二人だけのふわふわ時間
第2話:二人だけのふわふわ時間-sidemio-
それは唯が髪型騒動から一週間がたった日の放課後のこと。
「うう…怖くない怖くない怖くない…」
誰もいない部室で1人で寂しくベースの調整。
なぜ部室に私しかいないのかと問われたら律とムギ、梓が疲れてるからといって先に帰ってしまったからだ。
私が掃除で遅れて部活にむかうと同時に帰り支度を済ませた3人が丁度部室から退出する場面に出くわし、
なぜ部室に私しかいないのかと問われたら律とムギ、梓が疲れてるからといって先に帰ってしまったからだ。
私が掃除で遅れて部活にむかうと同時に帰り支度を済ませた3人が丁度部室から退出する場面に出くわし、
「あー…悪い澪、今日はいろいろあって疲れたから部活は休みってことで。じゃ、先帰るわー…」
「右に同じです。澪先輩、すいません…」
「私も…。ごめんね澪ちゃん」
「え…っ?律はともかく、梓やムギまで一体どうしたんだ?」
「右に同じです。澪先輩、すいません…」
「私も…。ごめんね澪ちゃん」
「え…っ?律はともかく、梓やムギまで一体どうしたんだ?」
訳を聞こうとしてもやけにぐったりした表情をした3人は顔を見合わせて
「「「はぁ…」」」
と、溜息をついただけで何も答えてはくれなかった。
「唯も先に来てるんだけどさ、今野暮用で部室にいないんだ。唯が帰ってきたら部室の鍵だけ返しといてくれ…」
「ちょ…っ!おい、律!」
「じゃ、これ鍵な。あとは任せたー…」
「ちょ…っ!おい、律!」
「じゃ、これ鍵な。あとは任せたー…」
部室の鍵を無理矢理私に託して律、梓、ムギの3人はヨロヨロとおぼつかない足取りをさせながら帰っていった。
「一体、何があったんだよ…」
私の呟きに答えてくれる人はいるはずもなく。
唯の帰りを1人で待つことになってしまい、今に至るというわけだ。
うう…、まだ暑いとはいえ最近日が落ちるのが早くなってきているせいか辺りは既に薄暗いし。
部室の電気は点いているものの、窓の外が薄暗くなっているのをみると途端に心細さが増してきている。
唯の帰りを1人で待つことになってしまい、今に至るというわけだ。
うう…、まだ暑いとはいえ最近日が落ちるのが早くなってきているせいか辺りは既に薄暗いし。
部室の電気は点いているものの、窓の外が薄暗くなっているのをみると途端に心細さが増してきている。
「ぐす…っ」
そんな孤独に私が耐えられるはずもなく、寂しさに思わず目に涙が溢れてきた。
と、涙が零れる手前でガチャリと扉の開く音。
と、涙が零れる手前でガチャリと扉の開く音。
「ふぃー…、ただいまー」
少しばかり疲れた顔をさせて部室に入ってきたのは唯だった。
「あ…、唯」
「えっと…、あれ?澪ちゃんだけ?皆は?」
「えっと…、あれ?澪ちゃんだけ?皆は?」
間延びした声に安堵して思わず振り向く――けれど、涙目になっていたのを思い出して慌てて後ろを向いた。
「なんか、私が来た時には皆ぐったりしてて。三人共、先に帰ったよ」
「そっか。だったら澪ちゃんも一緒に帰ればよかったのに」
「そうしようかと思ったけど…来たばっかりだったし、練習せずに帰るのは嫌だったんだ。それに…」
「そっか。だったら澪ちゃんも一緒に帰ればよかったのに」
「そうしようかと思ったけど…来たばっかりだったし、練習せずに帰るのは嫌だったんだ。それに…」
唯の言う通り、メールするなり書置きを残すなりで鍵を置いて帰ることも出来た。
けれどそれをしなかったのは、唯に鍵を任せて大丈夫なのかという純粋な心配もあったのだけれど。
けれどそれをしなかったのは、唯に鍵を任せて大丈夫なのかという純粋な心配もあったのだけれど。
「…それに?」
…それだけじゃないのは自分が一番よく分かっている。
脳裏に浮かぶのは1週間前の出来事。
1週間経ったとはいえあの髪型と雰囲気の違う唯には相変わらず慣れない。
脳裏に浮かぶのは1週間前の出来事。
1週間経ったとはいえあの髪型と雰囲気の違う唯には相変わらず慣れない。
