ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1576 でいぶ・オン・ザ・ヒル
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平和な群れだった。豊かな自然、優しい住ゆん、賢い長。人里からも遠く離れた理想的なプレイス。
季節は秋。約束された恵みにゆっくり達も満面の笑みを実らせている。
しかし、ひとつだけ平和とは程遠いものがあった、それは。
「きんぐでいぶだぁああ!!!」
その一声で、思い思いにゆっくりしていたゆっくり達に緊張が走る。
「ゆゆ! おちびちゃんたちは、ゆっくりしないでひなんしてね!」
「でいびゅ、きょわぃいい!」
成れいむが、赤ゆ子ゆを舌で押しながら誘導を始める。
冷静さを保っているのは避難を促すもの達だけで、他は恐慌に陥り右往左往している始末。
「くるよ、くるよ、でいぶがくるよぉおお!」
「きたぁあ!」
「だるまおとしだぁああ!!!」
群れの外、向こう正面には丘がある。ゆっくりにしてみれば、山に等しい高さだ。そこから、何やら肌色のずんぐりむっくりが、ゴロゴロと転がり落ちてくる。
確かにその姿は彩色ミスのだるまのようだ。だるま落としとは、よく付けたものである。微妙に間違ってはいるが。
「なにをしてるの!」
「ああ、おさー!」
長は、ありすだった。
種としては珍しいが、本ゆんの凛々しい顔付きと周囲の眼差しが、長であることを証明していた。
「そんなところにいたら、つぶれてずっとゆっくりするわよ。はやく、こっちまできなさい!」
「ずっとゆっくりしたくなぃぃいい!」
まりさだのれいむだのちぇんだのが、一目散にありすの元に駆け寄る。ぱちゅりー種だけが、子供達と一緒に避難済みであった。
丘から群れとは、ある程度の距離が保たれていた。鈍重な饅頭どもでも、でいぶを視認した後でゆっくり避難できる余裕はある。
いよいよ、きんぐでいぶが転がりながら群れの入口へ迫っていた。慌てて逃げ出したために散乱している餌だのお花だのが、無残に踏み潰されていく。
「ゆああ、ばりざのゆっぐりじたごはんざん……」
「じっとしてなさい!」
肌だるまの勢いは止まらない。その行く手には大木が迫り、まともにぶつかればいくら頑丈な個体でも木っ端微塵になれそうであった。
しかし、きんぐでいぶにその期待は通らない。突然跳ね上がったかと思うと、小生意気にも空中一回転を決めつつ、見事に着地した。
来襲者は大きく大きく息を吸い込むと、木々が揺れるほどの大声で一喝する。
「きょうも、でいぶのかわいいおちびちゃんのために、えさをさしだしてね! たくさんでいいよ!」
大音声で、群れのゆっくりどもは完全に怯んでいた。その隙を狙うかのように、きんぐでいぶが大木の根元に突進する。そこは、群れの貯蔵庫だ。
長ありすだけは正気を保っていた。でいぶの前方にある倉の扉に向かって、叫ぶ。
「いまよ、めーりん!」
「じゃぉぉぉおおおん!!!」
貯蔵庫の中から、1匹のめーりんが飛び出してきた。その頑丈なあんよが、でいぶの顔面を的確に捉える。
衝撃で侵略者は2・3歩後ずさりした。ダウンを奪うまでには至らない。
「でたね、もんばん。たべられもしないくせに、でいぶのじゃまするなんて、なまいきだよ!」
「じゃおっ! じゃぉおおお!」
「でいぶのこそだてをじゃまするめーりんは、ゆっくりしね!!!」
でいぶが跳躍する。めーりんもほぼ同時に跳ねた。両者はあんよを伸ばし、飛び蹴りの体勢で交差する。
「じゃおおん!」
「でいぶごくとけん!」
着地と同時に、でいぶとめーりんの頬が切れた。めーりんは赤い中身が滲んだが、でいぶの面の皮は厚く、中身まで到達しない。
「じゃじゃあっ」
「ふん、これからがほんばんってかおだね。でも、でいぶはつかれたからかえるよ!」
言うが早いが、巨体に見合わない速度で間合いを離すきんぐでいぶ。ついでに、手近な巣に頭を突っ込んで、中にあった餌をくわえる抜け目の無さだ。
「あああ、ばりざのゆーごはんざんがぁぁあ!」
先ほど採れたての餌を踏み潰されたまりさが、またしても慟哭した。厄日のようだ。
そんなことなどお構いなしに、でいぶは、ばいんばいんと跳ね回りながら駆け去っていく。群れのゆっくりではとても登れない急斜面の丘を、略奪者は難なく踏破して消えていった。
朝起きて、ゆっくりして、でいぶに襲われて、泣きながら眠る。それが、この群れの日常である。
――でいぶ・オン・ザ・ヒル――
「ゆぇぇぇええん! ゆぇぇぇぇぇええん!」
「どうぢで、でいびゅがぐるのぉぉぉおお?」
避難先、といっても数メートルも離れていない草むらから、子供達が帰って来る。
もうでいぶがいないことを確認して連れ立ってくるのだが、それでも子饅頭どもは鳴いたり喚いたりしてうるさいことこの上ない。
「ばりざの、あさひるばんさんがぁぁああ!」
いつのまにか、厄まりさもそれに混じって号泣していた。
涙の輪の中に、成体のれいむがいた。それは息を吸い込むと、おうたを歌い始める。
「ゆーゆー、ゆっくりしていってねー。きーんぐでーいぶは、こわいけどー。いつでも、まーまがついてるよー」
別に、歌い手れいむが実際の母親なわけではない。群れに古くから伝わるおうたなのだった。
このおうたを聞くと、赤ゆも子ゆも、ついでに不幸まりさも泣き止んで、たちまち明るくゆっくりしてくる。
「ゆゆーん、おねーしゃんのおうたは、ゆっくりできるね」
「しょうだね、みんにゃで、ゆっくりおうちにかえりょーね」
「ゆっくり、ありがとー。さよーならー」
もみあげやおさげをピコピコ振りながら、子供達は思い思いの方向へと散っていく。
残ったのは、歌れいむと駄目まりさ。
「ありがとう、れいむ。ついでに、おねがいがあるんだけど」
「ごはんさんなら、あげられないよ」
「ゆがーん!」
「でも、おさにたのめば、なんとかしてくれるかもしれないよ!」
「ゆわーい!」
単純なまりさは、意気揚々と長の巣へと飛んでいく。あの調子では、また近いうちに餌をどうにかされることだろう。
れいむは、木陰で休んでいるめーりんを見付けると、そっと近付いて話しかける。
「めーりん、だいじょーぶ?」
「じゃおー、じゃおー」
「そう、しっぷさんがきいてるんだね」
めーりんの切れた頬には、葉っぱがあてがってあった。どうやら、絆創膏か何かのつもりらしい。
そして、れいむはめーりんと会話ができた。れいむだけではない。この群れは皆、めーりんと普通にコミュニケーションが取れる。
ゆっくりの会話は主観的だ。相手がゆっくりしていると認めれば、話が通じ合う。そうではない時には心も閉ざしてしまうのか、まるで会話が噛み合わなくなる。人間との対話が失敗するのも、そのせいであろう。
淫語オンリーのみょんとは話せても、めーりんとは言葉が通じないのも、めーりんはゆっくりできないという思い込みによるものだ。そんな差別がこの群れには、ない。
「めーりんのおかげで、みんなゆっくりできるよ。めーりんは、ゆっくりしてるね」
「じゃぉぉぉ……」
「あのまりさのことは、しかたがないよ。めーりんのあんよは、ひとつしかないもんね」
「じゃぉおお」
群れの門番は涙ぐむ。よくできたれいむであった。
辛い饅頭の方も、他のゆっくりから慕われている。元々は流れものであったが、今では長の副官のような存在だ。
ふと、めーりんが視線を外し、どこかを眺める。その目の先をれいむも追うと、向こうから長ありすが近づいてきた。
「めーりん、れいむ、いつもありがとう」
「じゃおん!」
「れいむは、なにもしてないよ」
「いつも、おちびちゃんたちに、おうたをうたってあげてるじゃない。
おかげで、ゆっくりしたおかおで、おとーさんおかーさんのところにかえすことができるわ」
「ゆぅ」
「それに、せわやきさんね。あんなばかまりさに、ありすのところにいけっていって」
「ご、ごめんなさい」
長は、穏かに笑む。めーりんは気を使ったのか、席を外していなくなっていた。
「いいわよ。げすやでいぶじゃないかぎり、たすけあわないとね。
でもあのまりさ、いっぴきじゃあぶなっかしいわね。どう、れいむ、つがいになってみない?」
「ゆっくりえんりょします」
「そうよね、あんなだめていしゅじゃ」
「そうじゃないよ。いや、それもあるけど……」
「れいむ、もしかしてまだ、おかーさんのこと」
「わすれられないよ。わすれられるわけないよ!」
油の中に氷を入れると、気が触れたように油が噴き上がる。れいむの激高は、それに近かった。
流石の長ありすも、たじろいたような顔でれいむを見つめる。紅饅頭は我に帰ると、すぐさま額を地にぶつけた。
「ごごご、ごめんなさい! おさにむかって、ゆっくりしてませんでした!」
「……あやまるのはありすのほうよ。ありすったら、いなかものね」
「そんな」
「れいむ、ついてきなさい」
言われるまま、れいむはありすの後を付いていった。あんよの向かう先は、長の巣の方角だ。
「れいむ、あなたは、ゆっくりしてる?」
「あまり、ゆっくりしてません」
「どうすれば、ゆっくりできるの?」
「それは、でいぶを、きんぐでいぶを……」
それっきり、会話は止まった。
行き着いた先は、長が巣とする土穴の裏手であった。そこには大振りの枝やら、ツタやらが所狭しと並べられている。
「おさ、これって」
「あのきんぐでいぶを、とーばつっするために、つくっているのよ」
見れば、先端の尖った2本の枝が、ツタを用いてクロス状に縛られていた。地味だが、ゆっくりが作るものとしては難度が高い。
れいぱー化ばかりが取沙汰されがちだが、ありす種は器用なゆっくりだ。れいぱーにならないだけの精神力があり、なおかつ持てる技術を実用に向ける知性があるならば、ゆっくりのリーダーになれる素質は十分に備えている。
「このひみつへーきが、かんせいっすれば、あのでいぶをたおせるわ。そうすれば……」
「れいむのおかーさんのかたきも、とれるね」
れいむの瞳に炎が宿る。さっきまでおうたを披露していた時とは大違いの、険しい表情だ。
「れいむ、ありすといっしょに、きんぐでいぶをたおしましょう。
そうしなければ、いつまでたっても、れいむはゆっくりできないわ」
「でいぶをつぶすいがいのゆっくりなんて、かんがえられないよ。
おさ、なんでもいってね。なんだったら、つぶされたっていいよ!」
長ありすが紅饅頭に頬を寄せた。れいむの怒りの赤が、照れのそれに変わる。
「おちつきなさい、れいむ。ありすはれいむに、ゆっくりしてほしいの。
そんなおかおじゃ、おちびちゃんも、ぶーるぶーるしちゃうわよ」
「ゆ、ゆ、ゆぅ……」
「きょうは、いっしょに、ろーぷさんをあつめましょう。ゆっくり、おはなししながら、ね」
作業場からさらに数十歩歩くと、ツタが生い茂った土壁があった。秋になってもまだ生長を続けているそれが、枝を縛るろーぷさんなんだという。
緑の縄を、噛み、引き、抜きながら。様々なことを語り合った。
ありすは、前の長のことを話す。
今の群れは、ほとんど前の長が作り上げたこと。幾度となく丘の上にでいぶが現れては、群れを襲ったこと。その度に長が討伐したこと。秘密兵器は、その前の長の設計によること。
れいむは、母のことを話す。
とても優しくて強い母だったこと。父は早死だったこと。おうたは母に教わったこと。
そして2匹は、でいぶのことを話す。
前の長は、でいぶと相打ちしてずっとゆっくりしたこと。れいむの母もまたでいぶに襲われ、群れの外で食い殺されるという最悪の死に方をしたこと。
「だから、れいむのおかーさんのおはかのなかには、おかざりさんしかないんだよ……」
「そうだったわね。とてもゆーかんで、ゆっくりしたおかーさんだったわね。
でいぶがあらわれたことを、まっさきにおしえてくれたのも、おかーさんだった」
「れいむは、でいぶをゆるせないよ」
「ありすも、そうよ。あんなゆっくりしたおさを……」
引っ張る噛力が思わず強まったのだろう。それぞれに引っ張っていたツタが勢いよく抜けて、根っこにたまった土を2匹はしこたま被ってしまった。
饅頭とカスタード饅は、思い切り咳き込み、そして笑った。
れいむが長の仕事を手伝うようになって、2日がたった。その間、でいぶの襲撃はなく、そろそろ今日あたりやってくるのではないかと饅頭達は噂し合っている。
そんな状況の中、だぜまりさとみょんが喚きながら集落を闊歩していた。
「まりささまが、いまから、きんぐでいぶをやっつけてやるのぜ! きょうが、きんぐのめーにちなんだぜ!」
「ぼーっきっ!」
勇ましい言動に惹かれたのか、住民は2匹の後をぞろぞろと付いていく。れいむも、何となく野次馬に混ざる。
一団が群れの入口に達すると、まりさが帽子の中から1本のツタを出し、地面に置いた。紅饅頭には見覚えのあるものであった。
「ゆ、あれは」
「どうやら、いつもつかっている、ろーぷさんみたいね。いつおとしたのかしら」
振り返ると、長ありすがそこにいた。
まりさとみょんは他のゆっくり達から少し離れると、互いに緑のロープの両端をくわえ、ピンと張り出す。
「まりさ、なにやってるの?」
「ゆっへっへ。おさ、まりさとみょんは、このぐれーとなわいやーさんで、きんぐでいぶをずたずたにするのぜ!」
「てーんが!」
「くわしく、おしえてもらえる?」
口から縄を伸ばしただぜ饅頭が、顎を反らした。みょんもそれを真似しようとしているのか、何故かのーびのーびをしている。
「この、まりさのおうちのまえにおちていたわいやーさんを、ぴーんとはって、きんぐのだるまおとしをおむかえするのぜ。
わいやーさんに、きんぐがふれたらさいご。みごとにすらいすされただるまが、そこにのこるのぜ!」
「てーんが、えーっぐっ!」
「なるほどね」
野次馬の半分は歓声を上げ、もう半分は心配そうに体を傾けた。れいむは後者だったので、長の横髪を引っ張って訴えかける。
「だいじょうぶよ、たいしたことにはならないわ。いざとなったら……」
星のマークも凛々しい帽子が、長の背後にちらついている。めーりんがいることで、紅饅頭もようやく安心した。
場のゆっくり達が、ざわつく。丘の上に土煙が立ち昇り始めたのだ。
「さあみんな、ここはまりさたちにまかせて、そっちにいどうするわよ」
「まりさー、がんばるんだよー」
路傍の石を越えつつ、ちぇんが尻尾を振って応援する。憎らしくも、だぜまりさはウィンクなどをしてみせた。
「ゆっくり、ほれなおすんだぜ!」
「みょーん、がんばりぇー!」
「ふるぼっき、いんさーとっ!」
子ゆっくりの声援に、みょんはとびっきりの笑顔を見せつつ応える。
轟音が響き渡り、肌だるまの姿がどんどん近くなった。勇敢な2匹は、もうよそ見などしていない。
「いよいよくるのぜ。みょん、しっかりくわえるのぜ!」
「あなにー! さいにー! ぺぺろーしょん!」
「いわれなくても、わかってるのぜ!」
だるま落としの風圧が、野次馬の前まで迫ってくるようだった。まりさとみょんは、身じろぎもせず迎え撃つ。
上手い具合に、きんぐの軌道はワイヤーが張られた方角とピッタリ合っていた。直撃は既に約束されている。
触れた。まりさとみょんの口元に、皺が寄る。込められた渾身の力。緑のツタがしなやかに伸び、簡単に裂け、切れた。
2本になったロープの間を、勢いよく駆け抜けるでいぶ。その様はまるで、ゴールテープを切ることのできた、栄光ある走者のようだった。
「どーして、わいやーさんきれちゃうのぜぇぇえええ!?」
「いーでぃー!?」
「めーりん、とめて!」
「じゃっじゃおおおん!」
門番饅頭が高く舞い上がり、だるまを上から押し潰した。でいぶの体がゴムマリのように凹む。強烈な一撃とは裏腹な、ぼよんという間抜けな音が鳴った。
だるま落としは止まったものの、きんぐでいぶは何事もなかったかのように立ち上がっていた。飛び蹴りから着地しためーりんも、気を漲らせている。
その間を縫うように、まりさとみょんはコソコソと群衆の中に消えていった。
「ゆふふ。だるまおとしをとめるとは、あんよをあげたみたいだね。
でいぶとおちびちゃんの、めしつかいにしてあげてもいいよ」
「じゃーじゃー!」
「いやなら、ずっとゆっくりしてもらうだけだよ。
めーりんがいなくなれば、あのちょぞーこのえさは、みーんなおちびちゃんのものなんだからね」
不敵な笑みを浮かべて、一歩一歩でいぶがにじり寄る。その度に辛饅が後ずさりする。じり、じりという間合いの攻防は、群れの中に到るまで続いた。
人間でいえば腰を落とす仕草を、きんぐでいぶが見せる。だいぶ離れてはいるものの、めーりんの背後には貯蔵庫が控えていた。門番も、片方のあんよを前に出した。
本ゆん達にとっては雷光の如き速度で、2匹が動く。このままぶつかれば両者粉砕は免れない真正面勝負であった。
不意にでいぶがUターンし、めーりんとの激突を避ける。肌だるまが新たに示した目標は、木の下にある小さな巣穴だった。
「やっぱり、こっちにするよ!」
「あれは、ぱちゅりーのおうちだわ!」
誰かが叫んだ。門番饅はとっさのことに体勢を崩し、その隙にでいぶは上半身を穴に突っ込んで、手早く漁り始める。
あっというまに略奪者が頭を抜き、まるでぷくーをしたかのように頬を膨らませ、嘲笑した。
「きょうはこれくらいでがまんしてやるよ!
でいぶのおちびちゃんのために、もっとおいしいごはんをよういしてね! たくさんでいいよ!」
野兎のように高く跳躍し、たちまちでいぶは群れから出て行ってしまった。
めーりんが追いかけようとするが、長が止める。あの見た目不相応の逃げ足には誰も追いつけない。
「むーきゃっきゃっきゃ!」
耳障りな笑い声を発したのは、たったいま盗難被害を受けたぱちゅりーであった。それは遠巻きに見ていた一団の中から姿を現し、悠々と自分の巣へと戻っていく。
「きんぐでいぶにあんなことされたのに、ずいぶんごきげんさんね」
「むきゃきゃっ、おさ。
こんなこともあろーかと、てんじょーさんに、かくしべやをつくって、ごはんさんをためてたのよ!」
ゆおー、という感嘆が野次馬から漏れる。それを聞いて、明らかにぱちゅりーは調子に乗り出したようだった。
「したのおへやには、ちょっとしかごはんさんをおいてないわ。まあ、みてなさい」
高らかな哄笑と共に、ぱちぇが自宅に入る。
「むきゃー! ぱちぇのゆっくりしたかくしとびらさんがぁぁぁああ!」
どうやら、部屋ごと壊されて根こそぎ持ってかれたらしい。このぱちゅりーは、残念ながら(笑)の賢者であった。
「えれえれえれえれ」
こもった吐瀉音を聞き付け、慌ててご近所さんが吐きぱちぇを運び出す。辺りには嫌な感じに甘い匂いが立ち込めた。
そんな顛末を尻目に、あのれいむは今日も子供をあやしていた。なにせ間近できんぐでいぶを見てしまったものだから、殊更にやかましくなっている。
「ゆぇぇぇぇぇん!」
「ゆんやぁぁぁぁあ!」
「ゆーゆー、ゆっくりしていってねー」
「ゆぇっ、ゆえっ」
「ゆびっ、ゆびぃ」
「きーんぐでーいぶは、こわいけどー。いつでも、まーまがついてるよー」
「ゆぅ」
「ゆゆーん」
流石おうただけあり、おちびちゃんは簡単に泣き止んだ。それまでただオロオロしているだけだった親連中もゆっくりした顔付きになる。
饅頭家族どもが帰っていくのを確認すると、れいむは一目散に作業場へと向かった。
長ありすは既に到着していて、枝を縛り上げている最中だった。
「ちょうどよかったわ、れいむ。そっちを、かんでてちょうだい」
「ゆっくりりかいしたよ!」
小気味良い音を立てながら、枝と枝がしっかりと密着していく。それから長は絶妙な舌技で縄を固く結び、木製の十字架を完成させた。
れいむが来てから、クロスの数は順調に増えていっている。
「しかし、まりさとみょんは、だめだめさんだったね」
「めのつけどころは、いいわ。いまつくっているひみつへーきも、じつはにたようなものよ」
「ゆ? だから、こんなにがんじょうっにつくってるんだね」
「まあ、よけられちゃいみがないから、そのくふうも、いろいろかんがえてるわ」
組みあがった木は、2匹でずーりずーりと押しながら近くの土壁に立て掛ける。
これが完成したら、どんな形になるのだろう。ゆっくりらしい好奇心が、れいむにも具わっていた。
「きょうも、いっぱいえささん、とられちゃったね。
でいぶのおちびちゃん、どれだけ、むーしゃむーしゃしてるんだろーね」
「もし、きんぐでいぶのおちびちゃんをなんとかできれば、いいのかもしれないけど」
「みつけたら、せいさいっしちゃうの?」
「……そもそも、でいぶのいるおかには、いけないわ。あんなにきゅーなおかをのぼれるのは、でいぶだけなの」
確かにそうだった。あの重量級な体のおかげなのか、きんぐでいぶの足腰は、群れのどんなゆっくりよりも遥かに強靭だった。
すぃーでさえ登れない斜面を、肌だるまは軽快に登ることができる。
「ろーぷさんが、たりなくなったわね」
「じゃあ、ろーぷさんをかりにいこーね!」
れいむは闊達に見える。しかしそれは、仇討ちという目標に確かに近付いているという手応えからである。一歩間違えれば陰惨なものになりかねない。
それをどこまで見抜いているのか。長はれいむといる時間が長くなっていた。
ツタが生い茂る土壁。以前に思い切り砂を浴びた場所である。
「ゆゆ! きょうも、ゆっくりはえてるね!」
「ほらほら、あわてないで、ゆっくりしなさい」
「ゆっくりせずに、ゆーしょゆーしょするよ!
ゆーーーっしょっ! ゆーーーしょっ!」
ツタをくわえて、力の限り引き抜こうとする紅饅頭。あまり反省というものは、なさそうだ。
ゆっくりしてないバチでも当たったのだろうか。緑のロープはあらぬところで切れ、ついでにれいむもあらぬ方向へ転がっていく。
「ゆーーーーーっ!!!」
「れいむ!」
幾度となく石にぶつかり、その度ピンボールゆっくりの向きが変わる。ハイスコアとばかりに、れいむは口から餡子を出した。
そうやってたどり着いた先は、野放図に伸びた茂みの前。
すぐさま長ありすも追い付き、仰向けになって目を回しているお饅頭の側にへたり込んだ。
「れいむ、ゆっくりしなさい! ああ、あんこをはいちゃって」
「こ、これは、おくちのなかがきれただけだよ。だいじょうぶだよ、おさ」
「すこしは、ないたり、いたがったりしなさい。……きょうはもう、かえりましょう」
「まだれいむは」
「おさのゆーことが、きけないの?」
「ゆっ…」
長ありすに睨まれると、れいむは身を起こして、とぼとぼと群れの方へと歩き出した。
口の中が、痛んだ。それを紛らわせるために、道すがら、ちょっと気になったことなどを尋ねてみる。
「ねえ、おさ。れいむがたおれちゃったばしょに、あながあったよ」
「あな?」
「そうだよ。くさむらのなかに、ぽっかり、ゆっくりのすみたいなあながあいてたんだよ」
人間の言葉でいえば、トンネルということだろう。その単語は群れに伝わっていない。
確かに、弄ばれいむが行き着いた先には、妖精でも行き来してそうな草のトンネルがぽっかりと開いていた。
「ああ、あれは、へびさんがゆっくりしてるあなよ」
「ゆゆ!」
「あそこにはいれば、たべられちゃうかも」
「ゆぅ。……へびさんと、きんぐでいぶは、どっちがつよい?」
「おおきさにもよるけど、たぶん、でいぶでしょうね」
れいむは、口をへの字口に結ぶ。敵わないものが多すぎる。そんなことを考えていた。
群れに戻り、長に挨拶をし、自分の巣に帰り、葉の布団に横たわる。
分解できない感情が込み上げて、いつまでもれいむは眠れなかった。
朝日が感じられる。遂に一睡もできなかった。
巣を出ると、まだ誰の姿もなかった。ゆっくりは基本、寝坊助だ。
れいむは思い詰めている。地面に当り散らすかのように跳ね歩き、いつしか群れの外れまで来ていた。
蛇の穴が見えた。長の言葉を思い出す。でいぶは、へびさんより、つよい。
れいむは足元に落ちていた小枝をくわえ、トンネルに入った。蛇に出会うなら出会えという捨て鉢な思い。もしそれでずっとゆっくりする程度なら、仇討ちなんてできない。
道は緩やかな坂だった。狭いので、まるで匍匐前進するかのように這って進む。なにものかに遭遇したならば、逃げ場はないだろう。
枝と目線を、たえず前へ。聴覚は周囲全てに研ぎ澄ませていた。まりさやみょんならともかく、れいむ種とは思えない臨戦態勢だった。
一本道は時折大きく曲がり、しばらくすると行く手の方角さえ分からなくなっていた。
どれくらい這いずり回っていたのだろう。唐突に前が開けて、広場のような場所に出た。
風。嵐のような、強く冷たいそれが頬を叩いた。2・3歩歩くと、見たこともない景色がれいむを捕らえた。
「ここは、おそら?」
眼下に、一切があった。見上げるばかりだった樹木さえ、まるで目の前にあるように見える。草花の絨毯がどこまでも続いていて、その中にゆっくりの群れらしいものもあった。
流石にゆっくりの顔形までは分からない。ただ塵芥のようなものが、微かに動いているのが認められるだけだ。
そして、ようやく気付く。群れを正面から見下ろせる場所、それは。
「きんぐでいぶの、おか……」
景色に見惚れていた顔が、またも引き締まる。枝にはもう、歯形が感じられた。
れいむは暗い感謝を捧げた。まさか丘を登ってくるゆっくりがいるとは思うまい。つまりこれは、絶好のチャンスなのだ。
「あんさつっだよ」
呟いた。物騒な独り言。いったいどこで覚えたのだろう。しかし、それはでいぶに対する怨念を的確に表す一言。
ゆっくりなりに、静かに進んだ。そろーりそろーりなんて喋ったりしない。殺気を隠す方法までは、流石に知らなかった。
洞窟のようなものが見えてくる。長の住処よりも、何倍も大きい巣穴だ。群れのゆっくり全て収容しても余裕がありそうだった。
瞳を右に。坂が見えた。そこからでいぶは転がり落ちるのだろうが、その姿は見えない。
両目を左に。テーブルのようなものがあり、得体の知れないものが陳列されている。そこにもでいぶはいなかった。
まだ寝ているのだろうかと、れいむは推し量る。洞窟の奥へ、一歩二歩とにじり寄った。
洞窟の中は、意外なほど明るかった。ゆっくりには知るよしもないことだが、岩に自生するコケの細胞が、僅かな光を反射させているためだ。ヒカリゴケほど上等なものではないが、内部は薄暗い程度の視界が保たれている。
れいむは見渡してみたが、またしてもでいぶの姿はなかった。洞窟の突き当たりには奇妙な穴がいくつも開いていて、なにかがびっしりと差し込まれている。
暗殺者は、仕方なく外へ向かった。陽の光がしだいに瞳を支配し、完全に外気に身を晒すと、一瞬何も見えなくなった。
突き飛ばされた。いつかのように激しく転がり、起き上がると口の得物もなくなっていた。
目の前に、巨体。圧倒される程の肌色の山。裂けるような唇。感情の無い目元。多分元々れいむ種だったんだろうと思われる髪の毛。お飾りは古ぼけていた。
紛れも無いきんぐでいぶ。殺される、まずはそう思った。せめて一撃を、次にそう決意して、体当たりした。
「ゆゆゆーっ!」
簡単に跳ね返されて、またもピンゆっくりを演じた。2個の石と1本の木を経て、ようやく立ち上がるが意識が覚束ない。
でいぶが接近した。恐怖を誤魔化すために、れいむは眼差しで、刺す。
母の仇。その口がぱっくりと開いた。唾液が糸を引き、上下に伸びる。
ああ、こうやっておかーさんもたべられたんだね。ようやくれいむは観念し、目を閉じた。
「なにやってるの? さぼってるひまはないよ!」
捕食される代わりにもたらされたのは、そんな言葉だった。
れいむが閉じた視界を開くと、攻撃ではなく口撃が襲ってくる。
「おきたばかりなのに、またねむろーとするなんて、とんだゆっくりだね!
かわいいかわいいでいぶのおちびちゃんのために、きりきりはたらいてね!」
きんぐでいぶはれいむの後ろ髪をくわえると、そのまま暗殺者をどこかへ運び始めた。
拉致された饅頭に事態は飲み込めない。ただひとつ分かったのは、自分の下半身が濡れていること。気付かずに、おそろしーしーを垂れていたのであった。
「ここだよっ!」
実に乱暴に口から放たれるれいむ。尻餅をつきつつ辺りを見渡すと、ここに来た時に見た、謎のテーブル席であった。
普通、テーブルには椅子などがあってそこに座るものなのだろうが、無作法にも2匹のゆっくりはテーブルの上に立っている。
机は朽木でも再利用したのか、四方が自由に尖っていた。きんぐとれいむの間が凹んでいて、その中には粘土のようなものが入っている。
どこから取り出したのか、きんぐは2本の棒を口でつかんでいて、そのうちひとつをれいむの方へ放り投げた。
「さあ、すーぱーすーりこーぎたいむのじかんだよ!」
きんぐは、頬の中から木の実や草葉を粘土っぽいものの上に吐き出し、それらを口の棒で掻き混ぜ始めた。
何をやってるのか見当も付かず、れいむがぼんやりと見ていると、きんぐの棒が脳天目掛けて降ってきた。
「ゆべっ!」
「めじゃなくて、くちをうごかしてね。でいぶと、おんなじようにやらないと、ひどいよ!」
ここで突き刺してやろうとも思ったが、棒の先端は丸くなっていて武器にはなりそうもない。
しぶしぶ、れいむも見よう見まねで混ぜ始める。
「なぁに、これ」
「たまには、こうやって、きのみさんをつぶしてね。ぐーりぐーりするよ! ゆっくりしないでね!」
眼中にはないようだが、指示は絶え間なく出される。
生来の生真面目さが祟って、ついつい暗殺志望者も作業に没頭してしまった。
それから半刻近く、でいぶとれいむの奇妙な捏ね回しは続いた。
「きゅうけいっだよ!」
「ゆふぇ、おくちがごーわごーわする」
「きゅうけいっおわりっ!」
「ゆゆゆーっ!?」
「ほらほらほらほら、ぺったんぺったんしてね! ぐずはきらいだよ!」
棒の先で草粘土を掬い、その塊をぺったんと机の端に叩き付けるきんぐ。指図しながらも率先して行うところは、見上げたでいぶであった。
厚めの煎餅のようにも見える何かが、次々に机の先端を埋めていく。れいむも乗りかかった船とばかりに、きんぐと一緒に草粘土を掬い上げては、並べていた。
気付けば、凹みの中にあったものはすっかりなくなり、机の上は草粘土の煎餅で埋め尽くされていた。
「ゆーっ、いいあせかいたよ。やっぱり、はたらくってゆっくりしてるね!」
労働の後の一息を満喫するれいむ。始めは苛むように感じられた強風も、今は心地良い。
ゆーっ、ゆーっと鼻歌など歌い始め、ゆーらゆーら穏かに揺れていると、気付く。
「こんなことしてるばあいじゃないでしょぉぉおお!」
ようやく自分の使命を思い出した生饅頭であったが、それからどんなに探しても、何故かでいぶは見付からなかった。
疲労は深く、自分が情けない。最早楕円の形を保てないほどゆっくりできなくなったれいむは、もみあげを落として帰路に付いた。
蛇の穴を転がりながら戻り、ずーりずーりと家にたどり付き、お布団に潜り込んだ。
昨日とは違い、すぐさま睡魔がやってくる。意識が落ちる前に、ふと、最後まで蛇に出会わなかったことを思い出したりした。
長ありすが、心配してやって来た。翌朝のことである。
「きのうは、どうしたの?」
「ちょっと、あたまがいたかったんだよ」
「あれだけ、ころがったものね…」
どうやら、おとといの引っ張り損ない事件のせいで、昨日は動けなかったと思われているようだった。
実際は無謀にも蛇の穴に入り、偶然きんぐでいぶの元にたどり着いたものの、何故か散々こき使われた挙句、勝手にいなくなられて、落胆しつつ爆睡した1日だったのだ。
こうやって振り返ってみると、れいむは自分の馬鹿さ加減に呆れ果ててしまう。穴でも掘って埋まりたいくらいだ。長に打ち明けることなど、できるはずもない。
「でもね、おうちにじっとしてちゃだめよ。もしきんぐでいぶがきたら、ずっとゆっくりさせられちゃうわ」
「ゆ、ゆぅ。ごめんなさい」
「そればっかりね、れいむは。きょうは、しっぷさんをもってきたの」
ありすがブロンドヘアーを振ると、中から何枚かの葉っぱが舞い落ちる。1枚1枚を舌で拾うと、長はれいむの頬やあんよ周りに貼り付けていった。
「まえのおさじきでんのしっぷさんよ。すぐによくなるわ」
「なんだか、くすぐったいよ」
「いいから、じっとしてなさい」
しっぷさんとやらが何でできているか、れいむは知らない。紅い饅頭には、知らないことが多過ぎた。
しかしそれでも、現状を正しく把握することはできる。今は、長の好意を黙って受け入れることだ。
「はい、おしまい」
葉っぱに包まれた、見事な桜餅れいむがそこにはあった。
「ゆっくりありがとう、おさ」
「しばらく、ひみつへーきは、ありすだけでつくることにするわ」
「ゆがん! おさ、れいむも」
「あなたは、むりをしすぎるわ。しばらく、ゆっくりしてなさい」
それも、受け入れるしかなかった。れいむが頭を下げると、長は笑みでそれに応えた。
「でも、おちびちゃんをおうたでゆっくりさせるのは、おねがいね。おうたは、れいむがいちばんっだから」
「ゆっくり、りかいしたよ」
外が騒がしくなった。どうやら、きんぐでいぶのだるま落としが始まったらしい。
「さあ、行きましょう」
長と共に巣から這い出る。だるまが地を圧する音が、そこまで近づいていた。
れいむは、赤ゆ子ゆと一緒にでいぶから遠く離れたところに向かった。
「ゆわー。おねーしゃん、おしゃれだよー」
「れいむおねーちゃんは、ふぁっしょんりーだーだね!」
葉をまとったれいむを見て、子供達が無邪気な感想を述べ立てる。
この分なら、きんぐとうっかり出会ってしまっても、あの時のれいむだとは分からないだろう。保護者は苦く笑った。
偵察、という大義名分を思い付く。だかられいむは、再び蛇の穴を通り抜けることにした。
長の作業場が近いので、見付からないようにこっそりと。トンネルに入ってしまえば、こっちのものだった。
何故きんぐの元にあんよを向ける気になっているのか。実際、自分でも理解できてはいない。ただれいむは、衝動に突き動かされている。ある意味、ゆっくりらしい行動であった。
穴を過ぎ、洞窟の側に到ると、きんぐでいぶはテーブルの上に鎮座していた。
近付くと、一瞥された。そして、まるでそこに初めからいたかのように、口を開く。
「それじゃ、つづきだよ!
ぺったんぺったんしたものが、かーちかーちになったから、このぺーらぺーらしたはっぱさんに、くーるくーるつつんでね!」
ゆっくり語は幼児語が多くうっとおしい限りだが、要は乾燥した草煎餅を葉っぱで包装しろということである。
以前練って並べた煎餅風の何かは吹く風に晒され、確かに水分が飛びきって日持ちしそうな状態になっていた。
きんぐの側にうず高く積まれた葉っぱ。それを略奪時とは大違いの繊細さでくわえ込んでは、舌で丸めて包み上げる。
「はっぱのさきっちょを、ちょっとだけぺーろぺーろしてね。ちょっとだけだよ!」
微かに反抗したくなった。どうせ甘いから味を覚えさせたくないのだろう。れいむは葉をべろっと大きく舐め上げ、ついでに噛んでみせた。
「え゛ん゛っ!!!」
「なにやってるの。ばかなの? しぬよ?」
葉は辛さと渋さが絶妙のハーモニーを奏でる、地獄の味だ。馬鹿饅頭が悶絶しつつ、今日もよく転がる。
でいぶはゆふぅと溜め息を付くと、御丁寧にも講釈を垂れてくれた。
「これは、うらのもりにはえている、むしよけのはっぱさんだよ。これにくーるくーるすると、なんでもながもちっするんだよ。
たべたらむしさんもゆっくりも、ゆっくりできなくなるよ!」
「ゆっひゅり、りひゃいしちゃよ……」
だったら初めから言って欲しいとも思ったが、刺激で滑舌がおかしくなった饅頭に意思を伝える余裕はない。
身を持って色々なことを知ったれいむは、大人しく作業に入った。
ゆっくりできない木の葉の上に草煎餅を乗せて、葉を丸める。緑の包みが重なり合う部分をちょっと舐めると、面白いように接着した。
黙々と大小のれいむ種が、包みを増やしていく。野生種どころか飼いゆっくりでもお目にかかれない、シュールな勤労風景だ。
かくして梱包が一通り終わると、きんぐが一際顎を反らして、言い放った。
「それじゃ、さいごだよ。ここにあるものを、ぜーんぶおうちにはこんでね! おうちのおくの、あなぼこさんにだよ!」
「きんぐといっしょなら、すぐにおわるね」
「なにいってるの。ばかなの? まじきちなの? れいむだけでやってね!」
「ゆゆゆ?」
「なにが、ゆゆゆなの。でいぶには、だいじなおしごとがあるからね!」
言うだけ言うと、でいぶは洞窟を挟んで反対の方へと姿を消した。
これもていさつっだよ! と自分を慰めつつ、れいむは頭に包みを載せて洞窟へと入る。
一番奥の壁に無数の穴。3以上は数えられないゆっくりだが、そこにある穿孔の数は人間であっても膨大に感じるだろう。いちいち数え上げたとすれば、150はある。
穴と穴の間には、これまたたくさんの段差がある。縦横微塵に穿たれた小穴へと、ゆっくりでも跳ねて行き来できる工夫であった。
随分と手の込んだ仕掛けの中を、れいむが渡る。穴ぼこのほとんどには、既に自分の頭の上にあるものと同じものが詰められていて、まず空きを探す苦労から始めなければならなかった。
半分ほど終えたところで、力饅頭はたまらず机の側に横たわった。視界には、まだまだ残る大荷物。
「れいむ、なにやってんだろう」
そんな愚痴も思わずこぼれる。さらに追い討ちを掛けるように、胃袋もないのにれいむの腹が鳴った。
包みの中身が、木の実や草でできていることに思い至る。ゆっくりとは、イコール食欲のような存在だ。無意識に包みのひとつが解かれ、ごく自然に草煎餅がれいむの口に入った。
ゆげぇじゃないけど、おいしくない。初めこそそう感じられた。しかし、噛めやしない硬さなので口の中で転がしていると、奥深い味わいがしっとりと広がっていく。
舌を肥えさせるほど甘くもなく、なすび型になるほど量が多いわけでもないのに、異様な満足感があった。しかも、いつまでたってもなくならない。
「ゆっくりしてるよ…」
何故か、母を思い出した。懐かしさを覚える味。ゆっくりにもそんな高尚な感慨があるのだろうか。
削り取るような力強い物音が、れいむを現実に引き戻した。きんぐでいぶが向かった方角から聞こえてくる。口をもぐもぐさせながら、サボリ饅頭は音の主を探した。
洞窟の入口は凸状になっており、テーブルがある場所の真反対にも空き地がある。そのまだ見ぬ一角に、きんぐでいぶはいた。
肌色のだるまは土を噛み締めていた。一帯はまたぞろ穴が開いていたが、今度は広く浅い竪穴である。だから目撃饅頭は、てっきり土木工事の真っ最中だと考えた。
それはすぐさま否定される。きんぐでいぶは土に噛みついた後、さらによく咀嚼し、喉を鳴らして飲み込んでいた。
「ゆふ? でいぶは、すーぱーむーしゃむーしゃたいむなんだよ。じゃましないでね」
でいぶの発言が決定打であった。れいむは驚きの余り、口内の草煎餅を飲み込んでしまう。
「ゆげぷっ! けほ、けほ。……なんで、つちさんなんかたべてるの?」
「でいぶは、すなをかんでいきるんだよ!
そしてつちさんは、おとなのあじだよ! おちびちゃんのれいむには、ゆーねんはやいね!」
「ゆーねんって、なんなの?」
「おちびちゃんべろさんのれいむは、ひょーろーさんを、いっこだけたべていいよ!」
「ひょーろーさん?」
「れいむがはこんでいた、はっぱのなかみさんだよ」
もうたべちゃったよ、とは言えず。れいむは恥ずかしくなって、もじもじしながらその場を立ち去った。
景気の良い掘削音と、若干バツが悪そうな若饅頭の作業が再開される。
鈍い仕事も、続ければいつしか終わる。れいむもまた、ようやく最後の1つを穴に差し込むと、よたよたと太陽の下に出向いた。
出口の先に、きんぐでいぶの後姿。流石に食事は終わったらしい。しかし、土を食らうとはどういうことだろう。
坂の上に肌だるまはいて、じっと群れを眺めている。
「きんぐ!」
思わず呼びかけた。もし、侵略の計画でも立てているのら、邪魔してやろうという算段である。
しかし、きんぐでいぶは振り向かない。
「きんぐ!!」
ビクともしなかった。
「でいぶ!!!」
ようやく、それが身をひねってこちらを向く。
「なに、れいむ?」
「ゆ、ゆーと、ゆーとね」
話しかけて思考を乱すことまでは考えていたが、いざ何を語りかけるのかはまでは思いついていなかった。
だから苦し紛れに、ふとした疑問をぶつけてみる。
「あんなにひょーろーさんをためて、どーするの? たべるの?」
「でいぶはでいぶだから、すなやつちしかたべないよ。ひょーろーさんは、おちびちゃんのためだよ」
「おちびちゃん? そういえば、どこにいるの?」
「そのおめめは、かざりなの? ぽっかりしてるの? おちびちゃんなら、ほら、めのまえにいるでしょ」
でいぶの視線が、再び群れへと向いた。
表情がいつものそれとは違うことに、れいむは気付く。
「あのむれにいるのが、でいぶのおちびちゃんなんだよ」
「ゆ?」
「むれのおちびちゃんが、ふゆさんになってもゆっくりできるよーに、ひょーろーさんをためてるんだよ」
「ゆゆゆゆゆ?」
「ゆーゆー、うるさいね」
「でもでいぶは、あのむれから、ごはんさんをりゃくだつっしているでしょ?」
「ちょっと、かりてるだけだよ。
どうせぜんぶ、ひょーろーにかこーするんだから、いいよね! はたらきものでごめんね!」
もう一度、れいむはきんぐでいぶの顔を覗き込んだ。相変わらずおっかないが、どこか優しい目。
嘘を付いているようには、どうしても思えない。
「こんなこと、れいむにいっても、しかたないね」
「ゆゆん。れいむも、あのむれのゆっくりなんだよ」
「れいむが、おちびちゃん? そんなわけないでしょ。むれにいるから、おちびちゃんなんだよ」
ゆふゆふと、でいぶが笑い出す。
「ねえ、でいぶ。もうひとつ、きいていい?」
「しかたない、みみどしまだね」
「れいむのおかーさんのこと、しってる?」
「しらないよ。ここでれいむにあったのは、れいむがはじめてだよ」
「れいむを、たべたことある?」
「おぼえてないよ」
にべもない返事だった。普段なら逆上するところだが、いかんせんれいむは混乱している。
「ゆっくり、かえります」
「またひょーろーさんをつくるときは、ゆっくりしないでくるんだよ!」
それから、どうやって帰ったのかよく覚えていない。気付けば布団にも入らずに、巣の床に転がって呆然としていた。
きんぐでいぶは、略奪者だ。しかし、餌を掠めるのは群れの冬ごもりのためだという。
きんぐでいぶは、母の仇のはずだ。しかし、れいむに会ったのは自分が初めてだという。或いは、ただ覚えていないだけなのか。
運動餡の疲れが眠気となってれいむを包む。長ありすに、もう一度詳しく聞いてみよう。夢の間際で、それだけは決めることができた。
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ! ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
素っ頓狂な掛け声でれいむは目を覚ます。眠い目を瞬かせながら、外の様子をうかがった。
まりさやみょんを中心にした群れの力自慢が、仲良く一列になっていた。ゆっくり隊の先頭には大きな石がある。
石をまりさが押し込んで、まりさをみょんが押し込んで、みょんがまりさを押し込んで、そんな風に皆の力を合わせて石を押し続けているのであった。
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
「まだまだいしさん、うごかない!」
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
「それでもいしさん、うごかない!」
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
「でかまら、ちーんぽ、おおふぐり!」
群れの外の草原に目を向けると、こちらはちぇんやだぜまりさ連中がすぃーに乗って走り回っていた。
「だぜっ! のぜっ! ぜーっ!!」
「ちぇんのまえは、はしらせないよー!」
「そうじゃないでしょ、ちゃんといきを、あわせなさい!」
すぃー部隊に、長ありすが指示を出していた。長自身はすぃーには乗っておらず、めーりんと共にすぃー競争を観戦している格好だ。
れいむが近付くと、長は気付き、いつものように微笑みで出迎える。
「ゆっくりおはよう、れいむ」
「ゆっくりおはよう、おさ。きょうはみんな、どうしたの」
「ああ、れいむにはつたえてなかったわね。いよいよあした、でいぶとーばつっをすることになったの」
「ゆ!」
「ついに、ひみつへーきがかんせいっしたのよ。 きょうは、とーばつっのための、すーぱーくんれんたいむよ」
「ゆゆぅ、そんなこと」
「れいむにはまっさきに、おしえたかったんだけどね。あなた、きのうはどこにいってたの?」
まさか討伐対象の元で家事手伝いしてました、なんて言えるわけもなく。れいむはただうつむくだけだった。
「おさ、ゆっくりしつもんさせて?」
「ええ、いいわよ。めーりん、わるいんだけど」
「じゃーおー」
長の隣りにいためーりんが、じゃおじゃお言いながらすぃー部隊の元へ駆け去った。自らもすぃーのひとつに飛び乗って、操っている。
屋外ではあるが、長とれいむは2匹きりとなり、紅饅頭は緊張で唾を飲み込んだ。そして、意を決する。
「れいむのおかーさん、ほんとうにしんじゃったの?」
「そう、そんなことかんがえていたの」
「だって、おかざりだけしかのこっていなかったんでしょ? きんぐでいぶにたべられたっていってるけど、だれかみたの?」
「じっさいに、たべているところを、みたものはいないわ」
「だったら」
「でも、そのあとをみたゆっくりなら、いるわ」
鳥が鳴き、そよ風が2匹の髪を揺らした。柔らかいが、どこか冷たさを感じさせる風。
ほんの少し間を置いて、再び長の昔語りが続いた。
「それは、だれなの?」
「れいむがまえにたすけた、あのだめまりさ。まりさが、かりにいったかえりだったそうよ。
れいむのおかーさんのおかざりのまえで、でいぶがおくちをあんこだらけにして、わらっていたのをみていたの。
まりさは、よほどしょっくだったんでしょうね。あれいらいすっかり、おびえるようになってしまったわ」
「ゆぅ……」
「ごめんなさい。つらくなるだろうとおもって、ちゃんとはなしてなかった」
「ゆーゆーん、おさ、ありがとう。ちょっと、おさんぽするね」
静かな表情を顔に貼り付け、れいむはぴょんぴょんと跳ねる。長達のいる草原、ゆっくりが押し合う群れの中、作業場、駆け続けた。
長とれいむが仲良く過ごしていた作業場には、名状しがたいものが置かれていて、彷徨えるゆっくりは思わず身震いした。
たくさんの木の十字架が、一本の棒で繋がっていて自立していた。まるで大きな毛虫のようなそれは、鋭い先端をこちらに突きつけている。これが、秘密兵器なのだろうか。
れいむが、蛇の穴を潜り抜ける。もう一度だけ、もう一度だけでいぶと話をしよう。それで見えてくるものはあるはずだと、ゆっくりは信じていた。
初めて出会った日。意味も知らず、共に草粘土を練ったあのテーブル。そこに、きんぐでいぶはいた。
「ゆふっ。やっときたね! きょうも、すーぱーすーりこーぎたいむはじまるよ!」
一瞥もくれずに、きんぐはれいむに命令する。
「ねぇ、でいぶ。まだひょーろーさんを、つくるの?」
「そーだよ。おちびちゃんが、ゆっくりふゆごもりするためにね」
「じゅうぶん、どーくつさんのなかにはいってるよ。ゆっくりしてると、ふゆさんがきちゃうよ」
「ゆふっ、ゆふふふふふ」
その時までれいむは、笑い声というものは無条件でゆっくりできるものと思い込んでいた。
しかし、でいぶのそれはまるで逆だ。背皮が凍り付くような気味の悪さしか覚えない。
「れいむ、いいことをおしえてあげるよ。でいぶが、ひょーろーさんをつくってるかぎり、ふゆはこないんだよ」
テーブルから、きんぐが降り立つ。
「そそそ、そんなわけないよ」
「でいぶがあきっていったら、あきなんだよ。ゆっくりりかいしてね」
にじり寄る様が、まるで蛇のように思えた。距離を詰めるごとに、肌だるまの表情が詳しく分かる。
「もう、むれにはあんまり、えささんがないんだよ。ふゆさんがちかいから、かりをしても、ゆっくりできないんだよ」
「かんけいないよ。でいぶは、むれのおちびちゃんのためにやってるんだよ」
「そのおちびちゃんが、おなかすかせちゃうのよ」
「しらないよ、そんなこと」
れいむを見下ろす目が痙攣している。心持ち白目が多くなったようにさえ思えた。
きんぐでいぶ。昨日よりも、その前よりも、ずっとゆっくりしてない顔。
「また、むれにくるつもりなの? こんどは、ただじゃすまないんだよ」
「いいかげん、うるさいよ! だまってでいぶのいうことだけ、きいてればいいんだよ! じゃまするやつは、つぶすよ!」
「つぶす? れいむを、つぶすの!?」
今度は、れいむの眼差しが吊り上がった。まるで捕食種同士の睨み合い。そこにいるのは、れいむ種だけのはずなのに。
「でいぶは、かわいいかわいいおちびちゃんのためにやってるんだよ。しんぐるまざーなんだよ。
おちびちゃんをゆっくりさせないげすは、ゆっくりしねばいいんだよ」
「そうやって、いままでも、ゆっくりをころしてきたの? やっぱり、おかーさんをころしたのも、でいぶなの?」
「しらないよ、れいむのおかーさんなんて」
「ころして、おかざりをすてて、たべた、でいぶが!」
「れいむなんて、たべたことないよ。でも、れいむ、おいしそうだね……」
生臭い息が相手にかかるほど、きんぐでいぶは大口を開けた。欠けて所々鋭利になった歯。野太い舌。止めどなく湧き上がる唾液。
完全に、モンスターだった。れいむは咄嗟に転がると、テーブルの上にあるすりこぎ棒を口にした。何もないよりマシだろう。
若い饅頭は、でいぶの喉の奥を凝視する。何もないような暗黒。餡子というより、その心を表しているような色。棒をぶち込むなら、そこだろう。
大小のれいむ種が身構える。小さい方が前傾姿勢を取り、大きいほうが体を伸ばして口腔を広げる。お互いのあんよに力が入り、今にも致命の一歩を踏み出そうとしていた。
「そこまでよ!」
聞き覚えのある声が割って入った。れいむが視線だけをずらすと、そこには長ありすの姿があった。
でいぶもまた口をすぼめて、カスタード饅の方へ向き直る。
「ありすは、ありすよ」
「ありすは、ありすだね」
「そうよ、ありすはありす。そこのれいむ、つれていっていいかしら」
「かってにすればいいよ」
れいむがくわえていた棒を落とす。突然、ありすにもみあげを噛まれたからだ。そのまま長は群れのゆっくりを引きずっていく。
未だ紅饅頭の視線は、でいぶを追っていた。敵は既に背中を見せて、夕暮れの群れなどを眺めている。
「おさ、はなしてね! いまが、ちゃんすなんだよ!」
「いっぴきでは、かえりうちにあうだけよ」
「もうすこしだったのに、どうして、ここにいるの?」
「ありすもむかし、れいむとおなじことをかんがえたからよ」
蛇の穴まで来ると、ありすはれいむを先に押入れた。でいぶへの道を完全に塞がれて、仇持ちは諦める他ないことをようやく悟った。
「このみちは、むかし、ありすがつくったのよ。でいぶを、あんさつっするためにね。
でも、いっぴきではなにもできなかったわ」
「れいむなら……」
「よくても、あいうちよ。おさとして、そんなことさせられないわ。
だからこのあなは、へびさんのってうそまでついたのに。ほんとうに、むちゃばかりするこね」
「ゆぅ」
「あしたをまちなさい。みんなで、れいむのかたきをうつのよ」
「おさ、やっぱり、でいぶがおかーさんをころしたんだよ。やっと、りかいできたよ」
「そう」
穴の中で、れいむは立ち止まった。うつむきながら、口を開く。
「でもね、おさ。でいぶは、やさしいところもあったんだよ。えさをとるのは、むれのおちびちゃんのためだって。
でいぶは、すなをかんでいきてるって。あんなにおいしいひょーろーさんを、たべないで」
「でいぶと、はなしたのね。よくききなさい、れいむ。でいぶとは、おはなしなんてできないの」
「ゆゆ? でも、れいむとでいぶは」
「おはなししているように、きこえただけ。ゆっくりのことばを、まねしているだけなのよ」
れいむは首を傾げる。
一瞬、頭上で鳥の鳴き声が響き渡った。まだトンネルを抜けきれていない2匹は、草の天井に目を向ける。
「ありすのいったことばを、でいぶはそのままくりかえしたわ。
まえのおさが、いってたの。とりさんには、おうむさんっていうのがいるって。
おうむさんは、にんげんさんのしゃべったことばを、そっくりまねするそうよ」
「それと、いっしょなの?」
「でなければ、いきなりれいむをたべようとしたり、しないわ。
れいむは、ゆっくりおはなししていたおともだちを、たべる?」
「そんなわけ、ないよ。おさ、ゆっくりできないけど、れいむは」
「なにも、いわなくていいわ。にひきでしずかに、かえりましょう」
あの時見せた、穏かなでいぶの顔、声。そんなものは、餡子の奥にしまい込むことにした。
れいむは、間近で垣間見たきんぐでいぶの魔性だけを信じ、明日を待つ。
あっという間に薄暗くなった空が、やけに赤黒く染まっていた。
快晴。空は残酷なまでに清々しく澄みきっている。
群れのゆっくりが集められ、長ありすの声に聴覚を寄せていた。
「みんな、よくあつまってくれたわね。きょうが、なんのひかわかる?」
「とーばつっのひ、なのぜ!」
「あのきんぐでいぶを、ずっとゆっくりさせるんだよー!」
血気さかんな成ゆっくりが、長の問いかけに真っ先に応えた。
それを合図に、群れ中の饅頭達がシュプレヒコールに近い何かを叫び出す。
「とーばつっ!」
「とーばつっ!」
「とーびゃつっ!」
「ありがとう、みんな。きょうだけは、おちびちゃんもぱちゅりーも、さくせんにゆっくりきょうりょくしてね」
「まかしぇてね! まりしゃは、むれいちばんのゆーしゃだよ!」
「ごはんさんのうらみ、むきゃっとかえしてやるわ」
決戦にも関わらず、戦力にならなそうな子供や虚弱まで輪に入っていた。
長がめーりんに目配せすると、辛饅頭が素早くどこかへと走っていく。
「みんなが、なかよくたたかってくれないと、きんぐでいぶをとーばつっできないわ。
きのういったとおり、それぞれのりーだーさんのゆーことを、ゆっくりしないでまもってね!」
普段なら私語を隠さなかったり昼寝をかましたりするゆっくりがいそうなものだが、場にいるもの達にそんなゆとりは見られない。
皆、一様に目をギラ付かせて、指導者の言葉を受け入れている。その中で一際険しい顔をしているのは、無論、あの仇持ちれいむであった。
何か引きずるような音が響き、集団が思わず振り返る。
めーりんを中心にしたすぃー部隊が、巨大な木片を牽引している。すぃーの後方とツタで繋がれたそれは、ありすとれいむが作っていた秘密兵器であった。
「ゆえーん、きょわいぃぃいい」
「なんなの、これぇぇぇ」
巨大毛虫を思わせるそれに、子ゆや臆病まりさなどが脅えを示す。
その胴体は幹のように太い枝。足のように見えるのは小さな枝をクロス状に結わえたものだ。その先端はことごとく尖っていて、近付いただけでどうにかなりそうな迫力を秘めていた。
「まえのおさじきでんの、ひみつへーき。そのなも、あんぜんだいいちよ!」
「あんぜん、だいいち?」
「きんぐでいぶが、だるまおとしをしてきたら、これをきんぐのまえにおいておくのよ。
そうすると、あんぜんだいいちのまんなかに、だるまさんがげきとつっして、ぐっさぐっさにしてくれるのよ!」
前の長というのは、半端な伝承をしていたらしい。工事現場の『安全第一』と書かれたバリケードを模したつもりなのだろうが、もちろんこんな鋭利なものが道端に置かれるはずもない。
むしろ、中国の戦記物などに出てくる騎馬止め・馬抗柵に近い形をしていた。確かに突進に対しては効果的だ。
「めーりん・すぃーぶたいは、あんぜんだいいちをはこんでね! ほかはいちれつになって、だいいどうよ!」
「じゃあおおおおん!!!」
