乾いた銃声は、夜と、夜の海の静かな波音を切り裂くようにして、響き渡っていた。
遠めにひらひらと舞いながら、容赦なく鉛玉を撃ち込んでくる小賢しくも艶美な女。
火薬が爆ぜた瞬間だけ闇夜に白く浮かび上がる端正な顔は、小さな唇だけが笑みのかたちに
吊り上がっていた。
誰の目にもそれと分かるようなハッキリとした嘲笑を口中に含んだ、生意気な唇だった。
「ちっ、尾張の田舎もんがよォ」
彼は吐き捨てるようにつぶやく。
尾張の――織田家は、日の本の東側をほとんどひと息に併呑したのち、迷うことなく
同盟者たる彼のもとに兵を向けてきた。しかし、そのことに対する憤懣というよりも、
むしろ女の唇に浮かんだ明確な嘲笑こそが彼を苛立たせている。
織田信長の妻、濃姫。彼女こそ唐突に攻め入ってきた織田軍の主将だった。信長の出陣は
ない。
侮られたものだ。
「なんだァ?……馬鹿にされてんのか?」
声と同時に吐いた息で口腔が焼けるようだった。
腹の奥深い場所が、怒りやらなにやらで気色悪い熱を帯びている。
彼は腰を落とした低い姿勢のまま、大きく一歩踏み出た。
槍で銃弾を打ち落とし、右に左に進路を変えつつ戦場を駆ける。
はるか遠くから聞こえる怒号は、防戦を命じておいた配下の者たちのものだ。その声が
ふいに大きくなったかと思うと、地面を揺るがす波のような感触が足の裏を通過していった。
木騎を起動させたようだった。
たかが雑兵を蹴散らすのに巨大なカラクリ兵器を出すのは、獅子に蟻の群れを襲わせる
ようなものだ。敵軍は恐れをなして逃げ惑うだろう。
圧倒的な火力。兵力。そして、勝利。
これを見せつけずには、この戦は終われない。
舐められっぱなしでは海賊の沽券に関わる。そのことを誰もが承知しているからこそ、
織田の狼藉を許すわけにはいかなかった。
耳の近くをかすめた弾丸に目を眩ませながら、濃姫との間合いを一気に詰めた。
「鬼がどんなに恐ぇものか、教えてやるぜ」
小さく呟いて、それから長曾我部元親は、蝶のようなその女を網で捕らえた。
火薬が爆ぜた瞬間だけ闇夜に白く浮かび上がる端正な顔は、小さな唇だけが笑みのかたちに
吊り上がっていた。
誰の目にもそれと分かるようなハッキリとした嘲笑を口中に含んだ、生意気な唇だった。
「ちっ、尾張の田舎もんがよォ」
彼は吐き捨てるようにつぶやく。
尾張の――織田家は、日の本の東側をほとんどひと息に併呑したのち、迷うことなく
同盟者たる彼のもとに兵を向けてきた。しかし、そのことに対する憤懣というよりも、
むしろ女の唇に浮かんだ明確な嘲笑こそが彼を苛立たせている。
織田信長の妻、濃姫。彼女こそ唐突に攻め入ってきた織田軍の主将だった。信長の出陣は
ない。
侮られたものだ。
「なんだァ?……馬鹿にされてんのか?」
声と同時に吐いた息で口腔が焼けるようだった。
腹の奥深い場所が、怒りやらなにやらで気色悪い熱を帯びている。
彼は腰を落とした低い姿勢のまま、大きく一歩踏み出た。
槍で銃弾を打ち落とし、右に左に進路を変えつつ戦場を駆ける。
はるか遠くから聞こえる怒号は、防戦を命じておいた配下の者たちのものだ。その声が
ふいに大きくなったかと思うと、地面を揺るがす波のような感触が足の裏を通過していった。
木騎を起動させたようだった。
たかが雑兵を蹴散らすのに巨大なカラクリ兵器を出すのは、獅子に蟻の群れを襲わせる
ようなものだ。敵軍は恐れをなして逃げ惑うだろう。
圧倒的な火力。兵力。そして、勝利。
これを見せつけずには、この戦は終われない。
舐められっぱなしでは海賊の沽券に関わる。そのことを誰もが承知しているからこそ、
織田の狼藉を許すわけにはいかなかった。
耳の近くをかすめた弾丸に目を眩ませながら、濃姫との間合いを一気に詰めた。
「鬼がどんなに恐ぇものか、教えてやるぜ」
小さく呟いて、それから長曾我部元親は、蝶のようなその女を網で捕らえた。
濃姫は、その瞬間小さな悲鳴を上げることしかしなかった。自分の身になにが起きたのか、
とっさに判断できずにいるのに違いない。
「ハハッ! 大漁だぜ」
蜘蛛の糸に捕らわれた蝶のごとく、ただもがくことしかできずにいる濃姫の姿を眼前に
元親は短く笑い声を上げた。
元親の繰り出した技≪四縛≫が濃姫の身体をまるごと、文字通り網で捕らえている。
巨木の太い枝のひとつから釣り下がった網は濃姫の体を翻弄し――揺れの間隔が狭まって
いくにつれて、濃姫の白い頬はみるみる青ざめた。
いっぱいまで見開いた目は、一点を凝視したまま動こうとしない。
薄紅色の唇が口惜しさに歪むさまを、元親は目ざとく見つけていた。
「くっ、なんてこと……!」
網に捕らえられたときの衝撃で、彼女の得物は持ち主の両の手から離れてしまっていた。
美しい細工が施された二挺拳銃だ。それが地面に転がったまま、月明かりを鈍く弾いている。
手を伸ばしたところで宙吊りにされた身のままそれを拾えるとは思っていないだろうに、
それでも濃姫は網の間からほっそりとした腕を伸ばしていた。
中腰の姿勢で、当然のことながら足もとすらおぼつかない様子だ。白い腕が網の揺らぎに
合わせて動き、まるで遊女の客引きのような婀娜っぽさを見せる。
このまま碇槍で袋叩きにすることも可能だが、彼の目的は他にあった。
とっさに判断できずにいるのに違いない。
「ハハッ! 大漁だぜ」
蜘蛛の糸に捕らわれた蝶のごとく、ただもがくことしかできずにいる濃姫の姿を眼前に
元親は短く笑い声を上げた。
元親の繰り出した技≪四縛≫が濃姫の身体をまるごと、文字通り網で捕らえている。
巨木の太い枝のひとつから釣り下がった網は濃姫の体を翻弄し――揺れの間隔が狭まって
いくにつれて、濃姫の白い頬はみるみる青ざめた。
いっぱいまで見開いた目は、一点を凝視したまま動こうとしない。
薄紅色の唇が口惜しさに歪むさまを、元親は目ざとく見つけていた。
「くっ、なんてこと……!」
網に捕らえられたときの衝撃で、彼女の得物は持ち主の両の手から離れてしまっていた。
美しい細工が施された二挺拳銃だ。それが地面に転がったまま、月明かりを鈍く弾いている。
手を伸ばしたところで宙吊りにされた身のままそれを拾えるとは思っていないだろうに、
それでも濃姫は網の間からほっそりとした腕を伸ばしていた。
中腰の姿勢で、当然のことながら足もとすらおぼつかない様子だ。白い腕が網の揺らぎに
合わせて動き、まるで遊女の客引きのような婀娜っぽさを見せる。
このまま碇槍で袋叩きにすることも可能だが、彼の目的は他にあった。