※作者さんの要望により2009年4月21日に内容差し替えました。by管理人

ゆっくりいじめ系2348 ゆっくりが嫌われるまで
 ゆっくりいじめ系2362 ゆっくりまりさが嫌われるまで
 上の話の別視点からの話です
※暗い話でしかもすっきり出来なそう



      ゆっくりを嫌いになるまで2

               古緑






「いえ、母は今出かけていまして、ハイ
 7時には帰ると思います、ハイ」


自治会の○○さんからの電話だったが生憎母は留守だ。
昨日の自治会館でのお話の報告だったそうだが
多分スーパーか、フラワーショップに行ってるんだろうな、と少年は思った。
この時間に母が買い物袋を下げて行くところなんてその辺ぐらいしかない。
母には後で自治会の○○さんから電話があったと伝えておけば良いだろう。


「おにいさん!ゆっくりおさんぽにつれてってね!」

「おぉ、分かってる分かってる
 ちょっと待て、着替えてくるから」


朝の散歩であのゆっくりまりさと会わなくなってからもう二週間が経った。
家族がいるなんて言っていたから流石に町に移住するなんて事はしないと思うが
あの大人しいまりさの事だし
ちょっと見に来る程度ならなんら問題無い筈だ。


れいむの方も心配ないだろう。
ちょっと前までまりさと会えなくなった為か少し寂しそうだったが
今はスーファミをつけるとニコニコと楽しそうに近づいて来るし、
夜も直ぐに寝つく様になった。食欲も問題無い。
今だってれいむは元気良く跳ねて散歩に行こうと言っている。



それより気になるのは最近急にゆっくりがこの辺に増え始めていると言う事だ。
少し前まで山のゆっくりなんて月に一回見るかどうかだったのに
今じゃ二日に一回は見るようになった。
今年はまりさの様に町に来たがるゆっくりが多いのだろうか?


昨日のホームルームで高校生がバイク事故を起こした事を担任が少し触れたが
その原因は車道を跳ねるゆっくりを避けきれず轢いてスリップした事だと言う。
当然の事だろうが野生のゆっくりは交通ルールの事なんて知らないようで
車道から退いたりしないようだ。

四輪車でも道が空いてれば避ける事も出来るだろうし
轢いてしまったところで事故は起こらないだろう。

問題はゆっくりが飛び出して来た時にドライバーが驚いて
急にハンドルを切った結果、事故に繋がりかねないと言う事。
そして二輪車が餡子の塊を踏んだ時スリップして事故を起こす危険性。


少年はゆっくりがせめて車道は危険だと言う事を理解してくれるよう、
そしてゆっくりによる、このような事件が続かないよう願った。
他のゆっくりが町にいる事はれいむが友達を作りやすくなって良い事かもしれないが、
ゆっくりが迷惑な生き物だと思われては困る。


「おにーさん!ゆっくりしてるね!」

「今行く 今行く」


着替えを終えた少年はれいむの待つ一階の玄関まで行くと
散歩中にゆっくりれいむに上げる為のキャラメルをポケットに突っ込むと
白いスニーカーを履いてゆっくりれいむと共に夕方の団地に散歩に出て行った。













「れいむ、来週の末に俺山行くからさ、
 その間の散歩はお母さんに連れてってもらえよ」


「ゆ!?……ゆっくりりかいしたよ…」


来週の末には二泊三日の部活の山行がある。
他県の山まで行く為にやはり日帰りや一泊では
スケジュール的に無理のある企画だ。
今回のは少年達一年生が山岳部に馴れるよう顧問の企画した
所謂、一年生親睦山行会といったモノなのだろう。


このような山行によって少年が週末に家を空けると言う事は
少年が中学生だった頃から何度もあった事だが、
ゆっくりれいむはその度に寂しい二日間を過ごす事になる。
同じ様にれいむを愛する少年の母こそいるものの、
少年はゆっくりれいむにとってかけがえの無い母そのものであり、
いつまでも親離れ出来ないゆっくりれいむは二日間だけでも辛いものがあった。


「…そんな顔すんなよ
 二日間だけだろ?寄り道しないで帰るからさ」


「…ゆぅ…おかあさん…ゆっくりしないでかえってきてね?」


「…ん!?おお!当たり前だろ?
 ゆっくりしないで帰ってくるよ」


少年は驚いた。
『ゆっくりしないで』等とれいむが言う事は滅多に無い事であり
今までの山行でさえれいむがこの言葉を口にした事は無かった。

れいむは大きくなるにつれてますます寂しがりになって行くような気がする。
少年としては少し寂しい事だが、少しだけ親離れさせる為にも
あのゆっくりまりさの様にゆっくりの友達を作らせたりして
れいむの中の自分の存在を少し小さくした方がいいのだろうか?