「ゆっくりりかいしたよ!!!」
「のぜ!!!」
「だよー!!!」
「むきゅ!!!」
「ちぃぃぃぃんっっ」
「きんぐでいぶだぁぁあああ!!!」
まとまりのない鬨の声が止んだ。土煙を上げて、丘の上からきんぐでいぶが転がってくる。今回ばかりは、だるま落としに算を乱すものはいない。
群れの全てのゆっくりが、秩序を守りながら移動する。れいむも流れに沿って動いていたが、長に呼び止められた。
「れいむは、ありすといっしょにきなさい」
「ゆ?」
「いい? ぜったいに、かってなこうどうはしないこと!」
長は、すぃーに自分とれいむを乗せると、めーりん達と一緒に駆け出した。他のすぃーは安全第一を引っ張っているので、長すぃーだけが軽い。
群れから少し離れると、途端に丘とでいぶが大きく見える。遮るもののない草原まで出ると、長はすぃー部隊を止めさせた。
「おさ、あぶないのぜ! あんぜんだいいちは、まりさたちがおくから、もっとうしろでゆっくりしてるのぜ!」
「ありすが、あいずをだすわ。ちゃんすさんは、いっかいきりなのよ。ゆっくりかつしっかりと、ありすはでいぶをみるわ」
「わからないよー、おさ!」
「じゃあああっ!」
「わかったよー……」
めーりんの喝で、ちぇんが萎んだ。長ありすは丘を凝視している。だるま落としは、麓近くにまで達していた。
「まだ、まだよ」
でいぶが、完全に坂を下りる。
「ゆっくり、もうちょっと」
勢いが止むこともなく肌だるまは平地を蹂躙し、真っ直ぐに長達の方へ突っ込む気配だった。
距離が詰まり、ほんの少しだけ速度が落ちた。
「いまよ!」
すぃーが動いた。土をえぐりながら、安全第一が運ばれていく。
「そこ!」
めーりん達は機敏に止まり、すぃーの後ろにあるツタを歯で噛み切った。
「てっしゅうっ!!!」
牽引物の縛りがなくなったすぃー部隊が、草を蹴散らしながら兵器から離れていく。安全第一を囲むように部隊は散開し、長すぃーはめーりんの元へ走った。
きんぐでいぶの真正面には、杭の塊が待ち構えている。だるまの軌道は変えられないだろう。れいむは長の側で息を呑んだ。
秘密兵器が弾け飛ぶ。激突の衝撃で木片が舞い上がり、降り注ぐ。だぜまりさ目掛けて大きめの枝が落ちてきたので、叫びながらもすぃーを駆って回避していた。
だるまは無数の傷を追い、さらに尻尾が生えていた。1本の杭がきんぐでいぶの尻を貫き、腹まで突き抜けたのだ。
それでも、きんぐでいぶは立ち上がった。荒い息を吐き、目も虚ろになってなお、軽蔑するような笑みを浮かべている。
「れいむとめーりんだけ、のこりなさい。あとは、みんなをてつだって」
「おさは?」
「でいぶのさいごをみとどけてから、いくわ」
「わから」
「じゃあああっ」
すぃー部隊が駆け去っていく。怒られちぇんだけ泣きべそをかきながら。
この場にいるのは、長とめーりん、れいむ、そしてきんぐでいぶだけである。
「でいぶ、そろそろゆっくりしたら?」
「なにか、いってるの? きこえないよ」
「おさ、ここはれいむにまかせてね!」
れいむが前へ飛び出す。長は止めるような表情をしたが、すぐにめーりんへ視線を送った。
「とめても、むだでしょうね。あぶなくなったら、めーりん」
「じゃおっ」
めーりんの帽子が縦に揺れた。
死ぬほど甘い匂いが草原に広がる。でいぶの中身が流出し始めたのだ。
丘の上のゆっくりは、土や砂を食って生きていた。完全に餡子へと変換しきれていなかったのだろう。黒い生命が、さらさらと流れ落ちていた。
「でいぶ、おかーさんのかたき、とらせてもらうよ!」
「ゆふふぅ。きのうのぉ、おいしそうなぁれいむだねぇ」
「きをつけなさい。もうかんぜんに、きがふれているわ!」
「ゆっくりしてないことは、わかるよ、おさ」
ミチミチと悲鳴を上げながら、きんぐでいぶの唇が裂けていく。それほどまでに口を開くと、まるで喉の奥でれいむを見ているようだった。
獣のようなでいぶの咆哮が草原を揺らした。今にも襲い掛かってきそうな気迫だが、肌だるまのあんよは、ピクリとも動かない。
だるまの歯だけが盛んに打ち鳴らされる。跳躍も移動も叶わなくなってなお、歯牙によって戦いを挑んでいる。最早ゆっくりというより、顔だけの獣であった。
「でいぶのおぢびぢゃん。おぢびぢゃんを、ゆっぐりざぜるんだあああ!!」
「おちびちゃんって、れいむたちのことでしょ」
「おぢびぢゃんは、むれにいるんだよ。むれにいないゆっくりが、どうしておぢびぢゃんなのおおお?」
でいぶの上半身だけが伸び、れいむの頭上に無数の千歳飴が襲い掛かった。
仇持ちのゆっくりは、よく転がった。こーろこーろとは言い難い素早さで、でいぶの背後に回り込む。
尻尾のように尻から突き出る杭。それに、頭から突進した。
木材はでいぶを貫通している。後の木が左に動くと、腹から突き出た先端が右に傾き、広がった裂傷から餡が噴出した。
「ゆぎゃぁああ!!」
長とめーりんに餡子が降り注ぐ。辛饅は顔をしかめたが、ありすは表情を変えず2匹のれいむ種を見据えていた。
きんぐでいぶが、震える。そして頭を激しく傾けると、貫いている杭も同時に振られて、れいむは尻の棒によって吹っ飛ばされた。
れいむが餡を滲ませながら立ち上がると、でいぶは体をひねって視線を合わせた。ねじれの線が肌だるまの体中に浮き上がり、異形に拍車をかけている。
「じねぇ! おぢびぢゃんのために、じねぇ!」
「でいぶこそ、しんでね。おかーさんのぶんまで、ゆっくりつぶれていってね!」
「れいむ。すこし、でいぶとおはなしさせて」
長の言葉に、れいむは聴覚を疑った。視覚を向けると、真顔のありすがそこにいる。
「なにいってるの、ありす。でいぶとは、おはなしできないんじゃなかったの?」
「ねえ、でいぶ。でいぶは、おちびちゃんがゆっくりするために、いきてるのよね?」
「あだりまえでしょ。でいぶの、がわいいがわいい、おぢびぢゃんなんだよぉ」
「じゃ、おかのうえをみなさい」
でいぶが、さらに体をねじり上げて、見た。無視されているれいむも同じように見上げた。
丘の上。きんぐでいぶの住処。そこに、でいぶじゃないゆっくりが、飛んだり跳ねたりしていた。
小さい小さいゆっくり達。多様な種のミニ饅頭は、長達のいる場所にまでも届くほどに、はしゃいだ歓声を上げていた。
「ゆーっ! たきゃいのじぇー!」
「おしょらを、とんじぇるみちゃぁぁい!」
「おきゃのうえは、ゆっくりできりゅね!」
きんぐでいぶの顔付きに、明らかな激高の色が見て取れた。ねじれ棒のようなゆっくりが、自分の住居に向かって一喝する。
「ごのぐそぢびどもぉぉぉ! でいぶの、おぢびぢゃんのすぃーとほーむでぇぇぇ、なにゆっぐりじでるんだぁぁああ!!!」
ゆびゃあ、という悲鳴が滝のように落ちてくる。
続く長の声だけが、相も変わらず冷静だった。
「いいえ。あれは、でいぶのおちびちゃんよ」
「なぁにいっでるの、むれにいないのにぃ、どぉぉじで、ぐそぢびがおぢびぢゃんなのぉぉぉ?」
長ありすが、目ででいぶを促した。あっちを見ろ、ということらしい。
れいむもでいぶもありすもめーりんも、その列を見つめた。丘の上から群れの入口まで一直線に伸びる、ゆっくりの長い長い行列。
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
掛け声を合わせながら、後のゆっくりが、前のゆっくりを押し上げる。押し上げられたド饅頭が、そのまた前にいるド饅頭を押し上げる。
そんな流れが、群れの中から丘の上まで延々と続いていた。
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
上の方に行くほど、軽いゆっくり弱いゆっくりが縦隊を作っていた。赤ゆを子ゆが押し、子ゆをぱちゅりー種が押し動かす。
下にいけばいくほど、力自慢の成体ゆっくりが並んでいる。安全第一を置いて離脱したすぃー部隊は、群れに引き返してしていて、最後尾で必死に列を押し込んでいるだぜまりさとみょんを、すぃーでさらに圧迫していた。
「ちゅ、ちゅぶれるのぜ……」
「まだまだ大丈夫なんだよー。がんばれよー」
「えびおす、えーびおーす!」
「のぜぜ、まけないのぜ! ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
全貌を、草原に立ち尽くす4匹は確認できた。長ありすときんぐでいぶが、再び目を合わせる。でいぶの表情から、険しさが取れつつあった。
「むれのおちびちゃんたちが、いっぱいあつまって、でいぶのおかまで、のーびのーびしてる?」
「ええ。ああやっておしあわないと、おかのうえにはのぼれないのよ」
「じゃあ、おかのうえのぐそぢび、いや、おちびちゃんは……」
「そうよ、むれのちいさなおちびちゃん。でいぶのだいじなだいじな、ね。
ほら、ごらんなさい。でいぶがあんなにおこるから、おちびちゃんたち、あんなにぶーるぶーるしているわ」
れいむも、高い高い場所にいるおちびちゃんを見上げた。確かに、おそろしーしーを漏らしたり、毒でも盛られたように震えたりして、一様にゆっくりしていなかった。
「そう。ごめんね、おぢびぢゃん、ごめんね」
「それだけじゃないわ。でいぶは、あんなにゆっくりできるおうちを、ひとりじめしていたわね。
そしてなにより、でいぶがむれにくるたび、おちびちゃんはゆっくりできなくて、ゆんやーしていたわ。ねえ、れいむ」
「ゆ、ゆぅ。そうだよ」
「でいぶ。あなたがいちばん、おちびちゃんをゆっくりさせなかったのよ」
でいぶは醜い生き物だ。しかしそんな存在であっても、涙は透き通っていた。瞳から止めどなく水は湧き出て、裂けた口からは悲しい泣き声が吐き出される。
寿命を悟ったかのように、きんぐのお飾りが落葉のように剥がれ落ちた。
「ごめんね、おちびちゃん。ごめんね、みんな。ごめんね……」
れいむには、丘が崩れ落ちたように見えた。きんぐでいぶが回りながら倒れ、仰向けになる。それを仇とするゆっくりは、思わず駆け寄った。
尻の杭が地に押され、でいぶの腹から鋭利な木が伸びる。乾いた餡子が噴出して、れいむの顔を黒く染めた。
「ごめんね、おちびちゃん……」
「ねえ、こたえてね! でいぶは、おかーさんを、しってるの? ころしたの?」
「……なんだか、おちびちゃんのなきごえがするよ」
太ったゆっくりの眼球が左右に動く。光が薄かった。きっともう、何も見えていない。
「まだ、ずっとゆっくりしちゃだめだよ、でいぶ! ねえ、ねえ!」
「おちびちゃん、なかないで。ゆっくりしてね。でいぶが、おうたを……」
「おうたなんかいい! でいぶの、おうたなんか」
「ゆー…ゆー…、ゆっくり…していってねー…」
れいむは同種の中でも賢かった。
ゆっくりの賢さを計る目安として、お飾りの有無に対する判断が挙げられる。愚かなゆっくりは、たとえ我が子であろうと、お飾りなしを許さない。
酷いのになると、お飾りが風で飛ばされた途端に子供を殺害してしまうものもいる。
これがある程度賢いものになると、たとえお飾りがなくても肉親であるかどうかくらいは、分かるものだ。
れいむは不幸にも、賢かった。
「…きーんぐ…でーいぶは…、こわい…けど…」
頭を振り回す。れいむは、認めたくなかった。
きんぐでいぶの傷口が餡子を吐き出す度に、でいぶの豊満な体は痩せ衰えていく。憎たらしい頬の張りが萎み、常に蔑んでいるような目付きが変えられていく。
生命がこぼれるだけこぼれきると、そこに残ったのはでいぶではなく、単なるれいむの顔であった。
「いつでも、まーまがついてる……」
ずっとゆっくりする。ゆっくりにとって死を意味する言葉ではあったが、きんぐでいぶの死顔はまさしく、それを体現していた。
穏かだった。散々泣きはらして眠った子供のような。愛しいものに抱かれているかのような。
そして生きているれいむにとってのそれは、まさしく殺されたはずの母の顔であった。
「おかーさん? どーして、おかーさんが、ここにいるの?
おかーさんは、でいぶなの? でいぶが、おかーさんなの?
ねえ、ゆっくりしないで、おしえて! ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりぃぃぃいいい!!!」
れいむは薄墨色の涙を流す。仇だったはずのでいぶ、実は母だったものの返り餡が落涙に交じって、黒い流れとなって落ちていく。
めーりんの中身は、赤い。しかしその表情は青ざめ、呆然と立ち尽くしていた。
長ありすだけが、変わらぬ視線を2匹のれいむに送っている。
ありすは、でいぶの死骸を自分のすぃーに載せ、丘の上に運んだ。他のものに見付かると厄介なので、夕暮れが押し迫った時に、めーりんのすぃーで牽引する。
群れのものは、みんな丘の洞窟の中でゆっくりしていた。とーばつっきねんのぱーてぃーするよ! などと浮かれ騒いでいるようだ。
長としては、もうこのまま冬ごもりに入ろうと考えていた。近頃は夜になると、カスタードが凍るような気分に悩まされる。
洞窟の入口から少し離れたところに、広くて浅い窪みがあり、そこにれいむが佇んでいた。れいむによると、そこはでいぶが土を食べていた跡だという。
凹みに動かない肌だるまを降ろし、上から土を山盛りに被せる。でいぶはここで食事をしただけではなく、文字通りの墓穴を掘っていたのだ。
無銘の墓ができあがる。元より饅頭生物に戒名も墓標もありはしないが、長を含め3匹しか知らないこの土山は、まさに無銘と呼ぶに相応しいものだった。
れいむは、もう泣いてはいなかった。その髪の中には、でいぶが付けていたお飾りが入っている。死ぬ前に落としたので死臭は付いていない。れいむの母が元々付けていたお飾りは、既に群れの墓に入っていた。
「ねえ、おさ」
「なあに、れいむ」
「おかーさんは、むれのみんなをゆっくりさせるために、がんばっていたんだね。
なんで、れいむにおしえてくれなかったのかな。びっくりさせようと、したのかな」
長に、かける言葉はなかった。めーりんも、じゃ、と言いかけて口ごもる。
母を失ったれいむは、土の山から目を離さない。黒髪の中の形見が、冷たい風に揺れていた。
「ゆっくりは、いっぴきだけじゃゆっくりできないんだよ。ゆっくりできなくなると、おかしくなるんだよ。
おかーさんは、ゆっくりできなくなったから、でいぶになったんだね。
でもね、れいむもゆっくりしてないよ。だってれいむは、おかーさんをころしちゃったから」
「れいむ。でいぶを、おかーさんをころしたのは、あんぜんだいいちよ。つみは、ありすにあるわ」
「さいごに、ぐいってやったのは、れいむだよ。おかーさんは、たくさんあんこをだしたんだよ」
「れいむ。おかしなこと、かんがえてないでしょうね」
れいむは振り返ると、長に向かって、にっこりと微笑んだ。
あまりにも屈託のない表情。ありすは何故かぞっとした。
「れいむは、みんなをゆっくりさせるために、いきていくよ。れいむはね、すなをかんでいきるんだよ!」
形見のお飾りを完全に髪の中に隠し、れいむは元気よく跳ねて洞窟の中に消えていった。
墓の前には、もう、ありすとめーりんしか残っていない。
「れいむ、つらいでしょうね」
「じゃおぉぉ……」
「きっとれいむは、はるになったら、じぶんのおかざりを、でいぶのものとつけかえるわ。
ほんとうにつらいのよ、おかざりをつけかえるのって。れいむも、あんこをはいちゃうかもね」
「じゃ!?」
長は口元に笑みを浮かべている。普段見せる慈愛に満ちたものではない。冷徹の輝きを帯びた、ゆっくりらしからぬものだ。
「めーりん。あなたにだけは、おしえてあげるわ。
このむれでは、まいとし、だれかがでいぶになるのよ。ゆっくりしたふゆごもりをするためにね」
「じゃお?」
「えらばれたれいむが、むれからはなれ、つちをたべておおきくなって、でいぶになるの。
そして、ふゆにたべるひょーろーさんをつくるのよ。むれをおそうのは、おそうふりして、えさをあつめるため」
「じゃじゃじゃっ」
「そうね。でもね、あのれいむがいったとおりなの。ゆっくりはいっぴきだけでいると、おかしくなる。
おそうふり、でいぶのふりをしてるのが、ほんとうにでいぶになっておそうようになるの」
めーりんが前傾姿勢を取る。まるで、でいぶを前にした時のようだ。
「じゃお、じゃじゃお!」
「だって、しかたがないじゃない。ふゆごもりのために、ごはんさんをだせっていっても、だれもだしたりしないわ。
でいぶいがいに、ひょーろーさんをつくらせたら、きっととちゅうでむーしゃむーしゃしちゃうわよ」
「じゃお、じゃじゃー!」
「ちがうわよ。ありすは、まえのおさのゆーとおりにしただけ。
でいぶも、ひょーろーさんも、ひみつへーきやどーくつだって、まえのおさがつくって、おしえてくれたのよ。
まえのおさは、こういったわ。れいむいっぴきがでいぶになれば、みんな、ゆっくりしたふゆさんをすごせるって」
辛饅頭が飛び掛った。ありすは突き飛ばされ、土山に混ざっていた石で額を打つ。
仰向けになった長の上に、めーりんのあんよが押し付けられた。ありすの眉間に甘いカスタードが滲んでいる。
「じゃお、じゃおぉぉぉん!」
「ぜったいに、ゆるさないですって?