「…っ!そ、それに、定期的に唯の状態を把握しておかないとなっ!テストがあるたびにギターのコード忘れられたら、困る、から…」
一気に顔が熱くなってきて――ヤバイ。
駄目だ。こんな顔、唯に見せるわけにはいかない。
駄目だ。こんな顔、唯に見せるわけにはいかない。
「あ、あはは…耳が痛いや。でも私の為にありがと、澪ちゃん」
「う…べ、別に、私が好きでやってるだけだから」
「それでもありがとう、だよ。…そだ、復習も兼ねて二人で『ふわふわ時間』やろうよ!私と澪ちゃんのダブルボーカル付きでさっ」
「ええっ!?ふ、二人で?」
「うん。だって、澪ちゃんと一緒に歌ってる時が一番楽しいから」
「う…べ、別に、私が好きでやってるだけだから」
「それでもありがとう、だよ。…そだ、復習も兼ねて二人で『ふわふわ時間』やろうよ!私と澪ちゃんのダブルボーカル付きでさっ」
「ええっ!?ふ、二人で?」
「うん。だって、澪ちゃんと一緒に歌ってる時が一番楽しいから」
ふわりと、柔らかな声と共に聞こえたそんな台詞。
そんな事嬉しい事を言われて、赤面しない人間はいないと思う。
そんな事嬉しい事を言われて、赤面しない人間はいないと思う。
「あ、ぅ…。その…そ、そうか…。……ん、よし。じゃあ唯のチューニングが終わったら合わせようか」
今、改めて思う。
唯とのツインボーカルは、やっぱり楽しい。
唯と私だけしかいない部室での演奏。
ベースの音とギターの音がうまく重なりあって。
そこに私と唯の声を乗せると周りが明るくなって楽しい気分になる。
人前で歌うのはどうしても羞恥心が先行してしまうけれど、今はそんなことを気にしなくてもいい。
いつもの練習と違う、2人だけの演奏。
それがこんなに楽しいと感じるなんて思いもしなかった。
唯とのツインボーカルは、やっぱり楽しい。
唯と私だけしかいない部室での演奏。
ベースの音とギターの音がうまく重なりあって。
そこに私と唯の声を乗せると周りが明るくなって楽しい気分になる。
人前で歌うのはどうしても羞恥心が先行してしまうけれど、今はそんなことを気にしなくてもいい。
いつもの練習と違う、2人だけの演奏。
それがこんなに楽しいと感じるなんて思いもしなかった。
「…うん。良い感じに合わせられたな」
「そうだね。澪ちゃんとうまく合わせられた感じがする。歌もよく声が通ってたし」
「そうだね。澪ちゃんとうまく合わせられた感じがする。歌もよく声が通ってたし」
ふわふわ時間を演奏した後は、普段出来ないようなことを2人でやったりした。
ロックバンドみたいに背中合わせに寄りかかって演奏してみたり。
一つのマイクを二人で演奏する真似事をしてみたり。…まぁ、マイクはエアマイクだったんだけど。
律あたりがノリノリでやりそうなことを唯と2人で思い切りやった。
普段の私なら絶対にしないのに唯と演奏してたら楽しくなって、辺りが暗くなっているのに気付くまで時間がかかってしまった。
帰り支度をしながら、唯が部活に遅れてきたことについて話しはじめた。
ロックバンドみたいに背中合わせに寄りかかって演奏してみたり。
一つのマイクを二人で演奏する真似事をしてみたり。…まぁ、マイクはエアマイクだったんだけど。
律あたりがノリノリでやりそうなことを唯と2人で思い切りやった。
普段の私なら絶対にしないのに唯と演奏してたら楽しくなって、辺りが暗くなっているのに気付くまで時間がかかってしまった。
帰り支度をしながら、唯が部活に遅れてきたことについて話しはじめた。
「今日はハプニングさえなかったら普通に演奏出来たと思うんだけどね」
「そういえば私が来る前に何かあったのか?律達に聞こうとしたんだけど何も答えてくれなくてさ」
「んー、私も良く分かってないんだけど」
「そういえば私が来る前に何かあったのか?律達に聞こうとしたんだけど何も答えてくれなくてさ」
「んー、私も良く分かってないんだけど」
そう前置きしながら教えてくれたのは唯のファンクラブのこと。
