唯澪@ ウィキ

散歩

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

散歩


「もう大分涼しくなってきたな」

「いよいよ秋って感じだよね」

 そんなことを話しながら唯の家の外へ出る。まだ昼間はそれなり暑いのだが、それでも
夏全盛の頃からすると大分涼しくなったある休日、私は唯に頼まれて勉強を教えに来てい
た。それが何故外に出ることになったのかというと、唯の気分転換も必要だという言によ
るのだが、私自身朝から座りっぱなしで少々辛さを感じ始めていたのでこれを素直に受け
ることにしたのである。それに時刻は昼過ぎ、朝の10時ごろから今までずっと教科書や問
題集とにらめっこというのは唯からすると快挙と言っていいことだと思う。私から見ても
今日の唯は頑張っていたしちょっと外の空気を吸うぐらい咎めることもないだろう。唯が
大量に部屋に持ち込んだお菓子とお茶でなんとなく昼食を食べた気にもなったし、少し体
を動かすのも悪くない。

 戸締りを終えた唯が踊るようなステップで門から飛び出る。私はそんな彼女に「危ない
ぞ」と声をかけながらその背を追った。

 肩を揺らしながらとてとてと子供のように歩いて行く唯。時折立ち止まってはしゃがみ
込んだり、空を見上げたりしている。その姿は見ていてハラハラする反面、退屈しないも
のでもあって。眺めていると、ふと、私の頭に浮かぶものがあった。

「歌詞思いついた」

 呟こうとしたことを先に言われて、呆けたような顔で前に焦点を合わせると、いつの間
にか振り向いた唯が、はにかむような笑顔をこちらに向けていた。

「当たり? そんな顔してたから」

 そう微笑む唯に「どんな顔だよ」と返しながら、追いつくように歩調を速める。

「こんな顔?」

 指まで使って顔を変形させる唯。私がそんな顔をしていたとでもいいたいのだろうか。
律ならゲンコツの一つでも見舞いたいところだが、ここはひとまず、くしゃりと唯の頭を
なでるに止めた。


 その後も唯は落ち着く気配なく、周りの家にどんな人が住んでるかとか、あそこの木が
どうだとか、そういうことを私に説明してくれた。そんな風に他愛もない話をしながら、
二人並んで歩いていると、小さな公園に差し掛かる。唯はそこで足を止めると、「ちょっ
と休んでいかない?」と奥のベンチを指差した。

 祝日なのにと言うべきか祝日だからと言うべきかはちょっと分からないけど、公園には
あまり人がいないようだった。唯はとてとてとベンチの方へ走っていき、「ちょっときゅ
うけーい」と腰を下ろす。私も彼女に倣って、一つきりのベンチの空いてるほうに腰を下
ろした。

「疲れたー」

「何か飲み物買ってこようか?」

 尋ねると、唯は首を振り、「それよりお願いがあるんだけど」と切り出した。

「お願い?」

「一つやって欲しいことがあるんですが」

「なに?」

 改まった口調で指を突っつかせる唯。私を下から窺い見るようにしながら彼女が言った
お願いは――。

「膝枕」

「やだ」

 即答だった。いくら人が少ないからって公共の場でそんな限度を知らないカップルみた
いなこと出来るか。

「そんな即答しなくても……」

 大げさに肩を落とす唯。そんなことしてもやらないからな。

「なんで私が唯に膝枕しなきゃいけないんだよ」

「だって疲れちゃったんだもん」

 唯はわざとらしくぐったりとしたポーズをとった。だからそんなことしても無駄だって。

「私は立ってるからベンチに横になれば良いだろ」

「それじゃダメなの! 澪ちゃんの柔らかいふとももじゃないと回復しないよお」

 熱っぽく語る唯だが、私の方は冷めていくばかりだ。

「余計したくなくなったよ」

「そんなあ」

 俯いてしょげる唯。なんだか私がいじめてるみたいで居心地が悪い。大体、私は唯がこ
ういう風にしてるのが苦手だった。

 そしてしばしの沈黙

「……仕方ないな。ちょっとだけだぞ」

「わーい! さすが澪ちゃん」

 我ながら意思が弱いと思った。唯は両手を上げて喜びを表現している。私は周囲に人が
いないのを確認して、「誰か来たらやめるからな」と条件を付けくわえた。

「了解です」

 唯は芝居がかった敬礼をすると少しおどけて「澪ちゃんのひざまくら~」とか言いなが
らその頭を私の膝に乗せる。ふわふわで少し癖のある髪がジーンズ越しでもちょっとくす
ぐったい。唯は寝やすい体勢を探るように何度か身動ぎし、それがまたこそばゆくて変な
感じだ。

「唯、ちょっとくすぐったい」

「え? ごめん、ちょうどいい体勢を探してて」

 そう言って唯はまた何度かもぞもぞと頭を動かす。それでようやく落ち着いたのか、
「んー」と伸びをするときのような言葉にならない声を上げた。ほっと胸をなで下ろす私。
これ以上くすぐられたらどうにかなりそうだ。

「澪ちゃんの太もも気持ちいい~」

「そ、そうか?」

 膝枕なんてしたことないし、自分の足自体、周りと比べて太くないかなとか気にしちゃ
って、最近は怖くてまじまじと見たことがないからよく分からない。けれどそういう風に
唯に褒めてもらえるのは悪い気がしなかった。