ありすも、まったくおなじことを、まえのおさにいったわ。そして、めーりんとおなじことを、した」
「じ、じゃー?」
「……そうよ。まえのおさをずっとゆっくりさせたのは、でいぶじゃない。ありすよ」
「じゃ……」
「そうすればなにかが、かわるとおもったわ。でも、なにもかわらなかった」
あんよがありすの顔から離された。星付きの帽子がうなだれる。
カチューシャの方は起き上がらない。そのまま、言葉を続けた。
「めーりん、いまは、でいぶがいなければ、ふゆさんはこせないわ」
「じゃお……」
「でもね。もし、でいぶなしでふゆさんをこせるほーほーがみつかったら、そのときは、ありすをすきにしなさい。
それまでありすが、いなかものの、おさよ」
「……じゃおん」
「よくかんがえなさい、めーりん。なぜありすが、よそもののあなたを、そばにおいてるのかを」
めーりんもまた、洞窟へと消えていく。
長はまだ動かない。墓にもたれかかるようにして寝そべり、土山に頬を寄せた。
ありすは思い出す。幼い頃、ゆっくりしているれいむにおうたを歌ってもらったことを。あれは、この土の中にいるでいぶだったのだろうか。
それとも、自分の母親だったのか。
「ゆーゆー、ゆっくりしていってねー。おーさのありすは、げすだけどー。でーいぶは、ゆっくりしているよー」
懐かしい旋律を口ずさむ。歌詞だけが、違っていた。
鰯雲が夕陽に照らされている。空を漂うものが、どうしようもなくゆっくりしているように、ありすには思えてならなかった。
やがて冬ごもりが始まる。
皆で仲良くゆっくりし、おいしいひょーろーさんをいつまでも頬張れる夢のような日々。
それは、でいぶという悪夢を忘れさせるには、十分過ぎる時間だ。
ただ、片隅にいる長とめーりん、そしてでいぶの形見を隠し持つれいむだけは、記憶を保ち続けることだろう。
それもいつしか終わりを迎える。
暖かくなると、ゆっくり達は洞窟から出て、群れへと帰っていく。
ほぼ同時に、あるれいむが群れからいなくなり、代わりにでいぶというものが現れることだろう。
それは、冬のゆっくりした記憶を忘れさせるには、十分過ぎる恐怖。辛く苦しい春の始まり。
(了)
季節は秋。約束された恵みにゆっくり達も満面の笑みを実らせている。
しかし、ひとつだけ平和とは程遠いものがあった、それは。
「きんぐでいぶだぁああ!!!」
その一声で、思い思いにゆっくりしていたゆっくり達に緊張が走る。
「ゆゆ! おちびちゃんたちは、ゆっくりしないでひなんしてね!」
「でいびゅ、きょわぃいい!」
成れいむが、赤ゆ子ゆを舌で押しながら誘導を始める。
冷静さを保っているのは避難を促すもの達だけで、他は恐慌に陥り右往左往している始末。
「くるよ、くるよ、でいぶがくるよぉおお!」
「きたぁあ!」
「だるまおとしだぁああ!!!」
群れの外、向こう正面には丘がある。ゆっくりにしてみれば、山に等しい高さだ。そこから、何やら肌色のずんぐりむっくりが、ゴロゴロと転がり落ちてくる。
確かにその姿は彩色ミスのだるまのようだ。だるま落としとは、よく付けたものである。微妙に間違ってはいるが。
「なにをしてるの!」
「ああ、おさー!」
長は、ありすだった。
種としては珍しいが、本ゆんの凛々しい顔付きと周囲の眼差しが、長であることを証明していた。
「そんなところにいたら、つぶれてずっとゆっくりするわよ。はやく、こっちまできなさい!」
「ずっとゆっくりしたくなぃぃいい!」
まりさだのれいむだのちぇんだのが、一目散にありすの元に駆け寄る。ぱちゅりー種だけが、子供達と一緒に避難済みであった。
丘から群れとは、ある程度の距離が保たれていた。鈍重な饅頭どもでも、でいぶを視認した後でゆっくり避難できる余裕はある。
いよいよ、きんぐでいぶが転がりながら群れの入口へ迫っていた。慌てて逃げ出したために散乱している餌だのお花だのが、無残に踏み潰されていく。
「ゆああ、ばりざのゆっぐりじたごはんざん……」
「じっとしてなさい!」
肌だるまの勢いは止まらない。その行く手には大木が迫り、まともにぶつかればいくら頑丈な個体でも木っ端微塵になれそうであった。
しかし、きんぐでいぶにその期待は通らない。突然跳ね上がったかと思うと、小生意気にも空中一回転を決めつつ、見事に着地した。
来襲者は大きく大きく息を吸い込むと、木々が揺れるほどの大声で一喝する。
「きょうも、でいぶのかわいいおちびちゃんのために、えさをさしだしてね! たくさんでいいよ!」
大音声で、群れのゆっくりどもは完全に怯んでいた。その隙を狙うかのように、きんぐでいぶが大木の根元に突進する。そこは、群れの貯蔵庫だ。
長ありすだけは正気を保っていた。でいぶの前方にある倉の扉に向かって、叫ぶ。
「いまよ、めーりん!」
「じゃぉぉぉおおおん!!!」
貯蔵庫の中から、1匹のめーりんが飛び出してきた。その頑丈なあんよが、でいぶの顔面を的確に捉える。
衝撃で侵略者は2・3歩後ずさりした。ダウンを奪うまでには至らない。
「でたね、もんばん。たべられもしないくせに、でいぶのじゃまするなんて、なまいきだよ!」
「じゃおっ! じゃぉおおお!」
「でいぶのこそだてをじゃまするめーりんは、ゆっくりしね!!!」
でいぶが跳躍する。めーりんもほぼ同時に跳ねた。両者はあんよを伸ばし、飛び蹴りの体勢で交差する。
「じゃおおん!」
「でいぶごくとけん!」
着地と同時に、でいぶとめーりんの頬が切れた。めーりんは赤い中身が滲んだが、でいぶの面の皮は厚く、中身まで到達しない。
「じゃじゃあっ」
「ふん、これからがほんばんってかおだね。でも、でいぶはつかれたからかえるよ!」
言うが早いが、巨体に見合わない速度で間合いを離すきんぐでいぶ。ついでに、手近な巣に頭を突っ込んで、中にあった餌をくわえる抜け目の無さだ。
「あああ、ばりざのゆーごはんざんがぁぁあ!」
先ほど採れたての餌を踏み潰されたまりさが、またしても慟哭した。厄日のようだ。
そんなことなどお構いなしに、でいぶは、ばいんばいんと跳ね回りながら駆け去っていく。群れのゆっくりではとても登れない急斜面の丘を、略奪者は難なく踏破して消えていった。
朝起きて、ゆっくりして、でいぶに襲われて、泣きながら眠る。それが、この群れの日常である。
――でいぶ・オン・ザ・ヒル――
「ゆぇぇぇええん! ゆぇぇぇぇぇええん!」
「どうぢで、でいびゅがぐるのぉぉぉおお?」
避難先、といっても数メートルも離れていない草むらから、子供達が帰って来る。
もうでいぶがいないことを確認して連れ立ってくるのだが、それでも子饅頭どもは鳴いたり喚いたりしてうるさいことこの上ない。
「ばりざの、あさひるばんさんがぁぁああ!」
いつのまにか、厄まりさもそれに混じって号泣していた。
涙の輪の中に、成体のれいむがいた。それは息を吸い込むと、おうたを歌い始める。
「ゆーゆー、ゆっくりしていってねー。きーんぐでーいぶは、こわいけどー。いつでも、まーまがついてるよー」
別に、歌い手れいむが実際の母親なわけではない。群れに古くから伝わるおうたなのだった。
このおうたを聞くと、赤ゆも子ゆも、ついでに不幸まりさも泣き止んで、たちまち明るくゆっくりしてくる。
「ゆゆーん、おねーしゃんのおうたは、ゆっくりできるね」
「しょうだね、みんにゃで、ゆっくりおうちにかえりょーね」
「ゆっくり、ありがとー。さよーならー」
もみあげやおさげをピコピコ振りながら、子供達は思い思いの方向へと散っていく。
残ったのは、歌れいむと駄目まりさ。
「ありがとう、れいむ。ついでに、おねがいがあるんだけど」
「ごはんさんなら、あげられないよ」
「ゆがーん!」
「でも、おさにたのめば、なんとかしてくれるかもしれないよ!」
「ゆわーい!」
単純なまりさは、意気揚々と長の巣へと飛んでいく。あの調子では、また近いうちに餌をどうにかされることだろう。
れいむは、木陰で休んでいるめーりんを見付けると、そっと近付いて話しかける。
「めーりん、だいじょーぶ?」
「じゃおー、じゃおー」
「そう、しっぷさんがきいてるんだね」
めーりんの切れた頬には、葉っぱがあてがってあった。どうやら、絆創膏か何かのつもりらしい。
そして、れいむはめーりんと会話ができた。れいむだけではない。この群れは皆、めーりんと普通にコミュニケーションが取れる。
ゆっくりの会話は主観的だ。相手がゆっくりしていると認めれば、話が通じ合う。そうではない時には心も閉ざしてしまうのか、まるで会話が噛み合わなくなる。人間との対話が失敗するのも、そのせいであろう。
淫語オンリーのみょんとは話せても、めーりんとは言葉が通じないのも、めーりんはゆっくりできないという思い込みによるものだ。そんな差別がこの群れには、ない。
「めーりんのおかげで、みんなゆっくりできるよ。めーりんは、ゆっくりしてるね」
「じゃぉぉぉ……」
「あのまりさのことは、しかたがないよ。めーりんのあんよは、ひとつしかないもんね」
「じゃぉおお」
群れの門番は涙ぐむ。よくできたれいむであった。
辛い饅頭の方も、他のゆっくりから慕われている。元々は流れものであったが、今では長の副官のような存在だ。
ふと、めーりんが視線を外し、どこかを眺める。その目の先をれいむも追うと、向こうから長ありすが近づいてきた。
「めーりん、れいむ、いつもありがとう」
「じゃおん!」
「れいむは、なにもしてないよ」
「いつも、おちびちゃんたちに、おうたをうたってあげてるじゃない。
おかげで、ゆっくりしたおかおで、おとーさんおかーさんのところにかえすことができるわ」
「ゆぅ」
「それに、せわやきさんね。あんなばかまりさに、ありすのところにいけっていって」
「ご、ごめんなさい」
長は、穏かに笑む。めーりんは気を使ったのか、席を外していなくなっていた。
「いいわよ。げすやでいぶじゃないかぎり、たすけあわないとね。
でもあのまりさ、いっぴきじゃあぶなっかしいわね。どう、れいむ、つがいになってみない?」
「ゆっくりえんりょします」
「そうよね、あんなだめていしゅじゃ」
「そうじゃないよ。いや、それもあるけど……」
「れいむ、もしかしてまだ、おかーさんのこと」
「わすれられないよ。わすれられるわけないよ!」
油の中に氷を入れると、気が触れたように油が噴き上がる。れいむの激高は、それに近かった。
流石の長ありすも、たじろいたような顔でれいむを見つめる。紅饅頭は我に帰ると、すぐさま額を地にぶつけた。
「ごごご、ごめんなさい! おさにむかって、ゆっくりしてませんでした!」
「……あやまるのはありすのほうよ。ありすったら、いなかものね」
「そんな」
「れいむ、ついてきなさい」
言われるまま、れいむはありすの後を付いていった。あんよの向かう先は、長の巣の方角だ。
「れいむ、あなたは、ゆっくりしてる?」
「あまり、ゆっくりしてません」
「どうすれば、ゆっくりできるの?」
「それは、でいぶを、きんぐでいぶを……」
それっきり、会話は止まった。
行き着いた先は、長が巣とする土穴の裏手であった。そこには大振りの枝やら、ツタやらが所狭しと並べられている。
「おさ、これって」
「あのきんぐでいぶを、とーばつっするために、つくっているのよ」
見れば、先端の尖った2本の枝が、ツタを用いてクロス状に縛られていた。地味だが、ゆっくりが作るものとしては難度が高い。
れいぱー化ばかりが取沙汰されがちだが、ありす種は器用なゆっくりだ。れいぱーにならないだけの精神力があり、なおかつ持てる技術を実用に向ける知性があるならば、ゆっくりのリーダーになれる素質は十分に備えている。
「このひみつへーきが、かんせいっすれば、あのでいぶをたおせるわ。そうすれば……」
「れいむのおかーさんのかたきも、とれるね」
れいむの瞳に炎が宿る。さっきまでおうたを披露していた時とは大違いの、険しい表情だ。
「れいむ、ありすといっしょに、きんぐでいぶをたおしましょう。
そうしなければ、いつまでたっても、れいむはゆっくりできないわ」
「でいぶをつぶすいがいのゆっくりなんて、かんがえられないよ。
おさ、なんでもいってね。なんだったら、つぶされたっていいよ!」
長ありすが紅饅頭に頬を寄せた。れいむの怒りの赤が、照れのそれに変わる。
「おちつきなさい、れいむ。ありすはれいむに、ゆっくりしてほしいの。
そんなおかおじゃ、おちびちゃんも、ぶーるぶーるしちゃうわよ」
「ゆ、ゆ、ゆぅ……」
「きょうは、いっしょに、ろーぷさんをあつめましょう。ゆっくり、おはなししながら、ね」
作業場からさらに数十歩歩くと、ツタが生い茂った土壁があった。秋になってもまだ生長を続けているそれが、枝を縛るろーぷさんなんだという。
緑の縄を、噛み、引き、抜きながら。様々なことを語り合った。
ありすは、前の長のことを話す。
今の群れは、ほとんど前の長が作り上げたこと。幾度となく丘の上にでいぶが現れては、群れを襲ったこと。その度に長が討伐したこと。秘密兵器は、その前の長の設計によること。
れいむは、母のことを話す。
とても優しくて強い母だったこと。父は早死だったこと。おうたは母に教わったこと。
そして2匹は、でいぶのことを話す。
前の長は、でいぶと相打ちしてずっとゆっくりしたこと。れいむの母もまたでいぶに襲われ、群れの外で食い殺されるという最悪の死に方をしたこと。
「だから、れいむのおかーさんのおはかのなかには、おかざりさんしかないんだよ……」
「そうだったわね。とてもゆーかんで、ゆっくりしたおかーさんだったわね。
でいぶがあらわれたことを、まっさきにおしえてくれたのも、おかーさんだった」
「れいむは、でいぶをゆるせないよ」
「ありすも、そうよ。あんなゆっくりしたおさを……」
引っ張る噛力が思わず強まったのだろう。それぞれに引っ張っていたツタが勢いよく抜けて、根っこにたまった土を2匹はしこたま被ってしまった。
饅頭とカスタード饅は、思い切り咳き込み、そして笑った。
れいむが長の仕事を手伝うようになって、2日がたった。その間、でいぶの襲撃はなく、そろそろ今日あたりやってくるのではないかと饅頭達は噂し合っている。
そんな状況の中、だぜまりさとみょんが喚きながら集落を闊歩していた。
「まりささまが、いまから、きんぐでいぶをやっつけてやるのぜ! きょうが、きんぐのめーにちなんだぜ!」
「ぼーっきっ!」
勇ましい言動に惹かれたのか、住民は2匹の後をぞろぞろと付いていく。れいむも、何となく野次馬に混ざる。
一団が群れの入口に達すると、まりさが帽子の中から1本のツタを出し、地面に置いた。紅饅頭には見覚えのあるものであった。
「ゆ、あれは」
「どうやら、いつもつかっている、ろーぷさんみたいね。いつおとしたのかしら」
振り返ると、長ありすがそこにいた。
まりさとみょんは他のゆっくり達から少し離れると、互いに緑のロープの両端をくわえ、ピンと張り出す。
「まりさ、なにやってるの?」
「ゆっへっへ。おさ、まりさとみょんは、このぐれーとなわいやーさんで、きんぐでいぶをずたずたにするのぜ!」
「てーんが!」
「くわしく、おしえてもらえる?」
口から縄を伸ばしただぜ饅頭が、顎を反らした。みょんもそれを真似しようとしているのか、何故かのーびのーびをしている。
「この、まりさのおうちのまえにおちていたわいやーさんを、ぴーんとはって、きんぐのだるまおとしをおむかえするのぜ。
わいやーさんに、きんぐがふれたらさいご。みごとにすらいすされただるまが、そこにのこるのぜ!」
「てーんが、えーっぐっ!」
「なるほどね」
野次馬の半分は歓声を上げ、もう半分は心配そうに体を傾けた。れいむは後者だったので、長の横髪を引っ張って訴えかける。
「だいじょうぶよ、たいしたことにはならないわ。いざとなったら……」
星のマークも凛々しい帽子が、長の背後にちらついている。めーりんがいることで、紅饅頭もようやく安心した。
場のゆっくり達が、ざわつく。丘の上に土煙が立ち昇り始めたのだ。
「さあみんな、ここはまりさたちにまかせて、そっちにいどうするわよ」
「まりさー、がんばるんだよー」
路傍の石を越えつつ、ちぇんが尻尾を振って応援する。憎らしくも、だぜまりさはウィンクなどをしてみせた。
「ゆっくり、ほれなおすんだぜ!」
「みょーん、がんばりぇー!」
「ふるぼっき、いんさーとっ!」
子ゆっくりの声援に、みょんはとびっきりの笑顔を見せつつ応える。
轟音が響き渡り、肌だるまの姿がどんどん近くなった。勇敢な2匹は、もうよそ見などしていない。
「いよいよくるのぜ。みょん、しっかりくわえるのぜ!」
「あなにー! さいにー! ぺぺろーしょん!」
「いわれなくても、わかってるのぜ!」
だるま落としの風圧が、野次馬の前まで迫ってくるようだった。まりさとみょんは、身じろぎもせず迎え撃つ。
上手い具合に、きんぐの軌道はワイヤーが張られた方角とピッタリ合っていた。直撃は既に約束されている。
触れた。まりさとみょんの口元に、皺が寄る。込められた渾身の力。緑のツタがしなやかに伸び、簡単に裂け、切れた。
2本になったロープの間を、勢いよく駆け抜けるでいぶ。その様はまるで、ゴールテープを切ることのできた、栄光ある走者のようだった。
「どーして、わいやーさんきれちゃうのぜぇぇえええ!?」
「いーでぃー!?」
「めーりん、とめて!」
「じゃっじゃおおおん!」
門番饅頭が高く舞い上がり、だるまを上から押し潰した。でいぶの体がゴムマリのように凹む。強烈な一撃とは裏腹な、ぼよんという間抜けな音が鳴った。
だるま落としは止まったものの、きんぐでいぶは何事もなかったかのように立ち上がっていた。飛び蹴りから着地しためーりんも、気を漲らせている。
その間を縫うように、まりさとみょんはコソコソと群衆の中に消えていった。
「ゆふふ。だるまおとしをとめるとは、あんよをあげたみたいだね。
でいぶとおちびちゃんの、めしつかいにしてあげてもいいよ」
「じゃーじゃー!」
「いやなら、ずっとゆっくりしてもらうだけだよ。
めーりんがいなくなれば、あのちょぞーこのえさは、みーんなおちびちゃんのものなんだからね」
不敵な笑みを浮かべて、一歩一歩でいぶがにじり寄る。その度に辛饅が後ずさりする。じり、じりという間合いの攻防は、群れの中に到るまで続いた。
人間でいえば腰を落とす仕草を、きんぐでいぶが見せる。だいぶ離れてはいるものの、めーりんの背後には貯蔵庫が控えていた。門番も、片方のあんよを前に出した。
本ゆん達にとっては雷光の如き速度で、2匹が動く。このままぶつかれば両者粉砕は免れない真正面勝負であった。
不意にでいぶがUターンし、めーりんとの激突を避ける。肌だるまが新たに示した目標は、木の下にある小さな巣穴だった。
「やっぱり、こっちにするよ!」
「あれは、ぱちゅりーのおうちだわ!」
誰かが叫んだ。門番饅はとっさのことに体勢を崩し、その隙にでいぶは上半身を穴に突っ込んで、手早く漁り始める。
あっというまに略奪者が頭を抜き、まるでぷくーをしたかのように頬を膨らませ、嘲笑した。
「きょうはこれくらいでがまんしてやるよ!