「ゆっくりしていってね!」


「ゆっくりしていってね!」


そんな事を下を向いて考えていた少年は気付いていなかったが
歩道を歩く少年達の前方にゆっくりまりさがいた。
勿論あの町に憧れるゆっくりまりさでは無く、
それよりも少し…
いや、かなり大きなゆっくりまりさだ
(既にれいむはゆっくり流の挨拶を済ませていた)


れいむが友達を作る丁度良いチャンスかもしれない、そう少年は思った。
町にゆっくりが増え始めているとはいえ、
今までに少年とれいむが揃って町のゆっくりに遭遇する事は不思議と無かった。
つまりこの大きなゆっくりまりさが町のゆっくりとの第一回目の遭遇である。


「れいむ、良かったらそのゆっくりまりさと
 ちょっとお喋りしてみたらどうだ?」


このゆっくりまりさがれいむと友達になってくれれば
れいむも少しは親離れして、
自分が少しの間れいむから離れてもあまり寂しがる事も無いのではないか?
少年にとって少し寂しい事だが、これはそんな少年の複雑な願いからの発言であった。

れいむもまた他のゆっくりとお喋りしてみたかったのだろうか
キョトンとした目を少年からまりさに移すと
緊張こそしているようだが積極的に自分から話しかけた。


「ま…まりさ!いっしょにゆっくりしようね!
 まりさはどこからきたの?」


「…ゆへへ…かわいいれいむなんだぜ…」



「……?」


アレはゆっくりまりさだよな…?


この時点で少年がれいむ以外に今までに出会ったゆっくりは
あの町に憧れるゆっくりまりさだけであり
この体格の大きいゆっくりまりさを数えてまだ2匹目である。

少年は愛するれいむにばかり構っていたため
ゆっくりの母でありながら余りにもゆっくりに関して無知だったのだ。
ゆっくりの中には自己中心的で邪悪な性根を持つ者も居る事に関しても。


「もっとこっちにくるんだぜ?れいむぅ…?」

「ゆ…ゆっくりしていってね…?」


やはりあのゆっくりまりさ、言葉遣いも雰囲気も何かおかしい。
ゆっくり出来ないモノに敏感なれいむもそれに感づいている。
野生のゆっくりはやっぱり人の元で育ったゆっくりとは違うのだろうか?
噛んだりしないだろうな…と少年が身構えたその時、

ゆっくりまりさがバッ、と
ゆっくりらしからぬ動きでれいむの上に乗ろうとした。


「ゆっへっへっへ!!
 かわいいれいむはまりささまとすっきりさせてやるんだぶぇ!!」

「何やってんだお前!?」


れいむに飛びつくゆっくりまりさの顔を少年は足の裏で蹴る様に止めた。
止めるだけが目的だったので大したダメージも無く直ぐに起き上がるゆっくりまりさ。
そして急いで少年の後ろに隠れようとするゆっくりれいむ。


「なにするんだぜ!?
 このでばがめじじい!!
 そのれいむをとっととこっちによこすんだぜ!!」


そういって少年の脇からゆっくりれいむに迫るゲスまりさ。
既に怯えきったゆっくりれいむは
ゲスまりさから出来るだけ離れた距離を取れるように少年の周りを回る。

少年の周りを回る2匹のゆっくり。
そしてゆっくりまりさがもう少し、
少年の正面でゆっくりれいむに届こうとしたその瞬間
ゲスまりさの動きは完全に停止した。


「ゆ”…!?うごけない…?んだぜぇ…!?」


「れいむが怖がってんだろうが…!!何なんだお前…!!」


歯を剥き出しにして怒る少年の、白いスニーカーを履いた右足が
ゲスまりさを帽子ごとべったりと踏み押さえていた。
身体能力と性格の悪さだけは群れ一番だったゲスまりさの動きを
足一本で押さえ込む事は人間でもある程度の力のある者でなくては出来ない事だが
三年間以上、山で足腰を鍛え続けて来た上に怒りを孕んだ
少年の踏みつけはわけも無くゲスまりさの動きを完全に停止させた。