「柔らかすぎず、固すぎず、適度にお肉がついてて引き締まっててすごくいいよ。さすが
澪ちゃん、ナイスバディだね! それになんか良い匂いも……うおっ」

 前言撤回。今すぐ立ってこの場を後にしたくなった。

「ちょ、急に立とうとしないでよ。冗談だって。気持ちいいのはほんとだけど」

「まったく……」


 それからしばらく、私は唯の顔を見下ろすように、唯は私の顔を見上げるように、角度
を90度違えながら目を合わせたり、はたまた周りの景色に各々目をやったりしながらおし
ゃべりに興じた。唯が昔この公園で和とよく遊んだこととか、私も子供の頃、律とこの近
くを通ったことがあるとか。場所のせいか話題は自然、お互いの昔話が多かったように思
う。

「あ……」

 どれくらい喋っていたのだろうか。薄着では少し肌寒くなってきた頃、一つ風が吹いて、
流されてきた小さな葉っぱがちょうど唯の鼻の辺りに乗った。紅葉には早い、まだまだ緑
色の小さな葉っぱ。面白いこともあるものだ。当の唯は具合が悪いようだけど。

「とるよ」

「おねがーい」

 鼻の頭に乗った葉っぱを取りのぞくと、ふと、唯と目が合った。柔らかい肌、小さな鼻、
くりくりとした目に薄い唇。まじまじとその顔を見つめる。

「どうしたの?」

「ン……いや」

 なんだかばつが悪くて目を逸らす。別にやましいことはないんだけど。

「なにー? 気になるなあ」

「その、笑わないでよ?」

「笑わないよー」

「なんて言うか……唯ってかわいいんだなって」

「えっ」

 唯に追及されて、つい思ったままに口に出してしまう。自分でもらしくないと思うし、
さすがに笑われると思ったのだが、意外にも唯は顔を真っ赤にして目を泳がせており、つ
まり、なんと言うか……照れているようだった。唯が照れてるのを見るのは貴重なような
そうでもないような、とにかく、予想外の反応ではある。

「な、なんだよ」

 私の方までなんだか気恥しくなって、つい口調がきつくなった

「そゆこと言われるのあんまりないから」

 目を逸らしながら言う唯。そうだろうか。私は約一名、よくあなたのことをかわいいと
言ってる子を知ってるんですが、との旨を伝えると、「憂は家族だもん」とケロッと返さ
れる。まあ至極当たり前のことだが憂ちゃんは家族で私は他人。当たり前のことなのに何
故か悔しいような変な気持ちが湧いた。

「それにかわいいっていうなら澪ちゃんの方がかわいいよ」

 まるでお返しだと言わんばかりに唯が言った。わりと誰かれ構わずかわいいかわいい言
ってる気がする唯だが、たしかにこう顔を突き合わせて言われるとちょっと恥ずかしい。

 会話が途切れて、無言でそれぞれ明後日方向を見る。何か話題がないものか。頭をフル
回転するが元々口が達者な方ではないので、なかなか気の利いた言葉は出てこない。なん
だろうこの感じ。さっきまで普通に出来てたのに、急に居心地が悪くなってきた。いや、
だいたい私のせいなんだけど。

「ね、澪ちゃん」

 唯が少し頭を引いてこっちを向く。

 ……そういう目で見るなよ。

 私もそこまで鈍感じゃないし、なんとなく唯の言わんとしてることは分かった。いきな
り何段か階段をすっ飛ばしすぎじゃないか、とか、そもそも私達ってどういう仲なんだ、
とか思うことは色々あったけど。でもそれはたぶんずっと前から、出会って程ない時から
どこかで思っていたことでもあって。だから、私も少し腰を引いて身をかがめることにし
た。

 もっとお互いの顔を近づけられるように。

「あれ、澪さん? お姉ちゃんも」

 まさにその時、ある種二人だけの世界となりかけていたところに、第3者の介入が行わ
れた。私も唯もいたずらをしてる途中で見つかった子供みたいに驚いて、唯に至ってはそ
の弾みで私の膝から地面に転げ落ちてしまう。

「お、お姉ちゃん大丈夫!?」

 声の主、唯の妹である憂ちゃんがびっくりして駆け寄ってくる。その間に私はバクバク
言ってる心臓を落ちつけながら立ち上がると、地面に寝てる唯を引っ張り上げて立たせて
やった。

「憂、今帰り?」

「うん。ついでにお買いものしてきたの。お姉ちゃん、怪我してない?」

「だいじょーぶだよー」

「ならいいけど……。あ、澪さんもこれからまたうちに戻るんですよね? よかったら晩
ご飯一緒にどうですか?」

「え? あ、その……」

「あ、いいね。食べて行きなよ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

 あっという間に私が今晩平沢家にお世話になることに決まり、唯は憂ちゃんからひとつ
買い物袋を受け取るとなんでもなかったかのように歩き出した。

 私だけがこの気持ちをどこへやればいいのか分からず、呆然としている。ずっと唯を乗
せていたからか少し足が痛い。なんだかうやむやになっちゃったな……ってなに残念がっ
てるんだろ、私。

「澪ちゃーん、早くしないと置いてくよー」

「あ、ちょっと待ってよ」

 私もあわてて唯達の後を追う。ママに夕飯は唯の家で食べるって電話しなきゃ。それか
ら、ご飯を食べたらもう一度唯と二人で話そう。前を行く姉妹の後姿を追いながらそんな
ことを思う。

 秋の夕暮れの風が、火照った体に心地よかった。

(了)

初出:7->>586->>591

  • 惜しい・・・だがそれもいい -- (名無しさん) 2012-12-10 18:45:59
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー