熱にうなされる幸村を見て、このまま死んでしまうのではないかと思った。
それでもいいはずだ。幸村がいなくなれば、政宗は上田に乗り込む理由がなくなり、憂いが消える。
それでもいいはずだ。幸村がいなくなれば、政宗は上田に乗り込む理由がなくなり、憂いが消える。
――惜しい、と思った。
手放せばいい。殺せばいい。屍を甲斐に送り届ければ、事態は丸く収まるだろう。
だが、それができない。
手放せない。殺したくない。死なせたくない。
「そういえば、真田幸村はまだ見つかってねぇのか?」
政宗の声に我に返る。
「は……。深手を負っておりましたから、どこかで匿われているのか、それとも」
「あいつが、そう簡単にくたばるはずがねぇ。こっちからも人を出すか」
「なりません。奥州が探索に人を出せば、甲斐が黙っているはずがありません」
「……チ、分かってるよ」
何度も繰り返される会話を繰り返し、政宗はバチンと大きな音を立てて花鋏で菊を切った。
今日は菊の節句、重陽である。
政宗自らささやかな酒宴を開くことになっていた。乱世の合間の息抜きだ。貴族なら
歌を詠んだり管弦を催すのだろうが、政宗は贅をこらすような真似はせず、菊を飾り、
家臣と酒を酌み交わすだけの簡単なものを催す。無骨な、だが政宗らしい優雅さに溢れた酒宴となるだろう。
「ほら」
目の前に、菊の束がよこされた。活けろというのかと顔を上げると、政宗は花器を
床の間に置いて満足そうに笑っている。
「今日は、茶器よりもこっちだろう」
「はぁ」
だが、それができない。
手放せない。殺したくない。死なせたくない。
「そういえば、真田幸村はまだ見つかってねぇのか?」
政宗の声に我に返る。
「は……。深手を負っておりましたから、どこかで匿われているのか、それとも」
「あいつが、そう簡単にくたばるはずがねぇ。こっちからも人を出すか」
「なりません。奥州が探索に人を出せば、甲斐が黙っているはずがありません」
「……チ、分かってるよ」
何度も繰り返される会話を繰り返し、政宗はバチンと大きな音を立てて花鋏で菊を切った。
今日は菊の節句、重陽である。
政宗自らささやかな酒宴を開くことになっていた。乱世の合間の息抜きだ。貴族なら
歌を詠んだり管弦を催すのだろうが、政宗は贅をこらすような真似はせず、菊を飾り、
家臣と酒を酌み交わすだけの簡単なものを催す。無骨な、だが政宗らしい優雅さに溢れた酒宴となるだろう。
「ほら」
目の前に、菊の束がよこされた。活けろというのかと顔を上げると、政宗は花器を
床の間に置いて満足そうに笑っている。
「今日は、茶器よりもこっちだろう」
「はぁ」
「そのflowerはお前の女にやるよ」
「――は?」
政宗は、綺麗な着物や化粧を好まない。女らしさといえば、櫛を集める癖と書斎に飾る花を
自らこまめに替えるところくらいだろうか。男の名を名乗り武芸や政に秀でているといっても、
女を捨てたわけではないということだろう。
「女ってやつはな、高価なものよりこういうものの方が喜んだりするんだよ。
座敷に一輪挿しを飾るだけで、雰囲気変わるぜ?」
「政宗様が女を語るとは、意外ですな」
「Ahhhnn!?」
政宗が鋏を握る。身の危険を感じ、慌てて菊をつかんで書斎から辞した。
ごす、と鈍い音がして障子に鋏が刺さる。投げたらしい。
「――は?」
政宗は、綺麗な着物や化粧を好まない。女らしさといえば、櫛を集める癖と書斎に飾る花を
自らこまめに替えるところくらいだろうか。男の名を名乗り武芸や政に秀でているといっても、
女を捨てたわけではないということだろう。
「女ってやつはな、高価なものよりこういうものの方が喜んだりするんだよ。
座敷に一輪挿しを飾るだけで、雰囲気変わるぜ?」
「政宗様が女を語るとは、意外ですな」
「Ahhhnn!?」
政宗が鋏を握る。身の危険を感じ、慌てて菊をつかんで書斎から辞した。
ごす、と鈍い音がして障子に鋏が刺さる。投げたらしい。
菊を持ち、小十郎は一度屋敷に戻った。夕刻にはまた城に戻り、重陽の宴に出なければならない。
