Birthday call
3、2、1……。心の中で時を刻む。日付が変わり、午前0時を迎えるとともに、私は携帯
の送信ボタンを押した。今日は唯の誕生日。送ったのはそれをお祝いするバースデーメー
ル。と、言っても誕生日おめでとうの旨を書いた一文を、申し訳程度の絵文字でデコレー
トした簡単なものだ。もっと今時の女子高生らしく賑やかなものにしても良いのかもしれ
ないけど、そういうのはなんだか私のキャラと違う気がして打つ勇気がない。今頃、唯の
元には沢山のメールが来ていて、たぶん私のはその中に埋もれてしまってるんだろう。友
達の多い唯のことだから、きっと私の何倍も沢山の人から誕生日を祝ってもらっているに
違いない。そう思うと、やるせないような変な感じが胸に込み上げてきて、私はそのまま
布団に倒れ込んだ。今日はもう寝よう。まだ0時を何分も過ぎてないけど、そう決めて毛
布に潜り込もうとした時、マナーモードにしていた携帯電話が突然震えだした。手の中で
光る画面には、"唯"の文字が浮かんでいる。私は慌てて通話ボタンを押した。
の送信ボタンを押した。今日は唯の誕生日。送ったのはそれをお祝いするバースデーメー
ル。と、言っても誕生日おめでとうの旨を書いた一文を、申し訳程度の絵文字でデコレー
トした簡単なものだ。もっと今時の女子高生らしく賑やかなものにしても良いのかもしれ
ないけど、そういうのはなんだか私のキャラと違う気がして打つ勇気がない。今頃、唯の
元には沢山のメールが来ていて、たぶん私のはその中に埋もれてしまってるんだろう。友
達の多い唯のことだから、きっと私の何倍も沢山の人から誕生日を祝ってもらっているに
違いない。そう思うと、やるせないような変な感じが胸に込み上げてきて、私はそのまま
布団に倒れ込んだ。今日はもう寝よう。まだ0時を何分も過ぎてないけど、そう決めて毛
布に潜り込もうとした時、マナーモードにしていた携帯電話が突然震えだした。手の中で
光る画面には、"唯"の文字が浮かんでいる。私は慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし」
「澪ちゃん?」
「あ、ああ」
「澪ちゃん?」
「あ、ああ」
間違えるはずもない。唯の声だった。いつも同じステージで、近くで聞いているあの声。
私と唯は同じ軽音部のベースとギターで、お互いに歌も担当していた。一緒にボーカル練
習だって何度もしている。誰よりも、なんて言える度胸はないけど、それでも私は普通よ
り彼女の声をよく知っているつもりだ。歌う時とそんなに違わない普段の唯の声。その声
は一つ歳を重ねたところで急に大人びるわけでもなく、いたっていつも通りの声音だった。
けれどまさか電話が返ってくるとは思ってなかったので、予想外の事態に私の方は少し声
が震えてしまう。
私と唯は同じ軽音部のベースとギターで、お互いに歌も担当していた。一緒にボーカル練
習だって何度もしている。誰よりも、なんて言える度胸はないけど、それでも私は普通よ
り彼女の声をよく知っているつもりだ。歌う時とそんなに違わない普段の唯の声。その声
は一つ歳を重ねたところで急に大人びるわけでもなく、いたっていつも通りの声音だった。
けれどまさか電話が返ってくるとは思ってなかったので、予想外の事態に私の方は少し声
が震えてしまう。
「メールありがとう」
「いや……。えっと、おめでとう、唯」
「えへへ。ちょっとフライングだったけどね」
「え?」
「いや……。えっと、おめでとう、唯」
「えへへ。ちょっとフライングだったけどね」
「え?」
携帯を耳から離して送信履歴を見ると、たしかに27日になってから送ったつもりだった
メールはしかし、26日付で彼女の元へと届けられていた。最後の方は時計を見ずに心の中
でカウントしていたので、少し早く押してしまったんだろう。「澪ちゃんでもこういうこ
とあるんだね」と電話口の向こうで唯が笑った。私は恥ずかしいやら何やらでますます声
が出なくなってしまう。
メールはしかし、26日付で彼女の元へと届けられていた。最後の方は時計を見ずに心の中
でカウントしていたので、少し早く押してしまったんだろう。「澪ちゃんでもこういうこ
とあるんだね」と電話口の向こうで唯が笑った。私は恥ずかしいやら何やらでますます声
が出なくなってしまう。
「一番だからかけちゃった」
「そ、そうか」
「そ、そうか」
フライングしてしまった甲斐あってかどうやら私のメールが最も早く届いたらしい。そ
れにしても上手く二の句が継げない。せっかく唯が電話をかけてきてくれたのに。何か気
の利いたことを、と考えるがどうにも思い浮かばず口をパクパクさせるだけにとどまって
しまう。顔が熱い。私は今どんな顔をしてるんだろう。一人でパニック状態に陥っている
と、そんな私を訝しんだのか唯の不安そうな声が聞こえた。
れにしても上手く二の句が継げない。せっかく唯が電話をかけてきてくれたのに。何か気