「(やばいのぜ…ゆだんしたんだぜ…!)」


ゲスまりさは性格こそ最悪だったが
戦いの場数はそれなりに積み上げていたので
今の状況では自分は引き裂かれるだけだろうと冷静に判断した。
そして当然のように次のような行動を取った。


「ゆ…ゆへへ…ごべんだざいにんげんさん…
 ちょっとしたゆっくりじょうだんだったのぜ…
 ゆっくりしていってね…?」


「………」

「おかあさん…もうゆっくりかえろうね…?」


少年はれいむを怯えさせた事には怒ったが
ゲスまりさを殺すつもり等毛頭なく、あっさりと足をどけた。
そして泣いているゆっくりれいむを抱き抱えると
ゲスまりさに背を向けて歩き出した。
奴には到底れいむの友達は務まらない。そう判断したのだ。




その無防備な背中を見たゲスまりさは
少年の方へと全力で跳ねていった。





「ゆっくりしね!!ばかじじい!!!」



助走をつけた全力の体当たりを少年の背中にぶちかます。
少年は少し前のめりにつんのめったが踏ん張って耐える為に
ダン、と前方の地面を踏んでバランスを取った。


「ゆへへ!!てきにうしろをみせるなんてばかなじじいなんだぜ!!
 これいじょういたいめにあいたくなかったら
 そのれいむをこっちによこすんだぜ?」





少年はゲスまりさに背を向けたまま近くの家壁まで歩いて行くと
優しくれいむを地面に置いた。
ダメージを受けてれいむを抱えるのが辛くなったわけではない。
歩道の真ん中においておくと通行の邪魔になりかねないからだ。
そして少年はゆっくりとゲスまりさの方へ振り返った。












「あのチビまりざぁ…はなしがちがうんだぜぇ…!?」

15分後、歩道の端で体の至る所に黒い餡の痣を作った上に
全身を擦りむいたゲスまりさがズリズリと音を立てて辛そうに這っていた

殺される一歩手前まで蹴られ続けたゲスまりさが
目を覚ましたのは3分前。
ゲスまりさは見当違いな方向に怒りを向けていた。


「ぐぞぉ…!にんげんどもはまりざだちのどれいなのぜ…!!
 ごんなのおがじいのぜ…!!」


町に憧れるゆっくりまりさの町の話を
他のゆっくりから又聞きしたゲスまりさは
町や人間に対してゲス特有の都合の良い解釈をしていた。
人間と町がゆっくりを無条件でゆっくりさせてくれると言う馬鹿げた解釈を。



「ゆるぜないのぜ…こんどこんなことがあったら…!!
 ゆるぜないのぜ…!」



ボロボロになったゲスまりさは
自分をゆっくりさせてくれる予定である筈の、町への執着を捨てた様子は無く
どこへ行こうと言うのか、歩道の端をゆっくりと這っていった。















「それじゃ行ってくるから」


ゲスまりさとの遭遇から一週間と少し経ったある日、
膨らんだザックを背負った少年は
母に向かってではなく、れいむに向かってそう言った。


「忘れ物ないか確認した?帰んのは日曜の夕方だっけ?」


「そうそう日曜の夕方
 忘れ物も無いし大丈夫だよ
 それと母さん、れいむを散歩させる時は気をつけてな」


「大丈夫よ
 町のゆっくりには近寄らせないから」


ゲスまりさとの遭遇の日から少年は
町に来たゆっくりに対して不信感を抱く様になり、
ゆっくりれいむを散歩させる際に町を跳ねるゆっくりを見ても
ゆっくりれいむを近づけさせる事は決してしなくなった。
何をしてくるか分からないからだ。


「あぁ、それと念の為にも
 知らない人には近づけない様に頼む」


それに他にも不安な事もあった。
この一週間の中で聞いた話から
ドライバーの中には車での通行をゆっくりに邪魔された場合、
抵抗無くゆっくりを殺せる人間も有る程度いる事を少年は知った。
そんな人間も町にいると知った少年は
ゆっくりれいむに町を散歩させる事に少々不安を感じ始めていた。


