
「……少し、方針を変えてみるか。討伐令を出された主従を追うのではなく、それを追う者たち……つまり、僕らと同じ立場の者を探すというのはどうだろう?」
『アレルたちのような、か?』
「討伐令が全てのマスターに届いたのならば、動き出したのは僕やアレルだけではないはずだ。手の早い者は既に斥候を放っていてもおかしくない」
『だが、どうやって探す? 同じように動いているからといって、俺たちが人探しに不向きなのは変わらんぞ』
「探す必要はない。向こうから見つけてもらえば良いのさ」
スティーブは物陰から身を起こし、周囲に人の目がないことを確認して屋根から飛び降りた。
隠しておいた荷物を背負い路地からゆっくりと進み出る。その姿はすぐに雑踏に紛れ、仮に誰かが見たとしてもすぐにマスターとは断定できないだろう。
平均的な日本人を頭一つは優に越える長身。
衣服の上からでもわかる、一欠片の贅肉もない引き締まった筋肉。
整った顔立ち、爽やかに刈り整えられた短い金髪、青い瞳。
日本人の中にあっては非常に目立つスティーブの風貌も、ここ冬木市では特段注目を集めはしなかった。
実際、すれ違う人の中には外国人――日本人の感覚からして――も多く、スティーブも故郷を離れ日本で働く一人と思われているのだろう。
これが戦闘用スーツを見られでもしたらまた話は別だろうが、少なくとも人種の面で奇異の視線を集めないことはありがたかった。
『そういえばマスター。仕事の方はいいのか?』
「仕事? ……ああ、僕に割り当てられた役割(ロール)のことか」
スティーブは現在、この冬木市に滞在する一市民、ということになっている。
この世界にアベンジャーズは存在しない。そのため、スティーブ・ロジャースもまた戦闘者として日々を送っていた訳ではない……と、言う事になっている。
代わりにスティーブが日々の糧を得ていたのは、あるスポーツクラブのインストラクター職だった。
そのスポーツクラブは若い世代向けのトレーニングプランを主たる収入源としているのだが、指導員がひ弱では説得力などあるはずがない。
そこでスティーブだ。一欠片の贅肉もない引き締まった体躯、爽やかな人柄と、人を指揮することに長けた的確な判断力。
外国人ながらそこそこの待遇で採用されていたのは、スティーブがクラブに対し並々ならぬ貢献をしていたから……らしい。
スティーブ目当ての客もそこそこいるらしく、彼が出勤する時間帯はそこそこの賑わいを見せているようだった。
「ああいった仕事は経験がなかったが、新兵訓練と思えばそう違いはない。第二の人生としては悪くないかもしれないな」
冗談めかして言う。だがその仕事も、今はやや暇な時期にあった。
時は年の瀬、新年までもう十日を切っている。スポーツクラブに足を運ぶ人も最近は減ってきており、スティーブのシフトもかなり緩いものとなっている。
さらには昨今の治安の悪化もその一因だ。日が暮れると途端に灯りが頼りなくなるこの時期、あえて夜遅くまで外にいようという人間が減るのは道理。
例外は、近く開催予定であるというアイドルによるクリスマスライブか。
スティーブはああいったステージにはやや苦い記憶が呼び起こされるので、必要でない限り特に意識はしていなかったが。
「今日は特に予約も入っていない。呼び出しがない限りは、こうして探索に専念できるさ」
『ならいいが。他のマスターも役割があるとするなら、日中の接触はあまり期待できんかもしれんな』
「ああ……いや、だが丁度いいかもしれない。僕も少し考えをまとめたかったからな」
『アレルのことか?』
歩きながら、スティーブは数十分前の邂逅を思い出す。
黒髪の青年、アレルはこの聖杯戦争に勝たなければ人生が終わると言った。最初で最後のチャンス、とも。
わかっていたことだ。スティーブはたまたま聖杯に掛ける願いがないだけで、他のマスターは違うということは。
たとえば現代医学では治せない不治の病を患っていたり、不慮の事故で命を落とした縁者がいたり、ざっと思いつくだけでも聖杯を欲する理由はいくらでもある。
スティーブ自身、考えなかった訳ではない。
あのときもっとうまくやれていれば、ソコヴィアの市民に犠牲を出さずに済んだのではないか?
あのときバッキーの手を掴めていれば、彼がウィンター・ソルジャーになることもなかったのではないか?
あのとき氷の海に沈まなければ、愛する人と共に生きていられたのではないか?
そういったIFはいくらでも思いつく。どれもこれも、スティーブには拭いがたい後悔と苦痛を与える記憶である。
これらをやり直せるとするなら、確かに甘美な誘惑だ。屈してしまいそうになる。
だが……やはり、認める訳にはいかない。
自らの願いのために他者を手に掛けることなど、今日まで生きてきたスティーブ・ロジャース=キャプテン・アメリカの生き方を否定することと同義だ。
かつて共に生きた彼女の……ペギー・カーターの、言葉を思い出す。
自分が正しいと思うことは決して譲らない。誰かが立ち塞がって自分を曲げろと言ってきても、決して屈しない。
ペギーはその意思を貫き、逝った。共に生きることは叶わなかったが、その生き様をスティーブが忘れることは決してない。
であれば、聖杯を認めるということはすなわちペギーの人生をも否定するようなものだ。
さらには、今も同じ世界で共に戦う仲間たちの信頼をも裏切ることになる。
故に、スティーブ・ロジャースは聖杯を否定する。それはアレルとの対話を経ても変わらない。
「だが、僕が聖杯を必要としないからといって……それを必要とする人を、否定することが許される訳はない」
聖杯に縋らなければ救われない人もいる。アレルがまさにそうだ。
その唯一の救いを諦めろというのは傲慢だ。スティーブは神ではないし、そんな権利は誰にもない。
もちろん、そいつが討伐令の主従のように罪もない人に手を出すというなら話は別だ。どんな理由があろうとそんな奴の願いを叶えさせる気はない。
だがそうでない者……アレルのように、悪を為す者を叩くという考えを持っているのなら、どうだろうか。
もし聖杯戦争の参加者が全員アレルのような人物ならば、少なくとも一般人に犠牲は出ない。
やる気のある奴だけが戦い、消えていく。それは……スティーブが否定できることだろうか?