髪型が変わったことで唯の違った魅力にやられた人が増えているのは知っていた。
だからファンクラブができるのも時間の問題だろう、と。
髪型が変わったことで唯の違った魅力にやられた人が増えているのは知っていた。
だからファンクラブができるのも時間の問題だろう、と。
「唯のファンクラブ、か…」
「私もさっきりっちゃんに聞いたんだけど、びっくりしたよ。まさか自分のファンクラブができるなんてさ、なんだか照れるね」
「…唯はさ、ファンクラブが出来て嬉しいか?」
「へ?うーん…そうだねぇ、いきなりだったから驚いたよ。だけど、応援してくれてるのが伝わってくるし…嬉しいかな」
「そう、か」
「私もさっきりっちゃんに聞いたんだけど、びっくりしたよ。まさか自分のファンクラブができるなんてさ、なんだか照れるね」
「…唯はさ、ファンクラブが出来て嬉しいか?」
「へ?うーん…そうだねぇ、いきなりだったから驚いたよ。だけど、応援してくれてるのが伝わってくるし…嬉しいかな」
「そう、か」
ファンクラブができた事は別にいい。
唯の人気がそのまま軽音部の人気に繋がると考えたら悪いことじゃない、寧ろ嬉しいことなんだ。
それなのに何故か私は素直にそれを喜べない。
寂しいのか、それとも―…。いや、深く考えるのはやめよう。
唯の人気がそのまま軽音部の人気に繋がると考えたら悪いことじゃない、寧ろ嬉しいことなんだ。
それなのに何故か私は素直にそれを喜べない。
寂しいのか、それとも―…。いや、深く考えるのはやめよう。
「澪ちゃん?」
「…ごめん、なんでもないんだ」
「…ごめん、なんでもないんだ」
自分のファンクラブが出来たときは唯や梓から羨望の目で見られたり律にからかわれたりしていた所為か、嬉しさよりも戸惑いや恥ずかしさが先行していた気がする。
…未だにファンクラブの会員と思わしき生徒の視線やライブでの黄色い歓声には慣れないし。
けれど、そんな私と違って唯は嬉しいと言う。
人の好意や羨望を邪推も無しに受け止めて素直に返せる唯は凄い。
確かにファンクラブが出来たのは見た目が変化に当てられたからだろうけど、それが無くても唯には人を惹きつける魅力がある。
皆が唯の魅力に気付いたのは必然で、そうなるべくしてなったことで。
だから、唯のファンクラブが出来たと聞いたときに寂しさを感じたのは気のせい。
少しだけ嫌な気持ちになったのも気のせいなんだ。
…未だにファンクラブの会員と思わしき生徒の視線やライブでの黄色い歓声には慣れないし。
けれど、そんな私と違って唯は嬉しいと言う。
人の好意や羨望を邪推も無しに受け止めて素直に返せる唯は凄い。
確かにファンクラブが出来たのは見た目が変化に当てられたからだろうけど、それが無くても唯には人を惹きつける魅力がある。
皆が唯の魅力に気付いたのは必然で、そうなるべくしてなったことで。
だから、唯のファンクラブが出来たと聞いたときに寂しさを感じたのは気のせい。
少しだけ嫌な気持ちになったのも気のせいなんだ。
ぐるぐると嫌なことばかり考えてしまうネガティブな思考。
それをなんとか押し留めようと心の中で自分に言い聞かせていたら、ふいに背中に寄りかかる。
ほどよい重みと温もり。
こんなことをする人物なんてこの場に1人しかいない。
それをなんとか押し留めようと心の中で自分に言い聞かせていたら、ふいに背中に寄りかかる。
ほどよい重みと温もり。
こんなことをする人物なんてこの場に1人しかいない。
「…っ!ぁ…ゆ、唯…」
首に腕を回されておんぶしているみたいになって、身体を捩っても離れる気配はなく。
振り向けば至近距離にある唯の顔があって。
縮毛の所為で長くなった前髪の隙間から除く瞳が私を見つめていた。
太陽の光が反射してる湖の水面みたいにきらきらしていて澄んだ瞳に射抜かれて鼓動のリズムが速まる。
振り向けば至近距離にある唯の顔があって。
縮毛の所為で長くなった前髪の隙間から除く瞳が私を見つめていた。