「大丈夫、
 この辺の人は皆この子の事知ってるもの」


だがこのあたりの住民はこのれいむが
珍しく飼われているゆっくりだと知っていたし
また、れいむも散歩中には滅多に少年やその母から離れないので
母が一緒なら心配ないとは心の中では思っていた。




「…そんな顔すんなよれいむ」

「…うん…」


ここにきてゆっくりれいむの憂鬱は頂点に達していた。
少年を玄関で見送るときはいつもこうなるが
今回はいつもよりも更に酷かった。


「ゆっくり待ってろよ?
 良い子にしてるんだぞ?
 散歩に行くときはお母さんから離れるなよ?」

「…おかあさん…」


「『ゆっくりしないで』帰るから、な?」


それを聞いて少しだけ笑ったゆっくりれいむを見た少年は、
最後に二人に向かって行ってきますと言うと
大きなザックを扉の淵に擦り付けながら山へと出かけて行った。















夕焼けで赤く染まる町の中
れいむは少年の母と一緒に団地内を散歩していた。


「あ、○○さん、おひさしぶりですね」

「えぇどうもお久しぶりです
 まだまだ寒いですねぇ」


ゆっくりれいむは少年が『山』に行くと
二日間もの間帰って来れないという事をこれ迄の二年間で知っている。
少年はれいむを山へ連れて行く事は出来ないと言い、
ゆっくりれいむはいつも母の居ない家で寂しい思いをしていた。
この二日間の間に
ゆっくりれいむは母が山で元気にしているかいつも気になっていた。



「そうそう○○さん、○○さんのあの綺麗な庭がねぇ、
 今もうメチャメチャなんですってね」


「えっ?」



少年の母がその友達と話し始めて直ぐにゆっくりれいむの目に
ゆっくりせずに跳ねる、あの町に憧れたゆっくりまりさの姿が映った。
産まれて初めて友達になったゆっくり、
そのゆっくりまりさの姿をれいむは忘れてはいなかった。



「○○さんの庭が?
 ど…どうしてなんですか?」


ゆっくりまりさはいつか『山』に住んでいると言っていた。
そんなゆっくりまりさなら山に行った少年がどうしているか知っているかもしれない。
少年の話が聞きたくなったゆっくりれいむは少年の母から離れ、
ゆっくりまりさの元へ跳ねて行った。


「あれ、○○さん自治会館来なかったから
 電話で聞いてたと思ったんですけどねぇ、
 アレなんですって!ゆっくり!」


「ゆっくりですか…!?」



ゆっくりまりさは何かに急かされる様に跳ねており、
ゆっくりれいむは中々追いつけない。
ゆっくりまってね!とまりさを大きな声で呼ぼうとしたその時、

近くにいた人間の足がれいむに迫って来た。



「ゆっくりって葉っぱだけじゃなくて花も食べるのね、
 知らなかったわ~
 ○○さんもお気をつけてね?それじゃあ」


「えぇ…」


少年の母はガーデニングを趣味に持つ友人の○○さんの美しい庭が
ゆっくりに荒らされたと聞いてショックを受けていた。
しばらく会いに行かないうちにそんな事になっていたなんて、と。
少年の母は帰ったら○○さんに慰めの電話を一本入れようと思った。


「…れいむ…?」


その時近くにゆっくりれいむが居ない事に気付く。
これまでれいむが散歩中自分から離れた事は無く、
油断し切っていた少年の母は慌ててれいむを探しに行った。


















山行から帰って来た少年を玄関で迎えた少年の母は
少年の目を見る事も出来ず
白くなったれいむを抱いて、謝る事しか出来なかった。

ゆっくりれいむの目はまるで寝ている時の様に閉じていたが
拭かれた体は綺麗なままで、少年には生きている様にしか見えなかった。


少年は母の言葉を理解出来ず、ザックを下ろす事もせず、
口を半開きにしてただただ聞く事しか出来なかった。


母が繰り返す謝罪を

自分のせいだと
自分が目を離したせいだと



れいむが死んだと










次の日、少年は学校を休んだ。



曇り空の下、
あの日れいむを拾って来た叢の中で墓を掘る少年のその目は
見えているようで何も見ていなかった。

少年はいつか来るであろうゆっくりれいむの死に備えて
墓の場所は既に考えてあった。
だが、まさかこんなに直ぐに来るモノだとは考えていなかった。
というよりも永遠に来ないような気さえしていた。

