代表ゆっくり(前)



帰ってくると、今にゆっくりの一家がいた。
思わず「あっ」と声を出してしまい、奴らはそれに気付いた。

「ゆ!ここはまりさたちのおうちだよ!ゆっくりしていってね!!」
「おなかがすいたよ!!まりさたちにおかしをもってきてね!!」
「おにいさんはゆっくちできりゅひと?ゆっくちちていってね!!」
「ゆっくりできないひとはでていってね!!」

ゆっくりどもは一斉に俺に向き直ると、口々に好き放題抜かした。
大きめのまりさ種が一匹、これは母親らしいがまだ若そうだ。
更に子供らしいのがれいむ二匹、まりさ三匹の五匹。子供たちの中には赤ちゃんサイズのものも混じっている。

どこから入ってきたのかと思って見回すと、窓が開いていた。暑さから窓を開けて過ごしていたので、出る時閉め忘れたようだ。
台所に備蓄してあった食糧は食い荒らされ、大事に飾っていた花瓶は割られて中の花も食べられている。
押入れのふすまも体当たりで破られていた。あ、押入れの中にもう一匹子れいむ発見。ハマって出られなくなっていたんだな。

「ゆ!くらくてこわかったよ!れいむをこんなこわいめにあわせるおにいさんとはゆっくりできないよ!!はやくあやまってね!!」

とか、頬を膨らましながらありえないことをのたまっている。
以前ゆっくり虐待仲間である友人に聞いたのだが、
奴らの“自分の家宣言”は、そこが自分の家だと完璧に思い込んでいるわけでは必ずしもなく、
ゆっくりによっては頭のどこかで「本当はニンゲンのおうちである」と認識しているらしい。
その論拠には、自宅で“自分の家宣言”をしたゆっくりに「ここは誰の家?」と暴行を加えつつ詰問したところ、
「お゛にぃざんのお゛うちでずぅぅぅぅ」と答えた、ということだ。そのあと死んだってさ。
この子れいむは勝手に侵入した人家で勝手に怖い目に陥っておきながら、
それを自分のせいとは決して考えず、「この家が自分を怖い目に遭わせた」というあらぬ方向に考えを曲げ、
あろうことか、この家に現れた本来の持ち主だと思われる俺に責任転嫁してきたのだ。
よって先ほどの友人の論は、少なくともこのれいむ相手に限っては立証されたことになるだろう。殺したい。

しかし、そんなムカつきエピソードはとりあえずどうでもいい。
俺は無断で家に入ってきたゆっくりは全て苦しめながら殺す信条だ。
結果としてこいつらに待っているのは拷問死、それはどう足掻いても変わらない決定事項。
部屋を荒らしたり俺をイラつかせるのは、死際のささやかな抵抗として見守ってあげようじゃないか。
その点、この子れいむは良い線いってると思うよ。苦しむ時間が若干延びたかも知れないけど。

「一応言っておくけど、ここは俺の家であってお前らの家ではないよ!」
「ゆ?おにいさんなにいってるの?ここはまりさたちがさきにみつけたんだよ!!」
「まりさたちのいってることわからないの?ばかなの?」
「ゆっくりできないおじさんはゆっくりしね!」

別に言っても無駄なのは解ってたからどうとも思わない。むしろ素直に聞かれたら俺がびっくりして死ぬ。
とはいえこれで遠慮は要らなくなったので、とりあえず親まりさを蹴り飛ばして俺強いアピールしておく。
強めに蹴ったので、壁に顔面から叩きつけられた親まりさから多量の餡子が飛び散る。染みになっちゃうな。
子ゆっくり達は「ゆ゛ゆ゛っ!?」とか喚いて非難の限りを俺に浴びせてきたが、
親をぶっ飛ばしたことで人間の強さは印象付けられたらしく、同じ目に遭いたいかと問いかけると静かになった。
次に俺は、家に侵入してきた悪いゆっくりは全員殺すこと、子供達をどう潰していくかを宣言しておいた。
死刑宣告にも似た俺の言葉に、静かにしていた子ゆっくり達は泣き出してしまう。
何も知らせないまま虐待した方が新鮮なリアクションが得られるのでは?というご意見もあるだろうが、
俺は泣かせられる時は泣かせておく主義なのだ。それにどうせこんなの、ちょっとしたことでコロッと忘れるし。

閉ざされた居間の中を逃げ惑い始めた子ゆっくりたち。それをゆっくり追い回していると、
今まで俺が経験したこともなく、また思ってもみなかったことが起こった。
怪我をして顔面餡子まみれになった親まりさが俺のところまで這って来てこんなことを言ったのだ。

「ごべんばざい。ごごはおにいざんのおうぢでず。ばりざがみんなをざぞいまじだ。
 だがらごろずならばりざだけにじでね。あがちゃんだぢはだずげてね」

おいおい、ピンチとなれば家族をも売ると悪名高いまりさが何を言い出してるんだ?
頭でも打ったのか? 打ったか。

「お前が家族を代表して罰を受けるってことか?」
「ぞうだよ。ばりざがだいひょうだよ」
「何でそんなこと考えた? 家族を売っても助かろうとするお前らまりさが……」
「がぞぐをうっだりじないよ。おにいざんはづよいよ。ざがらっでもむだだよ」

子ゆっくりをビビらせるためにやった俺TUEEアピールが、思わぬ効果を発揮したようだ。
このまりさは強いものに大人しく従うタイプのようだ。森の生活でも辛酸を舐めさせられてきたんだろう。
俺の怒りを鎮めるのが不可能だと悟るや、せめてその怒りを自分だけで全て引き受けようと思ったらしい。
うーむ、餡子頭の饅頭でも母親ということだろうか。惜しむらくは、家に入る前に人間の強さに気付けよ。
しかしその条件を飲むとなると、俺のどんな拷問や虐待もこいつらの美しい親子愛を演出するだけだ。
そんなのは気に食わないし絶対にごめんだ。とはいえ、虐待時のコミュニケーションを重視する俺としては、
まりさからの珍しい提案を全くの無碍にするのも惜しい。どうしたものか……

「うーん……そうだな、気に入ったぞ! まりさ種にしては珍しい心掛けだ。殺すのは無しにしてあげよう」
「ゆゆっ!?」
「ただし、別のおしおきはするぞ。悪いことしたって解ってるなら、しょうがないって解るよね?」
「ゆ゛っ・・・わがっだよ。でもあがぢゃんだちはたずげでね」
「解ってるよ、お前が家族の代表だからな。お前こそ、その言葉忘れるなよ」
「ゆっ!?れいむたちころされなくてすむの?」
「おかあさんがおにいさんにゆるしてもらったんだよ!!」
「おがあざああぁぁぁぁん!!だずげでぐれでありがどおおぉぉぉぉ!!」

話を聞いていたらしい子ゆっくりたちもいつの間にか集まってきて、歓喜の涙を流している。
これでじぶんたちはたすかるんだ。忘れていた生の喜びを噛み締めている。
こいつらの餡子頭では、どうせまたすぐ忘れるだろうけどね。
でも一つ忘れちゃいけないのは、俺は家に入ってきたゆっくりはみんな殺す信条ってことだ。
たださっきのまりさの勇姿を見て、ちょっと別のことを思いついただけさ。

ーーー

俺は別室に行き、透明な仕切り板を使って、部屋を真ん中から二つに分けた。
一方にはゆっくり飼育道具が一揃い。すべり台やブランコなど、ゆっくり用の大きな玩具もある。
もう一方には今は何も置いておらず、仕切り板は人間にはまたげるがゆっくりに飛び越えるのは不可能な高さだ。
俺は手早く準備を済ませると、居間にいるゆっくり一家のところに戻る。
奴らは傷の癒えてきた親まりさを中心に、早くもゆっくりし始めていた。
手を叩いて注目を集めると、全員に聞こえるように話し出す。

「みんな聞いてね! お母さんまりさの立派で優しい姿に胸打たれた俺は、みんなを叩き潰すのをやめることにしました」
「ゆ!さすがおかあさんだね!!」
「おにいさんもこんなすてきなゆっくりにであえてよかったね!!かんしゃしてね!!」
「はいはい。でも悪いことをしたみんなにはお仕置きが必要だよね!」
「ゆ・・・おしおきいらないよ!れいむたちわるいことしてないよ!!」
「まりさはまりさたちのおうちでゆっくりしてただけだよ!!」
「ド饅頭は黙ってね!
 それでどんなお仕置きにしようかなって考えたんだけど、恐ろしいお仕置きを思いついちゃったんだ」
「ゆ゛ゆ゛!?もういやだよぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!」
「おしおきだめぇぇぇえぇぇぇ!!ゆっぐりでぎないのぉぉぉぉおぉぉ!!」
「まりざもうおうぢがえるぅぅぅぅぅ!!」
「ここがおうちじゃなかったのかよ。まあいいや、とにかく新しく考えたお仕置きを改めて発表します!
 それは……『ゆっくりさせること』!」
「「「ゆ?」」」

さっきから鬱陶しく表情を二転三転させていた子ゆっくりたちは、俺の言葉に戸惑い、一瞬固まった。
ゆっくりすることが至上の目的であるゆっくりに対し、ゆっくりさせることがお仕置きだとは。確かに意味不明だろう。

「みんな全然大したことないって思ってるだろ? でもそんなことないよ。これは恐ろしいことなんだ。
 怖い人間のところで悪さをして、せっかく生き延びて反省する機会を与えられたのに、
 君たちはその機会すら生かせず、逆にゆっくりさせられてしまうんだ。
 そうするとまた調子に乗って人間のところで悪さをして、今度は殺されちゃうかもしれないよね!
 ある意味ただ殺すよりも恐ろしい、残酷な制裁行為だね!」
「ゆゆ!ここでずっとゆっくりするからだいじょうぶだよ!!」
「おにいさん、れいむたちをゆっくりさせてね!!おかしいっぱいちょうだいね!!」
「おにいさんもまりさたちのおうちでゆっくりしていっていいよ!!」
「ゆっくちちていってね!」
「ゆっくり~!!」

俺のありがたいお言葉には耳も貸さず、ゆっくりどもはニコニコしながら嬉しそうに跳ねている。
こいつらの脳内ではもう思い思いのゆっくりライフが始まっているらしい。
親まりさは俺の言っていることの意義を一応理解したらしかったが、自分もゆっくりしたいという誘惑には勝てないらしく、
子ゆっくり達と一緒にニコニコして喜んでいる。まったく。まあこんなのは詭弁だから良いんだけどね。
大体「ゆっくり」って何なんだよ、抽象的過ぎるんだよ糞が。それで何か意図が通じるとでも思ってるのかね?
そんな良く解らないものを人様に強いるゆっくりどもには、一度同じ苦痛を味わってもらいたい。

「じゃあみんな、お仕置き部屋に移動しようね。覚悟しててね」

俺はゆっくりたちを全員抱きかかえ、先ほど板で仕切った別室へと移動を開始した。

「わーい!おそらをとんでるみたい!!」
「ゆゆ!たのしそうなものがいっぱいみえるよ!!」
「とってもゆっくりできそうだね!れいむきにいったよ!」
「はやくゆっくちちたいよ~~!!」
「おにいさん!はやくあのおもちゃのあるところにおろしてね!まりさのゆっくりスポットにするよ!!」

覚悟しろとやや凄んで言ったにも関わらず、ゆっくり達は能天気なものだった。
部屋に置いてあるおもちゃなどを見て、期待に目を輝かせている。
親まりさもそんな子供達を見て満足そうに微笑んでいた。苦痛に歪ませてやりたかったが、今は我慢した。

さて、子ゆっくりたちを床に降ろしてやる。ゆっくりを抱きかかえたまま身体を低くかがめると、
子供達はゆっくり~!とか奇声を発しながら各々畳の床へとべちょべちょ着地していく。
親まりさも子供達と一緒に飛び出そうとしたが、そこをぐっと押さえつける。「ゆ?」とか言いながら
こっちを見上げて来る親まりさだが、俺は視線に構わず、親まりさだけ仕切りのもう一方側へと降ろした。

「おにいさんありがとう!!れいむたちのためにおもちゃをよういしてくれたんだね!!」
「いっぱいゆっくりしてあげるからほめてね!!」
「ゆゆゆ~♪」

すべり台やブランコ、シーソーにアスレチック、ゆっくり用柔らかクッション、涼しげな水場などなど。
さしずめゆっくり用遊園地とでも形容すべきパラダイスに、我先にと飛び込んだのは、好奇心旺盛な赤ちゃんれいむであった。
しかしその楽園への跳躍の途中で、赤れいむは無様に「ぶべっ!」と叫んで床に落ちてしまう。
夢中だった赤れいむはその存在に気付かなかったが、透明な仕切り板にぶつかったのだ。