でいぶのおちびちゃんのために、もっとおいしいごはんをよういしてね! たくさんでいいよ!」
野兎のように高く跳躍し、たちまちでいぶは群れから出て行ってしまった。
めーりんが追いかけようとするが、長が止める。あの見た目不相応の逃げ足には誰も追いつけない。
「むーきゃっきゃっきゃ!」
耳障りな笑い声を発したのは、たったいま盗難被害を受けたぱちゅりーであった。それは遠巻きに見ていた一団の中から姿を現し、悠々と自分の巣へと戻っていく。
「きんぐでいぶにあんなことされたのに、ずいぶんごきげんさんね」
「むきゃきゃっ、おさ。
こんなこともあろーかと、てんじょーさんに、かくしべやをつくって、ごはんさんをためてたのよ!」
ゆおー、という感嘆が野次馬から漏れる。それを聞いて、明らかにぱちゅりーは調子に乗り出したようだった。
「したのおへやには、ちょっとしかごはんさんをおいてないわ。まあ、みてなさい」
高らかな哄笑と共に、ぱちぇが自宅に入る。
「むきゃー! ぱちぇのゆっくりしたかくしとびらさんがぁぁぁああ!」
どうやら、部屋ごと壊されて根こそぎ持ってかれたらしい。このぱちゅりーは、残念ながら(笑)の賢者であった。
「えれえれえれえれ」
こもった吐瀉音を聞き付け、慌ててご近所さんが吐きぱちぇを運び出す。辺りには嫌な感じに甘い匂いが立ち込めた。
そんな顛末を尻目に、あのれいむは今日も子供をあやしていた。なにせ間近できんぐでいぶを見てしまったものだから、殊更にやかましくなっている。
「ゆぇぇぇぇぇん!」
「ゆんやぁぁぁぁあ!」
「ゆーゆー、ゆっくりしていってねー」
「ゆぇっ、ゆえっ」
「ゆびっ、ゆびぃ」
「きーんぐでーいぶは、こわいけどー。いつでも、まーまがついてるよー」
「ゆぅ」
「ゆゆーん」
流石おうただけあり、おちびちゃんは簡単に泣き止んだ。それまでただオロオロしているだけだった親連中もゆっくりした顔付きになる。
饅頭家族どもが帰っていくのを確認すると、れいむは一目散に作業場へと向かった。
長ありすは既に到着していて、枝を縛り上げている最中だった。
「ちょうどよかったわ、れいむ。そっちを、かんでてちょうだい」
「ゆっくりりかいしたよ!」
小気味良い音を立てながら、枝と枝がしっかりと密着していく。それから長は絶妙な舌技で縄を固く結び、木製の十字架を完成させた。
れいむが来てから、クロスの数は順調に増えていっている。
「しかし、まりさとみょんは、だめだめさんだったね」
「めのつけどころは、いいわ。いまつくっているひみつへーきも、じつはにたようなものよ」
「ゆ? だから、こんなにがんじょうっにつくってるんだね」
「まあ、よけられちゃいみがないから、そのくふうも、いろいろかんがえてるわ」
組みあがった木は、2匹でずーりずーりと押しながら近くの土壁に立て掛ける。
これが完成したら、どんな形になるのだろう。ゆっくりらしい好奇心が、れいむにも具わっていた。
「きょうも、いっぱいえささん、とられちゃったね。
でいぶのおちびちゃん、どれだけ、むーしゃむーしゃしてるんだろーね」
「もし、きんぐでいぶのおちびちゃんをなんとかできれば、いいのかもしれないけど」
「みつけたら、せいさいっしちゃうの?」
「……そもそも、でいぶのいるおかには、いけないわ。あんなにきゅーなおかをのぼれるのは、でいぶだけなの」
確かにそうだった。あの重量級な体のおかげなのか、きんぐでいぶの足腰は、群れのどんなゆっくりよりも遥かに強靭だった。
すぃーでさえ登れない斜面を、肌だるまは軽快に登ることができる。
「ろーぷさんが、たりなくなったわね」
「じゃあ、ろーぷさんをかりにいこーね!」
れいむは闊達に見える。しかしそれは、仇討ちという目標に確かに近付いているという手応えからである。一歩間違えれば陰惨なものになりかねない。
それをどこまで見抜いているのか。長はれいむといる時間が長くなっていた。
ツタが生い茂る土壁。以前に思い切り砂を浴びた場所である。
「ゆゆ! きょうも、ゆっくりはえてるね!」
「ほらほら、あわてないで、ゆっくりしなさい」
「ゆっくりせずに、ゆーしょゆーしょするよ!
ゆーーーっしょっ! ゆーーーしょっ!」
ツタをくわえて、力の限り引き抜こうとする紅饅頭。あまり反省というものは、なさそうだ。
ゆっくりしてないバチでも当たったのだろうか。緑のロープはあらぬところで切れ、ついでにれいむもあらぬ方向へ転がっていく。
「ゆーーーーーっ!!!」
「れいむ!」
幾度となく石にぶつかり、その度ピンボールゆっくりの向きが変わる。ハイスコアとばかりに、れいむは口から餡子を出した。
そうやってたどり着いた先は、野放図に伸びた茂みの前。
すぐさま長ありすも追い付き、仰向けになって目を回しているお饅頭の側にへたり込んだ。
「れいむ、ゆっくりしなさい! ああ、あんこをはいちゃって」
「こ、これは、おくちのなかがきれただけだよ。だいじょうぶだよ、おさ」
「すこしは、ないたり、いたがったりしなさい。……きょうはもう、かえりましょう」
「まだれいむは」
「おさのゆーことが、きけないの?」
「ゆっ…」
長ありすに睨まれると、れいむは身を起こして、とぼとぼと群れの方へと歩き出した。
口の中が、痛んだ。それを紛らわせるために、道すがら、ちょっと気になったことなどを尋ねてみる。
「ねえ、おさ。れいむがたおれちゃったばしょに、あながあったよ」
「あな?」
「そうだよ。くさむらのなかに、ぽっかり、ゆっくりのすみたいなあながあいてたんだよ」
人間の言葉でいえば、トンネルということだろう。その単語は群れに伝わっていない。
確かに、弄ばれいむが行き着いた先には、妖精でも行き来してそうな草のトンネルがぽっかりと開いていた。
「ああ、あれは、へびさんがゆっくりしてるあなよ」
「ゆゆ!」
「あそこにはいれば、たべられちゃうかも」
「ゆぅ。……へびさんと、きんぐでいぶは、どっちがつよい?」
「おおきさにもよるけど、たぶん、でいぶでしょうね」
れいむは、口をへの字口に結ぶ。敵わないものが多すぎる。そんなことを考えていた。
群れに戻り、長に挨拶をし、自分の巣に帰り、葉の布団に横たわる。
分解できない感情が込み上げて、いつまでもれいむは眠れなかった。
朝日が感じられる。遂に一睡もできなかった。
巣を出ると、まだ誰の姿もなかった。ゆっくりは基本、寝坊助だ。
れいむは思い詰めている。地面に当り散らすかのように跳ね歩き、いつしか群れの外れまで来ていた。
蛇の穴が見えた。長の言葉を思い出す。でいぶは、へびさんより、つよい。
れいむは足元に落ちていた小枝をくわえ、トンネルに入った。蛇に出会うなら出会えという捨て鉢な思い。もしそれでずっとゆっくりする程度なら、仇討ちなんてできない。
道は緩やかな坂だった。狭いので、まるで匍匐前進するかのように這って進む。なにものかに遭遇したならば、逃げ場はないだろう。
枝と目線を、たえず前へ。聴覚は周囲全てに研ぎ澄ませていた。まりさやみょんならともかく、れいむ種とは思えない臨戦態勢だった。
一本道は時折大きく曲がり、しばらくすると行く手の方角さえ分からなくなっていた。
どれくらい這いずり回っていたのだろう。唐突に前が開けて、広場のような場所に出た。
風。嵐のような、強く冷たいそれが頬を叩いた。2・3歩歩くと、見たこともない景色がれいむを捕らえた。
「ここは、おそら?」
眼下に、一切があった。見上げるばかりだった樹木さえ、まるで目の前にあるように見える。草花の絨毯がどこまでも続いていて、その中にゆっくりの群れらしいものもあった。
流石にゆっくりの顔形までは分からない。ただ塵芥のようなものが、微かに動いているのが認められるだけだ。
そして、ようやく気付く。群れを正面から見下ろせる場所、それは。
「きんぐでいぶの、おか……」
景色に見惚れていた顔が、またも引き締まる。枝にはもう、歯形が感じられた。
れいむは暗い感謝を捧げた。まさか丘を登ってくるゆっくりがいるとは思うまい。つまりこれは、絶好のチャンスなのだ。
「あんさつっだよ」
呟いた。物騒な独り言。いったいどこで覚えたのだろう。しかし、それはでいぶに対する怨念を的確に表す一言。
ゆっくりなりに、静かに進んだ。そろーりそろーりなんて喋ったりしない。殺気を隠す方法までは、流石に知らなかった。
洞窟のようなものが見えてくる。長の住処よりも、何倍も大きい巣穴だ。群れのゆっくり全て収容しても余裕がありそうだった。
瞳を右に。坂が見えた。そこからでいぶは転がり落ちるのだろうが、その姿は見えない。
両目を左に。テーブルのようなものがあり、得体の知れないものが陳列されている。そこにもでいぶはいなかった。
まだ寝ているのだろうかと、れいむは推し量る。洞窟の奥へ、一歩二歩とにじり寄った。
洞窟の中は、意外なほど明るかった。ゆっくりには知るよしもないことだが、岩に自生するコケの細胞が、僅かな光を反射させているためだ。ヒカリゴケほど上等なものではないが、内部は薄暗い程度の視界が保たれている。
れいむは見渡してみたが、またしてもでいぶの姿はなかった。洞窟の突き当たりには奇妙な穴がいくつも開いていて、なにかがびっしりと差し込まれている。
暗殺者は、仕方なく外へ向かった。陽の光がしだいに瞳を支配し、完全に外気に身を晒すと、一瞬何も見えなくなった。
突き飛ばされた。いつかのように激しく転がり、起き上がると口の得物もなくなっていた。
目の前に、巨体。圧倒される程の肌色の山。裂けるような唇。感情の無い目元。多分元々れいむ種だったんだろうと思われる髪の毛。お飾りは古ぼけていた。
紛れも無いきんぐでいぶ。殺される、まずはそう思った。せめて一撃を、次にそう決意して、体当たりした。
「ゆゆゆーっ!」
簡単に跳ね返されて、またもピンゆっくりを演じた。2個の石と1本の木を経て、ようやく立ち上がるが意識が覚束ない。
でいぶが接近した。恐怖を誤魔化すために、れいむは眼差しで、刺す。
母の仇。その口がぱっくりと開いた。唾液が糸を引き、上下に伸びる。
ああ、こうやっておかーさんもたべられたんだね。ようやくれいむは観念し、目を閉じた。
「なにやってるの? さぼってるひまはないよ!」
捕食される代わりにもたらされたのは、そんな言葉だった。
れいむが閉じた視界を開くと、攻撃ではなく口撃が襲ってくる。
「おきたばかりなのに、またねむろーとするなんて、とんだゆっくりだね!
かわいいかわいいでいぶのおちびちゃんのために、きりきりはたらいてね!」
きんぐでいぶはれいむの後ろ髪をくわえると、そのまま暗殺者をどこかへ運び始めた。
拉致された饅頭に事態は飲み込めない。ただひとつ分かったのは、自分の下半身が濡れていること。気付かずに、おそろしーしーを垂れていたのであった。
「ここだよっ!」
実に乱暴に口から放たれるれいむ。尻餅をつきつつ辺りを見渡すと、ここに来た時に見た、謎のテーブル席であった。
普通、テーブルには椅子などがあってそこに座るものなのだろうが、無作法にも2匹のゆっくりはテーブルの上に立っている。
机は朽木でも再利用したのか、四方が自由に尖っていた。きんぐとれいむの間が凹んでいて、その中には粘土のようなものが入っている。
どこから取り出したのか、きんぐは2本の棒を口でつかんでいて、そのうちひとつをれいむの方へ放り投げた。
「さあ、すーぱーすーりこーぎたいむのじかんだよ!」
きんぐは、頬の中から木の実や草葉を粘土っぽいものの上に吐き出し、それらを口の棒で掻き混ぜ始めた。
何をやってるのか見当も付かず、れいむがぼんやりと見ていると、きんぐの棒が脳天目掛けて降ってきた。
「ゆべっ!」
「めじゃなくて、くちをうごかしてね。でいぶと、おんなじようにやらないと、ひどいよ!」
ここで突き刺してやろうとも思ったが、棒の先端は丸くなっていて武器にはなりそうもない。
しぶしぶ、れいむも見よう見まねで混ぜ始める。
「なぁに、これ」
「たまには、こうやって、きのみさんをつぶしてね。ぐーりぐーりするよ! ゆっくりしないでね!」
眼中にはないようだが、指示は絶え間なく出される。
生来の生真面目さが祟って、ついつい暗殺志望者も作業に没頭してしまった。
それから半刻近く、でいぶとれいむの奇妙な捏ね回しは続いた。
「きゅうけいっだよ!」
「ゆふぇ、おくちがごーわごーわする」
「きゅうけいっおわりっ!」
「ゆゆゆーっ!?」
「ほらほらほらほら、ぺったんぺったんしてね! ぐずはきらいだよ!」
棒の先で草粘土を掬い、その塊をぺったんと机の端に叩き付けるきんぐ。指図しながらも率先して行うところは、見上げたでいぶであった。
厚めの煎餅のようにも見える何かが、次々に机の先端を埋めていく。れいむも乗りかかった船とばかりに、きんぐと一緒に草粘土を掬い上げては、並べていた。
気付けば、凹みの中にあったものはすっかりなくなり、机の上は草粘土の煎餅で埋め尽くされていた。
「ゆーっ、いいあせかいたよ。やっぱり、はたらくってゆっくりしてるね!」
労働の後の一息を満喫するれいむ。始めは苛むように感じられた強風も、今は心地良い。
ゆーっ、ゆーっと鼻歌など歌い始め、ゆーらゆーら穏かに揺れていると、気付く。
「こんなことしてるばあいじゃないでしょぉぉおお!」
ようやく自分の使命を思い出した生饅頭であったが、それからどんなに探しても、何故かでいぶは見付からなかった。
疲労は深く、自分が情けない。最早楕円の形を保てないほどゆっくりできなくなったれいむは、もみあげを落として帰路に付いた。
蛇の穴を転がりながら戻り、ずーりずーりと家にたどり付き、お布団に潜り込んだ。
昨日とは違い、すぐさま睡魔がやってくる。意識が落ちる前に、ふと、最後まで蛇に出会わなかったことを思い出したりした。
長ありすが、心配してやって来た。翌朝のことである。
「きのうは、どうしたの?」
「ちょっと、あたまがいたかったんだよ」
「あれだけ、ころがったものね…」
どうやら、おとといの引っ張り損ない事件のせいで、昨日は動けなかったと思われているようだった。
実際は無謀にも蛇の穴に入り、偶然きんぐでいぶの元にたどり着いたものの、何故か散々こき使われた挙句、勝手にいなくなられて、落胆しつつ爆睡した1日だったのだ。
こうやって振り返ってみると、れいむは自分の馬鹿さ加減に呆れ果ててしまう。穴でも掘って埋まりたいくらいだ。長に打ち明けることなど、できるはずもない。
「でもね、おうちにじっとしてちゃだめよ。もしきんぐでいぶがきたら、ずっとゆっくりさせられちゃうわ」
「ゆ、ゆぅ。ごめんなさい」
「そればっかりね、れいむは。きょうは、しっぷさんをもってきたの」
ありすがブロンドヘアーを振ると、中から何枚かの葉っぱが舞い落ちる。1枚1枚を舌で拾うと、長はれいむの頬やあんよ周りに貼り付けていった。
「まえのおさじきでんのしっぷさんよ。すぐによくなるわ」
「なんだか、くすぐったいよ」
「いいから、じっとしてなさい」
しっぷさんとやらが何でできているか、れいむは知らない。紅い饅頭には、知らないことが多過ぎた。
しかしそれでも、現状を正しく把握することはできる。今は、長の好意を黙って受け入れることだ。
「はい、おしまい」
葉っぱに包まれた、見事な桜餅れいむがそこにはあった。
「ゆっくりありがとう、おさ」
「しばらく、ひみつへーきは、ありすだけでつくることにするわ」
「ゆがん! おさ、れいむも」
「あなたは、むりをしすぎるわ。しばらく、ゆっくりしてなさい」
それも、受け入れるしかなかった。れいむが頭を下げると、長は笑みでそれに応えた。
「でも、おちびちゃんをおうたでゆっくりさせるのは、おねがいね。おうたは、れいむがいちばんっだから」
「ゆっくり、りかいしたよ」
外が騒がしくなった。どうやら、きんぐでいぶのだるま落としが始まったらしい。
「さあ、行きましょう」
長と共に巣から這い出る。だるまが地を圧する音が、そこまで近づいていた。
れいむは、赤ゆ子ゆと一緒にでいぶから遠く離れたところに向かった。
「ゆわー。おねーしゃん、おしゃれだよー」
「れいむおねーちゃんは、ふぁっしょんりーだーだね!」
葉をまとったれいむを見て、子供達が無邪気な感想を述べ立てる。
この分なら、きんぐとうっかり出会ってしまっても、あの時のれいむだとは分からないだろう。保護者は苦く笑った。
偵察、という大義名分を思い付く。だかられいむは、再び蛇の穴を通り抜けることにした。
長の作業場が近いので、見付からないようにこっそりと。トンネルに入ってしまえば、こっちのものだった。
何故きんぐの元にあんよを向ける気になっているのか。実際、自分でも理解できてはいない。ただれいむは、衝動に突き動かされている。ある意味、ゆっくりらしい行動であった。
穴を過ぎ、洞窟の側に到ると、きんぐでいぶはテーブルの上に鎮座していた。
近付くと、一瞥された。そして、まるでそこに初めからいたかのように、口を開く。
「それじゃ、つづきだよ!
ぺったんぺったんしたものが、かーちかーちになったから、このぺーらぺーらしたはっぱさんに、くーるくーるつつんでね!」
ゆっくり語は幼児語が多くうっとおしい限りだが、要は乾燥した草煎餅を葉っぱで包装しろということである。
以前練って並べた煎餅風の何かは吹く風に晒され、確かに水分が飛びきって日持ちしそうな状態になっていた。
きんぐの側にうず高く積まれた葉っぱ。それを略奪時とは大違いの繊細さでくわえ込んでは、舌で丸めて包み上げる。
「はっぱのさきっちょを、ちょっとだけぺーろぺーろしてね。ちょっとだけだよ!」
微かに反抗したくなった。どうせ甘いから味を覚えさせたくないのだろう。れいむは葉をべろっと大きく舐め上げ、ついでに噛んでみせた。
「え゛ん゛っ!!!」
「なにやってるの。ばかなの? しぬよ?」
葉は辛さと渋さが絶妙のハーモニーを奏でる、地獄の味だ。馬鹿饅頭が悶絶しつつ、今日もよく転がる。
でいぶはゆふぅと溜め息を付くと、御丁寧にも講釈を垂れてくれた。
「これは、うらのもりにはえている、むしよけのはっぱさんだよ。これにくーるくーるすると、なんでもながもちっするんだよ。
たべたらむしさんもゆっくりも、ゆっくりできなくなるよ!」
「ゆっひゅり、りひゃいしちゃよ……」
だったら初めから言って欲しいとも思ったが、刺激で滑舌がおかしくなった饅頭に意思を伝える余裕はない。
身を持って色々なことを知ったれいむは、大人しく作業に入った。
ゆっくりできない木の葉の上に草煎餅を乗せて、葉を丸める。緑の包みが重なり合う部分をちょっと舐めると、面白いように接着した。
黙々と大小のれいむ種が、包みを増やしていく。野生種どころか飼いゆっくりでもお目にかかれない、シュールな勤労風景だ。
かくして梱包が一通り終わると、きんぐが一際顎を反らして、言い放った。
「それじゃ、さいごだよ。ここにあるものを、ぜーんぶおうちにはこんでね! おうちのおくの、あなぼこさんにだよ!」
「きんぐといっしょなら、すぐにおわるね」
「なにいってるの。ばかなの? まじきちなの? れいむだけでやってね!」
「ゆゆゆ?」
「なにが、ゆゆゆなの。でいぶには、だいじなおしごとがあるからね!」
言うだけ言うと、でいぶは洞窟を挟んで反対の方へと姿を消した。
これもていさつっだよ! と自分を慰めつつ、れいむは頭に包みを載せて洞窟へと入る。
一番奥の壁に無数の穴。3以上は数えられないゆっくりだが、そこにある穿孔の数は人間であっても膨大に感じるだろう。いちいち数え上げたとすれば、150はある。
穴と穴の間には、これまたたくさんの段差がある。縦横微塵に穿たれた小穴へと、ゆっくりでも跳ねて行き来できる工夫であった。
随分と手の込んだ仕掛けの中を、れいむが渡る。穴ぼこのほとんどには、既に自分の頭の上にあるものと同じものが詰められていて、まず空きを探す苦労から始めなければならなかった。
半分ほど終えたところで、力饅頭はたまらず机の側に横たわった。視界には、まだまだ残る大荷物。
「れいむ、なにやってんだろう」
そんな愚痴も思わずこぼれる。さらに追い討ちを掛けるように、胃袋もないのにれいむの腹が鳴った。
包みの中身が、木の実や草でできていることに思い至る。ゆっくりとは、イコール食欲のような存在だ。無意識に包みのひとつが解かれ、ごく自然に草煎餅がれいむの口に入った。
ゆげぇじゃないけど、おいしくない。初めこそそう感じられた。しかし、噛めやしない硬さなので口の中で転がしていると、奥深い味わいがしっとりと広がっていく。
舌を肥えさせるほど甘くもなく、なすび型になるほど量が多いわけでもないのに、異様な満足感があった。しかも、いつまでたってもなくならない。
「ゆっくりしてるよ…」
何故か、母を思い出した。懐かしさを覚える味。ゆっくりにもそんな高尚な感慨があるのだろうか。
削り取るような力強い物音が、れいむを現実に引き戻した。きんぐでいぶが向かった方角から聞こえてくる。口をもぐもぐさせながら、サボリ饅頭は音の主を探した。
洞窟の入口は凸状になっており、テーブルがある場所の真反対にも空き地がある。そのまだ見ぬ一角に、きんぐでいぶはいた。
肌色のだるまは土を噛み締めていた。一帯はまたぞろ穴が開いていたが、今度は広く浅い竪穴である。だから目撃饅頭は、てっきり土木工事の真っ最中だと考えた。
それはすぐさま否定される。きんぐでいぶは土に噛みついた後、さらによく咀嚼し、喉を鳴らして飲み込んでいた。
「ゆふ? でいぶは、すーぱーむーしゃむーしゃたいむなんだよ。じゃましないでね」
でいぶの発言が決定打であった。れいむは驚きの余り、口内の草煎餅を飲み込んでしまう。
「ゆげぷっ! けほ、けほ。……なんで、つちさんなんかたべてるの?」
「でいぶは、すなをかんでいきるんだよ!