「自分のために他人を利用し、踏み付ける奴は悪党だ。でもアレルはそうじゃない。もしかしたら、他の誰かもそうかもしれない。
なら僕は、彼らの意思は尊重すべきじゃないかと思う。少なくとも否定はできない」
『聖杯を欲する彼らを認めると?』
「いや……受けて立つってことだ。否定するのも、逃げるのも、僕にはできない。なら後は受け止めるしかない。
彼らの意思が僕より強ければ聖杯を得るだろう。だが僕を超えられないのなら……」
『聖杯を壊すか?』
「……その判断はまだ下せないな。実際、この聖杯戦争を誰が開いたのかすら、僕らはわかっちゃいないんだ。
もしかしたら、聖杯に頼らず彼らの問題を何とかできる可能性があるかもしれない……」
それが希望的観測、問題の先送りだということはスティーブもわかっている。
だが信じたい。奇跡に頼らずとも、人は人の力で未来を掴めるということを。
傲慢だと自分でも思う。ともすればかつての友にすら否定されるであろう。
今ほど彼の助言が訊きたいと思ったことはない。自分とは考え方の違う、しかし人を守りたいという願いは同じはずの……
「……ここらでいいだろう」
思考を打ち切る。周囲に誰も居ないことを確認して、スティーブは立ち止まった。
どのみち、今の段階で答えを出せることではない。結論を出すにはもっと多くのマスターと接触し、彼らの考え方を知らねばならない。
今やるべきことは討伐令の主従の打倒だ。答えの出ない問題にいつまでも時間を取られてはいられない。、
背負っていた荷物――勤務するクラブのロゴが入った、折り畳み自転車用のキャリーバッグ――を下ろす。
取り出したのはキャプテン・アメリカの盾だ。さすがにこればかりは剥き出しで持ち歩く訳にはいかなかった。
他にも戦闘用スーツ一式が入っているが、今回それは取り出さない。防御力に不安はあるが、日中からこんなものを着ていては目立ってしまう。
「バーサーカー、霊体化を解いてくれ」
スティーブの指示でファヴニールが実体を表す。
濃密な魔力が放射される。真なる竜の心臓が生み出す魔力はマグマのように煮え滾り、物理的な熱波となってスティーブの身体を叩く。
周囲の木々から一斉に鳥が飛び立った。竜という桁外れに強大な生物の放つ気配は、魔に属するものでなくとも本能的に感じ取れるらしい。
「これで気付くだろうか?」
「よほど勘の鈍い者でもない限り、どんなクラスだろうとわかるだろうさ。俺たちが誘っているということは」
ファヴニールの言葉通り、スティーブたちは他のサーヴァントを誘い出すつもりでいた。
こちらが見つけられなくとも、こうして盛大に存在を喧伝すれば他のサーヴァントがスティーブたちを見つけることは容易いはずだ。
討伐令のバーサーカーたちとの違いは、一般市民にはそれがわからないということだ。この方法で釣れるのは同じマスターとサーヴァントだけ。
もちろん、こんな街中で本格的な戦闘に移行するつもりはない。実体化したファヴニールはスティーブを抱えて跳躍した。
周囲でも一番背の高いマンションの屋根に着地する。屋上に誰もいないことは遠目から確認済みだ。
そのまま地上から見えない位置に移動し、じっと待つ。
「どうだ、何か感じるか?」
『ああ、どこかはわからんが確かに見られている。だがサーヴァントの気配はない』
「霊体化しているからか、あるいは使い魔とやらか……ふむ」
仮にサーヴァントだとして、こうまであからさまに誘っている以上腕に覚えがあるということはわかるはずだ。
太陽も明るい今の時間、無闇に近づいてきたりはしないだろう。であればサーヴァント本人ではなく、その目となる使い魔の可能性が有力だが。
「鳥か……」
先ほど脅かした鳩やカラスの群れが、ギャアギャアと鳴き声を上げて飛んで行く。
たとえばあの中に使い魔がいるかもしれない。そうだとして、スティーブが見分けることはできなかったが。
そこで、スティーブは戦友サムのことを思い出した。
機械仕掛けの羽根を用いて自由に空を舞う男。情報収集力に優れた彼の仕草、思考を思い出す……
「バーサーカー、鳥を探してくれ。変わった鳥はいないか?」
空から地上を調べようとすれば、何より高度が重要となる。
サムはまず大きな視野で異変を発見し、近づくなり子機を飛ばすなりして状況を精査していた。
ファヴニールの気配を解放した際、近くにいるサーヴァントないし使い魔はまず気付いただろう。
次に行うのは精査……より監視に適した姿勢でこちらを見ているはずだ。
「……奇妙な鳥がいる。俺の気配を浴びていながら逃げようとはしていない」
ファヴニールがすぐに気付いた。
竜の気配を叩き付けられた小動物は三々五々散らばっていくが、その中にあってじっとこちらを見ている鳥がいる。
逃走ではなく確認を選んだ。つまり、生物本来の意思ではなく他の意思に統制されている個体だ。
ファヴニールが指し示す鳥をスティーブも見る。カラスだ。しかし他のカラスとは桁違いに大きい。
スティーブらが注視することに気付いたらしく、大カラスは翼を打って反転した。
「行ってくれ、バーサーカー!」
即座に応じたファヴニールが再度の跳躍。筋力に物を言わせたロケットのような勢い。瞬時に彼我の距離を詰める。
ファヴニールが伸ばした手がカラスの足を掴もうとしたところで、カラスは翼を大きく羽ばたかせ、ひら、と上昇した。
野生動物の動きではない。ファヴニールの動きを予測し、対応した。淀みない反応の良さだ。
間違いなくサーヴァントの使い魔。と悟ったところで、スティーブは既に盾を投げ終えていた。
ファヴニールの巨体に隠れるようにして投げ放った盾は、カラスの視界の中にはない。
「狙い通りだ」
一方、スティーブから念話で伝え聞いていたファヴニールに驚きはなく。
ファフニールが手足を振って悠々と反転し、一直線に自分に向かってくる盾を蹴り上げた。盾は弾かれ、ピンボールのようにカラスへと向かう。
スティーブは三次元的空中格闘を得意とするファルコンを知っている。ならばそれを撃墜するための戦術も、選択肢にあるということだ。
そして、ファヴニールをやり過ごすため一動作を取られたカラスに、続く二撃目を防ぐことはできなかった。過たずその翼に盾がめり込み、衝撃を伝える。
悲痛な叫び声を上げ、カラスの羽ばたきが止まった。先に着地したファヴニールが即座にジャンプし、落ちてきたカラスと盾を引っ掴む。
マンションの屋上で待つマスターの元へ、戦果を伴い帰還する。
「よくやってくれた」
「この程度、仕事の内にも入らん」
ぐったりとしたカラスは足首をファヴニールに掴まれ、逆さ吊りにされていた。
死んではいないが、勝手に逃げ出すこともできない程度のダメージを負っている。
カラスが暴れ出さないように注意しながら、スティーブは話しかける。
「まずは謝罪する。このカラスに手荒な真似をして済まない。
だが他に手がなかった。僕の声が聞こえるなら、応答して欲しい。
僕らは討伐令を出されたマスターたちに対抗するため、同じ目的を持つ者を探している」
使い魔の向こうにいる、その主に向けて。
スティーブは交渉を開始した。
◆
『マスター、よろしいか?』
「どうし……どうした、シールダー」
危うく幽霊と会話するところだった。
ウェカピポは喉元まで出かかった声を押し殺し、再度小声で問い直した。
幸い、隣に立っている警備員の同僚にはウェカピポの独り言は届かなかったようだ。慣れない念話に切り替える。
ここはとある病院のエントランスだ。本日のウェカピポの勤務地である。
『うむ……報告だ。いや、まずは謝罪か。済まない、仕損じたようだ』
『仕損じた? 何があったんだ』
『先ほど放ったカラスだが、どうやら他のサーヴァントに捕らえられてしまったらしい』
何だと、とこれは念話ではなく肉声で呟いた。
ウェカピポのサーヴァント、シールダー=
ベンディゲイドブランはワタリガラスを統べる。
つい数時間前、そのワタリガラスを斥候に放ったばかりだ。
そのカラスが早速捕らえられた、という報告。吉報であるはずがない。
『待ってくれ、では君の正体が露見した可能性があると?』
『いや……それがどうもそうではないらしい。私も予想外だったが、カラスを捕らえた者は私たちとの接触を望んでいるようだ』
聖杯戦争も始まったばかりだというのに、いきなり真名を知られてはこの後の戦略に多大な影響が出る。
だがそうしたウェカピポの危惧はシールダーにはあまりないようで、彼女の声はむしろ困惑していたという方が近い。
『接触を?』
『ええ。交戦の意思はない、討伐令を出されたバーサーカーたちを追う、そのための仲間を探している、と』
『返答はしたか?』
『いえ、まだ。マスターの意向を伺いたい』
『うむ……少し待ってくれ。わたしも場所を変える。その間、君が対応していてくれないか?