れいむは母との散歩中、母が友人と少し話した隙に
母から離れ、中学校の通学路で何者かに殺されたらしい。
誰かは分からないが最も可能性が高いのは小学生だと少年は考えていた。
れいむの見つかった場所は時間的に沢山の小学生が通る道だったし
その通学路を歩く小学生の中には
虫を殺す様にゆっくりを殺している子もいると、先程回覧板を見て知ったからだ。


どうして小学生が急にそんな事をするようになったのか。
それも有る程度想像がつく。
小学生の女の子がゆっくりに怪我をさせられる事件が先週末に起こったのだ。
その女の子は俺と全く同じ様に、背中に体当たりをされた事で怪我をした。
それを聞いた一部の小学生がゆっくりを卑怯で害なるものと見なし、
害虫駆除の真似事をしているのだろう。

飽くまで仮定であり本当のところは分からない。
だが本当にそうだった場合
俺のれいむは害虫と見なされて殺された。
そう言う事になる



少年がここに来る途中に
いつか見た大きなゆっくりまりさが通学路の端に転がっていたが
何も映さない少年の目にはそれも映らなかった。
今はゆっくりを蹴る小学生の姿は見られない。
父母会の会員がそれを見て止めるようになったからだ。


少年は木箱に入れたゆっくりれいむの顔を5分程眺め続けると
そっと蓋をして、土を被せ始めた。
その動作は大した躊躇も無く、少年はこれが最後の別れだとも考えていない様子だった。
実際の所、奇妙な話だが少年はゆっくりれいむと別れるつもり等無く、
ただ事務的に何も考えずに埋葬と言う仕事をこなしているだけだった。
少年にとってゆっくりれいむとの別れは余りにも非現実的なものだった。

スコップを担いで家に帰る少年の表情は
いつもと大して変わった物では無かった。
まるで家に帰ればゆっくりれいむがまだ生きていて、一緒に遊ぶ事も出来る。
そんな風だった。






その日の夜、ベッドに入ったのに何故か一睡も出来なかった少年は
朝になってようやく気を失うように眠りに落ちて行った。
そして少年はその中で夢を見た。


拾った頃のキーホルダーのような目を閉じた赤ちゃんの頃のれいむ。
部屋の中で初めて口を開いてゆっくりしていってねと言った時のれいむ。
夕食時に少年と一緒に牛乳を飲むれいむ。
テレビを見ながら膝の上でニコニコと笑うれいむ。
少年の寝るベッドの近くの座布団の上で眠るれいむ。
少年が山に行く時に玄関で寂しがるれいむ。


『おかあさん、ゆっくりしていってね!』


この二年間のゆっくりれいむの姿が少年の夢の中に現れては消えて行った。
夢に出てくるゆっくりれいむはいつも笑っていた。


(そんなれいむも、もういない)






少年が起きた時、空は紅く染まっており
少年は涙で枕が濡れているのをその頬に感じていた。
一日経ってからようやく涙を流した少年は
いつもれいむが寝ている座布団に何も乗っていないのを見て、
『誰がいなくなったのか』を理解した。

どっと涙をその目に溢れさせた少年は立ち上がる事も出来ず
そのまま体を丸めて長い間泣き続けてから
今日も学校に行かなかった事に気付いた。


一時間程泣き続け、涙を拭いてようやく重い体を起こしてた少年は
ポケットの中に溶けて潰れたキャラメルがある事に気付き、
散歩前に嬉しそうに跳ねるれいむの姿を思い出して
また泣いた。


泣きながら考えた。
どうしてこうなったのかを。


本当は薄々気付いていた。
れいむが死んだ大元の原因は
自分がゆっくりまりさに町の事を話したのと関係があるのではないかと。

『自分があのまりさに町が良い所だと言った事で
 山のゆっくり達まで町に来たのかもしれない
 その結果ゆっくり達は町で害虫扱いされる様になり、
 俺のれいむも同じ扱いを受けて殺された』


 もしそうだとしたら俺は?