母屋に入らず、離れに向かう。幸村はまだ寝ているだろうか。朝に見たとき、
まだ熱は下がっていなかった。
錠を外して離れに入ると、着替えを持った女中とすれ違った。お休みになられました、と言われ、そうか、と返す。
「……花器と、水を頼む。これを活けたい」
「はい。――小十郎様、それは……」
「もらったものだ」
誰からかは言わずにすませる。女中はそれ以上の詮索をせずに着替えを持って母屋に戻り、
すぐに菊に合いそうな花器を持って戻ってきた。
花器に花を活けると、小十郎は幸村の閨に入った。幸村は眠っていて起きそうにない。脈はまだ速い。
「……ん……」
腕を邪険に払うと、幸村は上掛けを深く被った。小十郎は僅かにのぞく髪を梳き、指に絡めた。
幸村を捕らえてから、髪は女中に整えさせている。邪魔だ鬱陶しいと文句を言っていたが、
最近はおとなしかった。
母屋に入らず、離れに向かう。幸村はまだ寝ているだろうか。朝に見たとき、
まだ熱は下がっていなかった。
錠を外して離れに入ると、着替えを持った女中とすれ違った。お休みになられました、と言われ、そうか、と返す。
「……花器と、水を頼む。これを活けたい」
「はい。――小十郎様、それは……」
「もらったものだ」
誰からかは言わずにすませる。女中はそれ以上の詮索をせずに着替えを持って母屋に戻り、
すぐに菊に合いそうな花器を持って戻ってきた。
花器に花を活けると、小十郎は幸村の閨に入った。幸村は眠っていて起きそうにない。脈はまだ速い。
「……ん……」
腕を邪険に払うと、幸村は上掛けを深く被った。小十郎は僅かにのぞく髪を梳き、指に絡めた。
幸村を捕らえてから、髪は女中に整えさせている。邪魔だ鬱陶しいと文句を言っていたが、
最近はおとなしかった。
床の間に花器を置き、また枕元に戻る。幸村の形に膨れた上掛けをあやすように
軽く叩き、そっと上掛けをめくった。懐から手ぬぐいを取り出し、額の汗を拭ってやる。
幸村が薄く目を開けた。目があったと思ったが、幸村は何も言わず目を閉じた。
熱で朦朧としているのだろう。
軽く叩き、そっと上掛けをめくった。懐から手ぬぐいを取り出し、額の汗を拭ってやる。
幸村が薄く目を開けた。目があったと思ったが、幸村は何も言わず目を閉じた。
熱で朦朧としているのだろう。
「…………」
何をやっているのだろう、と己に問う。
病人の看護。それも、慰み者の女の。
ただの気まぐれに過ぎない。熱が下がれば、また以前と同じように容赦なく貪るだけだ。
何をやっているのだろう、と己に問う。
病人の看護。それも、慰み者の女の。
ただの気まぐれに過ぎない。熱が下がれば、また以前と同じように容赦なく貪るだけだ。
――できるのか。
弱っている姿を見て、それを忘れることができるのか。
首を振った。熱で弱る姿を見るのは初めてではない。
これ以上ないほど弱っていたときに無理やり抱いた。熱い体がたまらなく心地よかった。
今抱けば、あの感覚をまた味わえる。
首を振った。熱で弱る姿を見るのは初めてではない。
これ以上ないほど弱っていたときに無理やり抱いた。熱い体がたまらなく心地よかった。
今抱けば、あの感覚をまた味わえる。
――もうそんなことはできないだろう。
覚えるのは快楽ではなく、後ろめたさだ。
「水垢離はもうやめろ。孕まないための薬湯を用意してやる」
上掛けを掛け直し、小十郎は立ち上がった。母屋に戻って着替えをせねばなるまい。
何か舞わされるな、とため息をつく。
障子に手をかけ、一度振り向いた。上掛けが規則正しく上下している。あの様子なら、
晩には熱が下がっているだろう。
軽く唇を持ち上げると、小十郎は離れを後にした。
覚えるのは快楽ではなく、後ろめたさだ。
「水垢離はもうやめろ。孕まないための薬湯を用意してやる」
上掛けを掛け直し、小十郎は立ち上がった。母屋に戻って着替えをせねばなるまい。
何か舞わされるな、とため息をつく。
障子に手をかけ、一度振り向いた。上掛けが規則正しく上下している。あの様子なら、
晩には熱が下がっているだろう。
軽く唇を持ち上げると、小十郎は離れを後にした。