そしてつちさんは、おとなのあじだよ! おちびちゃんのれいむには、ゆーねんはやいね!」
「ゆーねんって、なんなの?」
「おちびちゃんべろさんのれいむは、ひょーろーさんを、いっこだけたべていいよ!」
「ひょーろーさん?」
「れいむがはこんでいた、はっぱのなかみさんだよ」
もうたべちゃったよ、とは言えず。れいむは恥ずかしくなって、もじもじしながらその場を立ち去った。
景気の良い掘削音と、若干バツが悪そうな若饅頭の作業が再開される。
鈍い仕事も、続ければいつしか終わる。れいむもまた、ようやく最後の1つを穴に差し込むと、よたよたと太陽の下に出向いた。
出口の先に、きんぐでいぶの後姿。流石に食事は終わったらしい。しかし、土を食らうとはどういうことだろう。
坂の上に肌だるまはいて、じっと群れを眺めている。
「きんぐ!」
思わず呼びかけた。もし、侵略の計画でも立てているのら、邪魔してやろうという算段である。
しかし、きんぐでいぶは振り向かない。
「きんぐ!!」
ビクともしなかった。
「でいぶ!!!」
ようやく、それが身をひねってこちらを向く。
「なに、れいむ?」
「ゆ、ゆーと、ゆーとね」
話しかけて思考を乱すことまでは考えていたが、いざ何を語りかけるのかはまでは思いついていなかった。
だから苦し紛れに、ふとした疑問をぶつけてみる。
「あんなにひょーろーさんをためて、どーするの? たべるの?」
「でいぶはでいぶだから、すなやつちしかたべないよ。ひょーろーさんは、おちびちゃんのためだよ」
「おちびちゃん? そういえば、どこにいるの?」
「そのおめめは、かざりなの? ぽっかりしてるの? おちびちゃんなら、ほら、めのまえにいるでしょ」
でいぶの視線が、再び群れへと向いた。
表情がいつものそれとは違うことに、れいむは気付く。
「あのむれにいるのが、でいぶのおちびちゃんなんだよ」
「ゆ?」
「むれのおちびちゃんが、ふゆさんになってもゆっくりできるよーに、ひょーろーさんをためてるんだよ」
「ゆゆゆゆゆ?」
「ゆーゆー、うるさいね」
「でもでいぶは、あのむれから、ごはんさんをりゃくだつっしているでしょ?」
「ちょっと、かりてるだけだよ。
どうせぜんぶ、ひょーろーにかこーするんだから、いいよね! はたらきものでごめんね!」
もう一度、れいむはきんぐでいぶの顔を覗き込んだ。相変わらずおっかないが、どこか優しい目。
嘘を付いているようには、どうしても思えない。
「こんなこと、れいむにいっても、しかたないね」
「ゆゆん。れいむも、あのむれのゆっくりなんだよ」
「れいむが、おちびちゃん? そんなわけないでしょ。むれにいるから、おちびちゃんなんだよ」
ゆふゆふと、でいぶが笑い出す。
「ねえ、でいぶ。もうひとつ、きいていい?」
「しかたない、みみどしまだね」
「れいむのおかーさんのこと、しってる?」
「しらないよ。ここでれいむにあったのは、れいむがはじめてだよ」
「れいむを、たべたことある?」
「おぼえてないよ」
にべもない返事だった。普段なら逆上するところだが、いかんせんれいむは混乱している。
「ゆっくり、かえります」
「またひょーろーさんをつくるときは、ゆっくりしないでくるんだよ!」
それから、どうやって帰ったのかよく覚えていない。気付けば布団にも入らずに、巣の床に転がって呆然としていた。
きんぐでいぶは、略奪者だ。しかし、餌を掠めるのは群れの冬ごもりのためだという。
きんぐでいぶは、母の仇のはずだ。しかし、れいむに会ったのは自分が初めてだという。或いは、ただ覚えていないだけなのか。
運動餡の疲れが眠気となってれいむを包む。長ありすに、もう一度詳しく聞いてみよう。夢の間際で、それだけは決めることができた。
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ! ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
素っ頓狂な掛け声でれいむは目を覚ます。眠い目を瞬かせながら、外の様子をうかがった。
まりさやみょんを中心にした群れの力自慢が、仲良く一列になっていた。ゆっくり隊の先頭には大きな石がある。
石をまりさが押し込んで、まりさをみょんが押し込んで、みょんがまりさを押し込んで、そんな風に皆の力を合わせて石を押し続けているのであった。
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
「まだまだいしさん、うごかない!」
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
「それでもいしさん、うごかない!」
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
「でかまら、ちーんぽ、おおふぐり!」
群れの外の草原に目を向けると、こちらはちぇんやだぜまりさ連中がすぃーに乗って走り回っていた。
「だぜっ! のぜっ! ぜーっ!!」
「ちぇんのまえは、はしらせないよー!」
「そうじゃないでしょ、ちゃんといきを、あわせなさい!」
すぃー部隊に、長ありすが指示を出していた。長自身はすぃーには乗っておらず、めーりんと共にすぃー競争を観戦している格好だ。
れいむが近付くと、長は気付き、いつものように微笑みで出迎える。
「ゆっくりおはよう、れいむ」
「ゆっくりおはよう、おさ。きょうはみんな、どうしたの」
「ああ、れいむにはつたえてなかったわね。いよいよあした、でいぶとーばつっをすることになったの」
「ゆ!」
「ついに、ひみつへーきがかんせいっしたのよ。 きょうは、とーばつっのための、すーぱーくんれんたいむよ」
「ゆゆぅ、そんなこと」
「れいむにはまっさきに、おしえたかったんだけどね。あなた、きのうはどこにいってたの?」
まさか討伐対象の元で家事手伝いしてました、なんて言えるわけもなく。れいむはただうつむくだけだった。
「おさ、ゆっくりしつもんさせて?」
「ええ、いいわよ。めーりん、わるいんだけど」
「じゃーおー」
長の隣りにいためーりんが、じゃおじゃお言いながらすぃー部隊の元へ駆け去った。自らもすぃーのひとつに飛び乗って、操っている。
屋外ではあるが、長とれいむは2匹きりとなり、紅饅頭は緊張で唾を飲み込んだ。そして、意を決する。
「れいむのおかーさん、ほんとうにしんじゃったの?」
「そう、そんなことかんがえていたの」
「だって、おかざりだけしかのこっていなかったんでしょ? きんぐでいぶにたべられたっていってるけど、だれかみたの?」
「じっさいに、たべているところを、みたものはいないわ」
「だったら」
「でも、そのあとをみたゆっくりなら、いるわ」
鳥が鳴き、そよ風が2匹の髪を揺らした。柔らかいが、どこか冷たさを感じさせる風。
ほんの少し間を置いて、再び長の昔語りが続いた。
「それは、だれなの?」
「れいむがまえにたすけた、あのだめまりさ。まりさが、かりにいったかえりだったそうよ。
れいむのおかーさんのおかざりのまえで、でいぶがおくちをあんこだらけにして、わらっていたのをみていたの。
まりさは、よほどしょっくだったんでしょうね。あれいらいすっかり、おびえるようになってしまったわ」
「ゆぅ……」
「ごめんなさい。つらくなるだろうとおもって、ちゃんとはなしてなかった」
「ゆーゆーん、おさ、ありがとう。ちょっと、おさんぽするね」
静かな表情を顔に貼り付け、れいむはぴょんぴょんと跳ねる。長達のいる草原、ゆっくりが押し合う群れの中、作業場、駆け続けた。
長とれいむが仲良く過ごしていた作業場には、名状しがたいものが置かれていて、彷徨えるゆっくりは思わず身震いした。
たくさんの木の十字架が、一本の棒で繋がっていて自立していた。まるで大きな毛虫のようなそれは、鋭い先端をこちらに突きつけている。これが、秘密兵器なのだろうか。
れいむが、蛇の穴を潜り抜ける。もう一度だけ、もう一度だけでいぶと話をしよう。それで見えてくるものはあるはずだと、ゆっくりは信じていた。
初めて出会った日。意味も知らず、共に草粘土を練ったあのテーブル。そこに、きんぐでいぶはいた。
「ゆふっ。やっときたね! きょうも、すーぱーすーりこーぎたいむはじまるよ!」
一瞥もくれずに、きんぐはれいむに命令する。
「ねぇ、でいぶ。まだひょーろーさんを、つくるの?」
「そーだよ。おちびちゃんが、ゆっくりふゆごもりするためにね」
「じゅうぶん、どーくつさんのなかにはいってるよ。ゆっくりしてると、ふゆさんがきちゃうよ」
「ゆふっ、ゆふふふふふ」
その時までれいむは、笑い声というものは無条件でゆっくりできるものと思い込んでいた。
しかし、でいぶのそれはまるで逆だ。背皮が凍り付くような気味の悪さしか覚えない。
「れいむ、いいことをおしえてあげるよ。でいぶが、ひょーろーさんをつくってるかぎり、ふゆはこないんだよ」
テーブルから、きんぐが降り立つ。
「そそそ、そんなわけないよ」
「でいぶがあきっていったら、あきなんだよ。ゆっくりりかいしてね」
にじり寄る様が、まるで蛇のように思えた。距離を詰めるごとに、肌だるまの表情が詳しく分かる。
「もう、むれにはあんまり、えささんがないんだよ。ふゆさんがちかいから、かりをしても、ゆっくりできないんだよ」
「かんけいないよ。でいぶは、むれのおちびちゃんのためにやってるんだよ」
「そのおちびちゃんが、おなかすかせちゃうのよ」
「しらないよ、そんなこと」
れいむを見下ろす目が痙攣している。心持ち白目が多くなったようにさえ思えた。
きんぐでいぶ。昨日よりも、その前よりも、ずっとゆっくりしてない顔。
「また、むれにくるつもりなの? こんどは、ただじゃすまないんだよ」
「いいかげん、うるさいよ! だまってでいぶのいうことだけ、きいてればいいんだよ! じゃまするやつは、つぶすよ!」
「つぶす? れいむを、つぶすの!?」
今度は、れいむの眼差しが吊り上がった。まるで捕食種同士の睨み合い。そこにいるのは、れいむ種だけのはずなのに。
「でいぶは、かわいいかわいいおちびちゃんのためにやってるんだよ。しんぐるまざーなんだよ。
おちびちゃんをゆっくりさせないげすは、ゆっくりしねばいいんだよ」
「そうやって、いままでも、ゆっくりをころしてきたの? やっぱり、おかーさんをころしたのも、でいぶなの?」
「しらないよ、れいむのおかーさんなんて」
「ころして、おかざりをすてて、たべた、でいぶが!」
「れいむなんて、たべたことないよ。でも、れいむ、おいしそうだね……」
生臭い息が相手にかかるほど、きんぐでいぶは大口を開けた。欠けて所々鋭利になった歯。野太い舌。止めどなく湧き上がる唾液。
完全に、モンスターだった。れいむは咄嗟に転がると、テーブルの上にあるすりこぎ棒を口にした。何もないよりマシだろう。
若い饅頭は、でいぶの喉の奥を凝視する。何もないような暗黒。餡子というより、その心を表しているような色。棒をぶち込むなら、そこだろう。
大小のれいむ種が身構える。小さい方が前傾姿勢を取り、大きいほうが体を伸ばして口腔を広げる。お互いのあんよに力が入り、今にも致命の一歩を踏み出そうとしていた。
「そこまでよ!」
聞き覚えのある声が割って入った。れいむが視線だけをずらすと、そこには長ありすの姿があった。
でいぶもまた口をすぼめて、カスタード饅の方へ向き直る。
「ありすは、ありすよ」
「ありすは、ありすだね」
「そうよ、ありすはありす。そこのれいむ、つれていっていいかしら」
「かってにすればいいよ」
れいむがくわえていた棒を落とす。突然、ありすにもみあげを噛まれたからだ。そのまま長は群れのゆっくりを引きずっていく。
未だ紅饅頭の視線は、でいぶを追っていた。敵は既に背中を見せて、夕暮れの群れなどを眺めている。
「おさ、はなしてね! いまが、ちゃんすなんだよ!」
「いっぴきでは、かえりうちにあうだけよ」
「もうすこしだったのに、どうして、ここにいるの?」
「ありすもむかし、れいむとおなじことをかんがえたからよ」
蛇の穴まで来ると、ありすはれいむを先に押入れた。でいぶへの道を完全に塞がれて、仇持ちは諦める他ないことをようやく悟った。
「このみちは、むかし、ありすがつくったのよ。でいぶを、あんさつっするためにね。
でも、いっぴきではなにもできなかったわ」
「れいむなら……」
「よくても、あいうちよ。おさとして、そんなことさせられないわ。
だからこのあなは、へびさんのってうそまでついたのに。ほんとうに、むちゃばかりするこね」
「ゆぅ」
「あしたをまちなさい。みんなで、れいむのかたきをうつのよ」
「おさ、やっぱり、でいぶがおかーさんをころしたんだよ。やっと、りかいできたよ」
「そう」
穴の中で、れいむは立ち止まった。うつむきながら、口を開く。
「でもね、おさ。でいぶは、やさしいところもあったんだよ。えさをとるのは、むれのおちびちゃんのためだって。
でいぶは、すなをかんでいきてるって。あんなにおいしいひょーろーさんを、たべないで」
「でいぶと、はなしたのね。よくききなさい、れいむ。でいぶとは、おはなしなんてできないの」
「ゆゆ? でも、れいむとでいぶは」
「おはなししているように、きこえただけ。ゆっくりのことばを、まねしているだけなのよ」
れいむは首を傾げる。
一瞬、頭上で鳥の鳴き声が響き渡った。まだトンネルを抜けきれていない2匹は、草の天井に目を向ける。
「ありすのいったことばを、でいぶはそのままくりかえしたわ。
まえのおさが、いってたの。とりさんには、おうむさんっていうのがいるって。
おうむさんは、にんげんさんのしゃべったことばを、そっくりまねするそうよ」
「それと、いっしょなの?」
「でなければ、いきなりれいむをたべようとしたり、しないわ。
れいむは、ゆっくりおはなししていたおともだちを、たべる?」
「そんなわけ、ないよ。おさ、ゆっくりできないけど、れいむは」
「なにも、いわなくていいわ。にひきでしずかに、かえりましょう」
あの時見せた、穏かなでいぶの顔、声。そんなものは、餡子の奥にしまい込むことにした。
れいむは、間近で垣間見たきんぐでいぶの魔性だけを信じ、明日を待つ。
あっという間に薄暗くなった空が、やけに赤黒く染まっていた。
快晴。空は残酷なまでに清々しく澄みきっている。
群れのゆっくりが集められ、長ありすの声に聴覚を寄せていた。
「みんな、よくあつまってくれたわね。きょうが、なんのひかわかる?」
「とーばつっのひ、なのぜ!」
「あのきんぐでいぶを、ずっとゆっくりさせるんだよー!」
血気さかんな成ゆっくりが、長の問いかけに真っ先に応えた。
それを合図に、群れ中の饅頭達がシュプレヒコールに近い何かを叫び出す。
「とーばつっ!」
「とーばつっ!」
「とーびゃつっ!」
「ありがとう、みんな。きょうだけは、おちびちゃんもぱちゅりーも、さくせんにゆっくりきょうりょくしてね」
「まかしぇてね! まりしゃは、むれいちばんのゆーしゃだよ!」
「ごはんさんのうらみ、むきゃっとかえしてやるわ」
決戦にも関わらず、戦力にならなそうな子供や虚弱まで輪に入っていた。
長がめーりんに目配せすると、辛饅頭が素早くどこかへと走っていく。
「みんなが、なかよくたたかってくれないと、きんぐでいぶをとーばつっできないわ。
きのういったとおり、それぞれのりーだーさんのゆーことを、ゆっくりしないでまもってね!」
普段なら私語を隠さなかったり昼寝をかましたりするゆっくりがいそうなものだが、場にいるもの達にそんなゆとりは見られない。
皆、一様に目をギラ付かせて、指導者の言葉を受け入れている。その中で一際険しい顔をしているのは、無論、あの仇持ちれいむであった。
何か引きずるような音が響き、集団が思わず振り返る。
めーりんを中心にしたすぃー部隊が、巨大な木片を牽引している。すぃーの後方とツタで繋がれたそれは、ありすとれいむが作っていた秘密兵器であった。
「ゆえーん、きょわいぃぃいい」
「なんなの、これぇぇぇ」
巨大毛虫を思わせるそれに、子ゆや臆病まりさなどが脅えを示す。
その胴体は幹のように太い枝。足のように見えるのは小さな枝をクロス状に結わえたものだ。その先端はことごとく尖っていて、近付いただけでどうにかなりそうな迫力を秘めていた。
「まえのおさじきでんの、ひみつへーき。そのなも、あんぜんだいいちよ!」
「あんぜん、だいいち?」
「きんぐでいぶが、だるまおとしをしてきたら、これをきんぐのまえにおいておくのよ。
そうすると、あんぜんだいいちのまんなかに、だるまさんがげきとつっして、ぐっさぐっさにしてくれるのよ!」
前の長というのは、半端な伝承をしていたらしい。工事現場の『安全第一』と書かれたバリケードを模したつもりなのだろうが、もちろんこんな鋭利なものが道端に置かれるはずもない。
むしろ、中国の戦記物などに出てくる騎馬止め・馬抗柵に近い形をしていた。確かに突進に対しては効果的だ。
「めーりん・すぃーぶたいは、あんぜんだいいちをはこんでね! ほかはいちれつになって、だいいどうよ!」
「じゃあおおおおん!!!」
「ゆっくりりかいしたよ!!!」
「のぜ!!!」
「だよー!!!」
「むきゅ!!!」
「ちぃぃぃぃんっっ」
「きんぐでいぶだぁぁあああ!!!」
まとまりのない鬨の声が止んだ。土煙を上げて、丘の上からきんぐでいぶが転がってくる。今回ばかりは、だるま落としに算を乱すものはいない。
群れの全てのゆっくりが、秩序を守りながら移動する。れいむも流れに沿って動いていたが、長に呼び止められた。
「れいむは、ありすといっしょにきなさい」
「ゆ?」
「いい? ぜったいに、かってなこうどうはしないこと!」
長は、すぃーに自分とれいむを乗せると、めーりん達と一緒に駆け出した。他のすぃーは安全第一を引っ張っているので、長すぃーだけが軽い。
群れから少し離れると、途端に丘とでいぶが大きく見える。遮るもののない草原まで出ると、長はすぃー部隊を止めさせた。
「おさ、あぶないのぜ! あんぜんだいいちは、まりさたちがおくから、もっとうしろでゆっくりしてるのぜ!」