太陽の光が反射してる湖の水面みたいにきらきらしていて澄んだ瞳に射抜かれて鼓動のリズムが速まる。
「なんでもないことないよ。澪ちゃんが元気ないと私も心配だもん」
「あ、ぅ……べ、別にたいしたことじゃない、から」
「あ、ぅ……べ、別にたいしたことじゃない、から」
唯の温もりとふわりと漂う唯自身の匂いにくらくらする。
普段はぼんやりしてて鈍感な癖に、人の心を揺さぶるような言葉や行動を平然とやるのは反則だ。
普段はぼんやりしてて鈍感な癖に、人の心を揺さぶるような言葉や行動を平然とやるのは反則だ。
「それでも、だよ。澪ちゃんのお話、ききたいな」
きゅうと抱きしめる腕の力が少しだけ強くなった。
「うぅ…、唯のばか…」
ばか。唯のばか。
こういう時ばっかり押しが強いのもずるい。
思わず傾いてしまいそうな、こちらが望む優しい言葉をかけるなんてずるい。
こういう時ばっかり押しが強いのもずるい。
思わず傾いてしまいそうな、こちらが望む優しい言葉をかけるなんてずるい。
「ほら、澪ちゃん。こっち、向いて欲しいな?」
「…――っ!!」
「…――っ!!」
囁きと共に耳にかかる吐息。
柔らかな刺激に身体がびくんと跳ね、糸の切れた操り人形のように身体から力が抜ける。
柔らかな刺激に身体がびくんと跳ね、糸の切れた操り人形のように身体から力が抜ける。
「おっと…、澪ちゃん大丈夫?」
唯のばか。
耳が弱点なの分かってるくせに。
耳が弱点なの分かってるくせに。
唯を睨んでるのに当の本人はどこ吹く風で笑ってるし。
その可愛らしい笑顔が今は子憎たらしい。
その可愛らしい笑顔が今は子憎たらしい。
「うぅ…誰の所為だと思ってるんだ…」
「ほらぁ、白状しちゃったほうが楽だよ?一体澪ちゃんは何を悩んでるのかな?」
「だ、だから…別に何も…」
「ほらぁ、白状しちゃったほうが楽だよ?一体澪ちゃんは何を悩んでるのかな?」
「だ、だから…別に何も…」
今日の唯は何時にも増してしつこい。
お気に入りのおもちゃを手にして離さない子供みたいな笑み。
律のからかいにも似た唯のその笑顔が私を解放してくれない。
私はそんな唯から逃れる術を持っていない、無防備な状態。
お気に入りのおもちゃを手にして離さない子供みたいな笑み。
律のからかいにも似た唯のその笑顔が私を解放してくれない。
私はそんな唯から逃れる術を持っていない、無防備な状態。
「ホントかなぁ?その割には澪ちゃんの眉間がきゅーってなってるよ」
「な…っ!」
「な…っ!」
唯の手が伸びてきて、マッサージするみたいに眉間を撫でられる。
「澪ちゃんの可愛い顔が台無しになっちゃう」
「…ぅ」
「…ぅ」
また、平気でそういうことをする。
どうせ梓やファンの子達にも似たような事をしてるんだろう。
こういう事をしてるのは自分にだけじゃないのは分かってる筈なのに。
…なんだか胸が少しだけ苦しい。
こういう事をしてるのは自分にだけじゃないのは分かってる筈なのに。
…なんだか胸が少しだけ苦しい。
「……っ」
駄目だ。また唯のペースに乗せられてる。
このまま身を委ねていたら私は駄目になる。
ここで抗わなければ私は堕ちてしまう。
このまま身を委ねていたら私は駄目になる。
ここで抗わなければ私は堕ちてしまう。
「澪ちゃん?」
「……」
「……」
ぷい。
「澪ちゃーん」
「……」
「……」
ぷい。
「みーおちゃん」
「……」
「……」
ぷい。
唯を直視しないように視線を逸らしていれば、この場は凌げる。
これなら唯のペースに持ち込まれることは無い。
後は隙を見て密着した身体を離せればいいだけだ。
なんとか平常心を取り戻して一息吐こうとした時に、ふと聞こえた唯の言葉。
これなら唯のペースに持ち込まれることは無い。
後は隙を見て密着した身体を離せればいいだけだ。
なんとか平常心を取り戻して一息吐こうとした時に、ふと聞こえた唯の言葉。
「嘘付いたら針千本飲まなきゃ駄目なんだよ?ちくちく痛い針を千本も飲まなきゃいけないんだから」
…針を、千本?