「ゆゆ?かべがあってとおれないよ!!」
「おにいさん!これじゃれいむたちゆっくりあそべないよ!!」
「はやくかべをどかすか、まりさたちをむこうにはこんでね!!」
「これじゃゆっくちできにゃい~~!!」

ぷくーっと膨らんで怒ってみせる子ゆっくり、泣き出してしまう赤れいむ。
しかし俺はにっこりと優しく微笑んで返す。

「大丈夫だよ、安心してね!」
「あんしんできないよ!ゆっくりはやくしてね!!」
「まあまあ。実は君たちには、お仕置きしなくても良いことになってるんだ」
「ゆ?なにいってるのかわからないよ!ゆっくりせつめいしてね!」
「さっき聞いてた子もいるだろ? 君たちのお母さんが、『まりさがだいひょうになるからこどもたちをたすけてね』って言ったんだ」
「ゆゆ!まりさたちのおかあさんはりっぱだよ!!」
「りっぱなこどものれいむたちもはやくゆっくりさせてね!!」
「だからぁ、君たちはそんなことしなくていいんだって」
「ゆ?」
「君たちのお母さんが代表になって、君たちの分まで『ゆっくり』してくるからね!」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ーーー!!?」

驚愕の表情を隠せない子ゆっくりたち。やがて一匹の子れいむが発見してしまう。
透明な板の仕切りの向こうに一匹だけたたずむ、親まりさの姿を。

「ゆゆゆ!?なんでおかあさんだけそっちにいるの!?」
「ずるいよぉぉぉおぉぉぉ!!れいむだぢもゆっぐりそっぢにづれでってねぇぇぇぇ!!」
「はやくこのかべをゆっくりなんとかしてね!!」

親まりさはおろおろと戸惑った様子で、子供達の方を見ている。

「おにいさん!これはどういうこと!?こどもたちもこっちにつれてきてあげてね!!」
「おいおい、そりゃ無いだろ。お前さっき自分で言ったこと忘れたの? 代表じゃなかったの?」

親まりさの苦情に、俺は親まりさにだけ聞こえるような小声で応えた。

「ゆ゛っ・・・でもこどもたちがゆっくりできないとかわいそうだよね!!ゆっくりはやくしてね!!」
「あのね、さっきの俺の話理解したよね? ここで『ゆっくり』しちゃうのは、子供達のためにならないんだよ。
 正しい躾を受けられない子供ほど不幸なものは無いって、お前も親だったら解るよな?」
「ゆぅ~・・・?」
「だからお前が子供達の分まで『ゆっくり』するのは、立派な親の勤め! あいつらを助けることに繋がるんだよ。
 むしろこんなところで『ゆっくり』させることは、お前らにとって大きな苦しみになるんだ!
 ゆっくり理解したか? お前は子供達のために、良いことをしているんだよ!」
「ゆゆっ?まりさ、ゆっくりしたほうがいいの?」

『子供達のため』『良いことをしてる』というフレーズに心が揺れたらしい。
そもそも『ゆっくりさせる刑』なんて意味不明なことを言い出した俺のマッチポンプなんだが、そんな難しい事は餡子には解らない。
ここまで来れば、思いついた通りの展開に持ち込むまでもう一押しだ。

「そうだよ! その板越しにお前らを分けたのは、見せしめのためなんだ。
 恐ろしい『ゆっくり刑』を受ける母親を、子供達に見せて反省させるためのね」

『ゆっくりすると反省できず、結果的に恐ろしい』という論理から、
『ゆっくりすること自体が子供にとって恐ろしい』にすり替える。
冷静に考えればおかしな話だが、俺の畳み掛けに親まりさの餡子脳では対応できない。

「ゆ~・・・じゃあまりさ、みんなのためにしょうがなくゆっくりするよ!」
「偉いぞ! お前はまさしく親の鑑、子供達の誇りだな。だからちゃんと、家族の代表として宣言してやれ」
「ゆゆっ!わかったよ!!」

そして親まりさは、仕切り板の向こうでゆーゆーぴーぴー喚く子ゆっくりどもに笑顔で向き直った。

「おーい、お前らの偉大なお母さんから発表があるぞ!」
「みんな!!おかあさんがみんなのぶんまでちゃんとゆっくりしていくからね!!
 しんぱいしないでね!!ゆっくりしないでね!!」
「「「「ゆ゛ゆ゛!?な゛んでなのぉぉぉぉおおぉぉぉ!!」」」」

