やつい「どーもーーー!!」
今立「どーもーー!!」
(流れるテロップ:エレキコミック ・・・創価大学出身のお笑いコンビで2000年にNHK新人演技大賞を受賞 テレビ・ライブなど多方面で活躍中!)
やつい「アロハーー!!どーもーエレキコミックですー。」
今立「よろしくお願いいたしますー、さぁということでございまして、」
やつい「はいはいはい。」
今立「今回は未来部のみんなが、これ見てるということでございますよ。」
やつい「ねぇーーーーー。」
今立「まぁ、僕らも言ってみたら、」
やつい「はい。」
今立「まぁ未来部出身なわけですけど、」
やつい「僕もまぁねぇ、少年部・中等部・高等部と、」
今立「おっ!」
やつい「まぁ一切活動はしていないんですけど。」
今立「あははwwwそうなのかよwww」
やつい「『行かねーよ!』すごい言ってましたね。」
今立「あぁー最悪だww」
やつい「そんな僕でもこの『チャレンジロード3』の司会をやってるわけですよ。」
今立「それはどうかな・・・。」
やつい「いつでも人間革命できるってことなんですね。」
今立「そうですね。ま、キッカケはね?」
やつい「だから今いやいや見てる君も、もしかしたらぁ・・・『チャレンジロード30(サーティ)』であたりで・・・。」
今立「30(サーティ)ww続いてるの?ww」
やつい「司会をやってるかもしれませんから。」
今立「まぁね、夢はありますからね、そうですね。」
やつい「はぁい、ねぇー。」
今立「それでは、もうさっそく、行っちゃいましょうか?」
やつい「行っちゃいましょうね!」
エレキコミック「『チャレンジロード3』、スタートです!」
(テロップ:韓国・ソウル市)
古くから日本に文化を伝えた恩人の国、韓国。
この韓国の地で活躍している女性がいます。
(テロップ:山下和美さん)
山下和美さんです。
(テロップ:小さい頃の夢は?)
山下和美「小学校の時から関西創価小学校の方で学んだので、小さい時からあの、世界からあのお客様がたくさん学校に訪問されるのを見まして、必ず語学をマスターして、その語学を活かして世界で仕事をしたいなというふうに思っていました。」
(テロップ:大阪市・西成区)
和美さんの故郷は大阪市西成区。
(テロップ:母・賀要子さん)
(テロップ:父・廣信さん)
お母さんが在日韓国人ということもあり、和美さんにとって、韓国は一番近い国でした。
(テロップ:1994年創価大学入学)
そして、関西創価学園を卒業し、創価大学に入学。語学を通して活躍したい。でも、その夢をどう実現していけばいいのか、悩む中で4年生になりました。
(テロップ:第27回 創大祭(1997年))
そして迎えた創大祭。韓国の名門、慶熙大学の創立者、趙永植博士が出席。そこで和美さんはハングル文化研究会の一員として留学生とともに演技を披露しました。
池田大作「貴大学と弟の創価大学が友情を固く結び合った本日、21世紀の韓日の友好、今日は歴史的な第一歩が本格的に踏み出されたと私は宣言しておきたいのであります。」
山下「その一言を聞いて、おぼろげながら今まで韓国というふうなものがもっとはっきりとしたものになりまして、韓国語をもっとしっかり学んで、また韓日の友好のお手伝いを微力ながらもしていきたいなというふうに思いました。」
(テロップ:高麗大学)
和美さんは、1998年に卒業後、すぐに韓国へ。
(テロップ:慶熙大学)
高麗大学で韓国語を学び、翌年には縁深き慶熙大学の大学院へと進学します。日本にいるときは、韓国で生活することを簡単に考えていましたが、現実は厳しく、深く悩む日々が続きました。
山下「「同じだー」と思ってた部分が実は全然違ってたり、「似ているだろう」と予想してた部分が、実際韓国で生活してみると正反対だったりした時に、第二の故郷と、故郷と思ってた韓国が少しあのー、やっぱり日本と、すごく自分の生まれ育った日本と比較してしまいがちになって、受け入れられなくなってきた時が一番辛かったと思います。」
(テロップ:慶熙高校)
そんな時に慶熙高校と創価高校のサッカー交流の通訳として日本へ行くことになります。
代表「本日は本当にありがとうございました。」
山下「(通訳)」
和美さんは悩みを抱えながらも懸命に通訳を務めました。
そして池田先生が慶熙高校サッカー部のメンバーを激励。その時、和美さんに励ましを送ったのです。「全部知っているよ。ありがとう。関西校出身のメンバーが頑張っていて嬉しい。」
山下「このままではいけないな、もっと成長しなければいけないなというふうに決意をして、もう一度韓国に戻ってから勉学面でも新人の面で も、もう一度頑張り直そうというとても大きなきっかけになりました。」
(テロップ:韓国SGI イクサン常勝文化会館)
池田先生の激励に何としても応えていこう。和美さんは韓国の地でSGIの一員として信仰に励み、弱い自分の心に打ち勝とうと頑張りました。そして勉強を重ね、2002年2月に慶熙大学大学院を卒業。
(テロップ:国立群山大学)
3月には数多くの学部があり、広大なキャンパスを持つ国立群山大学に日本語の講師として迎えられます。
山下「しれません、このように・・・」
今日も学生たちに日本語を教える和美さん。
生徒「(韓国語)」
生徒「お~」
語学を通して世界で活躍したい。学園時代の夢は今、現実のものとなったのです。
今立「いやー素晴らしいじゃいですかねーこれねー。」
やつい「ねー、僕もね創価大学行ってたんですけどねー、」
今立「そうですねー、僕らはねー。」
やつい「何やってたんでしょうね、僕・・・。」