脳裏に浮かぶのは裁縫に使う針の山。
細くて鋭くて刺さったら痛そうな針が千本――。
細くて鋭くて刺さったら痛そうな針が千本――。
「…っ!?いやっ!痛いのはいやだっ!!」
「だから嘘は付いちゃいけないんだよ?」
「やだぁっ!いたいのやだぁ…!」
「だから嘘は付いちゃいけないんだよ?」
「やだぁっ!いたいのやだぁ…!」
想像したら喉の辺りが変に疼いて怖くなった。
いやだ。痛いのは、いやだ。
いやだ。痛いのは、いやだ。
「大丈夫だよ。嘘を付かなきゃ痛い事なんかなんにもないから。だから、安心して。ね?」
「ほ、ほんと…?」
「うん。ほんとだよ」
「だから、私に話してほしいな。どうして澪ちゃんが苦しそうな顔してるのか、教えて?」
「ほ、ほんと…?」
「うん。ほんとだよ」
「だから、私に話してほしいな。どうして澪ちゃんが苦しそうな顔してるのか、教えて?」
パニックに陥った私を宥める優しい手。
あったかくて優しい手つきで撫でられて焦りや恐怖が少しずつ薄れていく。
そういえば梓も唯に撫でられたら大人しくなってたっけ。
あったかくて優しい手つきで撫でられて焦りや恐怖が少しずつ薄れていく。
そういえば梓も唯に撫でられたら大人しくなってたっけ。
幼稚園の先生が小さい子をあやすみたいな撫で方なのに、全然嫌じゃなくて。
「……ぅう。だ、だれにも言わない…?」
「うん、もちろん。私と澪ちゃんだけのヒミツだよ」
「…ゆ、唯がなんだか遠くに行っちゃったような…私、達から離れていくような…そんな気がしたんだ」
「大丈夫、私は遠くになんて行かないよ」
「…そ、それに」
「それに?」
「今の唯を他の子に知られるのが嫌だった、から」
「え?」
「唯のファンが増えて軽音部の人気が上がるのは良い事だって分かってる。けど、嫌なんだ」
「…えっと」
「うん、もちろん。私と澪ちゃんだけのヒミツだよ」
「…ゆ、唯がなんだか遠くに行っちゃったような…私、達から離れていくような…そんな気がしたんだ」
「大丈夫、私は遠くになんて行かないよ」
「…そ、それに」
「それに?」
「今の唯を他の子に知られるのが嫌だった、から」
「え?」
「唯のファンが増えて軽音部の人気が上がるのは良い事だって分かってる。けど、嫌なんだ」
「…えっと」
流石の唯も私の我侭な言動に呆れたのだろうか。
唯が誰に好かれようと私には関係ないのは確かなのだけれど。
唯の人気が上がることで私達から離れてしまうんじゃないかと思うと寂しくて胸が苦しい。
けれどそんな事を面と向かって言える勇気が私にあるはずも無く、ただ唯の制服の袖を控えめに掴むことしかできなかった。
唯が誰に好かれようと私には関係ないのは確かなのだけれど。
唯の人気が上がることで私達から離れてしまうんじゃないかと思うと寂しくて胸が苦しい。
けれどそんな事を面と向かって言える勇気が私にあるはずも無く、ただ唯の制服の袖を控えめに掴むことしかできなかった。
それでも唯にはそんな僅かな思いを感じ取ってくれたのか、
「…ぅわっ!ゆっ、唯!?」
優しく、けれどしっかりと私を抱きしめてくれた。
温かくて柔らかい…って顔が近い。
温かくて柔らかい…って顔が近い。
「つまり、澪ちゃんはさ。さみしかったんだよね?」
「…っ!」
「“あれ”から1週間、私が他の子達と仲良く…というか皆の反応が楽しくて見つめたり抱きついたりして色々遊んでたもんね。そしたらファンクラブができて、私もびっくりしたちゃったけど」
「唯は優しいから、さ…。休み時間とか放課後なんかにファンの子達がやってきたら相手をすると思うんだ。そしたら皆で一緒にいる時間が減って。そのまま唯が離れていっちゃうんじゃないかと思ったら、不安になって」
「もう、澪ちゃんは大げさだなぁ」
「…っ!」
「“あれ”から1週間、私が他の子達と仲良く…というか皆の反応が楽しくて見つめたり抱きついたりして色々遊んでたもんね。そしたらファンクラブができて、私もびっくりしたちゃったけど」
「唯は優しいから、さ…。休み時間とか放課後なんかにファンの子達がやってきたら相手をすると思うんだ。そしたら皆で一緒にいる時間が減って。そのまま唯が離れていっちゃうんじゃないかと思ったら、不安になって」
「もう、澪ちゃんは大げさだなぁ」
近いどころか密着していて、頬と頬をすりすりされていた。
途端に顔が熱くなるも抱きしめられているせいでとっさに距離を空けることすら出来ない。
密着している身体の温もりや、耳元に感じる吐息。
感じるたびに熱くなってそのまま溶けてしまいそうだ。
唯の声がすぐ傍で聞こえてくるたび、胸がいっぱいになって、私は満たされて、動けなくなるんだ。
途端に顔が熱くなるも抱きしめられているせいでとっさに距離を空けることすら出来ない。
密着している身体の温もりや、耳元に感じる吐息。
感じるたびに熱くなってそのまま溶けてしまいそうだ。
唯の声がすぐ傍で聞こえてくるたび、胸がいっぱいになって、私は満たされて、動けなくなるんだ。
「…ありがと、澪ちゃん。とっても嬉しい」
「ぁう…」
「だから、約束するね」
「え?何を…」
「“こういうこと”はファンの子とかにはしないから」
「こういうこと?」
「それはね」
「ぁう…」
「だから、約束するね」
「え?何を…」
「“こういうこと”はファンの子とかにはしないから」
「こういうこと?」
「それはね」
そう言って。
唯は密着いる頬を更に私へと近付け―
唯は密着いる頬を更に私へと近付け―
「……え?」
「こういう“スキンシップ”のことだよ」
「こういう“スキンシップ”のことだよ」
ちょん、と鼻同士がくっつくくらいに顔を寄せる。
ようやく目が合って、唯の瞳に私が映っているのが見えた。
澄んだ瞳は琥珀みたいに透き通っていて綺麗だった。
ようやく目が合って、唯の瞳に私が映っているのが見えた。
澄んだ瞳は琥珀みたいに透き通っていて綺麗だった。
「ゆ、ゆい…」
「だって、澪ちゃんや軽音部のみんなは特別だもん」
「~~~っ!」
「だって、澪ちゃんや軽音部のみんなは特別だもん」
「~~~っ!」
特別。唯は私の事を特別だって言った。
私だけじゃないのが残念なようで。でも、唯らしい。
私だけじゃないのが残念なようで。でも、唯らしい。
「ふふ、真っ赤になってる澪ちゃんも可愛い。でもあんまりそういう顔、他の子に見せちゃダメだよ?皆が澪ちゃんにキュンキュンして大変なことになっちゃうからね」
「…な、なんで唯がそんな事言うんだ?」
「んー、それはね?」
「…な、なんで唯がそんな事言うんだ?」
「んー、それはね?」
唯は少し考える素振りをした後、密着させた顔を離さずに私の耳元でそっと囁く。
―澪ちゃんと同じ理由、かな?
「えっ…?それって、どういう」
「よしっ。外も暗くなっちゃったし、帰ろっか?」
「よしっ。外も暗くなっちゃったし、帰ろっか?」
しかし私の問いかけには答えてはくれず。
さっと身体を離すと、唯愛用のギターを素早く背負った。
さっと身体を離すと、唯愛用のギターを素早く背負った。
「ちょ、ちょっと、唯――!」
問い詰めようと唯の方を見上げると、穏やかな笑顔と差し出された手。
笑顔なのにどこか困った顔をしているような気がして、何も言えなかった。
笑顔なのにどこか困った顔をしているような気がして、何も言えなかった。
「ほら、そろそろ先生が見回りに来る時間だし。見つかったら怒られちゃうよ」
「…っ。ああ、そうだな…」
「明日はちゃんと皆で練習できるといいね」
「うん…」
「もし、明日もこんな感じだったらさ」
「…?」
「…っ。ああ、そうだな…」
「明日はちゃんと皆で練習できるといいね」
「うん…」
「もし、明日もこんな感じだったらさ」
「…?」
不意に唯との距離が縮まって、
「また“二人”で秘密の練習、しよ?」
「……っ!」
「……っ!」
耳打ちされた。
…また、二人で。秘密の、練習―。
唯の言葉が私の中で反芻して、今日の練習を思い出す。
唯との練習は楽しかった。楽しかったけれど。
その後の拗ねた私が唯に宥められながら思いを白状させられた事まで思い出したところで顔が瞬時に熱くなった。
いやいや、あくまでするのは練習であってその後の事はハプニングのようなものだ。
たとえ次があったとしても今日のような醜態を晒すときまったわけじゃない。
しかし、今日の出来事と一週間前の出来事がふと頭をよぎり、ふと浮かんだこの言葉。
唯の言葉が私の中で反芻して、今日の練習を思い出す。
唯との練習は楽しかった。楽しかったけれど。
その後の拗ねた私が唯に宥められながら思いを白状させられた事まで思い出したところで顔が瞬時に熱くなった。
いやいや、あくまでするのは練習であってその後の事はハプニングのようなものだ。
たとえ次があったとしても今日のような醜態を晒すときまったわけじゃない。
しかし、今日の出来事と一週間前の出来事がふと頭をよぎり、ふと浮かんだこの言葉。
―『二度あることは三度ある』と。
「ね、どうかな?」
「あぅ、ぅ…」
「あぅ、ぅ…」
返事を催促する唯の顔が面白気な色を含んでいて、
「私と練習、したくない?」
羞恥心でいっぱいになっている私を見て明らかに楽しんでる。
確実に面白がってる。
確実に面白がってる。
恥ずかしさで気絶してしまいそうなのに。
分かっているのに、唯の瞳から目を逸らせなくて。
胸のドキドキが激しすぎて苦しいのに。
繋がれた手が妙に熱くて。
分かっているのに、唯の瞳から目を逸らせなくて。
胸のドキドキが激しすぎて苦しいのに。
繋がれた手が妙に熱くて。
そんな熱に浮かされた状態のまま、私は返事を返していた。
「ぅぅ…。ゆ、唯と練習…したい、です…」
「はい。よくできました」
「はい。よくできました」
目の前に広がるのは、満面の笑み。
今の凛々しい唯の顔でも一週間前のふわふわした唯の顔のどちらでもない。
それは私だけに見せてくれた“唯”の笑顔だった。
今の凛々しい唯の顔でも一週間前のふわふわした唯の顔のどちらでもない。
それは私だけに見せてくれた“唯”の笑顔だった。
それから。
時々、二人だけで練習するようになったのは私と唯だけの秘密だ。
時々、二人だけで練習するようになったのは私と唯だけの秘密だ。