親まりさに裏切られ、自分達のゆっくりプレイスを独り占めされたと思った子ゆっくり達は、一斉に悲鳴を上げた。
うーん、親の心子知らずとはこのことか。

「おにいさんありがとう!!まりさ、あのこたちをくるしめるところだったよ!!」
「うんうん、お前も親として一皮剥けたな」

こいつはこいつで、俺の暗示にかかりまくってるしな。お礼まで言ってるよ。
ゆっくりがゆっくり出来ないことのどの辺が良いことなんだろうね。人間の子供の躾じゃないんだから。
親まりさだって、『自分がゆっくりするのが子供達のため』なんて本気で思ってるかどうか怪しいもんだ。
俺のこねた屁理屈の尻馬に乗って、自分がゆっくりする大義名分を得ようとしているんじゃあないのか?
自分がゆっくりするためには、他の全てを正当化する。そういう奴らだから今ここにいるんだ。
まあ仮に反省したとしても、全くもって無駄なことだけどね。それを生かす機会は永遠に来ないのだから。

こうして嘘と欺瞞で二重三重にコーティングされた、俺と親まりさによる躾が始まった。
子ゆっくりどもは真摯に反省する必要もなければ、欺瞞を暴き立てる必要もない。
ただ突きつけられた理不尽な現実に、ゆっくり出来ずに泣いててくれればいいのさ。

ーーー

さて、それからゆっくりタイムが始まった。
まずは「おなかがすいたよ!!ゆっくりごはんもってきてね!!」と言う親まりさの要望に応え、
とりあえず棚にしまっておいたお菓子を出してやる。つーか、よくもいきなりここまで図々しくなれるもんだ。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」と癇に障る声を出しながら美味そうに食っている。
それを透明な板の向こうでうらやましそうに眺める子ゆっくりたち。

「おにーさん、れいむたちにもおかしちょうだいね!!」
「ゆゆ!おかーさんばっかりずるいよ!!」
「そう言うなよ。お母さんはお前らの為を思ってゆっくりしてるんだぞ。
 良いお母さんだな! お前らはそんなお母さんの思いに応えないとね!」
「そんなことよりゆっくりおかしだしてね!!おもちゃももってきてね!!」
「こんなんじゃゆっくりできないよ!!」

こりゃ押し問答だな。しかし親に対して「そんなこと」は無いだろうに。
大体ゆっくり出来ないってどういう事だ? 針のむしろにいるわけじゃなし、畳の上で充分ゆっくりできるだろ。
極めて限られた条件下でしか『ゆっくり』とやらを出来ないこいつらを、果たしてゆっくりと呼んでいいものか。

「お前ら全然ゆっくり出来てないね! ちゃんとお母さんの想いを受け止めてるんだね。
 お母さんがああしておしおきを受けている甲斐があるってもんだね」
「ゆゆ!?あれのどこがおしおきなの!!とってもゆっくりしてるよ!!
 あとまりさはゆっくりできないゆっくりじゃないよ!!ゆっくりできるよ!!」

おや、それは問題だ。俺はそう言う子まりさの帽子を取り上げた。

「ゆ゛ゆ゛ー!!まりさのぼうしかえして!!それがないとゆっくりできないよ!!」
「それはそれは、良かった良かった。お母さん思いの良い子だよお前は」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ーーー!!ゆっぐりじだいのぉぉぉぉ!!」

俺はしきりに『ゆっくりするのは悪いこと』であると強調していく。
しかし子ゆっくりたちにそんな論理を受け入れられるわけがない。親まりさに苦情を言う子ゆっくりも当然出てくる。
お菓子を食べ終えた親まりさは、すべり台を「ゆ~♪」と滑って子供のように遊んでいる。
子供の分もゆっくりするんだから当然か。

「おかーさん!なんでたすけてくれないでひとりでゆっくりしてるの!!」
「そこにあるおもちゃはまりさたちのだよ!!ひとりじめしないでね!!」
「しょんなおかあしゃんとはゆっくちできにゃいよ~~!!」
「それでいいんだよ!ここでおかあさんがだいひょうとしてゆっくりしてるからみんなはゆっくりしないですむんだよ!!
 そっちでおかあさんにかんしゃしててね!ゆっくりしないでね!!」
「な゛んでぞんなごどい゛うのお゛ぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!?」