今立「いやwwそんなww落ち込まなくていいわ、別に。」
やつい「反省しましたよ、ホントに。」
今立「いやまぁ、先生の一言で、」
やつい「はぁい。」
今立「もう保身して、頑張ったってことですからね。」
やつい「素晴らしいですね。」
今立「もう僕らも追われて頑張っていきましょうね!」
やつい「はいはい。」
今立「さぁ続いてはですね、
やつい「はいはい。」
今立「まぁスペシャルゲストと言っても過言ではございません!」
やつい「ねー。僕らの大学の先輩でもあります!ねー。」
今立「そうです。そうですよ。もう今や大人気!飛ぶ鳥を落とす勢いの、」
やつい「はい。」
今立「『間違いない!』でお馴染みの」
やつい「はいはい。」
今立「長井秀和さんからなんとみなさんにメッセージが届いておりますので!」
やつい「おっ!」
今立「さっそく見ていただきましょう!どうぞ!」
長井「『英知 栄光 情熱』という言葉を聞くと思わずビクッとしてしまいます。長井秀和です。かろうじて情熱だけは持っているんです。では、お話させていただきます。
『未来部の話』
小学校低学年の頃はお菓子があるよと言えば、目の色を変えてやってくる。高学年になってくると、お菓子くらいじゃびくともしないって・・・、未来部の会合の話だー! 気をつけろ!
えー本年はー栄光の年ということでー、あの私もみなさん一生懸命頑張っていきましょうねーっと普段はゆっくり喋る婦人部だって、勤行のスピードは結構速い! 気をつけろ!
私もですね、少年部・中等部・高等部・学生部と学会活動一生懸命頑張ってきました。えーなぜなら、私の実家がですね、┏(^o^)┓聖教新聞の販売店だったんです。
毎日毎日、四、五十人の学会員が出たり入ったりするということで、逃げも隠れもできないんです!
未来部さん、是非とも自分の家を拠点にしてもらいなさい!そうすれば必然的に頑張ることができますよ。 間違いない!
以上、長井秀和でした。」
今立「長井さんでございましたけど。」
やつい「まぁ、ああは言ってますけどねー、最近でしょ?ブレイクしたの?」
今立「そうですね、ガッときてますよね。」
やつい「ちょっと前までまったく売れなくて、毎日毎日『1時間唱題』やってるっつってました。1年間1回も休まずに、」
今立「おう。」
やつい「『1時間唱題』やりきったんですよ!」
今立「すごいね、長井さん。」
やつい「そしたら、バーン!と売れたんですよ。もう言っちゃいますけどね、長井さん、あのーキャラじゃないですけど、」
今立「キャラじゃないよwwねwwwホントにキャラじゃないwwwww」
やつい「あいつものすごい祈ってましたよ、あいつのくせに!」
今立「あいつくせnwwwwww」
やつい「その結果としてね、やっぱ今。」
今立「あー、そうですね。」
やつい「羽ばたいてんじゃいでしょうか・・・。」
今立「なるほどね。」
今立「さあ!続いては!なんとですね、世界にももう未来部は、もう広がってるわけですよ。アメリカ出身でですね、今日本で活躍されている」
やつい「おぉっ!」
今立「方が登場します。それではこちらの方です。どうぞ!」
(テロップ:SGIスタッフ ジーン・吾市・コーツさん)
創価大学の構内で語り合う家族の姿があります。 SGIのスタッフとして日本で活躍するジーン・吾市・コーツさんがアメリカから来日した両親を思い出深き母校へと案内したのです。
(テロップ:父・ロバートさん)
(テロップ:母・法子さん)
両親はジーンさんが生まれる前からSGIのメンバーとして信仰に励んでいました。
(テロップ:アメリカ・テキサス州ダラス)
アメリカ・テキサス州ダラス。この街でジンさんは生まれました。生まれながらにして、脳性小児麻痺のため、右半身に障害がありました。歩くためには、金属製のプレートでつながった特別な靴を履かなければならなかったのです。
4歳の時に歩くことが少しでも楽になればと、担当の医者の決断によって右足を手術。その時、医者が謝ってアキレス腱を切ってしまったのです。歩行はさらに困難になりました。
法子「私もう宿命だと思って、自分自身に受け止めていかなくちゃならないし、これからこの子が大きくなった時にね、やっぱり心のハネがないように、やってきたつもりです。」
ジーンさんは成長するにつれ、コンプレックスを抱くようになりました。
(テロップ:少年時代)
エアジーン「Hey,can I play too?(僕も入れて!)」
クラスメート「Go away(不明)(おまえはあっちにいってろ!)」
クラスメートからは仲間はずれにされ、スポーツも遊びもいつも一人でした。
ジーン・吾市・コーツ「There are times when I even when I go to bed at night,I would cry myself to sleep.(眠りながら泣いた夜もどれだけあったかわかりません)Ah...Thinking why I couldn't be born with a regular...(どうして普通の体で生まれてこなかったのか?)Regular body like everyone else.(他の人と同じように・・・)And I would always look at the other children.(なぜみんなは自分にできないことができるのだろう)And wonder why they could do things I couldn't do.(他の子がうらやましかった)And I would look at them and I always wish I was someone else.(もっと違う別の人間に生まれてきたかったと)I wish I was born someone else.(いつも思っていました)」