ただしこちらの名前やクラスは伝えないように』
『了解した。では、また後で』
念話を終えると、ウェカピポは隠し持っていた鉄球を密かに取り出した。
ネアポリス護衛官、先祖から受け継いだ鉄球の技。それがウェカピポの武器。
同僚から見えない位置で密かに回転させた鉄球を、ウェカピポは自分の身体に押し当てた。
「うっ……済まない、少し体調が優れないようだ。早めに休憩に入ってもいいだろうか?」
「お、おお。あんた顔が真っ青だぞ。ここは俺一人でいいから先に休みな。何だったら医者に診てもらったらどうだ?」
「いや、そこまで辛いってほどじゃない。ありがとう、恩に着るよ」
「こう連日の勤務じゃそりゃ身体も壊すよな。お大事に」
気の良い同僚に礼を言って、ウェカピポは守衛室に引き上げる。責任者に事情を話し、早めの昼休みをもらった。
忙しい時期ではあるが、無理をして倒れられては明日以降のスケジュールに影響が出るためか、特に時間も掛からず受け付けてもらえた。
制服の上にコートを羽織ったウェカピポは足早に病院を出る。年末の混雑からか、来院者は例年よりかなり多いそうだ。
そのため警備員も大幅に増員しており、ウェカピポ一人抜け出しても早々支障は出ないはず。
病院から距離をとったとき、ウェカピポの顔色はすっかり良くなっていた。元々、鉄球の回転で辛そうに見せていただけだ。
『シールダー、わたしももう動ける。そっちはどうだ?』
『色々聞けた。マスターの名はスティーブ・ロジャース、サーヴァントはバーサーカー、だそうだ』
『もう名前までわかったのか。君は意外と交渉上手だな』
『お褒め戴いて光栄だが、そうではない。向こうから名乗ってきたのだ』
ふむ、とウェカピポは思案する。
通常、敵に名を知られて良いことは何もないはずだ。名前から容姿や能力が割れて対策を取られることもある。
だというのに名乗ってきたということは、ブラフか、あるいは本気でこちらの信用を得ようとしているのか。
『こちらから情報は渡したか?』
『何も。その旨も伝えたが、相手はそれで構わないと。よほど我々と接触したい事情があるらしい』
公園に入り、ベンチに腰掛ける。一見、仕事に疲れてサボっているただの男にしか見えないはずだ。
ウェカピポはコートの下に握っていた鉄球から手を離す。姿は見えないが、傍にシールダーがいるはずだ。もうウェカピポが警戒する必要はない。
『相手は何と?』
『バーサーカーたちを追うため、我々と協力したいと。今はマスターと協議するため、待たせている』
『素直に待っているのか? 君のカラスは?』
『必要以上の危害は加えられていない。私見だが、交渉したいという意思は本物だと思う』
『そうか……よし、わたしが話そう。繋いでくれ』
『了解した。カラスの視界も中継する』
眼を閉じているウェカピポの視界に、逆さに吊られた男が映る。否、逆さなのは自分……つまりはカラスの方か。
長身のウェカピポよりもさらに大きいだろうか。手に大きな円形の盾を掴んだ男がまっすぐにこちらを見ていた。
金髪、青い瞳。盾に刻まれた意匠に既視感を覚える。
青地に白い星、あれはネアポリスから遠く海を渡った大国、アメリカの星条旗だ。
「待たせて済まない。私がマスターだ」
『応答に感謝する。僕はスティーブ・ロジャースだ。サーヴァントはバーサーカーだ』
「バーサーカー、か。その割にはよく制御できているようだ」
『幸い、彼とは気が合ってね。君ともそうであったら良いと思っている』
軽い牽制から入る。実際、視界に映るスティーブのバーサーカーは、本当に狂戦士化と疑いたくなるほど落ち着いていた。
そういえば数時間前、ワタリガラスを放った後、一度サーヴァントに襲われたらしい。
そのときの映像をベンディゲイドブランから見せてもらったのだが、何故だかうまくイメージできない。
かろうじて見えたクラススキルから、あれはバーサーカーだとはわかっているのだが、どうにも記憶に靄がかかったような違和感があった。
ベンディゲイドブランは、もしかしたら認識を阻害するスキルなり宝具なりが機能しているのかも、と言っていたか。
とにかく、目の前のバーサーカーは件のバーサーカーとは違い、外見をつぶさに観察できた。
屈強な大男だ。側頭部から生える角が人間ではないことを示している。
ステータスそのものはややベンディゲイドブランが勝る……が、彼を見ているとどうにも胸の奥がざわつく。
子どもの時分、獰猛な犬を前にしたときのような拭いがたい圧迫感だ。本能に訴える、と言い換えても良い。
一筋縄ではいかない相手だ、とベンディゲイドブランも警告してくる。
「で、だ。始める前に一つ、そのカラスを解放してくれないか。君の顔が逆さに映って見え辛いんだが」
『ああ、すまない。どうしても君らと話がしたかったものでね……バーサーカー、放してやってくれ』
解き放たれたカラスが地面に着地し、ようやく視界が正常に戻る。
どのみち、この状況でカラスを逃がすことはできない。腹を括ってスティーブ・ロジャースと相対するしかない。
「感謝する。君は……その盾からして、アメリカ人でいいのだな」
『ああ。この日本という土地にもようやく慣れてきたところだよ。君は?』
「そこそこうまくやっているよ。今も仕事から抜け出してきたところだ」
出自を問う質問をやり過ごし、敢えて名乗りもしない。
こちらの正体に関する手がかりはできるだけ与えたくない。ウェカピポは仕切り直しの咳払いを一つ。
「それで、要件は何だったかな。我々に用がある、と?」
『ああ。君らに……というか、広範囲を調査できるサーヴァントを探していたらまず出会ったのが君らだった、ということだ。
先ほどそちらのサーヴァントにも伝えたが、僕らは討伐令を出された二組のバーサーカーを止めようと思っている。そのために力を貸して欲しい』
「ふむ……」
この申し出自体は、ウェカピポたちにとっても渡りに船だ。積極的にバーサーカーらを追うのではなく、他の主従の様子を見てから、という方針と合致する。
内心、ウェカピポとベンディゲイドブランもあのバーサーカーたちに得も言われぬ不快感を抱いていたのだ。
ウェカピポたちにとってはデメリットのない提案ではあった。だがそう安々と呑む訳にはいかない。
一見善良そうなこのアメリカ人が腹の底で何を考えているか、わかりはしないのだから。
ウェカピポの良い友人であった同僚が、家庭の中では妻に暴力を振るう最低のクズであったように……
「要件はわかった。だがまず訊きたい。何故君らはあのバーサーカーたちを追う? 令呪が欲しいのか?」
『報酬の件か。いや、それはどうでもいい。奴らを放置しておけば罪もない人たちが徒に犠牲になる。それを許すことはできない』
きっぱりと言うものだ。その迷いのなさに、思わず頷きそうになってしまった。
だが、まだ信用できるものか。口ではいくらでも綺麗事を言える。
「それは私も同感だ。だがこれは戦争だ。犠牲は避けられん。罪があろうと、なかろうと」
ベンディゲイドブランの不興を買わぬよう、ハッタリだということを手振りで伝える。
内心ではウェカピポもスティーブと同じ想いだ。ベンディゲイドブランも。
だが戦争である以上、状況を利用してスティーブらがウェカピポを謀ろうとしている可能性は決してゼロではない。
もっと深く、このスティーブ・ロジャースという男の本質を計らねばならない。
「さらに言えば、私はこの街の出身ではない。見も知らぬ人々がどうなろうと、大して心は傷まない。君は違うのか? アメリカ人」
『確かに僕もこの街の人間ではない。だがそんなことは関係ない。目の前に傷つけられそうな人がいるのなら、助けない理由などないからだ』
「……ご立派なことだ。何故そうまでして他人を助ける?」
『それが僕の生き方だからだ。兵士……戦う者が戦場で命を落とすのは仕方がない。それを覚悟して戦場に立つのだから。
だが、覚悟なき者、平穏に暮らしている人たちを私欲で傷つける奴は、悪党だ。僕は悪党が大嫌いでね』
言葉の端々から滲み出るのは、揺るがない意思。
耳障りの良い綺麗事のはずだが、どうしたことかウェカピポの心にするりと入り込んでくる。まるで自分の心を言い当てられているようだ。
そう、ウェカピポとて、何か意味のある大きなもの……たとえば祖国の民を守りたいという一心で、ネアポリス王族の護衛官になったのだから。
これが嘘だとしたら、彼は稀代の役者と言えるだろう。
『もちろん、これは僕の理由だ。君に強制はしない。だがもし、君が僅かでもこの平和な街の生活を気に入っているのなら、手を貸して欲しい。
共に戦ってくれとは言わない。このカラスを使って情報を提供してくれるだけでいい。それで僕らは十全に力を発揮できる』
「もし我々がバーサーカーどもを発見したとして、対処は君らがすると?」
『ああ。人任せにする気はない』
「私が漁夫の利を狙うとは考えないのか?」
『そのときはそのときだ。受けて立つよ』
静かに、やはり揺るぎなく。裏切りすらも考慮に入れている。
どこまでも、自分よりこの街の人々を優先しているという言葉。
スティーブに断りを入れ、一度通信を遮断。ベンディゲイドブランに問う。どう思う、と。
国を率いた彼女の人を見る眼は、ウェカピポよりも確かだろうから。
「虚言でない、と思う。このスティーブというマスター、本質はあなたととても良く似ている。
あなたは何かを守ることで自らの存在意義を見出す人間だ。だからこそ、あなたは私を召喚し得た。
おそらく、彼も。あの盾を見たか? あれは宝具ではないが、ただの盾でもない。長きに渡って幾多の死闘を潜り抜けてきたのだろう。
想い、意思、信念。守るという一点において、あの盾が放つ輝きに偽りはない」
シールダーとして、盾には一家言あるのか。スティーブが抱える盾を見て、ベンディゲイドブランは目を細める。
星条旗をモチーフにしたらしき円形の盾。埃や煤で薄汚れ、鋭い爪で引っ掻いたような傷跡が残るその盾は、儀礼用のハリボテではない、確かな重みと歴史を感じさせる。
あれは、ウェカピポにとっての鉄球と同じなのだろう。祖先から受け継ぎし鉄球の技。敵を倒し、大切な者を守るための力。
常に人々の前に立ち、背中にいる者を守る。ウェカピポも常にそうあろうとした姿。
「そもそも、彼らが私たちを謀ろうとしていたとして、利益がないか。こちらが差し出すのはワタリガラスによる索敵で、実際に血を流すのは向こうと言う。
シールダー、君の正体を暴こうとするならこうしてわざわざ接触してきたりはしないはずだからな」
「そうだな。特に今回、あちらから存在を知らせてきている。現に私たちも使い魔を放っているのだから、他のサーヴァントがそうしていてもおかしくはない。
返り討ちにする自信はあったのだろうが、かなり危険な橋を渡っていることに変わりはない」
「そこまでして他者に協力を求める。うむ、彼の言っていることが真実だとすれば確かに辻褄は合うな……」
たまたま今回はウェカピポとベンディゲイドブランが引っ掛かったが、他のサーヴァントがスティーブたちを発見していた可能性は低くない。
その誰かが好戦的な主従であった場合、戦闘は不可避であったろう。そのリスクを承知した上でこうしてウェカピポに協力を求めているなら、やはりスティーブの言葉に偽りはない、ということだろうか。
「…………」
黙考する。
最善手が何かはわからないが、少なくともここで手を引けば何も失わずには済む。
放ったワタリガラスをここから遠隔的に自死させることは可能だ。カラスという手がかりはもうどうしようもないが、それ以上の情報を与えないようにはできる。
ただしその場合、ウェカピポは討伐令には参加しないということになる。出遅れる、というだけではなく、利己的な計算で民間人の命を切り捨てたということだからだ。
ベンディゲイドブランは咎めはしないだろうが、ウェカピポ自身の心のしこりになるのは間違いない。心が清らかではいられない……
「……シールダー。彼らに会おうと思う」
「直接か? 危険ではないか」
「だが、顔を見てみなければわからないこともある。幸い、向こうに交戦の意思はないだろう。交渉がどうなるにせよ、君とあちらのバーサーカーがぶつかることはないはずだ」
「……了解した。これが好機であることは疑いない。ただし、場所はこちらが指定するところで。水辺なら私の宝具も最大限に稼働する。第三者の介入があったとしても、対応は可能だ」
「わかった。よし、繋いでくれ」
結論、ウェカピポはスティーブに会ってみることにした。これ以上言葉を重ねても確信は得られないし、またいつまでも使い魔を晒しておくのもうまくない。
顔を合わせる旨を伝えると、スティーブはやや驚いたように問い返してきた。
『いいのか? こちらにとっては願ってもないが』
「構わない。だが、他のサーヴァントの襲撃を避けるため、場所は指定させてもらいたい。埠頭で落ち合おうと思うが、どうだろうか」
『埠頭だな、了解した。このカラスはどうする? 連れていくか?』
「いや、そいつは一度消すことにする。君にこっぴどくやられたようだからな」
『ああ、それは……すまない』
「構わんさ。おかげでこちらも動く機会を得た。では、また後でな」
通話を切る。ウェカピはベンチから腰を上げると、霊体化したままのベンディゲイドブランを伴って埠頭を目指す。
馬はこの時代にそぐわないため、タクシーを利用した。ウェカピポが生きていた時代、自動車はようやく実用化されたというところ。
技術の進歩に内心驚いてはいたが、これが案外快適で気に入ってもいた。
『カラスは消したか?』
『ああ。しばらくは休ませたい』
『構わんが、もう一羽のカラスを先に埠頭に飛ばしておいてくれ。他のサーヴァントがいたら目も当てられん』
『既に向かわせている。だが問題はないだろう。特に変わった様子はない』
事務的に指示を終えると、ウェカピポはコートの下にある鉄球に触れる。
レッキング・ボール。壊れゆく鉄球。ウェカピポの武器。鉄球の状態は万全だ。
交渉の結果次第では、この鉄球が物を言うことになる……
タクシーが埠頭に着くまでのほんの僅かな間、ウェカピポは目蓋を閉じ、少しでも体力を温存しておこうと思った。
◆
「約束の場所はここだな」
カラスを通じた交渉を終え、実際に対面することになってから数十分後。
スティーブとファヴニールは指定された埠頭に到着した。彼らを待っていたのは、むせ返りそうなほどに濃密な霧の海だった。
「霧がひどいな……」
「待て、マスター。これは魔力の霧だ。迂闊に立ち入るな」