「ありすが、あいずをだすわ。ちゃんすさんは、いっかいきりなのよ。ゆっくりかつしっかりと、ありすはでいぶをみるわ」
「わからないよー、おさ!」
「じゃあああっ!」
「わかったよー……」
めーりんの喝で、ちぇんが萎んだ。長ありすは丘を凝視している。だるま落としは、麓近くにまで達していた。
「まだ、まだよ」
でいぶが、完全に坂を下りる。
「ゆっくり、もうちょっと」
勢いが止むこともなく肌だるまは平地を蹂躙し、真っ直ぐに長達の方へ突っ込む気配だった。
距離が詰まり、ほんの少しだけ速度が落ちた。
「いまよ!」
すぃーが動いた。土をえぐりながら、安全第一が運ばれていく。
「そこ!」
めーりん達は機敏に止まり、すぃーの後ろにあるツタを歯で噛み切った。
「てっしゅうっ!!!」
牽引物の縛りがなくなったすぃー部隊が、草を蹴散らしながら兵器から離れていく。安全第一を囲むように部隊は散開し、長すぃーはめーりんの元へ走った。
きんぐでいぶの真正面には、杭の塊が待ち構えている。だるまの軌道は変えられないだろう。れいむは長の側で息を呑んだ。
秘密兵器が弾け飛ぶ。激突の衝撃で木片が舞い上がり、降り注ぐ。だぜまりさ目掛けて大きめの枝が落ちてきたので、叫びながらもすぃーを駆って回避していた。
だるまは無数の傷を追い、さらに尻尾が生えていた。1本の杭がきんぐでいぶの尻を貫き、腹まで突き抜けたのだ。
それでも、きんぐでいぶは立ち上がった。荒い息を吐き、目も虚ろになってなお、軽蔑するような笑みを浮かべている。
「れいむとめーりんだけ、のこりなさい。あとは、みんなをてつだって」
「おさは?」
「でいぶのさいごをみとどけてから、いくわ」
「わから」
「じゃあああっ」
すぃー部隊が駆け去っていく。怒られちぇんだけ泣きべそをかきながら。
この場にいるのは、長とめーりん、れいむ、そしてきんぐでいぶだけである。
「でいぶ、そろそろゆっくりしたら?」
「なにか、いってるの? きこえないよ」
「おさ、ここはれいむにまかせてね!」
れいむが前へ飛び出す。長は止めるような表情をしたが、すぐにめーりんへ視線を送った。
「とめても、むだでしょうね。あぶなくなったら、めーりん」
「じゃおっ」
めーりんの帽子が縦に揺れた。
死ぬほど甘い匂いが草原に広がる。でいぶの中身が流出し始めたのだ。
丘の上のゆっくりは、土や砂を食って生きていた。完全に餡子へと変換しきれていなかったのだろう。黒い生命が、さらさらと流れ落ちていた。
「でいぶ、おかーさんのかたき、とらせてもらうよ!」
「ゆふふぅ。きのうのぉ、おいしそうなぁれいむだねぇ」
「きをつけなさい。もうかんぜんに、きがふれているわ!」
「ゆっくりしてないことは、わかるよ、おさ」
ミチミチと悲鳴を上げながら、きんぐでいぶの唇が裂けていく。それほどまでに口を開くと、まるで喉の奥でれいむを見ているようだった。
獣のようなでいぶの咆哮が草原を揺らした。今にも襲い掛かってきそうな気迫だが、肌だるまのあんよは、ピクリとも動かない。
だるまの歯だけが盛んに打ち鳴らされる。跳躍も移動も叶わなくなってなお、歯牙によって戦いを挑んでいる。最早ゆっくりというより、顔だけの獣であった。
「でいぶのおぢびぢゃん。おぢびぢゃんを、ゆっぐりざぜるんだあああ!!」
「おちびちゃんって、れいむたちのことでしょ」
「おぢびぢゃんは、むれにいるんだよ。むれにいないゆっくりが、どうしておぢびぢゃんなのおおお?」
でいぶの上半身だけが伸び、れいむの頭上に無数の千歳飴が襲い掛かった。
仇持ちのゆっくりは、よく転がった。こーろこーろとは言い難い素早さで、でいぶの背後に回り込む。
尻尾のように尻から突き出る杭。それに、頭から突進した。
木材はでいぶを貫通している。後の木が左に動くと、腹から突き出た先端が右に傾き、広がった裂傷から餡が噴出した。
「ゆぎゃぁああ!!」
長とめーりんに餡子が降り注ぐ。辛饅は顔をしかめたが、ありすは表情を変えず2匹のれいむ種を見据えていた。
きんぐでいぶが、震える。そして頭を激しく傾けると、貫いている杭も同時に振られて、れいむは尻の棒によって吹っ飛ばされた。
れいむが餡を滲ませながら立ち上がると、でいぶは体をひねって視線を合わせた。ねじれの線が肌だるまの体中に浮き上がり、異形に拍車をかけている。
「じねぇ! おぢびぢゃんのために、じねぇ!」
「でいぶこそ、しんでね。おかーさんのぶんまで、ゆっくりつぶれていってね!」
「れいむ。すこし、でいぶとおはなしさせて」
長の言葉に、れいむは聴覚を疑った。視覚を向けると、真顔のありすがそこにいる。
「なにいってるの、ありす。でいぶとは、おはなしできないんじゃなかったの?」
「ねえ、でいぶ。でいぶは、おちびちゃんがゆっくりするために、いきてるのよね?」
「あだりまえでしょ。でいぶの、がわいいがわいい、おぢびぢゃんなんだよぉ」
「じゃ、おかのうえをみなさい」
でいぶが、さらに体をねじり上げて、見た。無視されているれいむも同じように見上げた。
丘の上。きんぐでいぶの住処。そこに、でいぶじゃないゆっくりが、飛んだり跳ねたりしていた。
小さい小さいゆっくり達。多様な種のミニ饅頭は、長達のいる場所にまでも届くほどに、はしゃいだ歓声を上げていた。
「ゆーっ! たきゃいのじぇー!」
「おしょらを、とんじぇるみちゃぁぁい!」
「おきゃのうえは、ゆっくりできりゅね!」
きんぐでいぶの顔付きに、明らかな激高の色が見て取れた。ねじれ棒のようなゆっくりが、自分の住居に向かって一喝する。
「ごのぐそぢびどもぉぉぉ! でいぶの、おぢびぢゃんのすぃーとほーむでぇぇぇ、なにゆっぐりじでるんだぁぁああ!!!」
ゆびゃあ、という悲鳴が滝のように落ちてくる。
続く長の声だけが、相も変わらず冷静だった。
「いいえ。あれは、でいぶのおちびちゃんよ」
「なぁにいっでるの、むれにいないのにぃ、どぉぉじで、ぐそぢびがおぢびぢゃんなのぉぉぉ?」
長ありすが、目ででいぶを促した。あっちを見ろ、ということらしい。
れいむもでいぶもありすもめーりんも、その列を見つめた。丘の上から群れの入口まで一直線に伸びる、ゆっくりの長い長い行列。
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
掛け声を合わせながら、後のゆっくりが、前のゆっくりを押し上げる。押し上げられたド饅頭が、そのまた前にいるド饅頭を押し上げる。
そんな流れが、群れの中から丘の上まで延々と続いていた。
「ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
上の方に行くほど、軽いゆっくり弱いゆっくりが縦隊を作っていた。赤ゆを子ゆが押し、子ゆをぱちゅりー種が押し動かす。
下にいけばいくほど、力自慢の成体ゆっくりが並んでいる。安全第一を置いて離脱したすぃー部隊は、群れに引き返してしていて、最後尾で必死に列を押し込んでいるだぜまりさとみょんを、すぃーでさらに圧迫していた。
「ちゅ、ちゅぶれるのぜ……」
「まだまだ大丈夫なんだよー。がんばれよー」
「えびおす、えーびおーす!」
「のぜぜ、まけないのぜ! ゆんとこしょー、ゆっこいしょ!」
全貌を、草原に立ち尽くす4匹は確認できた。長ありすときんぐでいぶが、再び目を合わせる。でいぶの表情から、険しさが取れつつあった。
「むれのおちびちゃんたちが、いっぱいあつまって、でいぶのおかまで、のーびのーびしてる?」
「ええ。ああやっておしあわないと、おかのうえにはのぼれないのよ」
「じゃあ、おかのうえのぐそぢび、いや、おちびちゃんは……」
「そうよ、むれのちいさなおちびちゃん。でいぶのだいじなだいじな、ね。
ほら、ごらんなさい。でいぶがあんなにおこるから、おちびちゃんたち、あんなにぶーるぶーるしているわ」
れいむも、高い高い場所にいるおちびちゃんを見上げた。確かに、おそろしーしーを漏らしたり、毒でも盛られたように震えたりして、一様にゆっくりしていなかった。
「そう。ごめんね、おぢびぢゃん、ごめんね」
「それだけじゃないわ。でいぶは、あんなにゆっくりできるおうちを、ひとりじめしていたわね。
そしてなにより、でいぶがむれにくるたび、おちびちゃんはゆっくりできなくて、ゆんやーしていたわ。ねえ、れいむ」
「ゆ、ゆぅ。そうだよ」
「でいぶ。あなたがいちばん、おちびちゃんをゆっくりさせなかったのよ」
でいぶは醜い生き物だ。しかしそんな存在であっても、涙は透き通っていた。瞳から止めどなく水は湧き出て、裂けた口からは悲しい泣き声が吐き出される。
寿命を悟ったかのように、きんぐのお飾りが落葉のように剥がれ落ちた。
「ごめんね、おちびちゃん。ごめんね、みんな。ごめんね……」
れいむには、丘が崩れ落ちたように見えた。きんぐでいぶが回りながら倒れ、仰向けになる。それを仇とするゆっくりは、思わず駆け寄った。
尻の杭が地に押され、でいぶの腹から鋭利な木が伸びる。乾いた餡子が噴出して、れいむの顔を黒く染めた。
「ごめんね、おちびちゃん……」
「ねえ、こたえてね! でいぶは、おかーさんを、しってるの? ころしたの?」
「……なんだか、おちびちゃんのなきごえがするよ」
太ったゆっくりの眼球が左右に動く。光が薄かった。きっともう、何も見えていない。
「まだ、ずっとゆっくりしちゃだめだよ、でいぶ! ねえ、ねえ!」
「おちびちゃん、なかないで。ゆっくりしてね。でいぶが、おうたを……」
「おうたなんかいい! でいぶの、おうたなんか」
「ゆー…ゆー…、ゆっくり…していってねー…」
れいむは同種の中でも賢かった。
ゆっくりの賢さを計る目安として、お飾りの有無に対する判断が挙げられる。愚かなゆっくりは、たとえ我が子であろうと、お飾りなしを許さない。
酷いのになると、お飾りが風で飛ばされた途端に子供を殺害してしまうものもいる。
これがある程度賢いものになると、たとえお飾りがなくても肉親であるかどうかくらいは、分かるものだ。
れいむは不幸にも、賢かった。
「…きーんぐ…でーいぶは…、こわい…けど…」
頭を振り回す。れいむは、認めたくなかった。
きんぐでいぶの傷口が餡子を吐き出す度に、でいぶの豊満な体は痩せ衰えていく。憎たらしい頬の張りが萎み、常に蔑んでいるような目付きが変えられていく。
生命がこぼれるだけこぼれきると、そこに残ったのはでいぶではなく、単なるれいむの顔であった。
「いつでも、まーまがついてる……」
ずっとゆっくりする。ゆっくりにとって死を意味する言葉ではあったが、きんぐでいぶの死顔はまさしく、それを体現していた。
穏かだった。散々泣きはらして眠った子供のような。愛しいものに抱かれているかのような。
そして生きているれいむにとってのそれは、まさしく殺されたはずの母の顔であった。
「おかーさん? どーして、おかーさんが、ここにいるの?
おかーさんは、でいぶなの? でいぶが、おかーさんなの?
ねえ、ゆっくりしないで、おしえて! ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりぃぃぃいいい!!!」
れいむは薄墨色の涙を流す。仇だったはずのでいぶ、実は母だったものの返り餡が落涙に交じって、黒い流れとなって落ちていく。
めーりんの中身は、赤い。しかしその表情は青ざめ、呆然と立ち尽くしていた。
長ありすだけが、変わらぬ視線を2匹のれいむに送っている。
ありすは、でいぶの死骸を自分のすぃーに載せ、丘の上に運んだ。他のものに見付かると厄介なので、夕暮れが押し迫った時に、めーりんのすぃーで牽引する。
群れのものは、みんな丘の洞窟の中でゆっくりしていた。とーばつっきねんのぱーてぃーするよ! などと浮かれ騒いでいるようだ。
長としては、もうこのまま冬ごもりに入ろうと考えていた。近頃は夜になると、カスタードが凍るような気分に悩まされる。
洞窟の入口から少し離れたところに、広くて浅い窪みがあり、そこにれいむが佇んでいた。れいむによると、そこはでいぶが土を食べていた跡だという。
凹みに動かない肌だるまを降ろし、上から土を山盛りに被せる。でいぶはここで食事をしただけではなく、文字通りの墓穴を掘っていたのだ。
無銘の墓ができあがる。元より饅頭生物に戒名も墓標もありはしないが、長を含め3匹しか知らないこの土山は、まさに無銘と呼ぶに相応しいものだった。
れいむは、もう泣いてはいなかった。その髪の中には、でいぶが付けていたお飾りが入っている。死ぬ前に落としたので死臭は付いていない。れいむの母が元々付けていたお飾りは、既に群れの墓に入っていた。
「ねえ、おさ」
「なあに、れいむ」
「おかーさんは、むれのみんなをゆっくりさせるために、がんばっていたんだね。
なんで、れいむにおしえてくれなかったのかな。びっくりさせようと、したのかな」
長に、かける言葉はなかった。めーりんも、じゃ、と言いかけて口ごもる。
母を失ったれいむは、土の山から目を離さない。黒髪の中の形見が、冷たい風に揺れていた。
「ゆっくりは、いっぴきだけじゃゆっくりできないんだよ。ゆっくりできなくなると、おかしくなるんだよ。
おかーさんは、ゆっくりできなくなったから、でいぶになったんだね。
でもね、れいむもゆっくりしてないよ。だってれいむは、おかーさんをころしちゃったから」
「れいむ。でいぶを、おかーさんをころしたのは、あんぜんだいいちよ。つみは、ありすにあるわ」
「さいごに、ぐいってやったのは、れいむだよ。おかーさんは、たくさんあんこをだしたんだよ」
「れいむ。おかしなこと、かんがえてないでしょうね」
れいむは振り返ると、長に向かって、にっこりと微笑んだ。
あまりにも屈託のない表情。ありすは何故かぞっとした。
「れいむは、みんなをゆっくりさせるために、いきていくよ。れいむはね、すなをかんでいきるんだよ!」
形見のお飾りを完全に髪の中に隠し、れいむは元気よく跳ねて洞窟の中に消えていった。
墓の前には、もう、ありすとめーりんしか残っていない。
「れいむ、つらいでしょうね」
「じゃおぉぉ……」
「きっとれいむは、はるになったら、じぶんのおかざりを、でいぶのものとつけかえるわ。
ほんとうにつらいのよ、おかざりをつけかえるのって。れいむも、あんこをはいちゃうかもね」
「じゃ!?」
長は口元に笑みを浮かべている。普段見せる慈愛に満ちたものではない。冷徹の輝きを帯びた、ゆっくりらしからぬものだ。
「めーりん。あなたにだけは、おしえてあげるわ。
このむれでは、まいとし、だれかがでいぶになるのよ。ゆっくりしたふゆごもりをするためにね」
「じゃお?」
「えらばれたれいむが、むれからはなれ、つちをたべておおきくなって、でいぶになるの。
そして、ふゆにたべるひょーろーさんをつくるのよ。むれをおそうのは、おそうふりして、えさをあつめるため」
「じゃじゃじゃっ」
「そうね。でもね、あのれいむがいったとおりなの。ゆっくりはいっぴきだけでいると、おかしくなる。
おそうふり、でいぶのふりをしてるのが、ほんとうにでいぶになっておそうようになるの」
めーりんが前傾姿勢を取る。まるで、でいぶを前にした時のようだ。
「じゃお、じゃじゃお!」
「だって、しかたがないじゃない。ふゆごもりのために、ごはんさんをだせっていっても、だれもだしたりしないわ。
でいぶいがいに、ひょーろーさんをつくらせたら、きっととちゅうでむーしゃむーしゃしちゃうわよ」
「じゃお、じゃじゃー!」
「ちがうわよ。ありすは、まえのおさのゆーとおりにしただけ。
でいぶも、ひょーろーさんも、ひみつへーきやどーくつだって、まえのおさがつくって、おしえてくれたのよ。
まえのおさは、こういったわ。れいむいっぴきがでいぶになれば、みんな、ゆっくりしたふゆさんをすごせるって」
辛饅頭が飛び掛った。ありすは突き飛ばされ、土山に混ざっていた石で額を打つ。
仰向けになった長の上に、めーりんのあんよが押し付けられた。ありすの眉間に甘いカスタードが滲んでいる。
「じゃお、じゃおぉぉぉん!」
「ぜったいに、ゆるさないですって?
ありすも、まったくおなじことを、まえのおさにいったわ。そして、めーりんとおなじことを、した」
「じ、じゃー?」
「……そうよ。まえのおさをずっとゆっくりさせたのは、でいぶじゃない。ありすよ」
「じゃ……」
「そうすればなにかが、かわるとおもったわ。でも、なにもかわらなかった」
あんよがありすの顔から離された。星付きの帽子がうなだれる。
カチューシャの方は起き上がらない。そのまま、言葉を続けた。
「めーりん、いまは、でいぶがいなければ、ふゆさんはこせないわ」
「じゃお……」
「でもね。もし、でいぶなしでふゆさんをこせるほーほーがみつかったら、そのときは、ありすをすきにしなさい。
それまでありすが、いなかものの、おさよ」
「……じゃおん」
「よくかんがえなさい、めーりん。なぜありすが、よそもののあなたを、そばにおいてるのかを」
めーりんもまた、洞窟へと消えていく。
長はまだ動かない。墓にもたれかかるようにして寝そべり、土山に頬を寄せた。
ありすは思い出す。幼い頃、ゆっくりしているれいむにおうたを歌ってもらったことを。あれは、この土の中にいるでいぶだったのだろうか。
それとも、自分の母親だったのか。
「ゆーゆー、ゆっくりしていってねー。おーさのありすは、げすだけどー。でーいぶは、ゆっくりしているよー」
懐かしい旋律を口ずさむ。歌詞だけが、違っていた。
鰯雲が夕陽に照らされている。空を漂うものが、どうしようもなくゆっくりしているように、ありすには思えてならなかった。
やがて冬ごもりが始まる。
皆で仲良くゆっくりし、おいしいひょーろーさんをいつまでも頬張れる夢のような日々。
それは、でいぶという悪夢を忘れさせるには、十分過ぎる時間だ。
ただ、片隅にいる長とめーりん、そしてでいぶの形見を隠し持つれいむだけは、記憶を保ち続けることだろう。
それもいつしか終わりを迎える。
暖かくなると、ゆっくり達は洞窟から出て、群れへと帰っていく。
ほぼ同時に、あるれいむが群れからいなくなり、代わりにでいぶというものが現れることだろう。
それは、冬のゆっくりした記憶を忘れさせるには、十分過ぎる恐怖。辛く苦しい春の始まり。
(了)