この親まりさの子供に対する態度には、虐待好きの俺も顔負けである。クレイジーだぜ……
つがいや家族の絆を引き裂いて遊ぶ為には、いかにゆっくりの思考を誘導するかが問題になるが、
ここまで俺に追従してくれるとは予想外だ。
一瞬立派かもしれないと思ったが、所詮まりさはまりさだったかな。
そんなことを考えながら、俺は親まりさの乗るブランコを後ろから押してやる。
徐々に振れ幅が大きくなり、勢いを増していくブランコ。前後に振れる度に「ゆっゆっ」と声を出して喜ぶまりさ。
ある高さに達した時、ついに親まりさはぽーんと空中に投げ出される。

「ゆ~ん♪ おそらをとんでるみたい!!」

その様を見つめる子ゆっくりたちの瞳は、親まりさが地面に激突し、怪我をすることへの期待に輝いていた。
一人でゆっくりした罰を受けろ、と。さっきは身を挺して自分達を助けた母親なのにだよ? ひどい話だね。
しかしそんな子供達の様子など視界にも入れず、親まりさはやわらかクッションの上にぽよんと落下し、
そのままクッションの上で気持ち良さそうに転げまわっている。
一人ゆっくりした罰を受けるどころか、ますますゆっくりしてしまっている親まりさ―――
その圧倒的ゆっくりっぷりは、まるで運命が味方をしているようにも映っただろう。
あまりに理不尽な現実に、子ゆっくり達は何とも言えない絶妙な表情で固まっている。

「ゆ~!このクッションとってもきもちいいよ!すごくゆっくりできるよ!」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛!!なんで!!な゛んでなのぉぉぉぉぉ!!!」
「何でって、あれは加工所でも売ってないような高級ゆっくりクッションだからね。
 並のゆっくりじゃ一生触れないような代物だよ。そりゃあ気持ちいいだろうなあ」
「ぞんなごどぎいでないぃぃぃぃぃい゛ぃぃぃ!!」
「おがあざんばっがりずるいの゛ぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!れいぶだちのゆっくりどらないでぇぇぇえぇぇぇ!!!」
「ここはあちこちゆっくりできるものだらけの、さいこうのゆっくりプレイスだよ!!
 みんなこっちにこれなくてよかったね!!そっちでゆっくりしないでみててね!!」
「「「おがあざんのばがぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「ゆゆ!みんなのためにやってることだよ!ゆっくりりかいしてね!!」

ホーントにバカですねぇ。
子供に罵倒されたゆっくりが悲しむ様は何度か見てきたが、こいつはゆっくり出来る喜びの方が勝っているようだ。
子供達に見せ付けるように本能の赴くまま、色々なアイテムを使って存分にゆっくりしている。
思えば、ゆっくり特有の人を見下す態度、他が自分のために動くのが当然というような言動。
それも本能なのだとすれば、他者を見下して「よりゆっくりしている自分」を際立たせることにより、
更なるゆっくりを実現するための無意識の働きなのかもしれない、と俺は思った。
つまり「みんなのぶんまでゆっくりする」為には、そういった優越感も親まりさにとっては重要なのだ。
子供達のためという大義名分、最高のゆっくりプレイスという具体的動機。
ゆっくりするのに充分なお膳立てを得たまりさは、もはや全力でゆっくりすることに何の躊躇も無かった。

「ゆゆゆ!おにいさん、おなかがすいたよ!ゆっくりごはんをもってきてね!!」
「ゆ!れいむもおなかすいたよ!!」
「ゆっくちごはんたべゆ~~!!」
「おっと、もうそんな時間か。用意するから待ってろよ」

ゆっくり達全員から催促され、俺は台所に向かう。
ちゃちゃっと晩飯を作り、俺と同じ献立をお盆に載せ、親まりさのところに持っていく。
そう豪華な食事ではないが、野生のゆっくりにとっては人間の食事というだけで至上のごちそうだろう。
よだれをだらだらと垂らした子ゆっくりどもが、飯を催促しながら足にぽんぽんぶつかって来るが無視。
結局、「ゆぅ~・・・」とか言って萎んでいきながら親まりさに食事を運ぶ俺を見送るしかない。