「ということは、これは彼らの仕業か、それとも別のサーヴァントの?」
俄に警戒を深める二人だが、その眼前に空から黒い影が舞い降りる。
それは先ほど捕獲した大ガラスだった。といって違う個体なのか、スティーブが与えたダメージはないようだったが。
『待っていた。先導する、このまま進んでくれ』
「君はさっきの……彼のサーヴァントか?」
『そうだ。横槍を入れられるのも困るので、人払いついでに結界を張らせてもらった。
安心してくれ、あなたたちに害は与えない。少なくとも、この交渉が終わるまでは』
カラスは男のマスターの声ではなく、凛とした女性の声で喋った。これがサーヴァントなのだろう。
ファヴニールと顔を見合わせる。敵の張った罠の中に飛び込むことに彼は良い顔をしなかったが、止めたところでスティーブが聞き入れるはずもないとわかってもいた。
「良かろう。だが忘れるな、もし我がマスターを謀ろうとしたのならば、この俺が黙ってはいない」
『承知しているさ、賢きバーサーカー。お前が並々ならぬ強者であることもな』
戦うならば、誰であろうと遅れは取らない。サーヴァントはお互いに譲らぬ自負を抱え、ここにいる。
カラスに先導され、スティーブとファヴニールはある大きな倉庫の中に入る。
埠頭にも倉庫にも人影はない。カラスのサーヴァントが人払いをしたと言っていたが、まさに人っ子一人いない。
「ここにいた人たちは無事なんだろうな?」
『当然だ。無辜の民に危害を加えることはしない。この霧では仕事にならないと引き上げさせただけだ』
やや強い口調でカラスが言い返す。疑いを持たれたことすら心外というように。
その様子を見て、スティーブはひとまず安堵する。邪悪なサーヴァントではない。今のところは。
倉庫の奥には、彫りの深い顔立ちの男が立っていた。
「ようこそ、スティーブ・ロジャース。改めて名乗ろう。オレの名はウェカピポ。サーヴァント、シールダーのマスターだ」
男――ウェカピポの傍に、長身の女が現れる。長身のスティーブよりなお高い。
輝くような金髪と、それとは対象的なカラスのように黒い鎧。中世の騎士のような出で立ちだ。
このとき、スティーブは無意識に戦友の……アスガルドの雷神、ソーを思い出していた。
確かにソーが着用しているのと同じような鎧だが、そこではない。身に纏う空気というか、雰囲気がソーに似通っているのだ。
知らず、畏敬の念を抱く。もしかすると彼女は、ソーと同じく神々の系譜に記される存在なのかも知れない、と。
だが、スティーブは怯まない。
彼女がどれだけ強大なサーヴァントであろうと、スティーブの隣に立つ男もまた、決して彼女に引けを取るものではないと信じているから。
その意気に応えるように、ファヴニールも霊体化を解いてスティーブと肩を並べる。それだけで身体を押し包んでいた圧迫感は消え失せた。
シールダーから、マスターであるウェカピポへと視線を巡らせる。
「初めまして、だな。僕はスティーブ・ロジャース。まずは交渉に応じてくれて感謝する」
「礼はいらない。こちらもどう動くか悩んでいたところだ。きっかけをくれて、むしろ感謝している」
「にしても、シールダー……か。奇遇だな。見ての通り、僕も盾持ちでね」
「中々の腕前だとお見受けする。相手にとって不足はない」
ウェカピポは静かに言う。スティーブはその声の響きに張り詰めたものを感じ取った。
まるで今から一戦交えようと言い出すかのような、そんな緊張だ。思わず手が盾に伸びる。
「お察しの通りだ。ロジャース、私と立ち会ってもらいたい」
「何故だ? 戦う気はないと言ったはずだが」
「それは聞いている。だが必要なことだ。お前が本当に手を組むに値する男かどうか知っておきたい」
すっと、ウェカピポがコートから手を出す。そこには、野球のボールとほぼ同サイズの鉄の球が握られていた。
「お前の言葉、偽りはないように思える。だが、言葉だけでは信頼することはできない。
お前が本当に無駄な犠牲を出したくないなら、相応の力を持っていることを証明しなければただの絵空事に過ぎないからだ」
「なるほど。吐いた言葉に見合うだけの力を示せということか」
少なくともこれが騙し討ちや罠に類するものではないということを知り、スティーブは逆に安心した。
ウェカピポが悪党なら、こうしてわざわざ宣言する必要はない。どこかのタイミングで自由に襲われたら先制攻撃をまともに受けていただろう。
だが彼はそうしなかった。曲がったことを嫌う、筋を通す男だということだ。
スティーブはウェカピポに好感を持った。次は、スティーブが彼の信頼を得る番だ。
「バーサーカー、手を出さないでくれ。僕がやる」
「しかし、マスター。いざというときには」
「それはそちらのサーヴァントが動いた時だけだ。これは僕とウェカピポの勝負。ここを越えられないようではどのみち先はない」
「……了解だ」
渋々、ファヴニールは引き下がる。こうなったらもうスティーブは止まらない。
短い付き合いだが、ファヴニールもそれは理解している。
「当然、こちらもシールダーに手は出させない。公正な果たし合いだ」
「決闘か。古風だが、憎しみによる戦いではないことが救いだな。相手になろう」
ここに来るまでの間に、スティーブは既に戦闘スーツに着替えていた。
このスーツを纏ったとき、スティーブは一人の兵士……キャプテン・アメリカとなる。
十メートルほどの距離を挟んで、キャプテン・アメリカとネアポリス護衛官は対峙した。
お互いのサーヴァントが見守る中で、マスター同士の決闘が始まる。
「シールダー、合図を頼む」
「うむ。では……始め!」
女騎士の号令により、スティーブは地を蹴った。
全力ではなく、六部ほどの力で走る。ウェカピポが何をしてこようと、余裕を持って対処できるように。
距離が半分ほど縮まったとき、ウェカピポは腕を伸ばし投擲のモーションを終えていた。
放たれる鉄球。メジャーリーガーもかくやという投球速度。当たれば頭蓋骨など容易く粉砕しそうな質量弾。
スティーブは足を杭のように地面に打ち付け、踏ん張る。左手の盾を構え、右手で支える。
この盾は、戦友である
トニー・スタークの父親ハワード・スタークが鍛えた盾だ。
今まで幾つもの戦場をキャプテン・アメリカと共に潜り抜けてきた相棒。半身とさえ言っても良い。
かつて怒れるソーの一撃すらも防ぎきったこの盾ならば、初めて見る鉄球の技にとて負けはしないとスティーブは信じる。
果たして、鉄球と盾は激突。重い衝撃がスティーブの腕に伝わる。直撃していれば、超人血清で強化されたこの肉体すらも貫くだろう威力を秘めている。
だが、防いだ。スティーブが全霊を込めて掲げた盾は見事に鉄球を受け止め、あらぬ方向へと弾き返した。
がら空きのウェカピポへ、再度突進。固めた拳を振り上げる。
殺す気はない。だが、一度始めた以上は何らかの形で決着を着けなければ終われない。
攻撃を防がれ、立ち尽くすウェカピポへ一撃を加えようとし……
違和感を覚えた。あまりにも、呆気なさ過ぎる。
鉄球の威力は大したものだったが、何の裏もない真っ直ぐな投球だった。盾がなくとも身をかわせば避けられたかもしれない。
自分から決闘を持ちかけておいて、こんなにも簡単に終わるものか? ウェカピポとは口だけの男なのか?