この事について考える事は覚悟の要る事であり
少年にとって余りにも恐ろしい事だった。
しかし少年はれいむに対してはどんな時も真剣だったし
自分だけは知らなくてはならないと思っていた。
れいむがどうして死んだのか、それは自分だけは知らなくてはならない事だと思っていた。



ようやく起き上がる事の出来た少年は
考えた末用意した質問を町のゆっくりにする為に
陽の暮れ始めた町へと出て行った。
そしてその足は自然とれいむの墓の方向に向かって行った。








「………」


「ゆっ?」


少年はれいむの墓の近くに辿り着くと
そこにいた小さなゆっくりまりさに向かって次のように訊いた。
ゆっくりならどれでもいい。どれでも同じだった。

覚悟の要る質問だった。
深い暗闇に飛び込んで行くような質問。



「…まりさ…山にいたお前達が…
 どうして町に来たんだ…?」










「ゆ?
 まりさおかあしゃんがね、
 まちはゆっくちできるってみんなにいってたんだよ!
 にんげんしゃんがいってたんだって!」




             」













高熱を出した少年は家まで壁を伝って辿り着くと
5日間もの間ベッドから出られなくなった。

何も食べる事も出来ず、たった5日間の間に
元々肉の少ない体からは更に3キロもの肉が削げ落ちた。
自分が泣きながられいむを蹴り殺す夢を何度も見る少年は
碌に睡眠を取る事も出来ず頬は痩け、唇は乾いて割れ、
悪夢は少年に目の下に真っ黒な隈を作った。

そして自分自身がゆっくりれいむを埋めたにも関わらず
何度も何度もうわごとのように
れいむは本当は生きている、
れいむは泣きながら墓の下で自分を呼んでいると言っては母を困らせた。
少年は熱を持っている間は本気でそのように考えていたし
実際に掘り返す為にあの叢まで行こうとしたが、
家を出る事も出来なかった。





「………………」


5日経ってようやくベッドから起きる事の出来た少年は
酷い顔のままであり、いくらか歳をとったように見えた。
少年は母の作り置きのお粥を二口だけ食べると
またれいむの墓のある叢までふらふらと歩いて行った。












保健所の職員が町に来ているのかどうかは分からないが
少年が寝込む前に比べて、この町のゆっくりはずっと少なくなっていた。


ゆっくりれいむの墓までの通学路を歩く中、
少年はゆっくりれいむの紅いリボンだけが道の端に捨てられてるのを見た。
その痛々しい程ボロボロになった紅いリボンを見た少年は
自分のれいむが蹴り殺される姿を想像し、息が詰まり、
それをやった誰かに対する憎しみからその拳を強く握りしめた。

しかし弱った少年の体からは直ぐに力が抜け、だらりと腕を下ろした少年は
またゆっくりれいむの墓まで
またのろのろと、俯いたまま歩いていった。





歩きながら何かの気配を感じて、少年がその顔を上げると
ゆっくりれいむの眠る墓の前の道路で
泣いているゆっくりまりさの後ろ姿が見えた。
そのゆっくりまりさの前には
小さなゆっくりまりさが車に跳ねられたのか、それともただ殺されたのか横たわっていた。
あのゆっくりまりさの子なのだろうか。

少年の目の前にいるゆっくりは
町に憧れたあのゆっくりまりさだったが、
変わり果てた姿になったまりさを見た少年がそれに気付く事は無かった。



   おちびちゃん…!おちびちゃん…!! 
   おぢびぢゃん!!おぢびぢゃぁん!!!
   めをあげで!!おねがいだがら!!めをあげでぇえぇ!!



   「……………」



何もその耳に入れる事の出来ない少年は
そのゆっくりまりさの後ろ姿を見て、
かつてこの場所でお喋りしたゆっくりまりさとの会話を思い出していた。

『そうだな、良いトコなんじゃないかな?  
 山よりは安全だろうしご飯もきっと山のよりきっと旨いだろうな』

『良い子にしてれば人間はお前を虐めたりしないよ』

あの日俺はゆっくりまりさとれいむの笑顔が見たくて
何も考えずに町の良さそうな所だけをゆっくりまりさに話した。
その結果がコレだ。
ゆっくり達は町に来て、殺され、人間に怪我をさせ、害虫扱いされ、
俺のれいむはそのとばっちりを受けた。