「ゆ!おそいよおにいさん!」
「悪い悪い、ゆっくりしてたもんでな。お前もゆっくりしてたろ?」
「ゆゆ!もちろんゆっくりしてたよ!!まりさはみんなのぶんもゆっくりするよ!!」
「よーし、そんなゆっくり出来るゆっくりまりさにご飯だぞー」
「ゆー!おいしそうなごはんがいっぱいあるよ!!」
「みんなの分もたくさん食べないとな?」
「ゆっ!そうだね、いただきます!はっふ、うっめ!めっちゃうんめ!すごくゆっくりできるごはんだよ!!」

俺達はしきりにゆっくりしていることを確かめ合っていた。
『ゆっくり』が何を指すのかは、未だに全然解らないが。
板の向こうまで美味しそうな匂いが流れていくので、子ゆっくり達は辛抱たまらないだろう。
脱水症状起こすんじゃないかってぐらいよだれを流しながら、爛々と輝く目で親まりさの食事を見つめる子ゆっくりたち。

「ゆゆ!れれれいむたちにもはやくごはんちょうだいね!!」
「ゆっくちはやくたべたいよ~!」
「おなかがへってしにそうだよ!しんだらゆっくりできないよ!!」
「ゆ゛!?まりざあぁぁぁぞんなこといっちゃだめぇぇぇえぇぇぇ!!」
「ゆ゛ゆ゛!!しんだらえいえんにゆっくりしちゃうよ!!!」

子まりさの『ゆっくりできない』発言に反応した子れいむが子まりさを咎める。自浄作用。
ゆっくり出来ないのは良いことだが、死なれてはつまらないので食事を与えるとする。
予め抜いてきた庭の雑草を子ゆっくりたちの前に放り捨てる。サービスで土は付いたままだ。

「ゆ゛ぅぅぅ!!なにごれぇぇぇえぇぇぇ!!」
「きたないよ!!こんなのごはんじゃないよ!!」
「お前らいつもこんなの食ってるだろう」
「お゛があざんだげずるいよ゛ぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」
「こんなまずそうなくさたべられないよ!!おかあさんとおなじごはんをだしてね!!」
「これじゃゆっくちできないよ!!」
「へぇ~、ゆっくり出来ないのかい」

子れいむや子まりさ達はしまったという顔で、失言をした赤れいむを睨んでいる。
赤れいむは何が悪いのか解らず、目に涙を浮かべたまま姉ゆっくり達の視線に震えている。

「ゆ!いまのみんなにとってさいこうのごはんだね!!みんなはずっとそれをたべてね!!」
「「「ゆ゛ぎぃぃぃぃいい゛ぃぃぃぃぃぃ!!」」」

ごはんをべちゃべちゃ食い散らかしながら、親まりさは子供達に向かって笑顔で言い放つ。
子ゆっくり達は涙を流し、ぎりぎりと歯噛みしながら、
何匹かは失言の赤れいむを攻撃し、何匹かは仕切り板にべちゃべちゃ体当たりしている。
何か俺、親まりさと息が合って来た? 人生に二度とない、貴重な体験かもしれない。
しばらく見ていると、最初は文句を言っていた子ゆっくりどもも空腹には勝てないのか、
ごちそうの良い匂いの漂う中、ばらまかれた雑草をもそもそ食べ始めた。
うなぎを焼く匂いだけでご飯一杯いけた人もいたということだし、これはこれでオツなのかもしれないな。
だが「しあわせー♪」などと言い出すゆっくりは一匹もおらず、親まりさと対照的に重苦しい食卓となった。
もっとも、もしも雑草が美味しかったとしてもそれを口に出そうものなら、
俺に……いや、親まりさに咎められ、更に食事のグレードを下げられるだろう。
なぜなら親まりさのゆっくりは、みんなの分のゆっくり。
子供達がゆっくりしてしまっては、自分が存分にゆっくりできないのだ。それもこれも『子供達のため』。
このパラドックスに対してわずかな疑念が浮かんでも、ゆっくりしたいという本能的欲求に掻き消される。
クックック、この状況……いつまで続けようかな? よく考えてなかった。
しかしこの分では限界も近そうだ。ゆっくり見守っていくとするか。

やがてゆっくり達は食事を終え、就寝の時が近付いてきた。
あくびをした親まりさは、先ほどのクッションをベッド代わりにうとうととしていた。
と、そこに俺は小さなタオルケットをかけてやる。