そうではない。それは、確たる光を宿す男の瞳からも明らかだ。
ウェカピポは勝負を捨ててなどいない!
「マスター!」
危機を感じたスティーブの脳がアドレナリンが多量に分泌し、自身を活性化させる。
泥めいて鈍化するスティーブの主観時間。一瞬が数秒にも引き伸ばされる感覚。
ファヴニールの声が遠く聞こえる。
突進の勢いのままに身体を捻り、盾を背後へと向ける。
スティーブが見たのは、弾いたはずの鉄球からいくつも飛び出てくるさらに小さな弾……衛星の群れだった。
散弾のように散らばり、向かってくる弾を盾で受ける。一発、二発……七発、八発……十四発。
次々に襲い来る衛星を受け止める。衛星は一発ごとに違う軌道を辿り、スティーブへと襲い来る。
必死に身体を操作し、盾で受け、回避。息吐く暇もなく衛星を受け止めていく内、スティーブの体勢が崩れていく。
だが一発とて直撃を許さない。本職のシールダーからしても文句のない盾捌きを見せるスティーブ。
足を狙った衛星を、盾を打ち下ろして弾く。最後の一発は肩を掠ったが、スーツを貫くほどのものではない。
凌いだぞ。スティーブはそう言おうとし。
「……何っ!?」
突如、転倒した。何の前触れもなく。
慌てて手を突き立ち上がろうとするが、うまくいかない。何度試そうとも、バランスを崩してしまう。生まれたての子鹿のようにもがく。
「どうした、マスター! 何をしている!?」
「バーサーカー、僕の……僕の左腕はどうなっている!? まるで感覚がない!」
「何だと……?」
ファヴニールが見ているのは、スティーブが右手と右足だけで立ち上がろうとして何度も失敗している姿だけだ。
何故左半身を使わないのか。左手を突けば、左足の膝を立てれば、すぐにでも立ち上がれるだろうに。
「バーサーカー! 僕の左腕は、左足は、“ある”のか!? 盾を持っている感覚すらない!」
「ある! なくなってなどいない、今もお前は左腕に盾を持っているぞ!」
ファヴニールの眼には、スティーブの左腕にある盾がはっきりと見える。
だがそれを、当のスティーブは認識できないという。
「ある、のにない……認識できていない……?」
「そうだ。左半身失調……今、お前のマスターは自身の左半身を一切認識することができない。
これが我がネアポリス護衛官の技……レッキング・ボール(壊れゆく鉄球)」
第三者が見ている以上、特に隠す必要もないと判断したか、ウェカピポ自身がファヴニールのの疑問に答えた。
その手にはもう一つの鉄球がある。ただの一発でスティーブを戦闘不能に追い込んだ鉄球が、もう一発。
加えて、もうスティーブは盾を構えることができない。これでは衛星どころか大本の鉄球すら防げはしない。
「果たし合いは……オレの勝ちだな。降伏するか?」
静かに、ウェカピポ。勝ち誇ったりなどしない。
鉄球の技は、知らぬ者にとってはほぼ一撃必殺。レッキング・ボールの本当の脅威は鉄球そのものではなく、その衝撃波が起こす効果にある。
それが、左半身失調だ。視界の片側、左手や左足の自由を奪う。
本来であれば二人一組、奪った視界の片側にもう一人が入り込んでとどめを刺すのがこの戦法の常道だが、今はウェカピポ一人。
スティーブが降伏しないのならば、容赦なく鉄球を打ち込む。その意志が言葉にせずとも伝わってくる。
降伏すれば命は助かるかもしれない。だが、ウェカピポの信頼を得ることはできなくなる。それは……認められない。
「力が伴わなければ、理想は空論に過ぎん。そんな輩にオレの命運は預けられない」
「動くぞ! 構わんな、マスター!」
マスターが命を奪われようとしている。ファヴニールが黙っているはずもない。
しかし彼を阻むようににベンディゲイドブランが立つ。
彼女はウェカピポの行動に口を挟まない。だが、二人の決闘に水を刺そうとするファヴニールを看過もしない。
ファヴニールが爪を剥き出し、戦闘態勢に移行しようとした。
「どけ……!」
「待て、バーサーカー! まだ終わっちゃいない!」
そのファヴニールを押し留めるのは、誰あろう彼のマスター本人だ。
左半身が動かない。それがわかったのなら、何とか立ち上がれもする。右手と右足を撓め、地面を押し出すように突き放す。
常人を超えた肉体はその無茶に応え、スティーブは何とか右足一本で自立した。
「……なるほど、これが君の技か。驚いた。こんなのは初めてだ」
「まだやる気か? その状態で勝てると思っているのなら、甘いぞ」
「当然さ。君の力は見せてもらったが、それだけで終われるはずがない。まだ、僕の力を見せてはいないからな!」
スティーブは片足立ちでファイティングポーズを取る。
だがいかに鍛えた超人の身体とはいえ、右半身だけで戦闘を行うのは不可能だ。
加えて、頼みの盾すら今は認識できない。
「戦闘は続行、ということだな。ならばオレも遠慮はしない。構わんのだな」
「もちろんだ。バーサーカー、もう一度言う。これは僕とウェカピポの勝負だ。手を出すなよ」
ファヴニールがスティーブを想って行動に出ようとしたのはわかる。
しかし、ここで彼の手を借りてはいけない。ウェカピポは己の身体一つでスティーブと向かい合っている。
ならばスティーブもそれに応えなければ、どうして彼の信頼が得られようか。
スティーブと霊的なラインで繋がるファヴニールは、その想いをこれでもかと叩き付けられる。
こうなればスティーブは梃子でも動かない、それこそ世界を敵に回してでも。
「信じてくれ、バーサーカー。僕は……いつだって、負けると思って戦うことはない」
「……ああ、わかった。お前を信じよう、スティーブ・ロジャース。決して砕け得ぬお前の盾を、信じよう」
「すまないな……!」
スティーブは片足で深く身を沈める。ウェカピポが再度投球のモーションに入る……と見せかけ、一歩横にズレる。
スティーブの認識できない左側の視界の中に。
だがそれを卑怯と責めはしない。何となればこの症状のカラクリを明かしたのはウェカピポ自身だ。
その言葉に則った戦い方をするのは正しく“公正”なものだ。
だが、結果的にスティーブは危地に追い込まれる。どこから、いつから撃ってくるかわからない致命の鉄球。
鉄球本体を受ければ死ぬ。本体を避けても、衛星を受けても死ぬ。衛星をかわしても、衝撃波を受ければまた左半身の自由が奪われる。
絶対不利の状況。しかしファヴニールに啖呵を切った通り、スティーブはこの状況にあって決して勝負を投げてはいない。
(右目は見えるってことは……)
右足を撓め、右腕を大きく振って勢いをつける。スティーブの身体はその場でコマのように回転し始めた。
倒れるより早く回転、ベクトルを下向きから横向きに変換して回転を速めていく。
左半分が見えなくとも右半分が見えているのなら、一回転すれば右の視界はいずれ左に辿り着く。
見えた。ウェカピポは左側に動きながら投球モーションに入っている。スティーブはさらに回転する。
片足片腕とはいえ、超人の肉体だ。一回転の速度は一秒にも満たないコンマ何秒の世界。
それでも、一回転する度にウェカピポは刻一刻と鉄球に力を送り込み、投げ放とうとしていく。終わりの瞬間が近づいてくる。
まだだ、まだ、まだ……タイミングが全てを決める。
ウェカピポが完全に鉄球を手放す、その一瞬……一瞬の一呼吸前。
(ここだ……!)