(テロップ:1984年)
そんなジーンさんに一つの出会いが訪れます。
エア法子「Jean,sensei is coming to Dallas.」
11歳のジーンさんは、今度池田先生がダラスにいらっしゃるのよとお母さんに勧められ、その場に参加することにしました。
そして先生がダラスへ。最前列にいたジンさんの役員証の写真を見て尋ねました。「それは本当に君の写真?」「イエス」「本物の君の方がずっとハンサムだよ」。さらに、「大きくなったら創価大学にいらっしゃい」と優しく語りかけたのです。
ジーン「At that time,I didn't realize it(その時はわかりませんでしたが先生は私に何を言うべきか)but he knew exactly what to say to me.(ご存知だったのです)I was a person who was filled with no hope or confidence and I think he felt that.(希望も自信も持てなかった私の心を感じ取られたのです)I'm sure he felt that.(間違いありません)And he went after saying that to me,I was just immediately filled with this confidence.(その時 自信を持てば何でもできると思いました)」
(テロップ:音楽隊のメンバーとともに)
この出会いをきっかけに、勤行に、学会活動に、とジーンさんは頑張りました。何でもやれるとの思いが次第に湧いてきました。苦手だったスポーツにも、次々に挑戦。他の人を凌ぐほど上達したスポーツもありました。
(テロップ:会合で体験発表をするジーンさん(18歳))
努力を重ね、いつしか自信に満ち溢れた青年へと成長していきました。
(テロップ:テキサス大学)
さらに、テキサス大学に進学。大学院まで行き、MBA、経営学修士号を取得します。その後、社会に出ますが、ジンさんには一つやり残したことがありました。それは、創価大学へ行くという少年時代の夢を実現することでした。働きながら、独学で日本語を学び続けました。そして1999年に日本語別科に合格。池田先生との誓いを果たしたのです。
(テロップ:留学生を激励する創立者)
池田大作「あのう、青春時代を、どうか体を大切に、そしてまたお父さん、お母さんに心配かけないように。で、大勝利者に大成功者になってください。あのう、楽しい一日一日でやっていただきたいし、また勉強は戦ってください。それで有意義な青春時代をどうか、あのー母校で送ってください。」
留学生「ありがとうございましたー!」
ジーン「And through practicing this Buddhism,I've realized that the sickness(この仏法を実践していく中で障害があったからこそ)is actually what's made me stronger as a person,and given me confidence and hope,(人間として強くなり 自信と希望を持つことができました)And it's from overcoming the sickness that I am the person today.(障害を乗り越えることによって今の自分になれたのです)And I never think for one minute now that I wish I was somebody else,(今では少しも別の人間に生まれたかった)or I wish I was born somebody else.(などと思うことはありません)I'm happy being who I am.And it's because of this practice.(自分が自分であることに心から満足できるようになったのです)」
何事にも、自信が持てなかった少年は、今、確信に満ちた青年として、挑戦の日々を過ごしています。日本語を生かし、世界交付の役に立ちたい。夢は大きく広がっています。
ジーン「私のモットーは、Never give up always challenge yourself.絶対にあきれまない。常に挑戦です。」
今立「はい、ということでございまして、すごい困難な状況の中でもそれに立ち向かっていく、ジーンさんでございましたけど、」
やつい「やっぱりね、みんなー夢を持ってねー!それに挑戦していく中でこう」
今立「そうですね。自分なりのね、可能性がどんどん開いていくということですね。」
やつい「僕らも負けじと頑張っていきましょう!はぁい。」
今立「負けじと、チャレンジしていくんで、」
やつい「はぁい。」
今立「みなさんもですね、是非ともチャレンジしてください!それではありがとうございましたー!さようならー!」
やつい「またー、来週」
今立「来週はない。」
やつい「フフッ、再来週」
今立「再来週もない。」
長井「『チャレンジロード』の上に何かダビングするなぁ!(怒る たった15分程度だぞぉ!(怒る とりあえず永久保存版にしておいてください。だって俺が出てるから! 間違いない!」
(コピーガード登場)
最終更新:2026年02月28日 16:19