「ゆ?おにいさん、これはなに?」
「掛け布団だよ。寝汗が冷えて風邪でもひいたらゆっくりできないだろ?
 よく汗を吸うし、風も通すから暑苦しくもならないぞ!」
「ゆ!とってもやわらかくてきもちいいよ!これならゆっくりねむれるよ・・・」
「それからこれもな」

ゆっくり用耳当てを親まりさに見せる。

「ゆ!こんどはなあに?」
「これをつけると静かになって、ぐっすり眠れるようになるよ。
 風の音とか犬の鳴き声とかで起こされちゃったらゆっくり出来ないだろ?
 朝になったら取ってやるよ。ほうら」
「ゆゆ!すっごくしずかになったよ!ありがとうおにいさん!!」

ゆっくりに耳なんてものがあるのか甚だ疑問だったが、効果は発揮されているようだ。
しかし今の俺って、まるでゆっくり愛でお兄さんだよな。正直気分悪いが、何事も経験だな。
それに後ろの方で苦しんでるゆっくり達もいるわけだし。
俺は親まりさにおやすみと声をかけて頭を撫でると、親まりさは小さく身体を震わせ、すぐに寝息を立て始めた。
親の過剰なゆっくりっぷりに、「ゆ゛!ゆっぐりねるなぁぁぁあぁぁぁ!!」「おがあざんはねむれずにくるしんでね!!」
などと呪詛の声を送っていた堪え性のない子ゆっくり達だったが、耳当てによって何も聞こえなくなったことを悟ると、
さんざん喚き倒して疲れたのか、みんなうとうとと夢の世界に入り始めた。
と、そこで俺が一喝。

「ゆっくりしていってね!」
「「「「「「ゆっ!?ゆっくりしていってね!」」」」」」

俺の挨拶に対し、本能的に子ゆっくり達がお決まりの返事をする。
こればっかりは逆らえないのでしょうがない。たとえゆっくりが何をしている時であっても。

「ゆ!おにいさんなにするの!!やめてね!!」
「まりさたちはつかれたからゆっくりねるんだよ!!」
「ねみゅれないよ~!!」
「え~? だからお母さんの眠った夜中ぐらい、君達にゆっくりしても良いよって言ってるんじゃないか。
 ほら、ゆっくりしていってね!」
「「「「「「ゆっくりしていってね!ゆ゛~~!!」」」」」」

ゆっくりって、本当にマヌケな生き物ですねえ。ちなみに親まりさは耳当てをしてるのでぐっすり夢の中だ。
その安眠を保障するためにも、子ゆっくり達をゆっくり眠らせるわけにはいきませんもんねー。
とはいえ、俺も人間なので一晩中ゆっくりに付き合って起きてるわけにはいかない。
そこでこいつの登場だ。河童謹製、蓄音機~。
これは音を記録し、再生できる機械だ。更に自動ループ機能もついている。作業用BGMとか流す時に使える。
まあ作業っつっても主に虐待なんスけどね。
で、今回はゆっくりが「ゆっくりしていってね!」と言った時の音声を記録したものを、一晩中ループさせ続ける。
声は数秒置きに流れる。眠りに落ちつつある子ゆっくりを確実に引きとめ、覚醒させるだろう。
ゆっくりに止められないように高い台に置いて、セット完了だ。
いきなり知らないゆっくりの声が流れ出し、子ゆっくりたちは戸惑いの表情を浮かべた。

《ゆっくりしていってね!》
「「「「「「ゆっ、ゆっくりしていってね!ゆぅ・・・」」」」」」
《ゆっくりしていってね!》
「「「「「「ゆっくりしていってね!ゆ゛があ゛ぁぁぁぁ!!」」」」」」
《ゆっくりしていってね!》

よしよし、ちゃんと動作しているな。
ゆっくりは寝不足が原因で死ぬことはないと噂に聞いたので、実験してみる次第だ。
機械の作動を確認した俺は、「おやすみ~」と小さく声をかけ、部屋を出て自分の寝室に向かった。
寝る時は俺も耳栓をした。子ゆっくりの悲鳴が聞こえてきてうるさいのなんの。
明日に備えて、俺もゆっくり眠らないとね。







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最終更新:2022年05月03日 15:04