スティーブは回転を止める。唸りを上げて放たれる鉄球。左半身の自由はまだ戻らない。
盾を構えられなければ、即ち死だ。彼方でファヴニールが拳を握る。その僅かな音さえ聞こえるほど、心臓が早鐘を打ち、思考が加速している。
鉄球はまだ破裂しない。好都合だ、今は散弾よりも一発が重い方が対処しやすい。
三秒後にはスティーブの胸板に鉄球が着弾する。
いかに防弾防刃性のスーツといえど、この鉄球の威力の前には布切れ同然。死が口を開け、スティーブを呑み込もうとした。
「トニーに感謝することになるとは……な!」
左半身は動かない。右半身は動く。スティーブは胸元に右腕を引き寄せ、拳を強く握った。
鉄球が着弾。甲高い金属音。
ウェカピポの眼が見開かれた。
スティーブにはわからないが、対峙していたウェカピポにははっきり見えていた。
操作権を失っているはずのスティーブの左腕が弾かれたように持ち上がり、鉄球とスティーブの間に盾を滑り込ませた瞬間を。
鉄球の衝撃がスティーブに叩き込まれる。が、ダメージを負わせることはない。盾がその力を全て吸収した。
結果、後方に弾かれたようにスティーブが飛んで行く。鉄球の本体は……盾によって弾かれ、空中へ。
「しかし、まだだ! まだ衛星は生きているぞッ!」
ウェカピポの気合。応じるように、弾かれた鉄球から次々に衛星が飛び出していく。
体勢を崩したスティーブはもう踏ん張れない。盾で防ぐことはもうできない……はずだ。
そんなウェカピポの予想を、スティーブは上回る。
スティーブが欲していたのはほんの僅かな時間だ。
レッキング・ボールの散弾が全て解き放たれ、各々の軌道を宙に描き出すまでの、二秒にも満たない時間。
その一秒で、スティーブは十四個全ての衛星を視界に捕らえた。
「おおおおぉぉっ!」
雄叫びを上げる。左腕にマウントされていた盾は、いつの間にか右腕に移っていた。。
体勢は崩れている。踏ん張る時間はない。だが、キャプテン・アメリカの強靭な肉体と運動神経は、倒れ込みながらの回転運動を可能とする。
倒れ込みながら……回転する。足首、膝、腰、背骨、肩、肘、手首へと力が伝わっていき、盾に注ぎ込まれる。
そして、発射。
スティーブの右腕から放たれた盾は、襲い来る衛星の先頭、最初の一つに激突。
質量で勝る盾が衛星を弾く。衛星は叩き落とされ、盾は僅かに軌道を変更し、次の衛星へ食らいつく。
その衛星を蹴散らし、また軌道を変えて次の衛星へ。その次も、その次も……
「何だと……!」
ウェカピポの眼前で、キャプテン・アメリカの盾が縦横無尽に飛び回る。
直進する衛星の間を縫うように飛び回り、一つ一つ叩き落としては自らは逆に衛星の勢いを吸収して速度を増していく。
ウェカピポの鉄球の技とは違う。物体に当て、その反射する角度を計算し尽くし、微細な力加減で挙動をコントロールする。
極めれば数人の敵を順々に薙ぎ倒し、最後にスティーブの手元に戻すことも可能。
キャプテン・アメリカが戦場で見出した、誰も真似することのできない彼だけの戦闘術だ。
瞬く間に十四個の衛星全てを撃ち落とし、盾は地面に突き刺さった。
ウェカピポの手元に鉄球本体が帰ってくる。衛星を撃ち尽くしたそれはかなり軽くなっていたが、殺傷力は今だ健在だ。
スティーブに向けて放つ寸前、盾が一人で動き出しスティーブの元へと飛んで行く。
彼が掲げた腕に吸い寄せられ、装着された。
「トニー・スターク謹製のスーツがなければ負けていたな。だがずるいとは言わないでくれよ」
左半身を失調している状態で、どうやってスティーブは左腕の盾を動かしたか。その理由はスティーブが着用している戦闘スーツにあった。
このスーツは、アベンジャーズの共同リーダーにしてメインスポンサーにして装備開発部長であるところのトニー・スタークが作ってくれたものだ。
キャプテン・アメリカが得意とする盾の投擲術だが、しばしば敵に受け止められたり弾かれたりで戻ってこないことがあった。
そんなときのために、磁力でスティーブの方から盾を引き寄せる機能を持たせたのが、このスーツだった。
左腕とそこにある盾を認識できないとはいえ、“そこにある”のは変わりない。
ならば脳の認識が介在しない方法で……つまりは機械的、自動的な方法で右側に引き寄せればいい。
盾を動かしたのはスティーブの左腕ではなく、右腕のスーツから発した磁力だ。これなら左半身失調を発症していても問題はない。
じっと、スティーブとウェカピポは睨み合う。
一合目はウェカピポが勝り、二合目はスティーブが凌いでみせた。そして三合目だが、こうなると不利なのはウェカピポの方だ。
鉄球本体は二発とも健在とはいえ、双方の衛星は全て撃ち尽くしている。さらにスティーブを蝕んでいた左半身失調もそろそろ切れる。
超人が万全を取り戻せば、一手を欠くウェカピポの劣勢は言うまでもなく。
だがウェカピポから果たし合いを持ちかけた以上、不利だから止めようなどと言えるはずがない。
二人はじっと、睨み合う。
「……ここまでだ。もう十分、力を示しただろう? お互いに」
先に武器を、盾を下ろしたのはスティーブの方だった。
元より相手を殺そうとする戦いではない。手の内を見せ合った以上、これ以上やり合う理由はないと判断したのだった。
「……ああ、いいだろう。先の言葉を取り消そう、スティーブ・ロジャース。お前には力がある。その言葉に見合うだけの力が」
ウェカピポもまた、武器を下ろす。
こうして、彼らの聖杯戦争初となる戦いは、双方血を流すことなく終わりを迎えたのだった。
◆
「別れる前に一つ、言っておくことがある。僕は聖杯を破壊するつもりだ」
決闘が終わったが、すぐに同盟を組むという話をすることはできなかった。
理由は簡単、ウェカピポの昼休みの時間がそろそろ終わるからだ。
別にこのままサボってもいいのだが、不用意に目立つ真似をするべきではないというベンディゲイドブランの意見と、一度受けた仕事は全うしたいという彼自身の掟において、ここは解散することになった。
それに、いくらベンディゲイドブランが結界を張ったとはいえ、“この埠頭に結界がある”という事実そのものが他のサーヴァントに対して警戒を促すことになる。
ここはひとまず仕切り直しを、と全員が同意した。
そんなとき、スティーブから切り出された言葉はウェカピポを驚かせるに足るものだった。
「何だって? 聖杯を壊す?」
「ああ。僕は聖杯を……誰かの犠牲の上に成り立つ奇跡を認められない。だから、聖杯を壊し、この聖杯戦争を開いた者を倒す。それが僕らの方針だ」
「バーサーカー、貴殿も了承しているのか?」
ベンディゲイドブランがファヴニールに問う。
それはサーヴァントにすれば到底了承し得ない、戦う意味すら無に帰す馬鹿げた道であるためだ。
「ああ。俺はマスターと共に行く。彼の歩く道を守ることこそ、俺の願いそのものだ」
「……つくづく変わったバーサーカーだ」
しかしファヴニールは躊躇なく肯定した。叶えたい願いなどない、マスターの盾となるだけだ、と。
その在り様は、クラスこそ違えどまさに“守る者”――シールダーのようで。
決闘の間、ずっとファヴニールに警戒を払っていたベンディゲイドブランだが、ここで少しだけ表情を柔らかくした。
「しかし、何故それを俺たちに明かした? 得はない……どころか、反発されるだけだとわかっているだろう」
「共に戦う以上、隠し事はしたくなかった。今は協力するが、僕がこういう立場である以上、いずれ君たちと戦うこともあるかもしれない。
ウェカピポ、君にも聖杯を望むだけの願いがあるんだろう?」
「……ああ。あるとも」