『まりさおかあしゃんが
 まちはゆっくちできるってみんなにいってたんだよ!』

『にんげんしゃんがいってたんだって!』

少年は唇を血が出る程に噛みながら
先程誰かに向けた強烈な憎しみを今度は自分思い切りぶつけてやりたくなった。
何も考えずヘラヘラと破滅の道を選んだ自分に。


唇の端から血を流す少年はまた一歩、
ゆっくりまりさに近づいていった




そのゆっくりまりさが足音に気付いたのか
顔半分だけ振り向いてその横顔を少年に見せた時、
ふと少年はゆっくりまりさの涙を蓄えたその瞳を見て
死んだゆっくりれいむの姿をそのゆっくりまりさに重ね合わせた。

少年の瞳に映るゆっくりれいむの涙を浮かべた瞳は
彼にはまるで自分を責めている様に映った。
そこにあの日の雑草を吐き出した時のれいむの様な可愛らしさは無く、
本物の憎しみが向けられるのを少年には分かった。


ツケを払わされたと言う事か?
あのゆっくりまりさに『町はゆっくり出来る』等と教えたツケを?
間接的とは言えゆっくり達を町に呼んだツケを?



   …おにいざん…?

   ……うぞづぎ…!
   おにいざんのうぞづき!!




   「……………」




そして少年の姿を確認したゆっくりまりさは
スローモーションの様に、ゆっくりと少年と真正面に対峙した。

もう泣いているのか笑っているのか、それとも怒っているのかも分からない程
くしゃくしゃに歪んだ表情、
そして酷く痛めつけられてボロボロに汚れたゆっくりまりさの正面の姿を見た少年は
今度はあの日痛めつける前に
軽薄に笑っていたゲスまりさの姿をゆっくりまりさに重ね合わせた。

『ゆへへ!!てきにうしろをみせるなんてばかなじじいなんだぜ!!
 これいじょういたいめにあいたくなかったら
 そのれいむをこっちによこすんだぜ?』

…あんな奴等が俺とれいむの町に来て
好き勝手やった上に人間に怪我をさせたせいで
俺のれいむは取り返しのつかない事になった。


そう思った瞬間、少年は目の前のゲスまりさの事を
滅茶苦茶に引き裂いてやりたくなるくらい憎くなって、憎くなって
その歯が砕けるぐらいギリギリと強く噛み締めた。






   まぢはゆっぐりでぎるっで!
   でぎるっでいっだのに!!
   まりさのおぢびぢゃんが!まりざのー


   「…………」



れいむを殺した何処かの誰かに
山中のゆっくりまで連れて来たあのゆっくりまりさに
少女に怪我をさせてゆっくりを害虫扱いさせた何処かのゆっくりに
そしてあのゆっくりまりさに安易に『町はゆっくり出来る』と教えた間抜けな自分に


それぞれに対する狂う程の怒り
そしてその中のいくつもの解決のしようも無いもの。
行き場を失った怒りと悲しみ。
少年はそれらの感情をどこにぶつけたらいいか分からなかったが
目の前のゆっくりを虚ろな目で眺めながら
ようやく彼なりの選択肢を選んだ。


コイツ等にもツケを払わせてやると


何をどうするのが正しい事なのか、
それは少年には分からなかったが、彼は一切の躊躇をする事が無かった。
少年は自分に非がある事を認めながら
その一方でゆっくりにもまた、全く非が無いとは思っていなかった



   どうじでごんなことに……!!
   どうじで…!
   どうじで…
   ごんな……ゆぐ…ゆうぅ……



何も耳に入って来ない少年は、最後まで目の前のゆっくりが
かつて笑顔で話し合ったゆっくりまりさだという事にも気付かず
割れた唇を結んだまま、眉一つ動かす事無くそれを行った。


足を上げた少年は
いつかの朝に恥ずかしがっていたゆっくりまりさの帽子目掛けて
いつかの朝にレタスを詰め込んでやったその帽子目掛けて

思いきり足を踏み降ろした。




少年にとってゆっくりれいむはゆっくりではなく家族であり、娘だった。
少年が他のゆっくりを娘の様に思う事は二度と無く、
少年は二度と娘以外のゆっくりを愛する事は無かった。




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最終更新:2022年05月18日 22:57