の利いたことを、と考えるがどうにも思い浮かばず口をパクパクさせるだけにとどまって
しまう。顔が熱い。私は今どんな顔をしてるんだろう。一人でパニック状態に陥っている
と、そんな私を訝しんだのか唯の不安そうな声が聞こえた。
「澪ちゃん、今、勉強中だった?」
「ン……。いや、そろそろ寝ようかなって思ってたところ」
「あ、じゃあ電話しちゃだめだったかな……」
「ううん。そんなことないよ」
「そう? なら良かったー」
「ン……。いや、そろそろ寝ようかなって思ってたところ」
「あ、じゃあ電話しちゃだめだったかな……」
「ううん。そんなことないよ」
「そう? なら良かったー」
安堵したように息を吐く唯。私の方も大分落ち着いてきた。そうしてからしばらくは、
昨日のこととか、明日というか今日のこととか、そういう他愛もない話をしていた。何分
か、何十分か、それとももっと? 声だけのやりとりでも、唯との時間はあっという間に
過ぎていく。
昨日のこととか、明日というか今日のこととか、そういう他愛もない話をしていた。何分
か、何十分か、それとももっと? 声だけのやりとりでも、唯との時間はあっという間に
過ぎていく。
「逢いたいな」
そんな具合にお喋りをしている中で、ふと唯が呟いた。ぼそっとしたその声は、もしか
したら口に出すつもりのなかったものかもしれないけれど、聞いてしまったのだから拾う
ことにする。
したら口に出すつもりのなかったものかもしれないけれど、聞いてしまったのだから拾う
ことにする。
「テレビ電話でもするか?」
少し冗談めかして言ってみた。使ったことはないけど、確か携帯にそういう機能があっ
た気がする。
た気がする。
それにしても、会いたい、か。私と……で、いいんだよな。まあ別に深い意味はないん
だろうけどさ。私の方も唯の声を聞いてそういう気持ちが湧いていないわけじゃない。会
えるものなら会いたい。夜に二人きりで会うなんてなんだかロマンチックだ。けれど、現
実問題、私と唯の家は夜中に行き来するには少々遠い位置にある。とてもじゃないが女子
高生の私達がこの時間に出歩けるような距離じゃなかった。
だろうけどさ。私の方も唯の声を聞いてそういう気持ちが湧いていないわけじゃない。会
えるものなら会いたい。夜に二人きりで会うなんてなんだかロマンチックだ。けれど、現
実問題、私と唯の家は夜中に行き来するには少々遠い位置にある。とてもじゃないが女子
高生の私達がこの時間に出歩けるような距離じゃなかった。
「ううん。今は声で我慢するよ」
「ま、どうせ今日も学校だからな」
「私の誕生日だから休みにならないかな?」
「休みになったらムギのケーキもおあずけだぞ」
「あ、じゃあやっぱり今のなし!」
「はは。そういえば――」
「ま、どうせ今日も学校だからな」
「私の誕生日だから休みにならないかな?」
「休みになったらムギのケーキもおあずけだぞ」
「あ、じゃあやっぱり今のなし!」
「はは。そういえば――」
なるべく会話が途切れないように、この電話が終わってしまわないように、私からも話
題を探して話しかける。唯はこれから他の皆にも電話をかけるのだろうか。もう遅いから
無理かな? 分からないけど、まずこうして私に電話をかけてきてくれたことが嬉しかっ
た。
題を探して話しかける。唯はこれから他の皆にも電話をかけるのだろうか。もう遅いから
無理かな? 分からないけど、まずこうして私に電話をかけてきてくれたことが嬉しかっ
た。
平沢唯。天真爛漫が服を着て歩いてるような、ちょっとドジで、ギターとお菓子とかわ
いいもの、それにゴロゴロすることが好きな変な奴。みんなに好かれてみんなが好き。そ
んな唯のひとつきりの一番になるなんて、土台無理な話なのかもしれない。と言うか、た
ぶん最初からそんな椅子は存在しないんだ。
いいもの、それにゴロゴロすることが好きな変な奴。みんなに好かれてみんなが好き。そ
んな唯のひとつきりの一番になるなんて、土台無理な話なのかもしれない。と言うか、た
ぶん最初からそんな椅子は存在しないんだ。
朝が来たら、唯は次に布団に入るまでに何度おめでとうと言われるんだろう。いくつプ
レゼントを貰うんだろう。和や、梓や、律にムギ、さわ子先生、それに憂ちゃん達家族、
それから……とにかく沢山の人にお祝いされて、私の声も沢山の中の一つになってしまう
んだろう。……それでもいい。だから今だけは。今だけは1秒でも長く、こうして唯をひ
とり占めしていたかった。
レゼントを貰うんだろう。和や、梓や、律にムギ、さわ子先生、それに憂ちゃん達家族、
それから……とにかく沢山の人にお祝いされて、私の声も沢山の中の一つになってしまう
んだろう。……それでもいい。だから今だけは。今だけは1秒でも長く、こうして唯をひ
とり占めしていたかった。
(了)
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