「それについては僕がどうこう言うことはできない。事情は人それぞれだしな。実際のところ、僕の願いは君の、いや他のすべてのマスターには受け入れがたいものだろう。
だが、無意味な犠牲を出したくないということだけは本当だ……聖杯に頼らないでも問題が解決する、その方法を探してみるつもりだ」
「そんなもの……」
あるはずがない。そう言おうとしたが、言えなかった。
ウェカピポとて、手を汚さずに願いが叶うのなら、光を失った妹を幸せにできるのなら、その方が良い。
「……お前の言い分は覚えておく。だが今はいい。まずバーサーカーどもを何とかすることから考えよう」
「ああ、惑わせるようなことを言ってすまなかった。じゃあ、後で連絡する」
こうして、スティーブ・ロジャースとファヴニールは去っていった。
ベンディゲイドブランの霧が彼らを保護しているため、誰かが監視していたとしてもそうそう後を追われることはないはずだ。
再びタクシーに乗り、座席に身を沈めたウェカピポ。念話でベンディゲイドブランに話し掛ける。
『どう思う、シールダー。彼らは……彼は』
『……私個人の感想で言えば、スティーブ・ロジャースは紛れもなく英雄の器だろう。ともすれば、いずれ英霊に至るやも知れない』
『英雄、か……確かにな』
聖杯を壊す。犠牲を食い止める。悪党を倒す。
なるほど、絵に描いたように善良な英雄だ。異なる立場のウェカピポですら、その言葉を信じてしまいそうになるほどに強烈な魅力を放っている。
だが、いや、だからこそ……
『危険だな、彼は』
『そうだな。彼の意思は強固だ。おそらく何者にも曲げることはできないだろう』
スティーブは聖杯を壊すと言った。当然ウェカピポには認められないその願いだが、もしかしたら賛同する者が出るかもしれない。
スティーブやウェカピポのような戦闘者ではない、たとえば妹のような力の弱い者がマスターとなっていたならば。
殺し合い、奪い合いを否定するスティーブは彼らの希望の拠りどころとなり、一つの巨大な力へと成長してしまうのではないか、と。
当面は頼れる味方であるが、いつかは強大な敵になる。スティーブ・ロジャースはそんな男だ。
『個人としては信頼に足る男だ。こんな場所で出会いたくはなかったな』
『だが、それが聖杯戦争だ。いずれ戦うことを思えば、あまり情を移すべきではない』
『わかっている……わかっているよ』
ウェカピポの本質は、守る男だ。
大切な者、故郷、誇り、約束……ウェカピポは何かを守ることで存在意義を確立している。
であれば、人々を守ろうとするスティーブに親近感を抱くのは何らおかしくはない。それが危険なこととわかってはいても。
『やりようによっては、利用できると言えなくもない。彼らが好戦的な主従を倒して回ってくれるのなら、オレたちは労せずして聖杯に近づける』
『……そうだな』
とても公正とは言えない、ウェカピポの独り言。応じるベンディゲイドブランの声も苦い。
別にそうすると決めたわけではない。そういう選択肢もあると常に考えておかなければ、スティーブを倒すべき敵として見ることが難しくなる。
やれやれ、と首を振る。とにかく、短時間であるが手を組むとは決めたのだ。
スティーブのスタンスがどうあれ、当面彼らが裏切る心配はしなくていいはずだ。
連絡先を交換したため(ウェカピポからすれば未来の技術、携帯電話は職場から支給されている)、次からはカラスを介さずに済む。
仕事が終わり次第、もう一度彼らと接触を図ろう。そう考え、病院に戻ったウェカピポのすぐ前を、ストレッチャーに乗せられた患者が搬送されていく。
「――の名前は北条加蓮、先日まで入院していた患者です! 症状は以前と同じ、血圧低下、すぐに処置室に――」
学生と思しき少女。肌にはびっしりと汗が浮かび、呼吸も切れ切れで、今にも呼吸を止めてしまいそうだ。
切羽詰まった意思と看護師のやり取りを尻目に、ウェカピポは勤務に戻る。
しかし、霊体化しているはずのベンディゲイドブランが搬送されていった少女の行方をじっと見つめていることに気がついた。
「どうした? シールダー」
「いや、何でもない……少し気になることがあっただけだ。報告するほどではない」
何やら思案しているベンディゲイドブランだが、それを問い質すことはウェカピポにはできなかった。
午後の勤務が始まる。早めに抜けた分、ここで取り戻しておかなければ今後の活動に支障が出るかもしれない。
スティーブ・ロジャースとの対話を脳内で思い返し、次にあった時にどうするかを考えつつ……ウェカピポは労働に励むのだった。
【新都 病院/12月23日 午前】
【ウェカピポ@ジョジョの奇妙な冒険 Steel Ball Run】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]鉄球×2(衛星は回収した)
[道具]日用品、携帯電話
[所持金]そこそこ
[思考・状況]
基本行動方針:国へ帰り、妹を幸せにする。
1.スティーブと組んで、バーサーカーたちを討伐する。
2勤務を終えた後、再びスティーブと接触する。
3:スティーブ・ロジャースの在り方を警戒。
[備考]
1.冬木市では警備員の役割を与えられています。
2.今日(23日)の現場は新都の病院。
3.スティーブと連絡先を交換しました。
【シールダー(ベンディゲイドブラン)】
[状態] 健康
[装備] 国剣イニス・プリダイン
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:今度こそ、誰かを救う
[備考]
1.討伐令の参加については保留。しかし、対象者たちは許しがたいと考えている。
2.使い魔のワタリガラスである『ブランウェン』と『ブラン』を召喚し、空から冬木市を探索させています。
3.ワタリガラスのどちらかが負傷したため、休ませています。
【深山町/12月23日 午前】
【スティーブ・ロジャーズ@マーベル・シネマティック・ユニバース】
[状態] 健康
[装備] 戦闘用スーツ
[道具] 特製シールド、キャリーバッグ、携帯電話
[令呪] 残り三画
[所持金] 10万前後
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
[備考]
1.討伐令が出された二組のバーサーカー主従の凶行を止める
2.深山町周辺にて捜索、夜7時頃に一度アレルと合流して情報共有。
3.バーサーカー討伐の協力者を探す。
4.聖杯戦争を止めた上でアレルを助ける手がないか探してみる。
5.少し待って、ウェカピポと連絡を取る。
[備考]
1.ライダー(董卓)の姿を確認しました。
2.アレルと共闘関係になりました。期限は討伐令の出されたバーサーカーの二組が脱落するまでです
3.冬木市ではスポーツインストラクターの役割を与えられています。
4.ウェカピポと連絡先を交換しました。
【
ファヴニール @バーサーカー】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
[備考]
1.マスターに同行する。
時系列順
投下順
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Character name |
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| :WINter soldiers |
スティーブ・ロジャーズ |
:[[]] |
| バーサーカー(ファヴニール) |
最終更新:2017年06月05日 10:56