唯澪@ ウィキ

無題(r008)

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無題(r008)



 *Mio*


いつからだろう。
君に触れることが、少し怖い。

いつもの帰り道、数歩先を後輩と楽しそうに歩く君に、桜の花びらが降っている。
その見慣れたはずの後ろ姿を、どうしてか目が追ってしまっている。

――どうして?

その栗色の髪に手を伸ばして――届かないと分かっていて手を伸ばして、五本の指に空を掴む。
握った手を顔の前で大事に開いて、意味もなく、何もない手の中を見つめる。

私は――。

「澪ちゃん」

君の声に呼ばれハッとして顔を上げると、目の前に手が伸びてきていて、私は思わず身体をすくめて目をつむった。
次の瞬間、何かが頭に触れるのを感じた。
何かが――君の指先が、すっと私の髪を撫でていった。
私は目を開けられなくなってしまった。

「花びら」

そう促されてやっと目を開けてみると、一枚の花びらを私に見せながらスローモーションで微笑む君がそこに居た。
私はただ短くありがとうと言った。

「どういたしまして」

君は笑って、また後輩の元へ駆けて行った。
一歩ごとに踊るふわふわの短い髪を、また目が追っている。
その頭に、ひらり、桜が降って。

――ああ、とうとう、知ってしまった。

私はぎゅっと、手を握った。
君の髪に乗った花びらを見つめながら、私はまだこの左手を伸ばせないでいる。






 *Yui*


いつからだったかな。
君にさわるの、少しだけ緊張する。
去年の春はそんなことなかったのに。

君の長くてサラサラの髪とか、太い弦を器用に弾く指とか、柔らかそうなほっぺたとか。
見てると、さわりたいなって思うんだ。
だけどどうしてか、素直にさわれないの。
なんだか君だけ、特別みたい。

五人一緒の帰り道、後ろを歩く君を振り返って――見つけた。

私は急いで駆け寄って、短く名前を呼んで、君の髪についた桜の花びらに手を伸ばした。
早くしないと、その花びらが風に飛ばされてしまうから。

伸ばした手がその髪に触れるか触れないか。
君に触れることが恥ずかしくて、すごくドキドキした。
私ね、こういう気持ちをなんて言うか、本当は知ってるんだ。

数センチの距離をゼロにする。
花びらと一緒にわざと髪をひとすじ掬って、指先で髪にさわる。
サラサラのきれいな髪はするりと指の間をすり抜けて、私の手から離れていった。

――ああ、君にさわれる理由が、もっとたくさんあったらいいのに。

私は驚いて目をつむったままでいる君に手に取った花びらを見せた。

「ありがとう」

そう言って恥ずかしそうにしている君にどういたしましてと答えて、すぐにまた前を向いて歩き出した。
だって、なんだか私も恥ずかしくって。

私は一枚の花びらを大切に持ったまま、壊さないように、なくさないように、そっと手を握った。
この手の中の特別な花をきっと大事にしようと、私は握った右手を胸に当てた。


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