(絶望とは、こういうものか……)
沈んだ気持ちのまま幸村は褥に横たわった。
政宗が小十郎に抱かれた。
それが無理やりなのか合意の上なのかはたまた嘘八百なのか、小十郎の言葉だけでは判断がつかない。
ただその言葉だけが幸村を叩きのめしていた。
「お館様、弱き幸村を叱ってくださりませ」
確かめればいいだけなのに、それができない。
もやもやしたものを発散するために敷布に顔を埋めて吼えようとし、ここが奥州であることを思い出してやめた。
足音を聞いた。庭からだと気づき、槍をつかんで体を起こした。
素足が砂を噛むような音だ。障子に影が映り込む。一見武装はしてないが、気配が尋常ではない。
「俺だ。出てこいよ」
幸村は槍を片付け、障子戸を開けた。音を立てぬよう気を使ったが、ことりとも音が立たない。
「うわ……」
まさに幽玄。
庭一面に蛍が光っていた。
幸村は口を開け、淡く儚げな光に見入った。
ふわ、ふわと頼りなげに移ろい、光っては消え、消えては光る。
夜を彩る光の舞。
「綺麗だろ」
耳元を声がくすぐった。政宗の顔が近かった。
にこ、と微笑む顔。いつもつけている眼帯はない。しかし右の眼球が動いていない。器用な方だ、と感心した。
そっと庭に下りた。素足に冷たい土の感覚が気持ちいい。
「ほら」
政宗は蛍を一つ掌に取って幸村に差し出す。受け取ると、蛍と共に雫が幸村の手に落ちた。
「政宗殿、濡れておられますか?」
「ああ……湯殿から抜けてきたから」
幸村は政宗の体を見た。湯殿でつけるような簡素な白い単を着ている。
頭から湯を浴びたかのように濡れ、肌が透けて見えていた。それは肌を露出するよりはるかに官能的で、幸村は目をそらした。
「なんだよ、見慣れてるくせに」
けたけたと政宗は笑う。無邪気な笑い声に少しほっとする。
「幸村は、蛍が好きか?」
「は……。綺麗だとは思うのですが、けれど、何やら、物悲しゅうて」
「そうか。俺は好きだけどな」
手を伸ばし、髪を梳く。べったりと水に濡れて冷たくなっている。
政宗は笑う。無邪気で、子供じみた笑い方。動かない右目。
これは誰だ。
「政宗殿。某、一つお聞きしたいことがございます」
「なんだ?」
「政宗殿には、双子のご兄弟はおられますか?」
「なんだよ突然。そんなのいねぇよ」
「左様にござるか」
ならば「彼女」は誰だろう。
幸村の知っている政宗だ。けれど何かが違う。
例えて言うなら、政宗に双子の兄弟がいて、彼女が政宗を演じている。そんな違和感があった。
彼女であって彼女でない。
両手で包み込むように頬に触れた。
ぞっとするほど冷たい皮膚。
死人の皮膚だ、と直感した。
「お前は……誰だ」
問うだけで、喉がからからに渇いた。
「政宗だよ」
「ふざ……」
「頼むぜ、こいつをな」
そういって政宗は笑う。
無邪気に、どこか狂ったように。
死人だ、と直感した。足が震え、腰が抜けた。立たせようと腕を取られた。死人の皮膚の感覚に肌が粟立つ。
「ま、ま」
政宗殿、と声をかけようとした。けれど喉が声を拒む。奇妙な声しか出ない。
「怖い思いさせてすまねぇな。ちょっとばかし、無理してるもんで」
「あ、あ、え、あ」
「Bye。生きてるうちに会いたかったぜ」
わっと蛍が強く輝いた。
それが夢のように美しく、けれどどこか気違いじみていて、蛍が天に吸い込まれていくのを呆然と見ていることしかできなかった。
沈んだ気持ちのまま幸村は褥に横たわった。
政宗が小十郎に抱かれた。
それが無理やりなのか合意の上なのかはたまた嘘八百なのか、小十郎の言葉だけでは判断がつかない。
ただその言葉だけが幸村を叩きのめしていた。
「お館様、弱き幸村を叱ってくださりませ」
確かめればいいだけなのに、それができない。
もやもやしたものを発散するために敷布に顔を埋めて吼えようとし、ここが奥州であることを思い出してやめた。
足音を聞いた。庭からだと気づき、槍をつかんで体を起こした。
素足が砂を噛むような音だ。障子に影が映り込む。一見武装はしてないが、気配が尋常ではない。
「俺だ。出てこいよ」
幸村は槍を片付け、障子戸を開けた。音を立てぬよう気を使ったが、ことりとも音が立たない。
「うわ……」
まさに幽玄。
庭一面に蛍が光っていた。
幸村は口を開け、淡く儚げな光に見入った。
ふわ、ふわと頼りなげに移ろい、光っては消え、消えては光る。
夜を彩る光の舞。
「綺麗だろ」
耳元を声がくすぐった。政宗の顔が近かった。
にこ、と微笑む顔。いつもつけている眼帯はない。しかし右の眼球が動いていない。器用な方だ、と感心した。
そっと庭に下りた。素足に冷たい土の感覚が気持ちいい。
「ほら」
政宗は蛍を一つ掌に取って幸村に差し出す。受け取ると、蛍と共に雫が幸村の手に落ちた。
「政宗殿、濡れておられますか?」
「ああ……湯殿から抜けてきたから」
幸村は政宗の体を見た。湯殿でつけるような簡素な白い単を着ている。
頭から湯を浴びたかのように濡れ、肌が透けて見えていた。それは肌を露出するよりはるかに官能的で、幸村は目をそらした。
「なんだよ、見慣れてるくせに」
けたけたと政宗は笑う。無邪気な笑い声に少しほっとする。
「幸村は、蛍が好きか?」
「は……。綺麗だとは思うのですが、けれど、何やら、物悲しゅうて」
「そうか。俺は好きだけどな」
手を伸ばし、髪を梳く。べったりと水に濡れて冷たくなっている。
政宗は笑う。無邪気で、子供じみた笑い方。動かない右目。
これは誰だ。
「政宗殿。某、一つお聞きしたいことがございます」
「なんだ?」
「政宗殿には、双子のご兄弟はおられますか?」
「なんだよ突然。そんなのいねぇよ」
「左様にござるか」
ならば「彼女」は誰だろう。
幸村の知っている政宗だ。けれど何かが違う。
例えて言うなら、政宗に双子の兄弟がいて、彼女が政宗を演じている。そんな違和感があった。
彼女であって彼女でない。
両手で包み込むように頬に触れた。
ぞっとするほど冷たい皮膚。
死人の皮膚だ、と直感した。
「お前は……誰だ」
問うだけで、喉がからからに渇いた。
「政宗だよ」
「ふざ……」
「頼むぜ、こいつをな」
そういって政宗は笑う。
無邪気に、どこか狂ったように。
死人だ、と直感した。足が震え、腰が抜けた。立たせようと腕を取られた。死人の皮膚の感覚に肌が粟立つ。
「ま、ま」
政宗殿、と声をかけようとした。けれど喉が声を拒む。奇妙な声しか出ない。
「怖い思いさせてすまねぇな。ちょっとばかし、無理してるもんで」
「あ、あ、え、あ」
「Bye。生きてるうちに会いたかったぜ」
わっと蛍が強く輝いた。
それが夢のように美しく、けれどどこか気違いじみていて、蛍が天に吸い込まれていくのを呆然と見ていることしかできなかった。